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瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

日吉神社の巨大磐座 (神河町比延)

日吉1

上森三郎さんの「神河ひろば」が寺前駅の近くにオープンしました。
昨日、はじめて訪ねました。シータマタさんの事務所にも立ち寄りました。
なんだかいい雰囲気です。

帰りがけに、武部正俊さんの御案内で
最近になって陽の目を浴びているという
巨大イワクラを見に行きました。

この写真がそれです。
ダイナミックですね。(^O^)

日吉2

兵庫県神崎郡神河町比延の日吉神社にあります。
ここは、駅から歩いて行ける距離です。

日吉3

播磨国風土っ記んストーリー  風土記を片手に播磨を歩こう

↑こちらのサイトにウォーキングマップがあります。

日吉神社はキーポイントですね。

神河町探索に、とっても便利。
次回は利用してみたいと思っています。

日吉4

古い御神木の切株です。

樹木が育つエネルギースポットですね。

日吉5

大きな岩は、女陰のかたち。

日吉6

日吉7

日吉8

播磨国風土記には、こんな謂れがあります。

大汝命(大国主)と小比古尼命(スクナビコナ)

大汝命と小比古尼命との間で

「粘土を担いで行くのと糞を我慢して行く、
どちらが先に行けるか」という話になった。

大汝命は糞を我慢して行き、
小比古尼命は粘土を担いでいくこととなった。

数日後、大汝命は「私は我慢できない」とその場で用を足してしまった。
小比古尼命も笑いながら「疲れた」と粘土(ハニ)を岡に放り出した。

このためハニ岡と呼ばれるようになった。

また、大汝命が用を足したときに、笹が弾き上げて服についてしまった。
このため波自賀村(はじかのむら)と呼ばれるようになった。
この粘土と糞は石となって今もあるという。

日吉9

粘土と糞の石なんですって・・・。

なんだか強烈な例えですが
ソレが意味するところは一体なんでしょうか。

糞=ウンコ=産む子

「宝」なのではないかなと思いました。

日吉10

女陰の岩から生み出されるのは「子宝」です。

この地でもっとも重要な男神たちからのメッセージは、
出てくる「宝」に気づいてね、ということなのではないでしょうか。

19日午後1時40分ごろ、品川発土浦行きの
JR常磐線特別快速走行中の電車内で、産気づいた女性が
その場でシートに覆われながら無事に出産したというニュースを目にしました。

このニュースは、やけに印象に残っていました。

JR寺前駅の周辺はまだ静かに佇んでいますが、
列車は、これからこの町に訪れる人たちの
終着点であり出発点でもあります。

列車もまた、現代の宝船であり
私たちを包む胞衣の役割を果たしているのかもしれませんね。

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  1. 2018/01/22(月) 13:21:41|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

姫路~千姫の足跡をたずねて~ 6 お菊神社・十二所神社

お菊神社1

12/29(金) 姫路の町を探索してきました。
日頃から仲良くしてくださっている
姫路77 ニコニコゆるゆるカタカムナ♬のメーメーさんにご案内していたただき
いままで知らなかった姫路の素敵なところをたくさん発見することができています。

これで最後の記事になります。
しかし、最後がとってもディープな内容となってしまいました。

できれば最後までお付き合いください。(^o^)
--------------

白鷺城(姫路城)の伝説には
播州皿屋敷 お菊物語があります。

姫路城のサラブレッド的なお姫様・千姫。
対して、悲劇のヒロイン的なお菊さん。

なんだか光と影の対照的な2人だなぁ・・・と、
その昔、子供心にも感じたものです。

悲劇の物語は、喜劇よりも人の記憶に強烈な印象を与えます。
それが仕掛けた人たちの狙いでもあると思うのです。

怨霊として知られるお菊さんは
どこかイワナガヒメの印象とも被るのですよね・・・。

果たして真相は、どうなのでしょうか?

お菊神社2

播州皿屋敷、番町皿屋敷、、、皿屋敷の怪談話はあちこちで見られるようです。

なにか言霊的・数霊的にみていくと面白い発見があるそうですが
そこはメーメーさんが独自の視点で上手くまとめていってくださると思います。

お菊神社3

私が感じたことを
ほんのちょっと、触れるとするなら・・・

(トンデモな話になってしまうかもですが)

皿屋敷は、更屋敷であり、荒屋敷でもあるわけで
それはずばり、「阿頼耶識」ではないのかな?ということです。

お菊神社4

悲劇のヒロイン・お菊は、
大事にされていた10枚1セットの皿のひとつが消失したことで
責め立てられて、折檻されて、井戸に沈んで死んでしまった・・・。

皿を夜な夜な1枚、2枚・・・と数えていって、
最後は、9枚めを数えて、 1枚足りない・・・ の言葉とともに "恨めしや~"

