瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

冬の荒神谷

荒神谷2

1/21(火)~~~1/24(金)まで、出雲に帰省していました。

バス停まで迎えに来てくれていた父と一緒に
久しぶりに「荒神谷遺跡」へと寄り道・散歩してきました。

場所は、島根県出雲市斐川町神庭878

荒神谷3

まさに神庭といった感じの場所で
ここでは弥生時代の青銅器がたくさん発掘されています。

冬はちょっと寂しい感じですが
夏になると、蓮の池にたくさんの綺麗な古代の蓮が咲きます。

そんな時期に訪れると、とても綺麗ですよ。

荒神谷5

古代米も作られています。

ここで作られているのは赤米です。
赤米は赤飯のルーツと言われているようです。

荒神谷4

水稲みたいですね。

赤米は、白米と一緒に日本列島に伝わったそうですが
次第に姿を消して、神事用に栽培されてきそうです。

最近は、あちこちで、赤米の古代米が栽培されるようになって来ましたね。

ここの赤米は、ちょっと、もち米に近い感じなのかな。

私が育てている赤米は、陸稲で、少し長くてインディカ米に近い感じ。
ここの赤米とは、少し似ていると思うけど、違うんだろうな。。。

古代米も勾配を繰り返して、種類が豊富になっているのでしょうね。

いまの日本人だって、混血を繰り返してきたんだもん。。。
しかし、本来のDNAに刻まれた資質が顕著になってきましたね。

自然の中の生命を見つめていても
誰を見ても、いまはそう感じてしまいます。

荒神谷6

八雲や斐川の空は、めまぐしく変わっていきます。

晴れたり・曇ったり・降ったり・・・
こんな冬の時期は、5分先の天気ですら、まったく分からないんです。

荒神谷7

ここも、鏡の池。

荒神谷8

渡り鳥が居るかな・・・と思ったけれど、ぜんぜん見かけることはありませんでした。

雲が近い。

こんな空の下にいると、あぁ・・・帰ってきたんだなぁ・・・と実感してしまいます。

荒神谷1

荒神谷博物館
http://www.kojindani.jp/iseki/

ここにある博物館にもいろいろと出土品が展示されていますが

出土した弥生時代の銅剣358本・銅鐸6個・銅矛16本・・・など
主なものは、出雲大社の近くにある島根県立古代出雲歴史博物館に展示されています。

島根県立古代出雲歴史博物館 part.1
島根県立古代出雲歴史博物館 part.2

ぜひ、行ってみてね。

荒神谷9

銅鐸がこんなところにも。。。

荒神谷10

荒神谷博物館の中で見かけたチラシ。

櫛稲田姫(クシナダヒメ)です。

『古事記』では櫛名田比売
『日本書紀』では奇稲田姫

『出雲国風土記』では久志伊奈太美等与麻奴良比売命(くしいなだみとよまぬらひめ)

スサノオヤマタノオロチ退治に登場するヒロインです。

出雲神話の中では、一番好きなお姫様でした。〃o(*´▽`*)o〃

ここでチラシを見かけたので、やっぱり今回は
スサノオとクシナダヒメの神社にも参拝しに行こう、と思いました。

そんなこととはまったく別の目的で、帰っていたんですけれどね。。。

荒神谷11

そういえば、以前にも荒神谷のことは記事にしてました。
2010-04-05(Mon)のことでした。

荒神谷史跡公園
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-110.html

↑近くに祀られている三宝荒神や、遺跡発掘現場の写真をUPしています。
ご興味のある方は、あわせてご覧ください。

荒神谷12

これから、今回の出雲の旅のことを書いてみます。

冬の出雲は、やっぱり寒かった。。。


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  1. 2014/01/25(土) 08:13:41|
  2. 古墳・遺跡・史跡(島根)

島根県立古代出雲歴史博物館 part.2

・・・つづきです。

ひとつ前の記事では、出雲大社遷宮の歴史について
書かれている書物や建築物のことをUPしてみました。

もう少しだけ、撮影okだったところを紹介してみますね。

歴史博物館43

朝酌の促戸の市 (あさくみのせとのいち)

「出雲国風土記」の記述を元に市場の様子を再現されています。

野菜・魚介類・薬草・農具・土器などが並んでいます。
野菜は「正倉院文書」など、奈良時代のほかの資料にみえるもののうち
初夏に存在するものを選ばれています。

薬草は、神門郡(かんどぐん)(=現在の出雲市の一部)で穫れるもの
水産物は、「北海(きたつうみ)=日本海」「入海(いりうみ)=中海・宍道湖」で穫れる魚介類です。 

「出雲国風土記」 島根郡朝酌促戸条(しまねぐんあさくみのせとじょう)

