瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

三角縁神獣鏡と神原神社

神原1

今回の出雲での帰省で、最後に参拝したのが
島根県雲南市加茂町にある神原神社(かんばらじんじゃ)です。

所在地は、島根県雲南市加茂町神原1436

数字が゛イヨイヨ弥勒゛になってるね♪

神原2

加茂岩倉遺跡を見に行こうとしていましたが、雪で断念。

父はほんとうに銅矛が大好きで、私を遺跡発掘場に連れて行きたがります。
母はあまりそういうものには関心が無くて、この時点でドライブにかなり疲れていたらしく
どうでもいいよ、どうでもいいよ、と繰り返していました。

母は私の「鏡」であって、近づいて覗きすぎると反発や摩擦が生まれていくという関係です。
似たもの同士と父は言いますが。。。
似すぎていてお互いに、時々嫌になるのかもしれません。
ほどほどの距離があると良い感じです。

私も、母が興味を惹かれるものに対しては、ほんとうに「どうでもいいよ」を繰り返したくなりますから。
好きなことにしか夢中になれない。眼中に無くなってしまう。受け付けないものはどうやっても無理。
強情で頑固な部分が、ほんとうにそっくりな母娘です。
どうしたものやらね・・・。ははは。。。

加茂遺跡の近くには「鏡の神社があるから行こう」と父。

ここが親子参拝ツアーの最後となりました。

「鏡」と聞いては、スルーして帰る訳にはいきません。  w(*・o・*)w

今回の一連の出雲八雲の旅は「スサノオ」「クシナダヒメ」「鏡」などがキーワードになっている感じ。

「天狗」と「三笠」も。

神原3

御祭神
大国主神
磐筒男命
磐筒女命


『出雲国風土記』大原郡条の神原郷の項に「所造天下大神之御財 積置給處也」とあります。
当初は大国主神のみが祀られていたようです。

宝永5年(1708年)に三刀屋天満宮宮司の広沢漆拾がまとめた『神原神社縁起』では
祭神が磐筒男命・磐筒女命とされているようです。

神原4

わー ここも真横一直線に光が入るね。 w(*・o・*)w

女神に纏わる古史古伝があったりするのではないかな。。。

神原5

小さな頃に、連れてきてもらったことがあったような気がする。

それが何歳で、いつの頃だったのか、さっぱり思い出せないけれど。

神原6

神の原っぱ。平野の中に佇む神社。

川も近くにあって、風光明媚な土地です。

神原7

大国主命の御歌。

ありがたや松井の里の神遊び

これぞみくにのまもりなるらん


この地での神遊びが、国の護りに繋がっていくのかな。。。

この日の参拝も、後でどこかに繋がっていくのかもしれませんね。

神原8

神原神社古墳

テントのような屋根で護られていました。

神原9

この古墳から「景初三年」の銘を有する三角縁神獣鏡が出土したそうです。

・・・といっても、別の場所にあった方墳を、この場所に復元されたそうです。
規模は29m×25m、高さは5m程と推定されています。
島根県では最古に属する前期古墳なのですって。

神原10

これが出土した三角縁神獣鏡

ここに来て、初めて知って、驚いたことがあります。

昔、赤川(斐伊川水系)の改修工事で社地が新堤防域に組み込まれるために
神社を南西に50mほど遷移することになったそうです。

その際に古墳の発掘調査が行われました。

竪穴式石室からの出土品の中には
魏の「景初三年」(239年)の銘が鋳出された三角縁神獣鏡があった・・・ということです。

この銅鏡を含めた出土品は一括して国の重要文化財に指定されました。
出土品は国(文化庁)所有で、島根県立古代出雲歴史博物館に保管されています。

あっ。

そういえばこの前、歴博の「山陰の黎明」展で見てた。

私が欲しいな・・・と言っていた、あの鏡だ。。。w(*・o・*)w

↓こちらの記事に書いています。2013-10-31(Thu)

島根県立古代出雲歴史博物館 part.2
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1067.html

歴史博物館57

↑これ。

卑弥呼の鏡かもしれない、っていう・・・

神原11

ほかの出土品も、たくさん。。。


この鏡が発見された年に、私は出雲の地で生まれました。

母が臨月の時に、記録的な豪雨災害があり

「おまえが生まれる前は大変な洪水だった」と・・・

今でもその時のことを家族は語ります。


鏡は、卑弥呼の「鏡」かもしれない?

「鏡」と同時に誕生した「私」

あぁぁ・・・

知りたくないと思っていても
扉をあけていくのは、やはり自分自身なのかもしれない。

テーマ:神社仏閣 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2014/01/26(日) 16:56:06|
  2. 神社仏閣めぐり(島根)

八雲立つ 須我神社

須我1

さてさて、スサノオさんとクシナダ姫縁結び神社(八重垣神社)を後にして
ふたりの愛の宮殿であった須我神社(すがじんじゃ)にも参拝しました。

所在地は 島根県雲南市大東町須賀260

須我8

縁結びの夫婦松

ここでは「松」が和合の象徴となっていました。

須我2

八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を

八股の大蛇にずっと脅えていた美しい姫を妻に迎え、これから二度と同じような想いはさせまいと誓いながら、
愛する妻を護るために幾重にも重なる垣根を作って御殿を建てた。
幾重にも重なるあの雲を見ていると、天からも守られているように感じるなぁ。


公益社団法人日本青年会議所 領土・領海委員会
http://www.jaycee.or.jp/2013/territory/?p=682

↑ こちらの日本青年会議所さんのコラムに、グッときました。。。
ぜひ眼を通してみてください。

須我3

主祭神
須佐之男命
稲田比売命
清之湯山主三名狭漏彦八島野命(すがのゆやまぬしみなさろひこやしまのみこと)
ふたりの御子神です。

諏訪大社の分霊の武御名方命も配祀されています。

そのせいなのか、9月27日には鹿食神事という神事があるそうです。

例祭の前夜祭の後に神楽殿において宮司、神職、伶人(雅楽を演奏する者)たちによって執り行われます。
周囲の灯火が消され、殿内のわずかな明かりの中で祭事が進行するそうです。
神饌としてかつては鹿の頭が供えられていたそうですが
現在では茄子の実を輪切りにしたものを鹿の頭に見立てて供えられるそうです。
国家安泰、五穀豊穣を祈る神事です。

こ、これは・・・鹿島の神への挑戦?