有名な怪談話となりました。

この物語には、多次元的な見方が存在するように思います。
ホツマツタヱのヤマタノオロチ退治も、きっと同じ類です。

通りすがりに出会った日蓮宗紫雲閣では「九識霊断」幸運の鍵と見ました。

それも大きなヒントです。


法相宗(ほっそうしゅう)について、知ってください。

法相宗とは、インド瑜伽行派(唯識派)の思想を継承する
中国の唐時代創始の大乗仏教宗派の一つです。

638年(唐代、貞観19年)中インドから玄奘が帰国し唯識説が伝えられます。
その玄奘の弟子の慈恩大師基が開いた宗派として知られます。

唯識宗・慈恩宗・中道宗[とも呼ばれ、
705年に華厳宗が隆盛になりますが、しだいに衰えていきます。

玄奘~空海まで、その思想は受け継がれて

西国33箇所観音巡り
姫路西国33か所観音巡り


その信仰の寺社仏閣を私たちが巡ることにより、
弛まぬ意識の連鎖の中に、受け継がれきているのです。

男山の周辺には、目立つところに、
日蓮の紫雲閣も、空海・真言密教石梁山不動院も、
極めつけに、慈恩寺などの様々な宗派の寺が
意外と狭い範囲の中で存在しているのです。

そこには独特の匂いがあります。

間違いなく、皿屋敷は阿頼耶識なのです。
天台宗では、阿摩羅識を加えて九識となります。

9枚・・・

1枚足りない・・・

真言宗では、最後に揃う1枚が、乾栗陀耶識と言っています。 
めでたくこれで十識と揃っていくのです。

法相宗から広がった唯識説から見ていくと
綺麗にお菊さんの播州皿屋敷伝説が紐解けていくのです!

これも真言密教・空海らが仕掛けたことのひとつなのかもしれません。

お菊神社5

怨霊なんて、ほんとうは居ないのです。

大事な密教の密を、悲劇の伝説の中に隠しているのです。

心の幅を広げていかないと
こうした仕掛けを読み解いていくことは出来ません。
痛みや苦しみ悲しみを知った先で、出会える喜びの深さを味わう。
それで十識の皿が揃うのです。

悲劇のヒロインは、
ほんとうは輝く女神であり、
自分自身の唯心の中に存在しているのです。

「恨めしや~」 =裏メシア

悲しみを、慈しみに変えて

自分の中の女神と出会えたときに、
自分自身が救世主であったと、気が付くことでしょう。

お菊神社6

この世界の悲しみよ、さようなら・・・♪

十二所神社1

お菊神社の横には、十二所神社(じゅうにしょじんじゃ)があります。

十二所神社2

新年を迎える準備が整えられていました。

待ち構えてくれていた門松に
新しい扉を開けていくことを許可されたようで
ちょっと嬉しい気分になりました♪

十二所神社3

光で満ちている十二所神社です。

十二所神社4

菊の花が見えます。

十二所神社5

神文は、蓬の葉のようです。

春菊にも似ているような感じです。

十二所神社6

医薬の神様で、神徳は病気平癒など。

十二所神社7

少彦名とも関係ありそうです。
薬師瑠璃光如来とも、きっと繋がっているはずです。

十二所神社8

菊はココ 99 

「カムナガラの道」

ヒフミ天地の数歌を響かせます。

十二所神社9

十二所神社の復興に尽力されたのも、菅原宮司さんでした。

とってもディープで、謎解きが仕掛けられている
姫路・日に向かう巫女の道です。

一度訪れただけでは、
浅いところしかわかりません。

きっと、深層の秘めが、これから顕れてくるでしょう。

ご案内してくださったメーメーさん、ありがとうございます。

カタカムナの数霊・言霊の思念解読に慣れていって
また一緒に、謎解きをしていきたいです。

姫路はほんとうに奥深くミステリアス。
楽しみたいと思います。

°˖☆◝(⁰▿⁰)◜☆˖°


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  1. 2017/12/31(日) 00:18:44|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

姫路~千姫の足跡をたずねて~ 5 男山八幡宮・千姫天満宮

男山八幡宮千姫天満宮1

12/29(金) 姫路の町を探索してきました。
日頃から仲良くしてくださっている
姫路77 ニコニコゆるゆるカタカムナ♬のメーメーさんにご案内していたただき
いままで知らなかった姫路の素敵なところをたくさん発見することができています。

さて、こんどはふたりで足並みをそろえて、男山へと登っていきます。

\( 'ω')/\( 'ω')/

男山は、かつては雄山と呼ばれていたそうです。

男山

こちらが、wikiから拝借した男山全景です。

四国88か所巡りのミニチュア版と磐座の宝庫である、西宮市の目神山(女神山)に対して
こちらの石梁山不動院にも、四国88か所巡りが配置されていました。

なので、こちらの男山と目神山(雌山ともいえるのかな?)のあいだには
きっとなにか関連を見出すことが出来るはず!

熊野権現さん・役行者さんなど、多数の共通した存在の足跡もみられるし。

・・・なんて思ってしまったわけです。

写真をみると、ほんとに、目神山に似ている男山です。

あぁ 面白いな♪ \( 'ω')/

登っている道中では、ここまでの気づきは得られませんが
あとで写真を整理しながら、確認しながら
なるほど! と思うことはたくさんあります。

こういう感動を
メーメーさんと分かち合えるのも嬉しいです。

男山八幡宮千姫天満宮2

男山の頂上に辿り着く手前で
千姫天満宮が見えてきました。

尾張徳川家第21代当主 徳川義宣 参拝記念の碑がありました。
新しいですね。

男山八幡宮千姫天満宮3

主祭神は菅原道真。

菅原道真の天神信仰をしていた千姫は
自身が居住していた姫路城・西の丸から拝礼できるように
東向きに天満宮を造営しました。

1615年(慶長20年)の大坂夏の陣で、
秀頼が自害し千姫は寡婦となります。

その翌年の1616年(元和2年)に本多忠刻と再婚。

1617年(元和3年)に忠刻が姫路に移封。
千姫は本多家の繁栄を願い、
姫路の天門(乾・北西)の鎮めとするため
1623年(元和9年)3月、天満宮を建立したそうです。