朝酌促戸。・・・・・大き小さき雑の魚にて浜諫がしく
家にぎわひ市人四方より集い自然に市をなせり


朝酌の人々は、取れた魚を、熊野大神の神饌に捧げていたようです。

参照:朝酌あさくみと言う地名
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/sinkodai4/asakun.html

こういうシーンに、私は妙にリアリティを感じてしまいます。(*´∀`*)

歴史博物館45

雨乞いや、まじないに使われていた道具。

絵馬に続いて、またまた、お馬さんに出逢ってしまいましたね。

私はここでも2014年(午年)へのメッセージが読みとれるのではないかと、解読を試みてみました。

アメ・まじない・呪い 神呪か。。。

歴史博物館46

狩猟の道具かな。

歴史博物館47

こちらは農具ですね。

つい最近まで身近だった感じですよね。

歴史博物館48

こんなふうに使っていたのかな~。

歴史博物館49

船。
宍道湖や中海でリアルに使われていた姿が想像できます。

歴史博物館50

楽器。
かなり昔から様々な種類の楽器があったのかもしれませんね。

歴史博物館51

弥生時代以降の土器だったかな。
シンプルですね。

歴史博物館52

日本最多 358本の銅剣です。

斐川町の荒神谷遺跡で、これだけの銅剣が一度に出土しました。

2000年前の、弥生時代(紀元前2~1世紀)に作られたものです。

文化庁所蔵 国宝


下に展示されているものは、本物の銅剣で
上の壁に飾られているのが、黄金の輝きを再現したレプリカです。

これは圧巻。
実物を眼にしたら、ちょっと感動しますよ。

歴史博物館53

こちらも同時に出土した銅鉾です。

一緒に見ていた、お父さん、大興奮。 
そんなに銅鉾が好きやったんやねぇ。。。(*"Д")

ライトアップされていると、本当に芸術品のようです。
美しい。。。

歴史博物館54

この装飾と文様が刻まれていることで、価値を高めているような気がしますよね。

どうしてここまで様々な絵や模様を刻もうと思ったのか。。。
その意図を詳しく知りたくなりますね。

歴史博物館55

ひとつひとつにオリジナリティがあって
それを意味するところも、みんな違っているのかもしれない。

古代人の宇宙観は、現代人には計り知れないものがあるのかもしれないですね。

歴史博<br />物館57

卑弥呼の鏡か 

・・・と言われている銅鏡です。

島根県雲南市 神原神社古墳 
古墳時代(3世紀)

文化庁 所蔵
重要文化財

これを見た時、わぁ欲しい~!! (*"Д")

・・・と思ってしまいました。
こんなの持ってて、どうするねん、って感じですが。。。

売店にこちらの銅鏡のレプリカが販売されていましたが
お小遣いで買えるほどのお手ごろ価格ではなかったので諦めました。

でもほんと。なんだか、良いよね。

歴史博物館60

こちらは出雲の豪族達の模型です。

歴史博物館59

う~ん かっこいい。 (*"Д")

そして、思ったよりも煌びやかで派手だった。。。

もしかして、私が描いてきたホツマの神々は
かなり地味な姿だったのかもしれないな・・・などと、見比べてみたりしていました。

ちょっと時代が違うか・・・

戦う意識が強かった時代なら、装飾もその権力を示すために
大きく派手になっていくものだよね。

ここからさらに遡った縄文時代とは、いったいどんな感じだったんだろう
想像と現実の違い。。。難しいね。。。

歴史博物館61

古墳時代(6世紀)の豪華な馬具です。

出雲市 上島古墳 出雲西部の有力豪族の墓から出土したものです。
中央政権から下賜されたものとみられています。

歴史博物館63

出雲東部の豪族と中央の豪族が持っていた装飾付き太刀。

古墳時代(6世紀)

歴史博物館65

装飾付き太刀の終焉

新しい時代の太刀は
古墳時代~平安時代(7~9世紀)頃のものみたいです。

ちょっとシンプルになってきているのかな。
いろいろと参考になるものが多いわ。

歴史博物館69

龍が守護する日本金沢文庫本 「日本」

鎌倉時代(14世紀)

神奈川県 称名寺 原品所蔵
複製文化財

現存最古の日本図。

日本列島を囲むように龍蛇が描かれています。
これは蒙古襲来以後、龍の姿をした神々が日本を守護すると信じられていたからです。

ずーっと昔から、そうだったんだよ。
鎌倉時代の人たちも知っていた
日本はやっぱり龍神国。

縄文土器の文様だって龍蛇の姿を模したものなんだと思います。

歴史博物館71

描かれたヤマタノオロチ退治

本朝英雄伝 牛頭天皇 稲田姫

歌川国輝 作
江戸時代(19世紀)

