瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

愛媛の旅 part.11 子規堂

愛媛の旅・この記事で完結です。

松山駅前3

19日(水)
最後まで残っていた皆さんとお別れし
ひとりで松山市駅まで歩きました。

城下町を歩いていると、最後にお別れに来てくれたのは、やはり瀬織津姫さんでした。
フワ~ッと目の前に黒いアゲハチョウが舞って来てくれたのでした。

行く先々で、黄揚羽をよく見かけていましたが、最後は黒アゲハ。

すぐに遠くへ飛んでいったので、撮影することはできませんでした・・・
嬉しかったです。(*´∀`*)

子規堂1

神戸行きの高速バスのチケットを購入し、少し時間があったので
駅から歩いていける正岡子規さんの記念堂を訪ねてみました。

子規堂2

子規堂は、正岡家の菩提寺である正宗寺(しょうじゅうじ)境内に建っています。

子規さんが17歳まで暮らした家を復元した記念堂です。

秋山兄弟生誕地とも似ている雰囲気です。
みんな幼なじみで、仲良しだったんですよね。

ここに来れば、子規さんにも、秋山兄弟にも、漱石さんにも
最後にもういちど、会える気がしました。

子規堂3

子規堂4

開け放たれていましたが、誰も居ない。。。貸し切り状態で見学させて頂きました。

お隣の正宗寺(しょうじゅうじ)では
子規さんを偲ぶ俳句の定例イベントが開催されるようで
しばらくすると周囲がザワザワしてきました。

特別な日だったのかな。。。

そんな時に訪れることが出来て嬉しかったです。

子規堂10

越智水草:

子規が乗り 漱石が乗り 
三津に行き 道後に行きし
汽車か この汽車


子規堂11

打ちはづす球 キャッチャーの手に在りて
ベースを人の行きがてにする


今やかの三つのベースに人満ちて
そぞろに胸の内騒ぐかな


ベースボールの歌は新聞「日本」に明治31年5月24日発表

若き日の子規はスポーツマンで野球に熱中して
「ベースボールほど愉快にみちたる戦争は他になかるべし」
と書き残しています。

子規さんは「野球」の名付け親として称されたそうです。

初めて知りました。
知らない人、多いんじゃないかな。

子規堂5

静かな佇まいです。

秋山兄弟の兄・好古さんの言葉にもあった

「人間は貧乏がええよ、艱難汝を玉にすと云うてね
人間は苦労せんと出来上がらんのじゃ」

「苦しみを楽しみとする心掛けが大切じゃ」


・・・という言葉を、この場所でも子規さんと一緒に、発せられているような気がしました。

素直に、そうですね。。。と同意したくなります。

子規堂6

子規さんの生家も、戦災により焼失しています。

お城も、秋山兄弟の生家も、ほかの街の建物も・・・
愛媛の街は、戦争で大規模に焼失してしまったんですね。

失ったものが大きかったから
愛媛の人々は大切なものを残そうと思ったんですね。

”愛媛は人が良いから”

ツバメにも愛されている街。

この時から、人々の意識など 見えないところでも
変わっていったことが多かったのだろうな・・・と感じました。

子規堂7

子規堂8

子規さん・・・

ここに座って、いろいろな事を考えて過ごしていたんだろうな。。。

子規堂9

子規:

名月や寺の二階の瓦頭口
朝寒やたのもとひびく内玄関


 

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6/16(日)~6/19(水)

長いようであっという間の愛媛の旅でした。

始まりは「父の日」でした。

オオヤマヅミは、お父さん。

目に見える存在・目に見えない存在・すべての存在を含めて
お父さんと呼べる方たちの温かいサポートを頂きながら、楽しむことが出来ました。
川上会長を、旅のあいだ、ずーっと「パパ」と呼んでいました。

良い出逢いが出来ましたね♪

お父さんありがとう ☆彡

(*´∀`*)