男山八幡宮千姫天満宮8

千姫が奉納した6枚の羽子板にちなんで絵馬が作られているようです。

千姫の笑顔が可愛らしいです。

これ、実物が見たかったんですよね♪

ちゃんと紹介できて嬉しいです。(^o^)

男山八幡宮千姫天満宮4

千姫天満宮から少し上っていくと、
八幡神を祀る男山八幡宮に辿り着きます。

・・・・ですが、

写真を取り忘れてしまいました。 (''◇'')ゞ

千姫天満宮を参拝したら
満足してしまったのかもしれません。

まぁ そういうこともあるわ。。。

男山八幡宮千姫天満宮5

男山の山頂に上り詰めました。

標高57.5 m 

ここは。

ワンちゃんも散歩に訪れるようです。
結構、良い運動になります。

男山八幡宮千姫天満宮6

配水池公園ということで、
山の天辺でも、水の氣で満ちています。

山麓にあった水尾神社は=水緒であり、
やっぱり水脈で正しかったんですね。

いろいろと気付くことがある男山でした♪

男山八幡宮千姫天満宮7

ここからの白鷺城(姫路城)の眺めも絶景です。

姫路城十景
船場八景に選ばれている場所です。

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  1. 2017/12/30(土) 22:35:34|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

姫路~千姫の足跡をたずねて~ 4 水尾神社

水尾神社1

12/29(金) 姫路の町を探索してきました。
日頃から仲良くしてくださっている
姫路77 ニコニコゆるゆるカタカムナ♬のメーメーさんにご案内していたただき
いままで知らなかった姫路の素敵なところをたくさん発見することができました。

ひとつ前の記事(姫路~千姫の足跡をたずねて~ 3 日蓮宗紫雲閣と真言宗不動院)
そこに書いた真言密教の両部神道と
播磨陰陽師の仕掛けに圧倒されつつ
六甲山や各地の修験道の山々との関連までも示唆されて
姫路の「日に向かう巫女の道」は
何重もの「秘め」に包まれている
渦の中に飛び込んでいく旅であると・・・そう、実感させられていました。

きっと、メーメーさんも、同じ気持ち。

彼女のもとにやって来ている数々のサインは
とても消化しきれないくらいに凄まじいですネ。

なんたって、ここに居るんだから。。。 (^-^;

一緒に楽しみながら歩いていけたらいいなと、そう思うばかりです。

--------------

さて、次にたどり着いたのは、水尾神社です。

水尾神社5

水尾神社と言えば、、、

ホツマツタヱ文献が50年前に発見された、
高島市拝戸(はいど)にある神社も水尾神社でした。

高島の水尾神社は、
私と家族にとても深いかかわりを感じることができた神社でした。

ここも同じ名前の神社。

なにか関わりがあるのかな?と思いつつ参拝しましたが
その関連は今はまだ見えません。

主祭神は、大己貴命・伊和大神

こちらの祭神に関しては、上
森三郎さんのブログとの関連が大きいのでしょうね。

摂社に、市杵島姫社・荒神社・大将軍社・武大神

播磨国総社の元宮といわれているそうです。
そうなると、思いのほか、歴史は古いのかもしれませんね。

水尾神社2

御神木の根っこの部分がとても気になります。

半分土中に埋まった、「ウロボロスの蛇」みたいに見えませんか?
輪っかになっているように見えます。
水引のような、蝶結びのような、輪っかにも見えます。

「結」=出雲大社でもあります。

やはり、大己貴命なんですね♪

水尾は、いろいろな意味があるように思います。

水尾= 巳緒・水脈・美桜・実桜・深央・美織・美音

みんな、ミオの響きで生まれるコトバです。

水脈が一番、それらしいのかな・・・と
今の時点では感じています。

水は永遠循環を繰り返して
地球の大地を育み
私たち地球の生命体を育ててくれます。

水こそ愛なのです。

高島の水尾神社周辺も、綺麗な水の宝庫でした。
自然との関わりに、共通するものを感じられます。

水尾神社3

八咫鏡と8つのコーン。

水尾神社4

また来たる 最高の34 (御世)  ・・・姫路から

・・・なんて詠んでみました♪ (^O^)



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  1. 2017/12/30(土) 18:46:48|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

姫路~千姫の足跡をたずねて~ 3 日蓮宗紫雲閣と真言宗不動院

紫雲閣1

12/29(金) 姫路の町を探索してきました。
日頃から仲良くしてくださっている
姫路77 ニコニコゆるゆるカタカムナ♬のメーメーさんにご案内していたただき
いままで知らなかった姫路の素敵なところをたくさん発見することができました。