牛頭天皇=災害を祓う神・須佐之緒と同体

歴史博物館67

正装したスサノヲとイナダヒメ

板に描かれた絵です。
八重垣神社の御祭神:スサノヲとイナダヒメだと伝えられています。

八重垣神社はふたりの神殿ですもんね。
鏡の池での恋占いは、多くの女性参拝者で大賑わいのようです。

歴史博物館73

この後、シアターで「スサノオのヤマタノオロチ伝説」を鑑賞しました。

アメノホヒノミコト・ソサノヲ・ヤマタノオロチ・・・いろいろと繋がっているなぁ。。。


肝心の縄文土器の特別展示「山陰の黎明」では
当然ながら撮影NGで、画像でお伝えすることはできませんが
めったに見ることが出来ない芸術的な生活用品や装飾品の数々を大興奮で眺めることが出来ました。

時間がゆるされれば、ずーっと見ていられるものばかりでした。

行ってみて、良かったです。
本当に。

大満足で帰ってきました。

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  1. 2013/10/31(木) 11:21:16|
  2. 古墳・遺跡・史跡(島根)

島根県立古代出雲歴史博物館 part.1

博物館で常設展示されている品は、撮影okでしたので
少しこのブログでも、写真と共に
出雲大社遷宮についての歴史を紹介してみますね。

歴史博物館14

出雲大社の創建を物語る神話(日本書紀)

日本書紀

奈良時代(720年)成立
江戸時代(17世紀)刊

歴史博物館16

出雲大社の創建を物語る神話(出雲国風土記)

訂正出雲風土記

千家俊信 著
江戸時代(1806年)

歴史博物館18

古代の出雲大社からは、絵馬も出土していたらしいです。

そういえば、来年は午年(うまどし)ですよね。

今年2013年は、蛇年でさんと向き合う年でした。
私も今年は、蛇さんと向き合うように動かされていました。

やっぱり干支って、その年の向き合うべき課題を示唆してくれている存在に思えます。

ということで、この絵馬から、2014年へのメッセージを読みとってみてはどうでせぅ?

それにしてもこの絵馬、デザイン的に優れていると思いませんか?
色彩構成とか一手間かけてアレンジすれば、現代にも通じるアートになるよね。
古代人の感覚には見習うべきことがたくさんありますね。

歴史博物館19

円空仏のような木彫りの神官。

ほんと。時空を越えた円空さんの魂が彫ってたりして。。。

歴史博物館22

巨大本殿の設計図

金輪御造営差図(かなわのごぞうえいさしず)

千家尊佑氏 原品所蔵 
複製文化財

昔の出雲大社の平面図と伝えられるもの。
3本を束ねて1本の柱とし、階段の長さは1町(約109m)と記されています。
この平面図とほぼ同じ構造の鎌倉時代の本殿の柱が、2000年から2001年にかけて発見されました。

実際に出土した柱が、常設展示会場の入口に飾られています。
こんな大きな御神木が3つも埋まってたのか・・・と驚きました。(@@)

きっとこの配置や柱の数にも、いろいろと意味があるんでしょうね。

歴史博物館24

雲太・和二・京三 (うんた・わに・きょうさん)
口遊 くちづさみ

平安時代(970年)成立
江戸時代(1807年)刊

国立公文書館内閣文庫 原品所蔵
複製文化財

貴族の子供たちの教科書として用いられたといわれるもの。

「大屋」(大きい建物)のベスト3として
「雲太(出雲大社本殿)」
「和二(東大寺大仏殿)」
「京三(平安京の平安宮の中の大極殿)」
・・・と記してあります。

出雲大社って、この頃でも一番ビッグだったんですね。w(*・o・*)w

歴史博物館26

宣長も疑った巨大神殿

玉勝間(たまかつま)
江戸時代 文化9年(1812年)

門人・千家俊信から送られた金輪御造営差図(かなわのごぞうえいさしず)の写しを見た宣長は
「心得ぬことのみ多かれど」と、いぶかしく思った。

宣長にしてすら想像を絶する図だったようだ。。。

現代人である私たちの感覚も宣長さんと同じかも。
これらの物証を目の当たりにしても、信じがたいモノがありますよね。
ほんと。宇宙的。
古代出雲大社の大神殿は、宇宙人の創造物だわ。。。 (*"Д")

歴史博物館28

巨大神殿の本殿遷座祭の記録
宝治2年 造営遷宮儀式注進

鎌倉時代 建長元年(1249年)成立
原資料 出雲大社所蔵 重要文化財 

巨大柱を用いて造営された本殿への遷座祭は宝治2年(1248年)10月27日
夜10時過ぎから真夜中にかけて行われ、遷座の行列には、出雲国造や神職とともに
目代や在庁官人ら国庁の役人も奉仕しました。

歴史博物館30

なんだかドールハウスみたいで可愛いよね♪

ひとつ欲しいな~。 (//≧▽≦//)

ダメに決まってるけど。

海洋堂のフィギュアとかに神殿シリーズとかあったら
思わず大人買いしてしまいそうです。

ディアゴスティーニとかの月間マガジンでも、こういうのがあれば買ってしまうかも。

歴史博物館31

これこれ。

これを見に来ました!

