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瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

「世界水の日」に六甲比命神社へ

世界水の日六甲比命1

3/21(木・祝)は、春分の日でした。
ホツマツタヱ研究家の宮﨑貞行先生の講演会
「美智子皇后のお歌を詠みあわせ・去りゆく平成を懐かしむ集い」が六甲で開催され、
神奈川から大橋しのぶさん、埼玉から小林芳枝さんがご参加くださいました。

翌日の3/22(金)、本日ですが
遠路はるばるお越しくださった大橋さん&小林さん、
上司の清水と私の4人で六甲比命神社へ参拝いたしました。

先月のことですが、河野典子先生としのぶさんから
静岡の滝川神社で汲まれたお水をお預かりして、
それを大江先生とともに比命神社へお届けした時には
タイミングよく六甲山に綺麗な虹が架かり
ネットニュースになっていました。

伊豆∞六甲☆柿田川湧水と滝川神社と六甲姫
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-2137.html

「今日3/22は、世界水の日なんですよ」と大橋さん。

「世界水の日」はwikiによると・・・
1992年のブラジルのリオデジャネイロで開催された地球サミット
(環境と開発に関する国際連合会議)のアジェンダ21で提案され、
1993年、国際連合総会で3月22日を「世界水の日」
(World Day for Water、もしくはWorld Water Day)とするとの決議によって定められた。
・・・と書かれています。

いつも以上に、私たちはここで水に意識を向けていたと思います。
青いブルーの光が現象化され、磐座に写り込みました。
綺麗なシリウスブルーでした。

世界水の日六甲比命2

ここは瀬織津姫ゆかりの場所ではありますが
青い光を見つめていると、オトタチバナ姫とも関わりの深い
オーシャンブルーであるのかもしれません。

私は近所にいるので、よく此処を訪れています。
光の写真も、これまでたくさん撮ってきました。
今回はとくに鮮やかで美しいと感じました。

世界水の日六甲比命3

2+0+1+9+3+2+2=19 ウ 
1+9=10 メ
1 ヒ

「世界水の日」は、数霊でも、水は万物の母だと伝えています。

はやぶさ2


太古、月からの恵みであった地球の海水は、
微生物の働きを育み、豊かな緑や
大気層(八重垣)を築きあげてきました。

これから地球にもたらされる
りゅうぐうの水の恵みを
大切に見つめていきたいです。

それはきっと、
私たちのアートのエッセンスにも
なりうる恵みかもしれないです。

ヲシテとカタカムナ ウミガメの宝物
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-2031.html


久しぶりに、オリジナル和歌を作ってみました。 \( 'ω')/

龍宮の  さては不思議な  玉手箱  彼方の宙(そら)で  護る鳥船





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  1. 2019/03/22(金) 23:44:59|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

「小泉八雲朗読のしらべ八雲彷徨」@湊川神社

小泉八雲と湊川

日本文化舎の松本りえさんからのご案内で
佐野史郎さん脚本・朗読「小泉八雲朗読のしらべ八雲彷徨」を聴きに
湊川神社まで出かけました。

朗読された俳優の佐野史郎さん、音楽の山本恭司さん、小泉八雲の曾孫の小泉凡さん
御三方とも、松江のご出身です。

私、勝手に仲間意識を持っています。\( 'ω')/

能舞台での謡曲「杜若(かきつばた)」を披露された山中雅志さんの謡に
すっかり幽玄の世界に導かれて、のちの朗読は、
半分ウトウトと眠りながら完全にリラックスして聴いていました。

こんなに心地の良い朗読会は、初めてでした。

-------------------------

■小泉八雲朗読のしらべ
佐野史郎と山本恭司が朗読と音楽で表現する小泉八雲の世界。
日本を代表する俳優の佐野史郎と世界的なギタリスト山本恭司は、
ともに小泉八雲が「神々の国の首都」として畏敬し、親しんだ町、島根県松江市の出身です。
その二人のライフワークとして、作家小泉八雲の作品を素材とした
朗読パフォーマンスを、2006年より継続的に行っています。
2014年には八雲の母の故郷ギリシャで、2015年には父の故郷アイルランドで、
また国内でも多くの公演を果たし、人々を感動の渦に巻き込んできました。
二人が紡ぐ言葉と音楽は、松江で生まれた新しい総合芸術といってよいかもしれません。
近年、八雲のオープンマインドなまなざしが現代社会の文脈で再評価され、
新しい文化資源として文化創造活動に活かされています。
この朗読パフォーマンスもその大きな潮流の中に位置づけることができるでしょう。
生涯、語り部と深く交わり作品を紡いだ八雲。その深遠なイマジネーションの世界を体感してください。