出雲の父にも親孝行しないとね。

瑠璃たんはいつでも孝行娘で居続けるよ。

また逢う日まで。

ありがとうございました♪

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  1. 2013/06/22(土) 12:09:34|
  2. 神社仏閣めぐり(愛媛)

愛媛の旅 part.10 松山城

昨日の昼間に、眠くて眠くてたまらなくなって、昼寝してしまいました。
そうか~夏至だったんですね。
愛媛から帰ってきてから、日付の感覚がなくなってしまっています。

朝、ゴミを出そうしたら「今日は金曜日やで」「ゴミの日は昨日だったよ」
夫に慌てて止められて「えっ?」と思いました。
「そ、そ~なん?」

カレンダーを見ても、全然ピンとこなくて焦りました。^^;

ちょっと腑抜け状態ですわ。(´∀`)ゝ”
これもそれも夏至のせいにしておこう。。。
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松山城1

坊っちゃん縁の道後温泉本館から、松山城へとやってきました。

この時は、川上会長・関戸さん・私の3人でした。

松山城は、最初に見た時に、松江城に似ているなぁ・・・と。
本当に出雲~松江にそっくりな景色なので
いろいろとオーバーラップしていって、どうしても話題に出したくなります。(´∀`)ゝ”

松山、松江 「松」繋がり。お殿様は松平公。

徳川縁の場所はどれだけ訪れたのかな。。。

過去ログの大半がそうなっていると思います。^^

ここのお堀も、屋形船が運航されているそうです。
やはりデジャブ感がハンパないですわ。

松山城(まつやまじょう)は、別名金亀城(きんきじょう)勝山城(かつやまじょう)
お城の造りは、姫路城と同じらしいです。

私は姫路とも縁があります。

いろいろ繋がっている松山。
大好きになりましたよ。

松山城2

松山城5

午後2時を過ぎていたのかな。

朝から温泉に入って、ご馳走を頂いて、お城へのロープーウェイに乗っていると
ちょうどウトウトと眠くなって、3人無口になっていました。

松山城3

訪れた時、平日だったので、のんびりと散策できました。

上っていくと汗だくになり、とても蒸し暑かったです。

松山城4

松山城6

1945年に、戦災で11棟の建造物(旧国宝)が焼失してしまったそうです。

昭和40年代から本格的に復元が行われていきました。
そのドキュメントが天守閣のVTRで紹介されています。

一国のお城を完成させるって、大変なことなんだなぁ・・・と思いました。

松山城8

風が通って気持ちの良い天守閣。

気分はお殿様です。

松山城<br />9

ここからの伊予の国の眺めは絶景でした。

街も山も海も、ぐるりと見渡せました。

初めて訪れる場所は、高いところから全体を見渡せるところに立ちたくなります。
愛媛では、それを叶えてくれる最適な場所がココですね。

松山城7

がとぐろをまいているかのような植え込みを見つけました。

そういえば、蛇の話が多かったですね。

卵を呑み込む古代仏教(?)の蛇(龍)とか
生樹の御門に蛇の気配とか。。。

皆さんと一緒に居た時に、結構、蛇のお話が出てきていました。

松山城10

石垣に太陽カラーの可愛いお花が咲いていました。

松山城11

名物・伊予柑ソフトを頂きました。
伊予柑ジャムがシャーベット状のソフトとよく合っていて、とても美味しかったです。

暑い日だったから、後から来た団体さんもみんなソフトクリームを食べていましたよ。

・・・・そういえば、ソフトクリームも蛇っぽいですね。

松山城12

人懐っこいスズメちゃんが近づいてきてくれました。

松山城13

私たちと一緒に食べました。

コーンの部分が大好物のようです。

スズメはツバメよりも少ない印象でした。

人や神との出逢いも大事にしたいですが
動植物との触れあいもまた、大事にしていきたいですね。



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  1. 2013/06/22(土) 10:40:08|
  2. 神社仏閣めぐり(愛媛)

愛媛の旅 part.9 坊っちゃん列車

道後1

道後温泉からの帰り道も、いよてつの路面電車に乗りました。

駅舎も、道後温泉本館の外観とマッチしている瀟洒な感じの建物です。

神戸の異人館にあっても違和感がないような。。。
私はこの時代の建造物が結構好きなんだな~と再認識しました。

これから増えていくドームハウスも
シンプルさの中に、古い建物からのお洒落な雰囲気を取り入れられたらいいな♪

そんなふうに思いませんか?