歴史博物館32

神官。

ちっちゃ・・・! (*"Д")

これはイマジネーションを掻き立てられますわ。。。

歴史博物館39

出雲大社の屋根にある千木
バッテンになっている木の部分のことです。

勝男木というのが、横を貫いている木。

重ねられている部分を見ていると、アスタリスク*を横に倒したみたいな形ですね。

歴史博物館34

平安時代の出雲大社本殿の模型です。

10世紀に「雲太」とも呼ばれる高さ16丈(約48m)という
日本一高大な本殿があったという学説に基づく模型です。

奈良の都の雰囲気もありますね。
大社だけれど、寺院っぽくも見えますね。

歴史博物館35

神聖とされた二弦琴。

八雲琴 やくもこと

江戸時代(19世紀)
出雲市文化財課所蔵

どんな音がしたのかな。。。
聴いてみたいな。。。

歴史博物館37

木造 大黒天 頭部

室町時代(16世紀)

笑っていないダイコク。

インド・中国を経て日本に伝来した仏教系の大黒は、本来、怖い顔をしていたようです。
日本で福徳神として信仰を集めているうちに、
だんだんとムスッとした顔から、ニコニコした表情に変わっていったようです。

ほんと、大黒さまといえば、笑顔というイメージしか浮かばないですよね。
これは珍しいですね。

歴史博物館41

神様たち大集合

大社縁結之図(おおやしろえんむすびのず)
歌川豊国(三代)

江戸時代 嘉永4年(1851)

これは楽しい浮世絵ですね。(*´∀`*)
神在月の賑やかな神々の宴という感じで好きです。

ヤマタノオロチも描かれていますよ。


出雲大社の様々なヒミツに迫ることが出来る古代出雲歴史博物館です。

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  1. 2013/10/30(水) 17:34:30|
  2. 古墳・遺跡・史跡(島根)

山陰の黎明

歴史博物館1

山陰の黎明だよ 黎明たん \(^○^)/

縄文に、どきっ だって。

歴史博物館2

ここは出雲大社の隣にある島根県立古代出雲歴史博物館です。

ここは、初めて訪れました。

地元にちょくちょく帰っていながら、今頃とは。。。
いやいや、ほんとに、お恥ずかしい。(´∀`)ゝ”

今回は、↑最初の写真に貼ってあるポスター「山陰の黎明」のキャッチコピーと
縄文式火炎土器の展示に心惹かれてやって来たのでした。

こんな土器は、出雲ではめったに見られるチャンスはないと思いました。
それに、博物館には弥生時代以降の展示物が多いはずなので
縄文&弥生の融合展示なのも、ちょっぴり意味深に感じられました。

とにかく今回は、ここに行なけりゃ始まらない と思いました。

歴史博物館3

大社さんへのお詣りの時から、雨がザーザー降ってきていたので
この博物館にも、父と一緒に足並みを揃えて、相合い傘で猛ダッシュしました。

びしょ濡れなので、身体が冷えて寒くなりました。

歴史博物館4

温かいお茶が飲みたいね~・・・ということで、ふたりで歴博内のカフェへ。

カプチーノに絵を描いてくれるみたいです。

ブログのネタ的には、山陰の黎明SPの「縄文仮面」のアートを選ぶべきか・・・
いつでもどこでも誰にでも、小さな心配りを欠かさない瑠璃たんであります。
(自分で言うな?(ゝω・) テヘペロ )

歴史博物館5

おや? ナッツとクリームチーズの黎明ベーグルセットも美味しそう♪ w(*・o・*)w

ふたつに切ったベーグルの微妙なづらし具合が、勾玉や陰陽対極図に見立てられているようで面白いよね。

父が「昼御飯を食べていなかった」と言うので、こちらを勧めてみましたが
同じのでいいわ、、、ということで、カプチーノセットをふたつ注文しました。

歴史博物館6

縄文仮面のカプチーノです。結構可愛いよね♪ (*´∀`*)