小泉八雲曾孫 小泉凡

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小泉八雲と湊川1

そして、久しぶりの湊川神社です。

御祭神は、楠木正成公(大楠公)です。

小泉八雲と湊川2

ど~みてもシーサーにしかみえない狛犬くん。

小泉八雲と湊川3

楠木正成公の御墓所で手を合わせてきました。
元禄5年(1692年)、水戸光圀公が、「嗚呼忠臣楠子之墓」の碑を立てられています。

小泉八雲と湊川4

こちらが、水戸の御老公様です。

やっぱり助さん、角さん、八兵衛さんとかが
お傍にいてほしいな~、なんて思っちゃいますね。\( 'ω')/

私はおじぃちゃんと&おばあちゃんと一緒に、
いつもTV時代劇「水戸黄門」を見ていました。

小泉八雲と湊川5

ここは日が暮れてきてしまいましたが
これから日が昇っていく場所へも行きます。

どうぞよろしくお願いいたします。\( 'ω')/



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  1. 2019/02/24(日) 19:02:14|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

伊豆∞六甲☆柿田川湧水と滝川神社と六甲姫

2019立春比命神社1

今日は2/4立春です。

小笠原流礼法総師範であり、
東京で組紐の教室を主宰されている河野典子先生と、
札幌や近江・倭など各地へ赴き、ルーツ探しの旅を
小説や小冊子に纏められている大橋しのぶさんが、
先月1/28に、六甲のサラ・シャンティにいらっしゃいました。

才色兼備のおふたりです。
しのぶさんは、河野先生の組紐教室のお弟子さんです。

もっと詳しく、私も組紐の事を知りたい・・・という気持ちになりました。
あの日以来、組紐を大事に身に着けています。

お会いした時に、三島大社の近くに湧き出ている柿田川湧水と
滝川神社の御神水をお預かりしていました。

それを本日、ホツマツタヱ研究家の大江幸久先生に同行をお願いして
六甲比命神社へお供えしてまいりました。

ここから組紐で結ばれて、新しい物語が始まってゆく
そんなイメージを抱きながら、参拝いたしました。

きっと夢いっぱいの善循環が始まります。

2019立春比命神社2

早朝から、雨が降ったり、晴れ間が出たり、
立春とはいえ、不安定な空模様でした。

滑りやすいので、この時期に訪れる方は
どうぞお気を付けください。

2019立春比命神社3

心経岩の文字も、
雨の日はクッキリと読み取れるので素晴らしい、と大江先生。

そういえば「般若心経」の言霊も話題でしたね。

春になったら、皆さん一緒にまた訪れましょう。

一緒にはじめていきましょう。 \( 'ω')/

私も滝川神社へ行ってみたいな~。

2019立春虹

追伸です。

11時半ごろに、虹が出ていたそうです。

ちょうど私たちが参拝を終えた頃ですね。

ヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪


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  1. 2019/02/04(月) 23:15:27|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

射楯兵主神社(いたてひょうずじんじゃ)

射楯兵主神社18

11/23(金)に参拝しました。

射楯兵主神社(いたてひょうずじんじゃ)です。

播磨国総社でもあります。
姫路城と、護国神社にもほど近い中心部です。

射楯兵主神社16

いつも姫路城の近くまで来ているけれど
なかなかここまで足を延ばすことがなかったです。

やっとこの日に初参拝です。 \( 'ω')/

射楯兵主神社3

御由緒より

御祭神

射楯大神(いたてのおおかみ)
五十猛命(いたけるのみこと)と称し、素戔嗚尊(すさのおのみこと)の御子神であられ、
檜や楠等の木々を植樹して、日本の国土を緑豊かな国にされた植樹の神様と崇められています。
また、神功皇后(じんぐうこうごう)の新羅遠征の折に、御船の先導をしたという
播磨国風土記の故事から、勝利や幸福へ導く道開きの神様としても崇敬されています。

兵主大神(ひょうずのおおかみ)
大己貴命(おおなむちのみこと)と称し、大国主命・七福神の大黒様とも呼ばれ、
后神や多くの御子神に恵まれたことから縁結びの神様と名高く、福の神として慕われています。
また、農業・工業・商業のあらゆる産業から、医薬、酒造までを生み出して、
人々の暮らしを豊かにされた国造りの神様としても崇敬されています。

射楯兵主神社4

イルカちゃん ぷかぷか~。

降り注ぐ光もイルカちゃんと同じブルーです。
お店のおじさん、もしかしてワイタハからいらっしゃいました?