この一連の記事は、メーメーさんと一緒に歩いたことで
辿り着くことができ、纏めることができました。

ひとりで歩いていたら、中身はまるで違っていたでしょう。
より深いものを掘り起こしている感じです。
---------------

姫路城の、お堀の周辺をぐるりと歩きました。
千姫の小路・清水門跡の近くです。

日蓮宗の教会を見つけました。
紫雲閣というそうです。

紫雲というと・・・
六甲比女神社の雲ヶ岩!
どうしてもそこを思い浮かべてしまうよね。
ということで、メーメーさんと思いは一致しました。

同じことに興味を持っていると
ときどき言葉が不要な一体感に包まれていきます。

数霊9=0の世界 

「空」です。

それはすなわち幸運の鍵であると伝えられています。

紫雲閣2

日蓮宗の小さな教会です。
なにげなく通り過ぎるところですが
やはり気になるので、
ほんのちょっと立ち寄らせていただきました。

紫雲閣3

天神社で見てきた「梅」に対して「橘」です。

梅は桜でもあり、橘と対になると
繁栄の象徴となります。

真言宗不動院1

メーメーさんにご紹介して頂いたのは、
その川を渡って向かい側にある
高野山真言宗 石梁山不動院です。

真言宗不動院2

寺伝によると神亀五年(728)に、徳道上人により、
大和の長谷寺を模して姫山の地に創建され長谷寺と号し、
元亀三年(1572)黒田官兵衛の父である小寺職隆(こでらもとたか)が姫路城域拡張のため、
惣社(播磨國総社)地内に移し不動院と改めたとされる。

『城北社寺明細帳』にも、創建神亀五戌辰年開基徳道、
大和國長谷寺ヲ模シ當國同郡姫山ニ寺宇ヲ創建シ姫路山長谷寺ト稱ス、
元亀三壬申年小寺職隆姫山営陣之砌、同城内惣社ノ地ニ移転し、
明治三庚午年九月舊藩主ノ命ニ依テ當地ニ移転ス とある。

それまで砦や館の如き小規模なものであった赤松氏時代の城が、
小寺職隆によって中世の城郭へと変貌した時期、
長谷寺が姫山から惣社地内へと移転したことになる。

姫山における長谷寺の位置は不明だが、
石積みが城郭のものと異なるとの理由から、
現在お菊井戸のある場所と考える研究者もある。


寛延二年(1749)の『村翁夜話集』には以下の記述あり。
「明王院開基ハ永禄年中ニ小寺美濃守殿ノ時
妙音房看慶ト云持律殊勝ノ僧故美濃殿崇敬有初テ一宇ヲ建立シ玉フ」
また別の箇所に「総社ノ内姫路山長谷寺明王院ハ
昔長谷門ノ塔中也ト云 同所不動院モ同之」とあるので、
不動院を永禄年間(1558-1570)の建立とする説もあるが、
不動院境内に不動院第二葉清尊法印の墓があり
寂年を弘治三年三月三日(1557)と刻むので、
不動院としての歴史は明王院より古いことになる。
ここに言う「不動院モ同之」は明王院と不動院が
長谷寺の塔中という由来を共にする意と解釈した方がよい。

-------------
かなり読み辛い部分がありますが、以上が縁起でした。

真言宗不動院3

空海に行基、
池田輝政公、愛宕権現、
花山法皇とか・・・
仏眼上人、熊野権現、そして役行者までも
まるでここは六甲山と同じ仕掛け!?

いろいろなお名前が出てくる
播磨四国八十八か所札所
姫路西国第十九番札所であります。

もう一見して、陰陽道的関わりの濃い深いところだと分かります。

石梁山不動院 公式サイト
http://www.himeji-fudouin.com/

とても纏めきれないので、
ご興味のある方は、ぜひ公式サイトをどうぞ。

石梁山って・・・

石屋真梁さんが絡んでいますか?

真言宗不動院4

そんなことを考えつつ、どんどん中へ入っていくと

姫路西国観音巡りの観音様たちが、
ひとつの石仏として習合されていました。

姫路を代表する33観音が、ここに
ひとつの曼荼羅構造になって建立されているのです。

これは圧巻です。

(@ ̄□ ̄@;)!!

真言宗不動院5

手を合わせている右に、兔!

真言宗不動院6

左には、八咫烏!


姫路を巡る今回のテーマが、ひとつ
ここで見えてきた気がしました。

はじまりの神明神社で出会った「雨宝童子」もそのサインです。

両部神道。

それは、仏教の真言宗(密教)の立場からなされた
神道解釈に基づく神仏習合思想、でした。

ここでまさにそのカタチを見せられているのでした。

日に向かう巫女の道
聖杯の役割

それが両部神道の中にあるということですね。

真言宗不動院8

姫路西国33観音の大集合に圧倒されつつ、
愛宕山大権現の坐す山に登っていきました。

真言宗不動院9

役行者さんと出会いました。

マリアベールを被っているように見えます。

真言宗不動院11

愛宕権現さんの場所から眺める白鷺城(姫路城)もまた、絶景です。

そういう場所は、やはり計算されて
ココだと位置づけられているんですね。

真言宗不動院10

御祭神についても、公式サイトから引用しておきます。

宝暦十二年(1762)頃に編纂されたとされる『播磨鑑』には
愛宕神社の祭神は軻遇突智命(かぐつちのみこと)とあり、
宝暦十年(1760)に編纂された『播陽万宝智恵袋』には
火神軻遇突智命(ひのかみかぐつちのみこと)とある。