父は富士山・・・じゃなくて、銅鐸です。

でもこれ、どう見ても富士山でしょ~?? ちゃんと雪を被ってるし、お鉢もあるし。

ねぇ? (´・∀・`) お父さんらしいチョイスだわ。

添えてある勾玉クッキーが良い味出しています。
このクッキーの型、欲しいなぁ。
ちゃんと出雲型勾玉の丸みのあるフォルムになっています。

歴史博物館7

大遷宮のおみやげも、たくさん並んでいました。

歴史博物館8

出雲は善哉・発祥の地でもあります。

家族へのおみやげをここで購入しました。

歴史博物館9

しまねっこ。
まだ一度も地元で見かけたことはないですが。。。

大阪府内の近鉄かどっかの駅で観光PRしてたのを見たことがあったよ。
がんばってるね~君は。。。
密かに応援しているよ。

歴史博物館10

島根県内のおみやげ屋さんには、ローズクオーツの白兎ちゃんがたくさんいます。

歴史博物館11

巨大な、めのうの勾玉もありました。

出雲大社も巨大だけれど、勾玉もほんと、巨大なものが多いですね。
私は昔から見慣れているけれど、初めて触れる人は、みんなビックリするみたいです。

歴史博物館12

古事記・日本書紀・出雲国風土記などの本が、中心に置かれています。

そろそろホツマが並んでも良いのではないかな~と、思います。

神話の国・出雲
受け入れられやすい風土でありながら
そこで語られてきた神々は、古事記の神々が中心だったりします。

これからどんなふうにして、縄文の神々のことが語られていくのかな。
カプチーノを飲みながら、いろいろなことを考えていました。

歴史博物館13

竹下登元首相のお孫さんとして知られている、DAIGOくん。

この人、好きだわ

しゃべり方がまんま、島根男子だけんね。
黙っとったらワカランが、垢抜けた恰好しとっても、やっぱ島根だけん。
しゃべくったら、漂う島根臭は隠せんけん。

でもwikiのプロフイール見たら、島根で過ごしたとかの記述は無いみたいだね
なんだか不思議な人だわ

だけん好きだわ

・・・って、いつのまにか私も、出雲弁になっちょるわ。

だんだん♪


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  1. 2013/10/30(水) 09:16:05|
  2. 古墳・遺跡・史跡(島根)

古代出雲はなぜ恐れられたか

今年は、古事記の完成から1300年とあって
各地で古事記に関する催しが盛んだ。

とくに神々の国”出雲国”がある島根では
7月21日から11月21日まで「神話博しまね」が
出雲市大社の県立古代出雲博物館をはじめ
松江の県立美術館、八雲立つ風土記の丘、
安来市の和綱記念館などで開催される。

その先駆けとしてこの日曜日、
大社文化プレイスうらら館で作家荒俣宏氏の講演や
松江の劇団幻影舞台の
「黄泉比良坂~死者の魂が集う黄泉の国」
などがあり見てきた。

最近、古事記と出雲国風土記を読み直しているところでもあり
大いに刺激を受けた。

荒俣氏は日本SF大賞を受賞したデビュー作「帝都物語」で知られるように、
あの世とこの世の時空を自在に往来して壮大な物語をつむぐ作家。

氏によると、神話は古代日本の死生観や価値観はじめ
ものの考え方を如実に表したもので、
多くの神話に彩られる古代出雲は、日本の原形のようなところ。
いま政治、経済とも混迷を極めている日本が脱するきっかけはこの地にある
・・・と島根を励ました。

古事記が完成した712年には
すでに中国の陰陽五行説が渡来しており、
多くの日本神話にもこれが反映している。

陰陽五行説とは、モノには必ず
表と裏、建前と本音、男と女のように陰陽があり、
またあらゆるモノや現象は、
木火土金水(もく・か・ど・ごん・すい)の
5要素で構成されているとの考え方だ。

1年は春夏秋冬の四季と各季の土用。
現在は夏の土用以外消えたが、元は各季にあった。

出雲は年に1度
八百万(やおよろず)の神々が集まるという伝承と祭祀を
出雲大社と佐太神社に伝える不思議な国だとした。

筆者にとって不思議さは
経済力でも軍事力でも決して突出していたとは思えない”古代出雲”が
古事記の「神代巻」で約3分の1もの舞台を与えられていることだ。

この点についての荒俣氏の見解は聞けなかったが
これは昭和初期、斐川町と加茂町岩倉で相次いだ
大量の銅剣、銅鉾などの出土後も疑問のままだ。

当時、高名な考古学者が匿名を条件に語った
次のような見方も足を引っ張った。

「「続日本紀」に大型の銅鉾が見つかった話がある。
だが、この銅鉾はその後所在不明。
751年東大寺の大仏建立のとき日本中の銅を集めたが
続日本紀にある銅鉾も多分この時提供されたのだろう。
開発が進んだ地方で昔出土した銅器は大仏造営で消え
出雲は開発が遅れた地方で残ったのではないか」

荒神谷29
(銅剣、銅鉾が大量に見つかった荒神谷遺跡)