「七五三参り」の子供たちがいて、可愛いかったです。
UFO風船、買ってもらえたかな~?

射楯兵主神社6

『播磨国風土記』にも記されているようです。

飾磨郡伊和里(姫路市街地周辺)は、
伊和族(出雲系)

伊和大神=大己貴神(大国主命)=兵主神 とされています。

それだけで、自分にも縁がある場所なんだと感じられます。

射楯兵主神社5

伊勢神宮の式年遷宮で神宝は新調されるため
古くなった神宝5点が1975年(昭和50年)に譲渡されてたそうです。

また2016年(平成28年)2月にも、革御靭・銅黒造御太刀・梓御弓・御楯の4点が譲渡。
なにやらスゴイ場所のようです。

射楯兵主神社7

射楯兵主神社9

最近、神道とイエス・キリストが関連するお話をよく聞いているせいか、
もう45度傾けられた、プロペラのような回転十字にしか見えなくなってしまってる千木。
物の見方が日々変化しています。
正しいのかもどうか分からないのに。(^_^;)

射楯兵主神社8

三ツ山大祭という伝承のなかに
「八難九厄祓い」信仰というものがあるようです。
8と9なんて、強烈そうです。

ミミズクが神使とされています。
みみまる・・・・330753

射楯兵主神社10

十二社合殿

射楯兵主神社11

鹿嶋神社の前には、恋51の絵馬がたくさん。
出雲も鹿嶋も、もとは一つに結ばれていた、縁結びの神様。

射楯兵主神社12

姫路城との関わりの深い、黒田官兵衛ゆかりの地でもあります。

私の上司は、神道夢想流杖道の関係でよく訪れています。
鹿嶋の神様は、なにかと現実的な場面で人の縁を結んでくださっている気がします。

射楯兵主神社13

お稲荷さんの赤鳥居も、光に映えていました。

射楯兵主神社14

御神気が漂う境内です。

射楯兵主神社15

ちょっと興味深いのは、
南九州市頴娃町別府にも、射楯兵主神社があり、
こちらは通称:釜蓋神社(カマフタジンジャ)と呼ばれているそうです。

出雲の国には「出雲国風土記」に登場する『韓銍社(からかまのやしろ)』や釜浦港など、
日本海に面する島根半島には、やたら「釜」がつく場所が多かったりします。
鉄や銅の山。たたら製鉄、炊飯の釜、、、銅剣・銅矛。その産地です。
生活にも密着する鉄・銅と釜の関係は興味深いです。

九州の射楯兵主神社(=釜蓋神社)も、きっと同じ文化で栄えたのでしょうね。
祭神は、スサノオさんとウケモチさん。
やっぱり出雲系で、島津氏との関係も深いようです。

岡山県の総社は、近くに鬼神・温羅の釜(吉備津神社の鳴釜神事)。
まつろわぬ鬼神と釜の伝説は繋がっています。

---------------------

播磨国総社の射楯兵主神社は、もののふの郷。

限りなく透明に近いブルーに包まれながら
心身統一するための聖域なのでしょう。

とても清々しい場所でした。


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  1. 2018/12/04(火) 23:40:06|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

姫路護國神社

姫路護國神社1

11/23(金)のことですが、早朝に
姫路護国神社に参拝いたしました。

姫路護國神社2

姫路城のすぐ傍です。
城の一部と言っても良いのかも知れません。

お堀をぐるっと回るとちょうど良い朝の散歩。
気持ちが良かったです。\( 'ω')/

姫路護國神社3

静かなる 神のみそのの 朝ぼらけ 

世のありさまも かかれとぞおもふ



昭和天皇の御製です。

この時の朝も光いっぱい。
神懸かっていたと思います。

姫路護國神社4

ちなみに「朝ぼらけ」で始まる百人一首の歌。31番目です。

朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに

吉野の里に 降れる白雪



作者:坂上是則(さかのうえのこれのり)

護国神社ではまだ紅葉が始まったばかり・・・

姫路護國神社5

お城の周囲を散歩できるなんて、
とても贅沢なひと時なのかもしれません。

神戸に近いようで遠いようで、
やっぱり近いなぁ~と思ってしまう姫路でした。


ちはやふる  姫の通い路  ゆきかへり  さやけし峰も  秋色に染む

(瑠璃)

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  1. 2018/12/04(火) 00:06:54|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

日吉神社の巨大磐座 (神河町比延)

日吉1

上森三郎さんの「神河ひろば」が寺前駅の近くにオープンしました。
昨日、はじめて訪ねました。シータマタさんの事務所にも立ち寄りました。
なんだかいい雰囲気です。

帰りがけに、武部正俊さんの御案内で
最近になって陽の目を浴びているという
巨大イワクラを見に行きました。

この写真がそれです。
ダイナミックですね。(^O^)