いずれも愛宕山大権現の神名である。

この軻遇突智命は火の神であったために、
産まれた時にその炎で母(イザナミ)の身体を焼き、死なせてしまった。

つまり仇(あだ)をなした(害を与える意)わけである。
この神話により愛宕とは「仇なす子」から由来したと考えられている。

「あだなすこ」→「あたこ」→「あたご」

中世後期より火防(ひぶ)せの神として崇められて今日に至っている。

愛宕山大権現の本地(おおもとの姿)は将軍地蔵とされ、馬に乗る武将の姿をしている。

この将軍地蔵は役小角(えんのおづぬ)が修法をした時に感得したという説や、
戦国時代に戦場での争いの中で、敵味方ともに犠牲者の成仏を願ったことから
地蔵菩薩が戦場に救済のために現れたという説がある。

戦場は修羅の世界なので、争いに心を奪われてしまった兵士たちの魂に声が届くように、
地蔵菩薩は鎧の兵士の姿で長い錫杖を持ち白馬に乗って現れたとされる。

そして、争いに染まって聞き分けのない戦場の犠牲者である兵士の魂には
ときに大変荒々しい態度で争いの心を手放すように迫り、仏の道に導く。

穏やかな救いでは救うことのできない兵士の魂を将軍地蔵菩薩は救うことができる。
片方の陣で将軍地蔵を祀ると敵方の怨念を消し、
犠牲者による障りもなく自然と勝ち戦になったと思われる。

戦国時代には明智光秀が本能寺の変の前に迷いを断ち切るために
参拝したのも京都の愛宕山大権現であったし、
上杉家の執政であった直江(なおえ)兼続(かねつぐ)が兜につけたの字は
愛宕山大権現の愛であった(諸説あり)。

いずれも戦乱の世で安穏を願った愛宕山大権現への信仰がうかがえる。

真言宗不動院12

時に厳しく、時に優しい「愛」

心から湧き出て響き合う「愛」は
型にはめることができない広く大きな愛なのかもしれません。

愛を引き受け合う、うつわ(聖杯)もまた
拡大する宇宙の如く
無限に大きくしていけるものかもしれませんね。


テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2017/12/30(土) 17:58:05|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

姫路~千姫の足跡をたずねて~ 2 白鷺城(姫路城)とその周辺

姫路城1

12/29(金) 姫路の町を探索してきました。
日頃から仲良くしてくださっている
姫路77 ニコニコゆるゆるカタカムナ♬のメーメーさんにご案内していたただき
いままで知らなかった姫路の素敵なところをたくさん発見することができました。

自分の中だけでは留めておくのはモッタイナイ。。。
そう感じてしまう、知られざる歴史を秘めた城下町です。

今後も訪れるたびに、なにか記しておくことができればいいなと思っています。
きっとメーメーさんも同じ気持ちなんじゃないかな。

姫路城7

メーメーさんはさすが!地元・姫路の姫であります。
姫路城とその周辺をしっかりガイドしてくださいました。

お堀の周辺を歩きながら、知らないことを、
もっと知っておきたい気持にさせられます。
私はまだ、ほんの上辺の歴史しか知らないのです。

帰宅してから、メーメーさんからお聞きしたことも含めて
ネットで得た知識とあわせて、ここに少しまとめておきたいと思います。

整理しておくことで、次に行ったときに
さらなる発見に気づくことができるかもしれません。


姫路城天守の置かれている「姫山」は、
古名を「日女路(ひめじ)の丘」と称されていたそうです。

日女路=日に向かう巫女の道 ということかな。

なんだか、最初から核心に触れている気がします。

姫路城2

『播磨国風土記』にも「日女道丘(ひめじおか)」の名が見られるそうです。

姫山=桜が多く咲いた「桜木山」

転じて=「鷺山(さぎやま)」

姫路城3

鷺=桜だったんですね。 

天守のある丘が姫山
西の丸のある丘が鷺山


白鷺や、鷺に似た鳥が多く飛来していることが
白鷺城の由来だと思っていましたが、
どうやらそれだけではなかったようです。

鳥の白鷺(しらさぎ)由来だとすると、
白鷺=はくろ とも読めるので、
「はくろ城」とする場合もあるようです。

近いところにある岡山城は、黒壁であることから
「烏城(うじょう)」とも呼ばれるそうですが、
白と黒の対比が、際立つ特徴となるようです。

姫路城4

他にも以下のような別名があります。

出世城

羽柴秀吉が居城し、
その後の出世の拠点となったことからそう呼ばれるようになりました。

同様の例として、
浜松城も出世城と呼ばれるそうです。

不戦の城幕末に新政府軍に包囲されたり、
第二次世界大戦で焼夷弾が天守に直撃したりしているものの、
築城されてから一度も大規模な戦火にさらされることや
甚大な被害を被ることがなかったそうです。

戦乱の世の城作りには、古代から伝わる風水に関する智恵や
縄文テクノロジーが活かされていたのでしょう。

古代のエジプト神殿にしても、
現代の私たちにはその構造や成り立ちを考えるときに
想像や考えが到底古代人には及ばなくて
不思議極まりない産物としか思えません。

自分自身が扱えるエネルギーが無尽蔵にあること
使えることへの可能性の幅を、狭めてしまっているのでしょうね。

カタカムナ的な、エネルギーの知恵が
そこに活かされてきたとみていくほうが
いまでは自然に受け入れられる感じです。

姫路城5

黒猫さんに出会いました。

ねぇねぇ、どう思う?