最近、古事記を再読して
古代出雲がヤマトから恐れられたカギは
「国譲り神話」にあるらしいことに気づいた。

同神話で高天原、つまりヤマト側は

「この世の顕事(この世の治世)は私の子孫がする。
あなたはあの世に行って幽事を司りなさい。
その代わり出雲に高天原にある宮殿と同じものを建てる」

・・・と出雲大神に約束した。

幽事とはあの世のことで人の生死はじめ豊凶、天変地異など。

この宮殿が出雲大社の始まり。

「国譲りで」この国の実権はヤマトが握ったが、
天災や疫病流行など
人智ではどうにもならないことが起こる度に
出雲大神の関わりを疑い、恐れるようになった。

このため人智の及ばない事象を支配する
「出雲の霊力」の根源らしい神宝や宝剣を差し出せと
使者が何度か出雲にやって来た。

うち2度は太刀や神宝を取り上げることに成功する。

だが、天災や疫病など
人智ではどうにもならないことが
この世から消えることはなかった。


続きは次回。   (M)


・・・・

上記は、島根県唯一の建設産業情報紙「建設興業タイムス」
2012年3月7日(水曜日)発行からの抜粋記事でした。

先日、出雲に帰省した際に立ち寄った
道の駅「湯の川」で手にした情報紙です。

記事の続きが気になります。
その内容は、なんとなく分かるんですけどね。


古事記編纂1300年。

神話の国・出雲は、今とても熱いです。
毎回帰るたびに感じています。

これから「神話博しまね」が開催されます。
出雲の素敵なところを、たくさん発見できると思います。
多地方の皆様も、ぜひぜひ訪れてみて下さいね。


神々の国しまね ~古事記1300年~ スペシャルサイト
http://www.shimane-shinwa.jp/

ユスラウメ

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  1. 2012/04/17(火) 21:45:24|
  2. 古墳・遺跡・史跡(島根)

黄泉の穴・猪目洞窟(いのめどうくつ)

猪目洞窟1

誰もいない海♪
ふたりの愛を確かめたくて~♪


(人´∀`).☆.。.:*・゚

思わず口ずさんでしまう

青い海
緑の山々
浪漫溢れる洞窟

猪目洞窟4

ひと気がないように見えるかも知れませんが
波打ち際では、海水浴を楽しむ
子供たちや、カップルや、親子連れで賑わっていましたよ。

ここは、出雲市(旧平田市)にある、猪目海岸(いのめかいがん)です。

青い海は日本海

韓国側が呼称する東海なんぞではありません。

出雲大社まで続いていく海岸線には R23=シリウスナンバー が走っているんです。

日本の海はシリウスの海

ここから眺めるブルーの海は、日本海でしかないんだよ。

猪目洞窟5

猪目のR23には、こんなトンネルがありまして・・・

そのすぐ近くに、黄泉の国(よみのくに)へと続いているといわれている洞窟があります。

大きな岩が、山にナナメに覆い被さるようなかたちになっていて
その隙間が洞窟になっているんです。

看板のあるところから、下りていきます。

猪目洞窟20

正面から見ると、こんな感じです。

猪目洞窟6

入口の看板には説明書きがあります。

『出雲国風土記』には黄泉の坂・黄泉の穴と呼ばれる洞窟の記載があります。
どうやらそれがここの猪目洞窟らしいです。

「人不得 不知深浅也 夢至此磯窟之辺者必死」

どういう意味かと言えば・・・

夢で猪目洞窟を見た者は必ず死ぬ! 
古より今に至るまで、ここは黄泉の穴と名づけられる
 


ヽ(ヽ゚ロ゚) ヒイィィィ!!

(; ・`д・´) ナ、ナンダッテー!! (`・д´・ ;)


皆さん、見ちゃいましたね。

猪目洞窟、もう目に焼き付いちゃいましたね。


あーあ・・・

ごめんねー・・・


夢でくれぐれも、この場所のことを見たりしないようにね・・・



なーんて


大丈夫ですよ♪


私は夢で何度か見たことがありますが、なんともなかったですから。

今でもピンピンして生きてますから♪

(*´∀`*)


それだけ、人を寄せ付けないでおきたい意図などが感じさせられます。


猪目洞窟は昭和23年(1948年)に発掘されました。

その時に、弥生時代から古墳時代にかけての人骨や副葬品が発見されたそうです。
1700年前の女性の骨。
かなり綺麗な状態で発見されたそうです。

人骨も副葬品も、市内の公民館に展示されているそうですよ。

猪目洞窟7

名所旧跡という感じではないですね・・・

漁船や釣り具がたくさん放置されていて
なにか大きな期待を抱いて訪れられた方は
その雑多でアバウトな感じに驚かれる方も多いと思います。

猪目洞窟12

えっ ここ?