日吉2

兵庫県神崎郡神河町比延の日吉神社にあります。
ここは、駅から歩いて行ける距離です。

日吉3

播磨国風土っ記んストーリー  風土記を片手に播磨を歩こう

↑こちらのサイトにウォーキングマップがあります。

日吉神社はキーポイントですね。

神河町探索に、とっても便利。
次回は利用してみたいと思っています。

日吉4

古い御神木の切株です。

樹木が育つエネルギースポットですね。

日吉5

大きな岩は、女陰のかたち。

日吉6

日吉7

日吉8

播磨国風土記には、こんな謂れがあります。

大汝命(大国主)と小比古尼命(スクナビコナ)

大汝命と小比古尼命との間で

「粘土を担いで行くのと糞を我慢して行く、
どちらが先に行けるか」という話になった。

大汝命は糞を我慢して行き、
小比古尼命は粘土を担いでいくこととなった。

数日後、大汝命は「私は我慢できない」とその場で用を足してしまった。
小比古尼命も笑いながら「疲れた」と粘土(ハニ)を岡に放り出した。

このためハニ岡と呼ばれるようになった。

また、大汝命が用を足したときに、笹が弾き上げて服についてしまった。
このため波自賀村(はじかのむら)と呼ばれるようになった。
この粘土と糞は石となって今もあるという。

日吉9

粘土と糞の石なんですって・・・。

なんだか強烈な例えですが
ソレが意味するところは一体なんでしょうか。

糞=ウンコ=産む子

「宝」なのではないかなと思いました。

日吉10

女陰の岩から生み出されるのは「子宝」です。

この地でもっとも重要な男神たちからのメッセージは、
出てくる「宝」に気づいてね、ということなのではないでしょうか。

19日午後1時40分ごろ、品川発土浦行きの
JR常磐線特別快速走行中の電車内で、産気づいた女性が
その場でシートに覆われながら無事に出産したというニュースを目にしました。

このニュースは、やけに印象に残っていました。

JR寺前駅の周辺はまだ静かに佇んでいますが、
列車は、これからこの町に訪れる人たちの
終着点であり出発点でもあります。

列車もまた、現代の宝船であり
私たちを包む胞衣の役割を果たしているのかもしれませんね。

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  1. 2018/01/22(月) 13:21:41|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

姫路~千姫の足跡をたずねて~ 6 お菊神社・十二所神社

お菊神社1

12/29(金) 姫路の町を探索してきました。
日頃から仲良くしてくださっている
姫路77 ニコニコゆるゆるカタカムナ♬のメーメーさんにご案内していたただき
いままで知らなかった姫路の素敵なところをたくさん発見することができています。

これで最後の記事になります。
しかし、最後がとってもディープな内容となってしまいました。

できれば最後までお付き合いください。(^o^)
--------------

白鷺城(姫路城)の伝説には
播州皿屋敷 お菊物語があります。

姫路城のサラブレッド的なお姫様・千姫。
対して、悲劇のヒロイン的なお菊さん。

なんだか光と影の対照的な2人だなぁ・・・と、
その昔、子供心にも感じたものです。

悲劇の物語は、喜劇よりも人の記憶に強烈な印象を与えます。
それが仕掛けた人たちの狙いでもあると思うのです。

怨霊として知られるお菊さんは
どこかイワナガヒメの印象とも被るのですよね・・・。

果たして真相は、どうなのでしょうか?

お菊神社2

播州皿屋敷、番町皿屋敷、、、皿屋敷の怪談話はあちこちで見られるようです。

なにか言霊的・数霊的にみていくと面白い発見があるそうですが
そこはメーメーさんが独自の視点で上手くまとめていってくださると思います。

お菊神社3

私が感じたことを
ほんのちょっと、触れるとするなら・・・

(トンデモな話になってしまうかもですが)

皿屋敷は、更屋敷であり、荒屋敷でもあるわけで
それはずばり、「阿頼耶識」ではないのかな?ということです。

お菊神社4

悲劇のヒロイン・お菊は、
大事にされていた10枚1セットの皿のひとつが消失したことで
責め立てられて、折檻されて、井戸に沈んで死んでしまった・・・。

皿を夜な夜な1枚、2枚・・・と数えていって、
最後は、9枚めを数えて、 1枚足りない・・・ の言葉とともに "恨めしや~"