「勘違いするなよ」

って思う? (/・ω・)/

ぶいっと振り返って行ってしまいました。 

君らはほんとに気ままだよねぇ。。。

姫路城6

お堀には、鷺も、渡り鳥も、鴨もいました。

鳥さんたちの動向から
浮かんでくるインスピーレーションを大事にしていったら
なにかわかるのかもしれないですよね。

古代の日に向かう巫女さんたちは、
どんなご神託を受けていたのだろう

いまよりも霊的な世界で生きてきた巫女たちは・・・

ふと、そんなことを考えてしまいます。

姫路城7

どんな角度から見ても、美しい姫路城。

私たちの心も、そうありたいものですね。

姫路城8

清水の井戸も見つけてしまいました。

どこまでも縁を感じます。。。

姫路城備前門橋跡1

昔のお堀があったところは、いまでは大通りになっているようです。

お堀の向こうのお城への門は、
築城当時はたくさん配置されていたようですが、
いまは石垣などの形状からその姿を想像するのみです。

ここにあったとされる備前門という門は、
外堀南西にあった門で、西の備前国へ通じることに由来しているそうです。

備前国が近くに感じられました。

姫路城備前門橋跡2

道が整備されていったことで、
外堀に掛かっていた備前門橋の礎石と石垣が発掘されたそうです。

姫路城備前門橋跡3

いろいろなタイミングで出てくるものは、出てくるんですね~。

姫路城備前門橋跡6

屏風絵に描かれてきた橋と、
発掘された礎石の形状は一致しているそうですよ。

面白いですね♪

姫路城備前門橋跡4

姫路も城下町を流れる川がその繁栄を支えてきて
周囲の山々がエネルギーを集めるスポットを教えてくれています。

その中心に、白鷺城や、山蔭には古神道の神様が大切に祀られています。

私たちは古代の街づくりから、
本当の繁栄を考え直さなければならないでしょう。


テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2017/12/30(土) 16:24:00|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

姫路~千姫の足跡をたずねて~ 1 神明神社・亀井天神社

姫路1

12/29(金) 姫路の町を探索してきました。
私の最寄りであるJR住吉から姫路までは、快速と新快速で約1時間ほどです。

気軽に行ける世界遺産の街・姫の路。

日頃から仲良くしてくださっている
姫路77 ニコニコゆるゆるカタカムナ♬のメーメーさんにご案内していたただき
いままで知らなかった姫路の素敵なところをたくさん発見することができました。

メーメーさん、ありがとうございます。(^o^)

姫路2

明治天皇の行幸で知られる「みゆき通り」
信長の時代から鎮座する「神明神社」

観光の御案内を、千姫さんが務めてくださっています。

千姫さんは、この地を代表するお姫様です。
白鷺城(姫路城)を象徴するお姫様ですね。

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メーメーさんにとっては生誕の地で馴染み深い町である姫路。

私もまた、幼いころから姫路の地とは縁がありました。

私の叔母(父の妹)は姫路に嫁いでいるのです。
その子供で私にとっては従妹にあたる4姉妹たちとは幼いころから一緒に遊び
一緒に姫路駅前の商店街でショッピングをしたり、お城に行ったりしていました。

姫路駅をお城に向かって一歩出ると、そんな昔の記憶が甦ってきますが、
NHK大河ドラマ「黒田官兵衛」が話題になっていた頃から
急速に整備されてきた新しい姫路の街にも出会えます。

これから創造していく
新しい文明の背景となる姫の路(みち)。

私たちは、名所旧跡をくまなく歩きまわりながら
新しい風と、古き良き懐かしい記憶とを織り交ぜながら
街ですれ違っていくカタカムナの数霊と言霊の思念を取り込みつつ
さまざまな話題に花を咲かせていきました。

それはとても楽しいひと時でした。

千姫さんからのお導き、かもしれませんね。

姫路城7

国宝・白鷺城 (姫路城)

築城主は赤松貞範と伝えられています。
築城年・1346年(南朝:正平元年、北朝:貞和2年)

黒田重隆・羽柴秀吉・池田輝政らの改修で
現在まで美しい姿を保っています。

歴代城主は・・・
小寺氏・黒田氏・池田氏・本多氏・松平氏・榊原氏・酒井氏 。

ユネスコ世界遺産ということで、
海外からの観光客も多いことで知られています。

神明神社1

商店街から少し外れて、
神明神社・亀井天神社へ参拝いたしました。

姫路市亀井町に鎮座。

主祭神: 天照大神

また、「雨宝童子」が祀られています。

御由緒を見ると、雨宝童子は、両部神道の神ということで
右手に宝棒(ほうぼう)、左手に宝珠を持つ童子形の神像で表されるそうです。

天照大神(あまてらすおおみかみ)が日向(ひゅうが)に下生(げしょう)したときの姿であり、
大日如来の化現であるとも、伝えられています。

お天道様は、性質の異なる雨もまた宝であって、
とても大切な存在であるということを、私たちに伝えられているのです。


両部神道とは=
仏教の真言宗(密教)の立場からなされた神道解釈に基づく神仏習合思想です。

カタカムナと、ホツマツタヱの宇宙観。
神道・仏教・儒教・キリスト教などの様々な信仰形態や精神文化を
そのすべてを受け入れて、融合して、治めることの繰り返しで
これまで大和の国は繁栄してきました。