思わずスルーしてしまうような感じです。

猪目洞窟9

この看板がないと、間違いなくスルーです。

あの世と此の世を繋ぐ黄泉の国とは
なにげない生活空間の一部なんだよ・・・ということでしょうか。。。

猪目洞窟11

ここは「黄泉の国へ」の入口なんだよ~と書かれている案内板です。

黄泉(よみ)とは、日本神話における死者の世界のこと。

古事記では黄泉國(よみのくに)と表記されています。

イザナギが、死んだイザナミを迎えに行ったとされる場所です。


島根には、この洞窟のほかにも、黄泉の国の入口と呼ばれる場所が存在します。

松江市東出雲町の、黄泉比良坂のほうが有名なようです。

ここは本当に、知る人ぞ知るスポットです。

猪目洞窟14

祠があって、それっぽいです。

なんだかんだで、洞窟の奥に入っていくと
異空間へと繋がっていけるかのような雰囲気がありますね。

猪目洞窟16

洞窟の奧・・・
真っ暗で、どこまで続いているのか解りません。

ちょっと身震いしそうになります。^^;

猪目洞窟18

フラッシュを焚いて撮影してみました。

狭い空間ですね。
松明の灯りなんかで照らすと、雰囲気がありそうな感じですね。

猪目洞窟17

ふりかえって、外の海岸を見てみました。

キャンプしている気分になります。
波がここまで入ってくることもあるんでしょうか。

古代シャーマンの瞑想場って、こんな雰囲気なのかな。
埋葬場だと、寂しいな・・・。

猪目洞窟21

洞窟を出て、再び海岸線のR23を歩きました。

岩肌に可愛く咲いているカワラナデシコを見つけました。

イザナミさんも癒されているのかな。
花には女神さまの心が宿っている気がしてなりません。


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動画もどうぞ。

洞窟に向かって、不思議なものが浮遊していきます。
なんだろう、あれ?

やっぱり黄泉の国の入口ですね。

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  1. 2011/08/15(月) 14:43:42|
  2. 古墳・遺跡・史跡(島根)

出雲阿国さんの墓

出雲阿国墓1

出雲大社から稲佐浜へ向かう途中

山根の太鼓原の石段を登っていくと

そこには出雲阿国(いずものおくに)さんのお墓があります。

出雲阿国墓2

歌舞伎の始祖として一世を風靡した出雲阿国さん。

晩年は大社に帰り、尼僧「智月」となり、読経と連歌に興じて静かに余生を過ごしたといわれています。

芸能関係者や歌舞伎ファンなど、多くの参拝者さんがいらっしゃるようです。

出雲阿国墓3

一緒に、出雲大社の周辺をサイクリングしていた弟が、

「どうしても阿国さんの墓参りがしたい ちょっと寄っていこうぜ」

・・・と言うので、お参りしました。

歌舞伎の祖ということで、日本の伝統芸能にすこし興味があるのか
弟は、いろいろと阿国さんと歌舞伎の歴史について語っていました。


「俺は、浜崎あゆみは、阿国さんなんじゃないかと思うんだよ!*。・+(*゜∀゜*)+・。*」

「(°Д°)ハァ?」


浜崎あゆみさんのパフォーマンスに、歌舞伎のセンスと阿国さんを感じているみたいです。
そういえば、黎明たんは、浜崎さんのことを、白拍子と書いていたよ。
どこか通じるものがあるのかも。

・・・つーか、彼女のファンだったんだね。


10代後半から統合失調症を患い、時々目が離せなくなる行動と、かなりアレな発言を繰り返す弟ですが
いろいろと敏感に物事を感じ取るがゆえの問題のような気もします。

彼は、いろいろな意味で、私にはとても無視出来ない存在です。


ちょうど、このブログを書こうかという時に、
市川海老蔵さん&麻央さん夫妻に第一子誕生という話題に触れました。

これも、歌舞伎シンクロですね♪
阿国さんは、今でも歌舞伎の世界から見守ってくれているのかな。

稲佐の浜1

阿国さんのお墓を後にして、稲佐の浜へ。

そこには、夏空と青い海と白い砂浜のパラダイスでした♪

走り出して、ダイブしたくなりました。

あぁぁぁーーー泳ぎたいーーーーー!!!!

(//≧▽≦//)

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  1. 2011/07/26(火) 14:24:41|
  2. 古墳・遺跡・史跡(島根)

宍道湖・嫁が島(しんじこ・よめがしま)

やくも1

出雲市駅-岡山駅 の山陰本線を走行している 特急「やくも」 です。

斐伊川(ひいかわ)を渡っていくところ。

やくも2

気分は 撮り鉄 です♪ \(^○^)/

出雲にかかる枕詞 「八雲立つ」(やくもたつ) から由来されている列車です。


な、なんか興奮する・・・!