有名な怪談話となりました。

この物語には、多次元的な見方が存在するように思います。
ホツマツタヱのヤマタノオロチ退治も、きっと同じ類です。

通りすがりに出会った日蓮宗紫雲閣では「九識霊断」幸運の鍵と見ました。

それも大きなヒントです。


法相宗(ほっそうしゅう)について、知ってください。

法相宗とは、インド瑜伽行派(唯識派)の思想を継承する
中国の唐時代創始の大乗仏教宗派の一つです。

638年(唐代、貞観19年)中インドから玄奘が帰国し唯識説が伝えられます。
その玄奘の弟子の慈恩大師基が開いた宗派として知られます。

唯識宗・慈恩宗・中道宗[とも呼ばれ、
705年に華厳宗が隆盛になりますが、しだいに衰えていきます。

玄奘~空海まで、その思想は受け継がれて

西国33箇所観音巡り
姫路西国33か所観音巡り


その信仰の寺社仏閣を私たちが巡ることにより、
弛まぬ意識の連鎖の中に、受け継がれきているのです。

男山の周辺には、目立つところに、
日蓮の紫雲閣も、空海・真言密教石梁山不動院も、
極めつけに、慈恩寺などの様々な宗派の寺が
意外と狭い範囲の中で存在しているのです。

そこには独特の匂いがあります。

間違いなく、皿屋敷は阿頼耶識なのです。
天台宗では、阿摩羅識を加えて九識となります。

9枚・・・

1枚足りない・・・

真言宗では、最後に揃う1枚が、乾栗陀耶識と言っています。 
めでたくこれで十識と揃っていくのです。

法相宗から広がった唯識説から見ていくと
綺麗にお菊さんの播州皿屋敷伝説が紐解けていくのです!

これも真言密教・空海らが仕掛けたことのひとつなのかもしれません。

お菊神社5

怨霊なんて、ほんとうは居ないのです。

大事な密教の密を、悲劇の伝説の中に隠しているのです。

心の幅を広げていかないと
こうした仕掛けを読み解いていくことは出来ません。
痛みや苦しみ悲しみを知った先で、出会える喜びの深さを味わう。
それで十識の皿が揃うのです。

悲劇のヒロインは、
ほんとうは輝く女神であり、
自分自身の唯心の中に存在しているのです。

「恨めしや~」 =裏メシア

悲しみを、慈しみに変えて

自分の中の女神と出会えたときに、
自分自身が救世主であったと、気が付くことでしょう。

お菊神社6

この世界の悲しみよ、さようなら・・・♪

十二所神社1

お菊神社の横には、十二所神社(じゅうにしょじんじゃ)があります。

十二所神社2

新年を迎える準備が整えられていました。

待ち構えてくれていた門松に
新しい扉を開けていくことを許可されたようで
ちょっと嬉しい気分になりました♪

十二所神社3

光で満ちている十二所神社です。

十二所神社4

菊の花が見えます。

十二所神社5

神文は、蓬の葉のようです。

春菊にも似ているような感じです。

十二所神社6

医薬の神様で、神徳は病気平癒など。

十二所神社7

少彦名とも関係ありそうです。
薬師瑠璃光如来とも、きっと繋がっているはずです。

十二所神社8

菊はココ 99 

「カムナガラの道」

ヒフミ天地の数歌を響かせます。

十二所神社9

十二所神社の復興に尽力されたのも、菅原宮司さんでした。

とってもディープで、謎解きが仕掛けられている
姫路・日に向かう巫女の道です。

一度訪れただけでは、
浅いところしかわかりません。

きっと、深層の秘めが、これから顕れてくるでしょう。

ご案内してくださったメーメーさん、ありがとうございます。

カタカムナの数霊・言霊の思念解読に慣れていって
また一緒に、謎解きをしていきたいです。

姫路はほんとうに奥深くミステリアス。
楽しみたいと思います。

°˖☆◝(⁰▿⁰)◜☆˖°


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  1. 2017/12/31(日) 00:18:44|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

姫路~千姫の足跡をたずねて~ 5 男山八幡宮・千姫天満宮

男山八幡宮千姫天満宮1

12/29(金) 姫路の町を探索してきました。
日頃から仲良くしてくださっている
姫路77 ニコニコゆるゆるカタカムナ♬のメーメーさんにご案内していたただき
いままで知らなかった姫路の素敵なところをたくさん発見することができています。

さて、こんどはふたりで足並みをそろえて、男山へと登っていきます。

\( 'ω')/\( 'ω')/

男山は、かつては雄山と呼ばれていたそうです。

男山

こちらが、wikiから拝借した男山全景です。

四国88か所巡りのミニチュア版と磐座の宝庫である、西宮市の目神山(女神山)に対して
こちらの石梁山不動院にも、四国88か所巡りが配置されていました。

なので、こちらの男山と目神山(雌山ともいえるのかな?)のあいだには
きっとなにか関連を見出すことが出来るはず!