武御名方命は大国主命の御子神。
出雲の国譲りの際に、鹿島の神を相手に、最後まで抵抗して戦っていた神です。

鹿ちゃん、、、鹿島、、、食べちゃうんだ。。。

ちょっと背筋が寒くなる神事だなぁ・・・と思いました。

そういえば今回の帰省の前に、今年の「阪神震災のつどい」では、和歌山県・みなべの梅を頂いていました。
その時に、「鹿島と須佐」というキーワードが出てきていたのでした。

鹿島と出雲は、ご来光の道。。。

みなべの梅
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1128.html

出雲と鹿島

これからは、緩しと和。
新文明の創造は、太陽の光のラインを繋げ合っていかなければ。。。

縁結びの夫婦松は、夫婦神の和合の象徴でもあるけれど
出雲と鹿島の和合の象徴とも成り得るのかもしれないですね。

弥勒の世は、松の世。

須我4

神社の背後には、八雲山
2000m歩いて登ると奥宮があります。

夫婦岩と呼ばれる磐座と小祠があり
元は須賀の地の総氏神として信仰されていたそうです。

島根と鳥取 山陰和合のポスターに磐座の写真が使われていました。

これからは、山陰・山陽かな。

出雲の地も、古代出雲王国のように広範囲にわたって束ねられていくのかなぁ。。。

なんだか、胸が熱くなるわ。。。

須我6

本殿は結構高い場所に在ります。

なんだか、神戸の近所・岡本にある、天王宮 素盞鳴神社
こんな感じで山肌に建っていたなぁと思い出しました。

ちょっと似てるかも。。。

天王宮 素盞鳴神社(すさのおじんじゃ)
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-669.html

須我7

機会があれば、奥宮の磐座にも行ってみたいです。

八雲山周辺は、ほんとうに清清しくて気持ちの良い場所です。
太陽の光に地面の雪が反射して、少し世界が変わって見えました。



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  1. 2014/01/26(日) 15:17:15|
  2. 神社仏閣めぐり(島根)

冬の八重垣神社

八重垣1

熊野大社を後にして、八重垣神社へ参拝しました。

所在地は、島根県松江市佐草町227  

八重垣゛と書こうとしたら゛矢描き゛って変換されてしまったよ。
これはあながち、間違いではないんじゃないかな。

× =は和合カラーだったんだね。

ここに来ると、いつも濃い紫色の光が射しています。

前回訪れたのはは2010-08-18(Wed)でした。真夏の参拝でした。

八重垣神社(やえがきじんじゃ)
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-221.html

↑ やっぱり同じ紫色です。
 
すぐ近くにある神魂神社ではブルーカラーだったのにね。
八雲の里は様々なエネルギーで満ちています。

八重垣2

主祭神
素盞嗚尊(スサノオ)
櫛稲田姫(クシナダヒメ)

大己貴命(オホナムチ)
青幡佐久佐日古命(アオハタサクサヒコ)
 『出雲国風土記』意宇郡大草郷条で須佐乎命の子として記載

素盞嗚尊と櫛稲田姫の縁結び神社です

参拝者さんが途切れることの無い神社で、誰も居ない瞬間を狙って撮影するのは難しかったです。

今は恋愛祈願の若い女の子たちがいっぱいなので
父は「あんまり行きたくないなー」とか言って、ゴネていました。
「じゃぁ無理して行かなくてもいいよ、お父さんの行きたい他のところに行こう」と言うと
イヤイヤ言いつつも、結局、連れて行ってくれるのも父なんですよね。

ここは、子供の頃から親子で何度も訪れています。
懐かしいなぁ・・・という感覚です。

やっぱり来て良かったよ♪
なんだかんだいいつつ、御機嫌になってしまう私たちなのでした。 〃o(*´▽`*)o〃

確かに、いつ行っても、女の子たちでいっぱいです。
観光バスから降りてきた参拝者さんで、拝殿の周囲はますます賑やかになっていました。

八重垣3

こちらは伊勢宮 天照大御神

前回の参拝では、アマテル神×瀬織津姫 両神は別れていたと考えていたけれど
今回はすでに和合して、アマテル神の一部を抱いた瀬織津姫=女神・天照大御神の復活

祝福の参拝

そんな感覚で手を合わせていました。

アマテル神は、瀬織津姫の一部
アマテル神は、スサノオの一部

そんな存在の仕方をしていたりする・・・のかもしれない。

このあたりのことも、なかなか受け入れて頂けないお話なのかもしれません。
自分の中で起こっている感覚的なことを書いています。

サラッと聞き流してください。。。

八重垣4

アシナヅチ・テナヅチ 夫婦神です。

櫛稲田姫の両親です。

『ほつまつたゑ』では、アシナツチとテニツキ
『古事記』では、足名椎命・手名椎命
『日本書紀』では、脚摩乳・手摩乳

出雲国の肥の川の上流に住んでいて8人の娘がいたが、毎年ヤマタノオロチがやって来て娘を食べてしまい
スサノオが二神の元にやって来た時には、最後に残った末娘のクシナダヒメを食いにオロチがやって来る前だった。
二神はスサノオがオロチを退治する代わりにクシナダヒメを妻として差し上げることを了承し
オロチ退治の準備を行った。このとき、スサノオによって娘のクシナダヒメは櫛に変えられた。