坊っちゃん列車4

ツバメちゃんがたくさん飛んでいるんですよ。

駅の中央にある大きな時計の上にも。

みんなが見つめるところに巣が出来てるのです。
街の人たちみんなに愛されているんですね。 (*´∀`*)

坊っちゃん列車5

坊っちゃん列車6

坊っちゃん列車7

愛媛に着いた直後も、ツバメと人との距離が近いことに驚いたんです。
歩いていても、車に乗っていても、触れそうで触れない低い位置まで降りてきてくれます。

住宅街にも、山にも、どこにでもいて
街の人たちはみんな気に留めてはいないのですが
遠方からやってきた私には、これはすごいことなんじゃないかなと思いました。

愛媛はみんな人が良いからね♪

と、川上会長と折本さんは仰っていましたが
ほんとうにそうですね。

会長さんの御友人の方もみんな
とても気さくでいい人達ばかりでした。

大山祇神は、酒解神。

お酒の席で御一緒して、それがよく分かりました。
楽しく飲めるって素晴らしいです。
お酒は解いてくれるパワーがあります。
そして、良くも悪くも、人の本質が見えてきて解けちゃう。
そうして私たちは、大山祇神さんを身近に感じて来られたのでしょう。

はっちゃけすぎて、ほんとに介護が必要にならないように、ほどほどにね ☆彡

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この記事を書く前に、町田先生のブログも拝見しました。
↓一部抜粋させていただきます。

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2013-06-20 13:55:47
テーマ:日々新た

古代インドの哲学書『ウッパニシャッド』にも
「汝がそれである」と書かれているが、要するに「アンタが真理だ」ということだ。

でも、ただの凡夫である我々としては、そんなことを言われても、「まさか」と思うだけである。


日々新た
http://ameblo.jp/kazenotsudoi/
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大山祇神は、和多志大神。

和多志=わたし=「アンタが真理だ」

そして、ビール片手に微酔いで踊っている坊さんのイラストが。^^

「うまいなあ。ビールさん、ありがとう」と言えば、それこそ解脱の境地に至ること間違いない

一緒に旅をしていると、繋がっていけるよね。
神様が繋げてくれますね。

私たちを繋げてくださった大山祇神さんに、瀬織津姫さんに
これからも感謝して行きましょう。

坊っちゃん列車1

坊っちゃん列車

キタワァ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*!!!!


坊っちゃん列車2

ちょっと撮り鉄の気持ちが分かる瞬間ですわ。。。

ワクワク感でいっぱいになるね!!!

*。・+(*゜∀゜*)+・。*

坊っちゃん列車3

車内もレトロで良い感じ♪

乗務員さんのアナウンスがとてもお上手で感じが良かったです。
エアコンがないので、うちわを借りて、仰ぎながら車窓を眺めました。

同じ景色を見ても、気分が違うから変化しているように見えます。

一六タルトのポスターも、坊っちゃん電車仕様のレトロデザイン。
凝ってるなぁ。。。(*"Д")

「坂の上の雲ミュージアム」のポスターも貼ってありました。
企画展:「ハーグ万国平和会議」が開催されています。

時間があったら、行ってみたかったな~。

愛媛美術館では、エヴァの生みの親・庵野秀明さんの特撮博物館となっているようです。

これも、時間があれば・・・

欲張りになってしまうけれど
見るもの全てが、とても意味深に感じられてしまっていました。。。

それを書き出すと大変なので
このへんにしておきます。


・・・その後、松山城へ行きました。

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  1. 2013/06/22(土) 09:31:04|
  2. 神社仏閣めぐり(愛媛)