熊野権現さん・役行者さんなど、多数の共通した存在の足跡もみられるし。

・・・なんて思ってしまったわけです。

写真をみると、ほんとに、目神山に似ている男山です。

あぁ 面白いな♪ \( 'ω')/

登っている道中では、ここまでの気づきは得られませんが
あとで写真を整理しながら、確認しながら
なるほど! と思うことはたくさんあります。

こういう感動を
メーメーさんと分かち合えるのも嬉しいです。

男山八幡宮千姫天満宮2

男山の頂上に辿り着く手前で
千姫天満宮が見えてきました。

尾張徳川家第21代当主 徳川義宣 参拝記念の碑がありました。
新しいですね。

男山八幡宮千姫天満宮3

主祭神は菅原道真。

菅原道真の天神信仰をしていた千姫は
自身が居住していた姫路城・西の丸から拝礼できるように
東向きに天満宮を造営しました。

1615年(慶長20年)の大坂夏の陣で、
秀頼が自害し千姫は寡婦となります。

その翌年の1616年(元和2年)に本多忠刻と再婚。

1617年(元和3年)に忠刻が姫路に移封。
千姫は本多家の繁栄を願い、
姫路の天門(乾・北西)の鎮めとするため
1623年(元和9年)3月、天満宮を建立したそうです。

男山八幡宮千姫天満宮8

千姫が奉納した6枚の羽子板にちなんで絵馬が作られているようです。

千姫の笑顔が可愛らしいです。

これ、実物が見たかったんですよね♪

ちゃんと紹介できて嬉しいです。(^o^)

男山八幡宮千姫天満宮4

千姫天満宮から少し上っていくと、
八幡神を祀る男山八幡宮に辿り着きます。

・・・・ですが、

写真を取り忘れてしまいました。 (''◇'')ゞ

千姫天満宮を参拝したら
満足してしまったのかもしれません。

まぁ そういうこともあるわ。。。

男山八幡宮千姫天満宮5

男山の山頂に上り詰めました。

標高57.5 m 

ここは。

ワンちゃんも散歩に訪れるようです。
結構、良い運動になります。

男山八幡宮千姫天満宮6

配水池公園ということで、
山の天辺でも、水の氣で満ちています。

山麓にあった水尾神社は=水緒であり、
やっぱり水脈で正しかったんですね。

いろいろと気付くことがある男山でした♪

男山八幡宮千姫天満宮7

ここからの白鷺城(姫路城)の眺めも絶景です。

姫路城十景
船場八景に選ばれている場所です。

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  1. 2017/12/30(土) 22:35:34|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

姫路~千姫の足跡をたずねて~ 4 水尾神社

水尾神社1

12/29(金) 姫路の町を探索してきました。
日頃から仲良くしてくださっている
姫路77 ニコニコゆるゆるカタカムナ♬のメーメーさんにご案内していたただき
いままで知らなかった姫路の素敵なところをたくさん発見することができました。

ひとつ前の記事(姫路~千姫の足跡をたずねて~ 3 日蓮宗紫雲閣と真言宗不動院)
そこに書いた真言密教の両部神道と
播磨陰陽師の仕掛けに圧倒されつつ
六甲山や各地の修験道の山々との関連までも示唆されて
姫路の「日に向かう巫女の道」は
何重もの「秘め」に包まれている
渦の中に飛び込んでいく旅であると・・・そう、実感させられていました。

きっと、メーメーさんも、同じ気持ち。

彼女のもとにやって来ている数々のサインは
とても消化しきれないくらいに凄まじいですネ。

なんたって、ここに居るんだから。。。 (^-^;