--------
八岐大蛇は8つに別れた大蛇だけれど
8人いた娘の最後のひとりは、スサノオに救済されて生き残り、結ばれた・・・

なんとも意味深なストーリーですよね。

櫛稲田姫の存在そのものが、一厘の仕組の、最後の一厘を伝えてくれているのかもしれないです。

この夫婦神は、アラハバキ神との関わりも深いようです。

八重垣5

イワナガ姫です。

磐長姫尊。石長比売。
八岐のオロチ (ハヤコ) の転生であるお姫様。 

山神神社として、周囲の山全体を護る様に、とても大切に御祀りされています。

これまでは、オロチとしての闇の側面ばかりに注目されてきたけれど
光の側面を見ようとすると、強力で眩い上昇する大きな光なんだろうなぁ・・なんてことを感じます。

ここにはいつも、ナチュラルに男性シンボルがいっぱい飾ってあるの。
ほんと、この摂社の周囲には、これでもかってくらいに。

イワナガ姫関連に触れていき、自身の中のオロチと出会う。
その対峙の末に己に且つ。

するとオロチは眩い光を放ちながら上昇していく。
クンダリーニの光に変容しながら。

オロチはどんな女性の中にも眠っているよ。
光に目覚めるその時を待っているんだよ。

向き合うことが大切だよ。
避けていては、この先、一歩も進んではいけないよ。

2013年ヘビ年は、私にとって自分の中のオロチさんと対峙し続けていた年でした。
そんなオロチさんも、もうすでに光に還っていってしまってる・・・そう信じたい、ですけれどね。

私も、まだまだ自分自身のことが、ちっとも分かっていないのです。
蓋を開けていくのは怖いんだもん。
自分の知らない自分との出会い。

見たくなかった嫌な自分をたくさん見てきたから。
そんなことの繰り返しでした。

さて これからどうなっていくのでしょうか。。。

八重垣6

連理の玉椿

櫛稲田姫が二本の椿の枝を立てられたところ
それが芽を吹き出し一心同体、愛の象徴として神聖視されるようになったそうです。

境内には椿の樹がたくさんあります。

一心同体の椿の樹は3本あって、そのうちの1本がこちらの玉椿。

資生堂の花椿会も、こちらの玉椿を神聖視されているそうな。。。

そういえば資生堂さんの商品にはTUBAKIという名のシャンプーもあったね。
私は大島椿のシャンプーやオイルを愛用してきましたが。

椿はとても身近な花でした。

八重垣8

わーい♪ わーい♪ きのこのおうちーーー♪ 〃o(*´▽`*)o〃


・・・などと、子供の頃は大はしゃぎしながら見ていた御神木。

意味を知ってしまってからは
その頃のはしゃぎっぷりを思い出して参拝のたびに赤面でした。

アホな娘でごめんね、お父さん。 (//≧▽≦//)

本当に、リスとかウサギが出てきそうな感じの木のおうちでしょ?
可愛いなーと思ったの。

八重垣9

奥の宮の御神木。

夫婦杉。

八重垣10

櫛稲田姫を祀る天鏡社です。

「鏡」って2014年のキーワード。

八重垣11

こちらが、鏡の池です。

櫛稲田姫命が、スサノオさんに勧められて
この社でヤマタノオロチから身を隠している間
鏡代わりに姿を映して身だしなみを整えていたと伝えられている池です。

ここでは良縁占い(銭占い)が行われていて
若い女の子たちでいっぱいの人気スポットです。

この日も、真剣に占いの結果を見つめている女の子たちの邪魔にならないように
静かに写真だけ撮ってきました。

社務所で売られている薄い半紙の中央に、小銭を乗せて池に浮かべると、お告げの文字が浮かぶ占い。
紙が遠くの方へ流れていけば、遠くの人と縁があり、
早く沈めば、早く縁づくといわれています。


私もずいぶん遠距離な御縁なのだけれど。。。

八雲の里を歩いていると、彼と一緒に歩いてみたいな・・・と思う場所ばかりです。
実際に、そうしてきた過去があるのかもしれない。
そんなふうに感じたりします。

お互いが近くに居て、良いことはたくさんあるでしょう。
離れているからこそ、感じていけること。それも大切なことのように思えます。

こんな場所に立っていると
超絶恋愛モードにスイッチが入ってしまいます。

彼と会った日のことを思い出しながら、幸せな気持ちになりました。

八重垣12



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  1. 2014/01/26(日) 12:15:49|
  2. 神社仏閣めぐり(島根)

出雲国一宮 熊野大社

熊野大社2

1/23(木)出雲国一宮 熊野大社へ参拝しました。

本殿の所在地は、島根県松江市八雲町熊野2451番

熊野大社3

出雲大社が一宮じゃないの?と思われるかもしれませんが、
こちら八雲熊野大社のほうが古い歴史を誇っています。

熊野大社は、火の発祥の神社

「日本火出初之社」(ひのもとひでぞめのやしろ)とも呼ばれています。

出雲大社とは共に、出雲国一宮とされていますが。。。

熊野大社4

こちらは、とても落ち着いた佇まいです。

火の発祥の地では、水も美しく湛えています。

父の里は出雲大社に近いけれど
母の里は熊野大社に近いのでした。

お正月などに母の実家に里帰りすると、こちらの熊野大社で初詣となることが多かったです。
出雲も熊野も、私はどちらも好きなんですけれどね。

熊野大社5

神紋は一重亀甲に「大」の文字。

祭神
伊邪那伎日真名子(いざなぎのひまなご) =「イザナギが可愛がる御子」の意
加夫呂伎熊野大神(かぶろぎくまののおおかみ) =「神聖な祖神」に鎮座地名・社名に大神とつける
櫛御気野命(くしみけぬのみこと) = 「クシ」は「奇」「ミケ」は「御食」=食物神