うまく写真に収まったら 

ぃょっっしゃぁぁぁああああー!(//≧▽≦//) 

・・・って心の叫びが浮かんでくる。

撮り鉄さんたちの気持ちがちょっと解る瞬間でした。

嫁島1

車窓より。

松江宍道湖に浮かぶ 嫁が島(よめがしま) です。

嫁島3

宍道湖に唯一浮かぶ島です。

全長約150mの無人島です。

良く晴れた日には、松が夕日に映えてとても綺麗です。^^

鳥居があり、弁財天さんが祀られています。

『出雲国風土記』では「蚊島」と表記されている島です。

嫁が島の由来は・・・

姑さんに苛められたお嫁さんが水死した際に

水神さまが浮き上がらせたという伝説からきているようです。

水神さんって、やっぱり瀬織津姫さんだよね。

水に纏わる哀しい伝説がいくつかあるそうです。(T-T)


ここはやっぱり、金色の夕日と、オレンジ色に染まった嫁が島と水面を紹介できたらいいなと思いました。

一番綺麗に見えるんですよね。

いつか紹介できればいいなぁ。

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  1. 2011/07/26(火) 09:29:41|
  2. 古墳・遺跡・史跡(島根)

荒神谷史跡公園

前記事からの続きになります。

一畑薬師へとお参りした後、
荒神谷遺跡(こうじんだにいせき)公園へとやってまいりました。

出雲が誇る古代日本の、スケールの大きな史跡めぐりです。

縄文~弥生~古墳時代の遺跡を巡る見学は
古代日本海岸の海で繋ぐ
北陸~近畿~出雲~九州~大陸へのアストラルトリップを約束してくれます。

日本神話創世からの浪漫飛行ともいえるかも。

そんな雰囲気がひしひしと、
この画像を通しても伝わってくるのでは・・・と思いますが、いかがでしょうか。

古代遺跡を巡る旅は、心の奥底を震わせて
じんわりと豊かな気持ちへと導いていってくれることでしょう。

荒神谷1

荒神谷は、島根県簸川郡斐川町神庭にあります。
「神の庭」です。
名前からして、いかにもアレですよね。

ここは西谷池です。広い池です。

荒神谷3 荒神谷7

この”古代の小径”といわれる道を進んでいくと、ずっと先の方に突如として遺跡が出現いたします。

横にある水田には2000年ハスが植えられます。
2000年の時を経て花開くピンクのハスは、この水田いっぱいに広がって毎年とても見事なのだそうです。
5000平方メートルの水田に約5千株、5万本のハス。
見頃は6月下旬~7月上旬なのだそうです。

荒神谷28

はい。来ました。こちらが荒神谷遺跡です。

荒神谷29

角度を変えて眺めてみたら、こんな感じです。
ここから弥生時代の青銅器380点(銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16本)が出土したのです。

出土状況が再現さているのが、わかりますでしょうか?

荒神谷32

このような剣が大量に姿を現したのです。
一部はすぐ近くの公園内の博物館に貯蔵され、
他は、出雲大社近くの「島根県立古代出雲歴史博物館」に展示されています。
本物をたくさん見たい方は、出雲大社参拝の折に、歴史博物館にお立ち寄り下さいね。


先日、奈良の三輪山へ行って来ました。
三輪山の麓にある大神神社(おおみわじんじゃ)へと参拝してきました。
実際に、三輪山にも登ってまいりました。

その三輪山からもたらされたと思われる装飾具が、ここ荒神谷遺跡からも多数出土されています。
古代の出雲と三輪は密接な関係で繋がっていたんですね。
山の空気にふれても、それが本当のことだとよく分かります。

古代の歴史は、現代に蘇ってきています。

肌で感じることで、古代人の叡智にいろいろと学んでいけるはずです。
自分の感覚を研ぎ澄ませば、本当の歴史が自分自身の手で掘り起こせることでしょう。

荒神谷24

少し山道を進んでいくと、神社があります。

荒神谷13

三宝荒神さんの鳥居です。
荒神谷の由来になった太古の神社です。

荒神谷18

御祭神は

須佐男命
大地主命
建見名方命

荒神谷20

鳥居を潜って出てきた先は、「荒神さん広場」と呼ばれています。
ほんとうに広場になっています。

荒神谷35

2000年ハスの水面です。
キラキラと眩しい陽の光でした。

古代に息づいていた、たくさんのいのちが、時を重ねて現代に蘇り、彩りを帯びていく。
・・・素敵なことですよね。
ハスを眺め、それを美しいと感じることができる人々は、
そこに古代~現代の時間・空間軸を一つに結び束ねてそれを眺めていたりするのではないでしょうか。

花の時期にまた、訪れてみたいなと思いました。

荒神谷41

神話の里・出雲に、ささやかに存在している神の庭。
そこに広がっているとてもスケールの大きな史跡巡りの旅でした。

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  1. 2010/04/05(月) 15:23:53|
  2. 古墳・遺跡・史跡(島根)