お天道様も、雨も、どちらの恵みも大切。

言葉では伝えきれない思念が、
ぐるぐると力強く渦巻いているようです。

まるごと受け入れる聖杯(女神)の役割を、
これからを生きるすべての魂が、
その役割を担っていることを
神明神社の御祭神は伝えてくださっているのです。

乱世を潜り抜けてきた神社の役割は、それだけに大きいように思います。

神明神社2

ここの神明神社・亀井天神社は、
うちまちのお伊勢さん と呼ばれて
地元の皆さんに親しまれているそうです。

わざわざい伊勢神宮に行かなくても、気軽に参拝出来る場所として、
鳥居のかたちもお伊勢さんと同じにされているそうです。

亀井天神社もあるので、単純に
鳥居の五角形=「合格」かな?とも思いました。

それと、5(陰)=ムスビ に対する 6=ククリ の関係も見えてくるようです。

亀井の亀=亀甲(6角形) でもあります。

神明神社3

拝殿も綺麗でしたが
周囲はお花のプランターがあって、
色とりどりのお花が咲いています。

綺麗にお手入れされています。
道行く人たちの目を楽しませてくださっているかのようです。

神明神社4

注連縄飾りも、可愛らしいです。

一目見て、愛されているんだなぁ♪ って思いました。 

ここをお掃除している方たちの気持が伝わってきますよね。

神明神社5

こちらが亀井天神社です。

配祀神: 菅原道真公

受験の神様である道真公ですね。

受験というと、私はこれまでは、学業のみに当てはまると思ってきました。

学生だった頃からいままでの人生経験を踏まえて
自分の経験を俯瞰して見ると、すこしその思いの幅も広がってきます。

受験=「受ける経験」すべて と、捉えると
自分にって好ましいことも、そうでないことも、そのすべての経験を
まるごと受け留めて昇華しきれるように
時に厳しく、ときに優しく、導てい下さる宇宙の法則・エネルギーが
道真という名の神様(エネルギー)の役割なのかな・・・と考えるようになりました。

道真は、真の道(まことのみち)とも読めますよね。

自分とって、魂の喜ぶ道が、真の道であり、芯の充ち、とも言えるでしょう。

その真の道を求める気持ちが強ければ強いほど、
正しい方向へは追い風となり、
そうではなくて、宇宙の法則に外れていれば、
揺り戻しとしての反作用的なエネルギーが
波のように返って来るということなのかもしれません。

だから各地の道真公を祀る天満宮では
大切な御祭神して祀られてきたのかな、とも感じます。

神明神社7

梅の木の下で佇む「亀井」の亀。

亀は天の鶴と和合します。

天と私の「あめなる道」
その成就こそが真の開運厄除となります。

願いは自分で叶えるために
自分自身が仕掛けているもモノ。

そのチカラは想いの現象化を呼び込みます。

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  1. 2017/12/30(土) 14:45:43|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

姫宮神社とシオンの山

姫宮神社1

11/16(木)~11/17(金)にかけて
トーラステラファイトクラブ
「かごめかごめを伝える会」主催の
イエスさま卑弥呼さまのお墓参りツアーに参加してきました。
11/17は、イエスと卑弥呼の命日ということです。
上森さんが仰るには、兵庫県神河町にその陵墓が存在するということです。

http://kagome.biz/

ぼちぼち、クライマックスですね。
11/17 姫宮神社へ参拝しました。

姫宮神社2

姫宮神社の姫宮は、卑弥呼さまのこと。

姫宮神社3

上森三郎さんと武部正俊さんによると、ここはとても重要な場所で
イエスさま、卑弥呼さま、イエス王家の皆さま(私たちのご先祖さま)の奥宮であり、
神殿の場所であるとされるところです。

・・・なんだか、簡単な文章に纏めてしまっては、
申し訳ないとさえ思ってしまうところです。

というわけで、上森さんのブログで詳細をご覧ください。

卑弥呼 世界に行くわよ!

試合開始の笛が鳴らされて・・・

風が来る方へと掘り進め!

姫宮神社4

内部への入り口・・・

岩に触れていると、とても暖かく感じました。

姫宮神社5

そしてやっぱりゼロ磁場なんですね。

ここにいると、今まで通ってきた
どの場所よりも身体に強い反応が現われます。

ピリピリした電子風呂に入っているかのような頭痛に見舞われます。
以前、ハリーさんと一緒に行った、
竹生島でもそんな体験をしてたのを思い出しました。

竹生島の女神は弁財天。
ホツマでは、大国主(オオナムチ)の妻であるタケコ姫の島であります。

そりゃみんな繋がっているから、当然同じ反応になるよね。

誰か同じ状態だった方、いませんか。

琵琶湖周辺にも眠る古代神殿。
古代神殿繋がりの反応でしょうか。

姫宮神社6

さらに登っていきます。

姫宮神社8

上森さんが、「穴を掘れ!」と空海様に言われて
嫌だーーと言いつつ掘ったという、大きな磐座の前へとやってきました。

姫宮神社9

ここに来ると、不思議な光が写ります と言われていましたが
本当にそうなってしまいましたね。

説明をしてくださっている上森さんも
その発言と存在感が神がかっています。

姫宮神社10

ここが苦労しながら掘った穴ですか (◎_◎;)