いずれも、素戔嗚尊(スサノオ)の別名です。

これは『出雲国造神賀詞』に出てくる神名を採用したものであり
『出雲国風土記』には「伊佐奈枳乃麻奈子坐熊野加武呂乃命(いざなひのまなご くまのにます かむろのみこと)」とある。
本来、櫛御気野命は素戔嗚尊とは無関係であったものとみられるが、
『先代旧事本紀』「神代本紀」には「出雲国熊野に坐す建速素盞嗚尊」とあり
かなり古い時代から櫛御気野命が素戔嗚尊と同一視されるようになったと考えられる。
明治に入り、本来の形に復するとして祭神名を「神祖熊野大神櫛御気野命」として素戔嗚尊の名を廃したが
後の神社明細帳では「須佐之男命、またの御名を神祖熊野大神櫛御気野命」となり、元に戻っている。

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*wikiより

熊野大社6

本殿の裏山に自生している御神木。

一部が伐られていて、地面が晒されていました。

数年前に、地すべり防止のために伐採されたそうですが
もしかして、和歌山の熊野本宮の御神木が伐採された時期と、被るのかしら。。。

そんなことが、ふと気になりました。

私はそのニュースを見ていて、非常に悲しく、同時に強い怒りが沸いてきたことを思い出しました。
和歌山の御神木伐採の時は、あのあと、台風被害と記録的な洪水が起こったんですよね。

なにか、無関係ではないような気がしてしまう。。。

山の樹を伐るときは、我が家の両親も神に祈っています。
家の裏山には荒神さんも祀ってあるし・・・それが習慣化して当たり前に成っています。

ちょっと目立ってしまっている山肌が、痛々しく見えて、気になってしまいました。

余計なお世話なのかもしれませんが。。。

・・・というか、私自身の想い癖もマズイのかも。。。
あまり怒りの意識を寄せないように、気をつけていかなくちゃ。

いろいろと想うところがある今日この頃です。

自戒。自戒。

熊野大社8

こちらは本殿の横 稲田神社です。

祭神:櫛名田比売命

足名椎命、手名椎命 他、六社合祀

ヤマタノオロチの生贄となりかけたお姫様です。
後の、スサノオさんの奥様。

ご両親とともに祀られています。

熊野大社9

荒神社
稲荷神社


伊邪那美神社も立派ですが、撮影し忘れてしまいました。
伊邪那美神社は、元々は上の宮にあった社殿なのだそうです。

イザナミさんは、スサノオさんのことを、ずっと深い愛情で気にかけていたんだろうなぁ。。。
私も母親だから、なんだかちょっと気持ちが分かるような気がしました。

熊野大社10

こちらは鑽火殿です。 鑽火祭の舞台となるところ。大正4年(1915年)造営


熊野大社の秋の大祭に、鑚火祭(さんかさい)があります。

ここには、火をつける道具の
燧杵(ひきりぎね)・燧臼(ひきりうす)が保管されています。
出雲國造の「火継式」に使われます。

出雲大社の宮司が「古伝新嘗祭」に使用する、
燧臼と燧杵を受け取るための神事を「亀太夫神事」と呼ばれていて

出雲大社では「古伝新嘗祭」のすべての食事を、燧臼と燧杵でおこした火を使ってつくるそうです。

この神事では、出雲大社が、燧臼・燧杵を受け取る代わりに『餅』を奉納するそうです。

その時に、熊野大社が『今年の餅の出来は悪い!』などとケチを付けるのが慣わしとなっているそうです。
出雲大社は、熊野大社の前では、言われるがまま、なすがまま。
出雲大社のほうが、弱い立場に立ち続けているという、なんとも不思議な神事です。


どうしてケチを付けるのかな?


亀太夫神事が終わると、餅撒きが行われ
出雲大社の宮司によって「百番の舞」が舞われます。


もしかして・・・


餅=オロチと化したモチコ姫・ハヤコ姫?

亀太夫=鶴に対する亀?