一緒に楽しみながら歩いていけたらいいなと、そう思うばかりです。

--------------

さて、次にたどり着いたのは、水尾神社です。

水尾神社5

水尾神社と言えば、、、

ホツマツタヱ文献が50年前に発見された、
高島市拝戸(はいど)にある神社も水尾神社でした。

高島の水尾神社は、
私と家族にとても深いかかわりを感じることができた神社でした。

ここも同じ名前の神社。

なにか関わりがあるのかな?と思いつつ参拝しましたが
その関連は今はまだ見えません。

主祭神は、大己貴命・伊和大神

こちらの祭神に関しては、上
森三郎さんのブログとの関連が大きいのでしょうね。

摂社に、市杵島姫社・荒神社・大将軍社・武大神

播磨国総社の元宮といわれているそうです。
そうなると、思いのほか、歴史は古いのかもしれませんね。

水尾神社2

御神木の根っこの部分がとても気になります。

半分土中に埋まった、「ウロボロスの蛇」みたいに見えませんか?
輪っかになっているように見えます。
水引のような、蝶結びのような、輪っかにも見えます。

「結」=出雲大社でもあります。

やはり、大己貴命なんですね♪

水尾は、いろいろな意味があるように思います。

水尾= 巳緒・水脈・美桜・実桜・深央・美織・美音

みんな、ミオの響きで生まれるコトバです。

水脈が一番、それらしいのかな・・・と
今の時点では感じています。

水は永遠循環を繰り返して
地球の大地を育み
私たち地球の生命体を育ててくれます。

水こそ愛なのです。

高島の水尾神社周辺も、綺麗な水の宝庫でした。
自然との関わりに、共通するものを感じられます。

水尾神社3

八咫鏡と8つのコーン。

水尾神社4

また来たる 最高の34 (御世)  ・・・姫路から

・・・なんて詠んでみました♪ (^O^)



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  1. 2017/12/30(土) 18:46:48|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

姫路~千姫の足跡をたずねて~ 3 日蓮宗紫雲閣と真言宗不動院

紫雲閣1

12/29(金) 姫路の町を探索してきました。
日頃から仲良くしてくださっている
姫路77 ニコニコゆるゆるカタカムナ♬のメーメーさんにご案内していたただき
いままで知らなかった姫路の素敵なところをたくさん発見することができました。

この一連の記事は、メーメーさんと一緒に歩いたことで
辿り着くことができ、纏めることができました。

ひとりで歩いていたら、中身はまるで違っていたでしょう。
より深いものを掘り起こしている感じです。
---------------

姫路城の、お堀の周辺をぐるりと歩きました。
千姫の小路・清水門跡の近くです。

日蓮宗の教会を見つけました。
紫雲閣というそうです。

紫雲というと・・・
六甲比女神社の雲ヶ岩!
どうしてもそこを思い浮かべてしまうよね。
ということで、メーメーさんと思いは一致しました。

同じことに興味を持っていると
ときどき言葉が不要な一体感に包まれていきます。

数霊9=0の世界 

「空」です。

それはすなわち幸運の鍵であると伝えられています。

紫雲閣2

日蓮宗の小さな教会です。
なにげなく通り過ぎるところですが
やはり気になるので、
ほんのちょっと立ち寄らせていただきました。

紫雲閣3

天神社で見てきた「梅」に対して「橘」です。

梅は桜でもあり、橘と対になると
繁栄の象徴となります。

真言宗不動院1

メーメーさんにご紹介して頂いたのは、
その川を渡って向かい側にある
高野山真言宗 石梁山不動院です。

真言宗不動院2

寺伝によると神亀五年(728)に、徳道上人により、
大和の長谷寺を模して姫山の地に創建され長谷寺と号し、
元亀三年(1572)黒田官兵衛の父である小寺職隆(こでらもとたか)が姫路城域拡張のため、
惣社(播磨國総社)地内に移し不動院と改めたとされる。

『城北社寺明細帳』にも、創建神亀五戌辰年開基徳道、
大和國長谷寺ヲ模シ當國同郡姫山ニ寺宇ヲ創建シ姫路山長谷寺ト稱ス、
元亀三壬申年小寺職隆姫山営陣之砌、同城内惣社ノ地ニ移転し、
明治三庚午年九月舊藩主ノ命ニ依テ當地ニ移転ス とある。

それまで砦や館の如き小規模なものであった赤松氏時代の城が、
小寺職隆によって中世の城郭へと変貌した時期、
長谷寺が姫山から惣社地内へと移転したことになる。

姫山における長谷寺の位置は不明だが、
石積みが城郭のものと異なるとの理由から、
現在お菊井戸のある場所と考える研究者もある。


寛延二年(1749)の『村翁夜話集』には以下の記述あり。
「明王院開基ハ永禄年中ニ小寺美濃守殿ノ時
妙音房看慶ト云持律殊勝ノ僧故美濃殿崇敬有初テ一宇ヲ建立シ玉フ」
また別の箇所に「総社ノ内姫路山長谷寺明王院ハ
昔長谷門ノ塔中也ト云 同所不動院モ同之」とあるので、
不動院を永禄年間(1558-1570)の建立とする説もあるが、
不動院境内に不動院第二葉清尊法印の墓があり
寂年を弘治三年三月三日(1557)と刻むので、
不動院としての歴史は明王院より古いことになる。
ここに言う「不動院モ同之」は明王院と不動院が
長谷寺の塔中という由来を共にする意と解釈した方がよい。

-------------
かなり読み辛い部分がありますが、以上が縁起でした。

真言宗不動院3

空海に行基、
池田輝政公、愛宕権現、
花山法皇とか・・・
仏眼上人、熊野権現、そして役行者までも
まるでここは六甲山と同じ仕掛け!?