姫宮神社11

ご苦労が偲ばれます。。。

姫宮神社12

そしてまだまだ、始まったばかり、なんですね。

今後、どうなっていくのでしょうか。

楽しみです。

姫宮神社14


姫宮神社15


姫宮神社16


姫宮神社17

ここがシオンの山なんですね。

姫宮神社18

私は、この光の玉たちが、
言葉は無くても語ってくれているように感じました。

風は紅葉の時期にふさわしく
すこし冷たかったけれど
日差しは優しく温かかったです。

姫宮神社19

また訪れたいです。

夢見た場所のひとつ
そんな感じの姫宮神社でした。

卑弥呼さま 温かくお迎えくださり ありがとうございます。

姫宮神社20

精霊の山から、橋を渡って帰っていくいくときに、
龍くんと出会いました。

姫宮神社21

なんだか千と千尋の神隠しみたい♪

いつもありがとう。

助け合いながら一緒に歩いていこうね。



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  1. 2017/11/18(土) 23:45:46|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

イエス様の陵墓と東西のメノラー

イエスのお墓1

11/16(木)~11/17(金)にかけて
トーラステラファイトクラブ
「かごめかごめを伝える会」主催の
イエスさま卑弥呼さまのお墓参りツアーに参加してきました。
11/17は、イエスと卑弥呼の命日ということです。
上森さんが仰るには、兵庫県神河町にその陵墓が存在するということです。

http://kagome.biz/

11/17早朝
ついにやってきました。
こちらがイエスさまの陵墓の山です。\( 'ω')/

イエスのお墓2

なぜこの山が、イエス・キリストの陵墓なのか?

それは上森さんのこちらのブログ記事に詳しく書かれています。
↓ぜひご一読ください。

INRI はイエス・キリスト そのイエスの本当の墓が兵庫県神河町に!!

イエス・キリストの本当の歴史と終焉の地を知ることで真の世界平和は訪れる

イエスのお墓3

上森三郎さん曰く

大国主命は大己貴命=葦原醜男=大物主神=大國魂大神

・・・まだまだ沢山の呼び名があるので、大名持神(おおなもち)とも呼ばれました。

実はこの方が世界に名を轟かせたイエス・キリストであり、神武天皇でした。

BC660年は、北イスラエルの崩壊から日本に来た人達がスタートさせた、
エフライム王家を中心とした第二ウガヤ王朝のスタートのことです。

これらの方々の推挙の元、イエス・キリストが播磨の王としてスタートを切り、
だんだんと日本、世界へと名を轟かせていきました。

この素晴らしい世界のリーダー、イエス・キリストは、99年11月17日 
備前の穂浪で息を引き取りました。 享年102歳でした。


イエスのお墓4

懐かしくて清々しい
故郷・出雲の風も感じることが出来ました。

メノラー(西)1

こちらの山は西のメノラー。

メノラー(西)2

大河内の水車公園・こっとん亭
西のメノラーのすぐ近くです。

メノラー(西)3

以前、神谷成章先生が神河町で農業指導をされるということで
私は一度、ここに訪れていたことがありました。

昨夜、峰山高原ホテル「リラクシア」で
シータマタ(尾崎榮さん)と出会いました。

初対面だと思っていたけれど
彼女とはどこかで出会っている・・・はて、どこだったかな?

実は神谷先生の農業指導の時に
こちらでお会いしていたんだと後になって知りました。

なんだかんだと、世間は狭いなぁ・・・

そして世界は予定調和で動いているんだなぁ・・・と実感しました。

メノラー(西)4

大きな水車が、糸車(いとぐるま)に見えました。

神河町は、見えない世界のご先祖様たちと
私たちを赤い糸で結んでくださる素敵な街。

メノラー(東)1

11/16 ツアー前半に訪れていた山です。
東のメノラー。

メノラー(東)2

西と東のメノラーは同じ形をしていました。

イエスと卑弥呼
ふたりの陵墓を示している榊の山。

メノラー(東)3

メノラーの上には、亀さんの雲。

メノラー(東)4

東のメノラーの近くには、
卑弥呼のお母さんのお墓もあるそうです。

それはポールの立っているあたりの小さな山。

武部正俊さんから伺いました。

自然の中に答えがあります。
綺麗にシンボルが揃っています。

勇気と知恵がなければたどり着けなかったはず。

素敵です。



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  1. 2017/11/18(土) 22:52:47|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

夕日に染まる太田ダムと、リラクシアの朝日

太田ダム1

11/16(木)~11/17(金)にかけて
トーラステラファイトクラブ
「かごめかごめを伝える会」主催の
イエスさま卑弥呼さまのお墓参りツアーに参加してきました。
11/17は、イエスと卑弥呼の命日ということです。
上森さんが仰るには、兵庫県神河町にその陵墓が存在するということです。

http://kagome.biz/

11/16の最後に訪れたのは、山の上にある神秘のダム・太田ダムです。

太田ダム2

日が暮れて、綺麗な夕日で染まる神秘のダムでした。

太田ダム3

イエスの陵墓から近いところにあります。

このダムの存在は
とても意味深なものでした。

太田ダム4

昼間はたくさんの青々とした磐座や山を眺めて巡り
沈む夕日とともに、ダム湖で締めくくりました。

深い満足感に包まれていきました。

リラクシア朝日1

明けて、11/17の早朝です。

峰山高原ホテル・リラクシアにて。

7時半頃だったでしょうか。
朝日を拝みました。

リラクシア朝日2

リラクシア朝日3

リラクシア朝日4

リラクシア朝日5

神秘の神河町。

11/17 イエスと卑弥呼の命日の朝日でした。

満開の、日の丸の花のように思えました。

ツアー後半のスタートです。
とても善き日になりそうな予感がしました♪



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  1. 2017/11/18(土) 20:07:24|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)
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