地に這うように生息している亀は、同じ地を這うように生息している蛇とイメージが被ります。
亀は、天上からの叡智を地上でキャッチして上昇していく生命体。

地に近いということは、底まで下降していけるということは
本当は、天上にもっとも近い存在なのかも。

最近はよく、そんなことを考えます。

出雲國造は、そんな役割を担ってきたのかな。

熊野側は火。
オロチは嫉妬に狂って肥大化した自我を持つ姫。

女性の中に蔓延る女性特有の悪癖の数々を「餅」に準え
劫火で焼き尽くして浄化してしまう・・・

そんな筋書きが見え隠れしている神事のような気がしました。

女性の御霊磨きというのは、本当に、大変ですから。。。

炙り出してくれる存在が居たら、それはもう神ですから。。。

熊野大社12

鑽火殿の奥です。

これは・・・火の神様なのかな。

黄色い光と
奥には紫色の光が見えましたね。

本殿よりも神懸かった場所のように感じられました。
火の神様が常駐していらっしゃるのかも。

熊野大社16

こんな感じで行われるんですね。

いちどは「亀太夫神事」の一部始終を見届けてみたいですね。

〃o(*´▽`*)o〃

熊野大社15

大祓いの火起こしも、縄文古代ちっくですね。

さすが火の発祥の神社。

熊野大社17

夏越の大祓いの写真を見ていて、またまたドキドキ。

これは、どうみてもオロチだよね。。。うわぁ。。。

熊野では、ここまで意識してお祀りされていたんですね。知らなかったよ。

スサノオさんとオロチ・・・今までずっと、気になっていたことだけれど
双方、大変な因果を背負って、ここまで歴史を重ねてきていたんですね。

あぁ、、、大変なことだなぁ。。。
ちょっと複雑な気持ちになってしまい、うまく言葉になりませんでした。

もう充分ですね。
新しい一歩を踏み出していきたいものですね。

熊野大社18

夫婦和合 連理の榊

こんなにぴったりと寄り添っている榊も珍しいよね。

テレパシックな意識の二人三脚。

私たちにも出来るよね。
きっとこれから楽しくなるよね。

そんなことを考えていました。

熊野大社14

熊野大社の元宮は、天狗山の磐座です。

600m以上登って行かないとたどり着かないので、今回は諦めてしまいましたが。
時間があれば、参拝に行きたいところです。

現在の熊野大社は「下之宮」であり
鳥居を潜ってすぐの意宇川の川上には、ふたつの象徴的な山があります。

(位置関係はgoogle mapでお確かめください)
川を挟んで三角形になる位置関係です。


天狗山=熊野山 熊野大神(スサノオ)が最初に降り立ったところ 

御笠山=最初の熊野大社「上之宮」 熊野三山の元津宮(イザナミ)



御笠山=三笠山

ちょうどタイムリーに「進撃の巨人」の話をしていて
「ヒロインのミカサは、戦艦三笠なんだよー」なんてことを言っていました。

ミカサとエレンは幼馴染。

ミカサ= イザナミ
エレン= スサノオ

そんな国津神の本質が描かれているのかなとも感じています。

戦艦三笠も日本海軍を護る大きな母体。 
兵士の傍には母が寄り添い護るのです。

進撃の巨人の巨人は、光の存在として見ることもできるけれど
悪役としての側面をみていたら、オロチ・ハタレに相違ないよね。

なんだかもうね・・・
すべてがスサノオさんに繋がってしまう今日この頃ですね。

そういう流れの中にいるんですね。

熊野大社19

桜の枝のあいだから見上げている日の丸。

眩しいなぁ。 〃o(*´▽`*)o〃

熊野大社20

熊野大社の横には八雲温泉があり、会館ではお食事もできます。

念願だった、割御の出雲蕎麦を頂きました。
やっぱり、これが出雲スタンダード。

熊野大社21

熊野大社からの帰り道 R432を走っていると
「火の樹」のモニュメントを見かけました。

走行中の車から撮影したので、形がちょっと分かりにくいですが
縦にウェーブしながら伸びている、あの棒状の建物です。

火の樹=火の性質の樹=檜 ですね。 

どういう由来で立てられたのかな?
帰ってから、調べてみました。

「八雲支所だより」によると、八雲町民の融和の象徴として設置されたそうです。

「火の樹」の4本の柱= 「未来」「伝統」「愛情」「平和」
8個の光= 「発展」「幸福」「連帯」「調和」「親切」「健康」「尊重」「努力」


そんな八雲の願いが託されているそうです。

これって、熊野大神・スサノオさんの願いそのものなのでしょうね。

とても大切なメッセージを頂きました。
これからきっと、役立てていけることだと思います。



熊野大社は、最初の火の気の神社でした。

火の気= 火の樹・ヒノキ・檜


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  1. 2014/01/25(土) 18:50:37|
  2. 神社仏閣めぐり(島根)

冬の神魂神社

神魂1

1/23(木) 両親とともに八雲立つ風土記の丘の周辺をドライブしてきました。

最初に参拝したのは、神魂神社(かもすじんじゃ)です。

神魂2

この近辺は、古代出雲の中枢都市でした。

あちこちに古代縄文の祭祀場・古墳・史跡などが存在しています。
少しザクザク掘っていけば、その時代の集落の営みを知ることができそうですね。

逆に、むやみに掘れなくなっているのかも。。。

なにか、隠れていた、とんでもないものが見つかっていきそうな
そんな空気に包まれている風土記の丘です。

神魂3

森の香りがする・・・ 〃o(*´▽`*)o〃

神魂4

こんな場所を毎日散歩したいわ。。。

神魂6

眼に映っていく、周囲のすべての緑たちが
疲れた眼に安らぎと潤いを与えてくれました。

好きでしょ? こういう場所。 

一緒に散歩したくなるでしょう。 〃o(*´▽`*)o〃

神魂7

御由緒は過去記事でどうぞ。↓ 前回は真夏の参拝でした。

神魂神社(かもすじんじゃ)
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-222.html

主祭神は、伊弉冊大神(イザナミ)伊弉諾大神(イザナギ)
中世末期ごろから祀られているそうです。

寛文年間ごろの新嘗会祝詞には、熊野大神・大己貴命などの神名が見えるそうです。

社伝によると、天穂日命がこの地に天降って創建したものと伝えられていますが
『延喜式神名帳』、国史や『出雲国風土記』には記載されていないそうです。
そんな、謎多き神社です。


本殿は現存する最古の大社造建造物で
昭和27年3月に国宝に指定されました。

昭和23年の修理の際に、柱から正平元年(1346年)の墨書が見つかったそうです。
現在の社殿は天正11年(1583年)の再建と考えられています。

ここに来ると、紫色や瑠璃色にファインダーが染まってしまうけれど。。。

今日はちょっと、スゴイかも。

そういえば、23日でした。
シリウスデーでしたね。

神様みんなに歓迎されているようで嬉しくなりました。〃o(*´▽`*)o〃

神魂9

白い雪が、光の反射板になっていたのかな。

雪の日って、とくに周囲の景色を美しく映していくよね。

寒いのは苦手だけれど、そんなに苦ではなくなってしまったわ。

神魂11

杵築社
伊勢社
熊野社

神魂12

武勇社
蛭子社
荒神社
外山社
貴布祢稲荷両神社
秋葉社

国津神オールスターですね。

神魂13

こんな森の中の陽だまりが
私にとってはとても心地よく感じるのです。

私が吐いている白い息も、光の粒子に変わっていくよ。。。

神魂14

相変わらず、近くにある八重垣神社よりも参拝者さんは少ないです。

この日も、深々としていました。

それがまた良いですね。

ここもまた、神の庭なのです。


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  1. 2014/01/25(土) 15:11:49|
  2. 神社仏閣めぐり(島根)

目のお薬師様 一畑薬師

一畑6

2014年は、島根県出雲市小境町にある一畑薬師さんに初詣してきました。

↓一畑薬師については、過去記事2010-04-05(Mon)でも紹介しています。

一畑薬師(いちばたやくし)
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-109.html

出雲大社に行くと思った?