いろいろなお名前が出てくる
播磨四国八十八か所札所
姫路西国第十九番札所であります。

もう一見して、陰陽道的関わりの濃い深いところだと分かります。

石梁山不動院 公式サイト
http://www.himeji-fudouin.com/

とても纏めきれないので、
ご興味のある方は、ぜひ公式サイトをどうぞ。

石梁山って・・・

石屋真梁さんが絡んでいますか?

真言宗不動院4

そんなことを考えつつ、どんどん中へ入っていくと

姫路西国観音巡りの観音様たちが、
ひとつの石仏として習合されていました。

姫路を代表する33観音が、ここに
ひとつの曼荼羅構造になって建立されているのです。

これは圧巻です。

(@ ̄□ ̄@;)!!

真言宗不動院5

手を合わせている右に、兔!

真言宗不動院6

左には、八咫烏!


姫路を巡る今回のテーマが、ひとつ
ここで見えてきた気がしました。

はじまりの神明神社で出会った「雨宝童子」もそのサインです。

両部神道。

それは、仏教の真言宗(密教)の立場からなされた
神道解釈に基づく神仏習合思想、でした。

ここでまさにそのカタチを見せられているのでした。

日に向かう巫女の道
聖杯の役割

それが両部神道の中にあるということですね。

真言宗不動院8

姫路西国33観音の大集合に圧倒されつつ、
愛宕山大権現の坐す山に登っていきました。

真言宗不動院9

役行者さんと出会いました。

マリアベールを被っているように見えます。

真言宗不動院11

愛宕権現さんの場所から眺める白鷺城(姫路城)もまた、絶景です。

そういう場所は、やはり計算されて
ココだと位置づけられているんですね。

真言宗不動院10

御祭神についても、公式サイトから引用しておきます。

宝暦十二年(1762)頃に編纂されたとされる『播磨鑑』には
愛宕神社の祭神は軻遇突智命(かぐつちのみこと)とあり、
宝暦十年(1760)に編纂された『播陽万宝智恵袋』には
火神軻遇突智命(ひのかみかぐつちのみこと)とある。

いずれも愛宕山大権現の神名である。

この軻遇突智命は火の神であったために、
産まれた時にその炎で母(イザナミ)の身体を焼き、死なせてしまった。

つまり仇(あだ)をなした(害を与える意)わけである。
この神話により愛宕とは「仇なす子」から由来したと考えられている。

「あだなすこ」→「あたこ」→「あたご」

中世後期より火防(ひぶ)せの神として崇められて今日に至っている。

愛宕山大権現の本地(おおもとの姿)は将軍地蔵とされ、馬に乗る武将の姿をしている。

この将軍地蔵は役小角(えんのおづぬ)が修法をした時に感得したという説や、
戦国時代に戦場での争いの中で、敵味方ともに犠牲者の成仏を願ったことから
地蔵菩薩が戦場に救済のために現れたという説がある。

戦場は修羅の世界なので、争いに心を奪われてしまった兵士たちの魂に声が届くように、
地蔵菩薩は鎧の兵士の姿で長い錫杖を持ち白馬に乗って現れたとされる。

そして、争いに染まって聞き分けのない戦場の犠牲者である兵士の魂には
ときに大変荒々しい態度で争いの心を手放すように迫り、仏の道に導く。

穏やかな救いでは救うことのできない兵士の魂を将軍地蔵菩薩は救うことができる。
片方の陣で将軍地蔵を祀ると敵方の怨念を消し、
犠牲者による障りもなく自然と勝ち戦になったと思われる。

戦国時代には明智光秀が本能寺の変の前に迷いを断ち切るために
参拝したのも京都の愛宕山大権現であったし、
上杉家の執政であった直江(なおえ)兼続(かねつぐ)が兜につけたの字は
愛宕山大権現の愛であった(諸説あり)。

いずれも戦乱の世で安穏を願った愛宕山大権現への信仰がうかがえる。

真言宗不動院12

時に厳しく、時に優しい「愛」

心から湧き出て響き合う「愛」は
型にはめることができない広く大きな愛なのかもしれません。

愛を引き受け合う、うつわ(聖杯)もまた
拡大する宇宙の如く
無限に大きくしていけるものかもしれませんね。


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  1. 2017/12/30(土) 17:58:05|
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