2013の遷宮神在月に参拝しているので、今回はもういいかな、と思いました。
大社方面は、この時期は毎年渋滞。人いっぱい。
なので、2014の始まりはお薬師様に会いに行ってきました。

一畑1

山号 醫王山(いおうさん)
宗派 臨済宗妙心寺派 一畑薬師教団総本山

本尊 薬師瑠璃光如来

創建年 (伝)寛平6年(894年)
開基 補然

別称 一畑薬師

・出雲十大薬師1番
・出雲國神仏霊場3番
・出雲観音特別霊場
・中国33観音26番

文化財 紙本墨画著色書院障壁画22面 ・絹本著色阿弥陀三尊像(県文化財)


一畑4

私の産土様。

瑠璃というHNの由来のひとつです。
一畑薬師の薬師瑠璃光如来さんにあやかって付けていると思っていて下さい。
他にもいろいろとあるけれど。


私は、ここのお薬師さんに見守られ
育てて頂いたと思って、これまで生きてきましたから。。。

薬師様大好き♪(はぁと)

一畑5

たくさんの絵馬があって見ていて楽しいです。

「め」って書いてあるの、すごくインパクトあるよね。

ムスビの「智慧」という絵馬もいいなぁ。
これからの国造りに役立てられる、たくさんの智慧を分け与えてくださるといいな。

いろいろと、お願い事をしていくことは欲張りなのかな。
今年はもっともっと大きく飛躍したいな。

一畑12

十六羅漢像もずらりと並んでいらっしゃいます。

お釈迦様の十六人の高弟たちです。

みんな、とっても個性的。
たぶんどんな人でも、ここの誰かの属性に当てはまるのでは。。。

あの人によく似てるな・・・
こっちは、あの人かな・・・なんて思いつつ
十六人の高弟たちを眺めていると
本当にいろいろな人の顔が浮かんできてしまうのです。不思議だわ。

そして、これから彼らの化身たちに実際に出会えそうな気がしてくるのです。本当に不思議だわ。

一畑2

狛犬さん。

一畑15

観音堂です。

一畑14

薬師瑠璃光如来さんも描いてみたいわ。

一畑16

薬師さんに、お茶湯をかけて頂きます。

目か良くなるんだよ。

一畑21

作法もちゃんと書いてあります。

一畑17

目はふだんからかなり傷めています。
ほとんどPCの電磁波です。
CGを描いてる以上、どうしようもないですけれどね。。。

良い機会なので、ここでしっかり頂いておこうと思いました。
甘くてとても美味しいお茶です。

お土産用にも乾燥茶が販売されていますよ。

目=心眼 ともいえます。

いつでも心の目を磨き続けて、綺麗な世界を創造していこう。

お薬師さんは、庶民を支え救済してくださる仏様です。
私たちは、どんなふうに応えていけばいいのか
心眼を磨いていけば、次第にクリアに見えていくはずです。

一畑18

地蔵菩薩さま。

私の弟は、こちらの地蔵菩薩さんがお気に入りだと言っていました。

優しいお顔です。
どうか、兄弟たちを見守ってやってください。。。

一畑7

こういう木を見つけると、なんだかホッとするよね。

一畑20

和合の木をみつけちゃった♪

ちょっと気づき難いところにあります。

この写真では分かりにくいかもしれませんが
アルファベットの、Hの形になっています。

隣り合っているふたつの幹が成長して、
真ん中でひとつに繋がって、
また別々になって、ぐんぐん平衡に伸びているのです。

すごく面白いかたち。

生命の神秘を見せられました。

これが新しい私たちの、出会いと在り方なのかもね♪

一畑19

醫王山(いおうさん)と呼ばれるだけあって

お医者さんみたいな存在感の木々にたくさん遭遇します。

温かそうで、思わず手を添えてみたくなるよ。

一畑10

一畑11

参道がとても眩しかったよ。

風は冷たく寒いのに
身体中エネルギーに包まれてとても温かかったです。

一畑8

目の仏様だけに・・・目玉親父が遊んでる。

鳥取県境港出身の水木しげるさんも一畑寺を信仰されているそうです。

運と頂く結縁の道

ほんと、そうなっているから面白いです。

血縁関係も大事だけれど、
積み上げた運によって結ばれていく御縁も
これからますます大切になっていくということですね。

私も素敵な御縁で結ばれました。

多くの皆様もそうでありますように。

一畑9

かわいいお店番にも出会いました。

一畑22

寒いのでホット缶コーヒーを買いました。

「中国地方限定」だって。

ぶちって書いてある。。。

ぶちって広島弁とかかな。

出雲では言わないよ。 ぶちぶちぶつぶつ。。。

真っ赤な缶に金色の鯛が、なんだかおめでたい感じ。
ついつい気になるデザインで、手にとってしまいました。

よく見ると、鯛じゃなくて鯉でした。

金のは、金龍にも見えました。
火の鳥不死鳥のようでもあるね。

今年は何回「おめでたい」と言う事が出来るかな。

愉しみながら歩いて行こうね♪

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  1. 2014/01/05(日) 17:46:05|
  2. 神社仏閣めぐり(島根)

遊び場

為久寺1

ここは日蓮宗の某寺です。

為久寺2

子供の頃、私の遊び場だったお寺です。

為久寺3

近くの山、畑、沢を駆け回って遊んでいました。

私と仲良くしてくれた幼馴染たちは、皆、男の子。
映画「20世紀少年」のように
秘密基地を作ったり、タイムカプセルを埋めたり
学校から帰るとカバンを放り投げて飛び出して
日が暮れるまで、土まみれになって一緒に遊んでいました。

もしも過去に還れるとしたら
その頃の自分に戻ってみたいなぁ。

そんなことを、ふと思います。

去年の暮れに、娘と、映画「かぐや姫の物語」を見に行きました。
その時に、ここで遊んだ幼馴染との日々を思い出していました。

私は、男勝りの、かなり逞しい野生女児でした。

一番ピュアだった頃の思い出って、いつまでも忘れないものだよね。
いろいろな意味で泣けてしまう映画だったなぁ。。。

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  1. 2014/01/04(土) 18:35:54|
  2. 神社仏閣めぐり(島根)

久多美神社(くたみじんじゃ)

久多美4

元旦に氏神様にも御参りしてきました。

久多美神社

主祭神

正哉吾勝々速日天忍穂耳命(マサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミノミコト)
天穂日命(アメノホヒノミコト)
天津彦根命(アマツヒコネノミコト)
活津彦根命(イクツヒコネノミコト)
熊野久須毘命(クマノクスビノミコト)



久多美5

神社の位置は東福町540番地東郷町185番地にまたがって建てられています。

東福町と東郷町及び上岡田町は同じ祭神を祀る氏子でありながら
祭礼の日取りも異なっていたようです。

しかし、久多美神社に改称したことを期に同一氏子となり
例大祭を毎年十月十日に行い、各町内から獅子舞、釼舞及び神事華が奉納されました。

現在は例大祭を国民の祝日「体育の日」の前日としています。

久多美6

昭和五十五年十月に遷宮を行い、桧皮葺であった本殿を銅版葺とし
同時に幣殿の屋根改修と拝殿の新築が行われました。

その後、昭和六十二年三月には社務所が新築されました。

久多美7

東郷天満宮  菅原道真公

金刀比羅神社  大物主命

福富神社  二福神(恵比寿・大黒)稲倉御魂


道真さんは東郷の天満宮で祀られていたから東郷天満宮。
西側には、牧戸天満宮があり、こちらも道真さんが祀られています。

西と東の村の習合神社だったようです。

今まで知らなかったよ。。。

久多美8

能登神社

大国主命(オオクニヌシノミコト)
大己貴命(オホナムチノミコト)

神功皇后
応神天皇
武内 宿禰


・・・なんだか因幡の宇部神社との繋がりが濃厚な感じ。。。

父が氏子の一人として、去年、注連縄を作ったそうです。
「ちょっと緩かったかな」と言っていましたが、綺麗に出来ていますよね。

注連縄作りは、おじいちゃんが生きている時には、おじいちゃんの仕事でした。
残った藁で、私の草鞋を編んでくれたこともあります。

私もちょっと作ってみたいわ。。。
藁でなにかを作るのって楽しそうだよね。

久多美9

三女神社

多紀理姫命(タキリビメ)
市杵島姫命(イチキシマヒメ)
多岐津姫命(タキツヒメ)


久多美神社は池田社の分霊を奉遷した神社であり
境内の三女神社は埋女社の分霊を遷した社であるそうです。


神職家の初代・常松治部左右衛門藤原秀就が、永保元年三月に現在地に移り
東郷三河守から久多美神社ほか、三十三社の弊職を拝命し、二丁五反の領地を戴い
たことから、永保(1081~1084年)年間に創建し
同時に三女神を境内に祀ったものと考えられているようです。


池田の地より遠隔地に奉遷したことから、飛びはなれた地に遷られた「飛田大明神」と申されるようになり
寛文二年(1662年)に、松平藩公が当地へ狩りに来られた際、神社の由来を尋ね
「飛田」を「富田」に改めさせられたそうです。

これ以後「富田大明神」と称されます。

明治三年「久多見神社」と改称し、大正二年に遷宮し許可を得て「久多美神社」とされました。


あぁ、、、ビックリしたぁ。。。

久多美10

なにがビックリって、アマテル神の御子神・勢揃いの神社が氏神様だった、ということ。

お正月だけに、おせち料理のように
出雲国風土記や古事記の神の寄せ集め・・・という気がしないでもないですが。。。

規模の小さな神社だし、いくらなんでも詰め過ぎ・豪華すぎでしょ。

きっと、太古の出雲の歴史をお重の下に封印しているんだと思います。

埋女・・・って、もしや人身御供とかかな。
知りたいような、知りたくないような。

あぁぁーーーもう、、、

やっぱ知りたくない。

微妙な気持ちになってきます。

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  1. 2014/01/04(土) 18:13:06|
  2. 神社仏閣めぐり(島根)

大雲山 康國寺(こうこくじ)

康国寺3

年始に御挨拶してきた、実家近くのお寺さんの紹介と覚書です。

さすがに、どこへ行っても白いお馬さんを目にします。

白いペガサスみたいに、白い大きな羽を描きたくなるなぁ。。。

康国寺6

このお寺は、大雲山 康國寺(こうこくじ)

臨済宗妙心寺派のお寺です。

【住所】島根県平田市国富町1301
【本尊】釈尊牟尼如来
【開山】孤峰覚明(三光国師)
【開基】三沢康国

【由緒】康国寺は、山号を大雲山と号し、臨済宗妙心寺派に属する寺である。
臨済宗大雲山康国禅寺は、元享2年(1322)南北朝時代、孤峰覚明禅師(三光国師)の開闢の霊場であり、
大檀越三沢康国公の寄捨の地である。同寺の庭園は江戸時代末期の天保年間(1830-44)に、
松江藩7代藩主不昧公が江戸から連れ帰った庭師沢玄丹に施工させ、築庭された庭で、旅伏山麓にあり、
禅院特有の枯山水庭園で、借景に旅伏山を取り入れている。自然山水との調和の美しさは見る人を誘い、
この地方独特の松を配した様式手法は美的効果を一層高め、整然と置かれた飛石、
池に面した老松のたたずまいなど、山陰随一の名庭園と言われている。

【寺宝】聖徒妙麟/古文書/白隠禅師書

---------

「仏教総合情報サイト ブッダワールド」さんより
http://www.buddha-world.jp/



ここの庭園は本当に安来の「足立美術館」にも並ぶくらいに美しいのですが
お正月はさすがに拝観することはできませんでした。

そのうち紹介したいな・・・と思っています。
法事の時にでも、また撮影させていただきましょう。

元旦には、たくさんの檀家さん、参拝者さんがお参りされていました。

小さなお寺なのに、地元では、老若男女いろいろな人たちに人気のお寺です。
実際、とても居心地が良いんですよね。。。
私も子供の頃から家族に連れられてよくお参りしていました。

康国寺4

そんな感じで、実家は臨済宗。
出雲は厚い薬師信仰の聖地でもあります。

神戸に嫁いで浄土真宗となりましたが(神戸は浄土真宗さん多いですね)
いまだに、ほとんど馴染めていません。

ここにくると、生まれた土地が、私を作ってきているんだな・・・と感じてしまいます。
なんとなく、離れがたい空気に包まれてしまいます。

家族には、葬式も墓も戒名もいらない。
私が死んだら海に散骨してくれていいよ~・・・と伝えてあります。

自分が死んだ時のことなんて、どうでもいいし・・・
割と昔からそんな考えで生きてきました。

子供の頃から、綺麗に死にゆくにはどう生きたらいいの?
そんなことばかりを考えていたように思います。

生に執着が無いのか、逆に考えすぎてしまうのか。
そんな姿勢は、周囲には、なにをしていても消極的に受け留められがちだったように思います。
こんな場所にいても、なかなか想いを分かち合える人と出会えない孤独と寂しさが常について回っていました。
いろいろと悩み深き幼少時代を、この土地で過ごしてきたんだな・・・と振り返ってしまいました。

どんだけ閉ざしていたの・・・自分。。。

子供時代の自分を振り返ると、ほんと。痛い。
後悔したいことのほうが多いです。

でも、意識はいつでも変えていける。自分次第。
そう気づいてからは、本当にいろいろなことが動いていったんだな・・・と実感しています。


いまを生きる。
それがすべて。

・・・とか思いつつ、私を大事に育ててくれた
じぃちゃん、ひぃばぁちゃんに、お供え物を持っていきました。

私個人の思いを伝えることも大切だけれど
家族みんなの想いも、いつも大切にしていたいものですね。

手厚い施しを大切にしたい気持ちもよく分かるけれど、
なによりもまず、想いが伝われば、それが一番・・・

ご先祖さまを想う心は、いつまでも失わないつもりです。

康国寺7

康國寺は太平洋戦争の時に、大阪の学童たちの疎開地となっていました。

おじいちゃんを思い出す時に、もっとたくさん
大東亜戦争の時のお話を聞いておくべきだったな・・・と、よく思います。

生きて語ってくださる方の存在ってやっぱり大きいです。
とても大切です。

康国寺5

念ずれば花ひらく

誰もがみんな、花咲か爺さんだったり、咲くや姫だったりするのですね。

ひとつひとつ、自分の花を開いていこう。


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  1. 2014/01/04(土) 11:47:54|
  2. 神社仏閣めぐり(島根)

神在月の出雲大社

201311出雲1

10/26(土)父とふたりで、出雲大社に参拝しました。

久し振りです。遷宮後、初参拝。\(^○^)/

201311出雲4

土曜日だったこともあり、参拝者さん多し。

201311出雲2

でも、大社に着いたとたんに、ザーザー降りの雨となりました。

雨になるなんて、すっかり油断していました。

車に傘を一本だけ積んでいたので
父と2人で相合い傘で移動しました。

父と相合い傘で歩くなんて、子供の頃にもあったかしら?
なんだか照れくさいような、恥ずかしいような、、、父とのデートはヘンな感じです。(*.".*)

激しく降っていたので、ふたりとも半身がずぶ濡れとなりました。

201311出雲3

父: 「着いた途端にえらぃ降ってくるのぅ~ どげしたことかぃ・・・(;´Д`) 」

私: 「ごめん~ 私のせいだわ~ 私、雨女だけん (´∀`)ゝ”」

・・・などと会話しながら、2人で猛ダッシュ。

201311出雲5

本殿から摂社へと猛ダッシュ。

ちょっと軒下をお借りしますよ・・・

201311出雲6

・・・と、入り込んだ先は、アメノホヒノミコトのお社でした。

w(*・o・*)w  

六甲山でも、出雲でも、ホヒノミコトと繋がってるね。


結局、あまりのどしゃぶりっぷりに
相合い傘での移動は困難となり
本殿とホヒノミコトのところ以外の参拝は諦めてしまいました。

でも、突然の雨の御陰様で
来月からのビジョンが明確に見えてきましたよ。

神在月の出雲はやっぱりすごい。

ありがとう龍神さんたち。

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  1. 2013/10/29(火) 21:41:11|
  2. 神社仏閣めぐり(島根)
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