愛媛の旅 part.8 道後温泉

道後7

道後温泉本館にやって来ました。

映画『千と千尋の神隠し』に登場する
「油屋」のモデルのひとつとされているだけあって
本当に趣のある建物だなぁ~と思って、感動しました。

今にもハクや湯ばぁばが出てきそう。。。

*。・+(*゜∀゜*)+・。*

道後10

神社仏閣を巡る時と同様の、青い光と玉響がたくさん映り込みます。

八百万の神々が集う「油屋」さんに
こんなところもそっくりですね。

大根の姿をしたオシラサマが瀬織津姫さんと言われますが
千尋がじつは瀬織津姫さんなのです。

名前を奪われて、千にされて封印されたのも
瀬織津姫さんのストーリーそのままですよね。

道後12

あちこちに白鷺さんが居ます。

昔、足を痛めた白鷺が岩の間から流れ出る湯に浸していたところ
傷は癒えて、飛び立って行くのが見えました。

村人が手を浸すと温かく、温泉であり
効能を確認したという伝説があります。

これが道後温泉の発見とされています。

朝6時に6回
昼12時に12回
夜6時に6回

時を告げる太鼓が鳴り響きます。

温泉を出たら、タイミング良く12回鳴りました。

道後13

ここだけ、ちょっぴり異次元のようです。

道後14

お部屋に通してもらい、ここで浴衣に着替えて温泉に向かいました。

坊っちゃん団子と煎茶を頂きました。

使ったタオルを外の欄間にかけて乾かしているのが粋なんですって。

道後16

落ち着いた佇まいですね。

温泉がますます好きになります。

道後17

神々と一緒に、ここで宴会してみたいなぁ。

道後18

隅々まで綺麗にされています。

道後19

階段はかなり急です。

高齢者の方たちが多かったですが
皆さん慣れた様子でキシキシと上り下りされていました。

いまの私たちはバリアフリーに慣れてしまっているけれど
江戸や明治時代までの人たちは足腰がとても丈夫だったんでしょうね。

温泉の中も、足が充分に屈伸できるほど深い浴槽でした。
大きな段差がとても新鮮に感じられました。

道後20

女湯の前です。

浴場は2つありました。
大浴場は、何度か夢に出てきたことがあります。

湯に浸かっていると、デジャブ感がハンパないです。。。

なんどもなんども、繰り返しここのお湯に浸かってきた感じがします。
夢の中にも現れていたせいかもしれませんが。

私はいったい、いくつもの生を、この日本で過ごしてきたのでしょう?
そんなことに想いを馳せていました。

ほんとうに異次元空間のようでした。

道後21

出雲の勾玉が飾られていました。

玉造温泉にも、こんな感じの温泉旅館がたくさん存在していたのかな。。。

ここは出雲との関わりがとても深い場所のようです。

道後22

「坊っちゃんの間」がありました。

道後温泉本館は、夏目漱石の小説『坊つちやん』(1905年)にも描かれています。

道後23

「則天去私」の掛け軸の下に、漱石さんの胸像がありました。

道後25

漱石と子規。

大親友だったふたりは
たくさんのエピソードを道後温泉に残しています。

道後26

ぶらぶらと、町歩きも堪能させて頂きました。

夏は浴衣で歩きたい街ですね。

道後27

「玉の石」は、大国主命少彦名命の逸話のように
道後温泉の霊妙不可思議な効力の象徴とされています。

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ふたりの神が、出雲の国から伊予の国へと旅していたところ
長旅の疲れからか少彦名命が急病に苦しんだそうです。

大国主命は大分の「速見の湯」を海底に管を通して道後へと導き
小彦名命を手のひらに載せて温泉に浸し温めたところ、たちまち元気を取り戻したそうな。

喜んだ少彦名命は石の上で踊りだしたという。

その石がこの「玉の石」と言われています。

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ん~ ますます出雲っぽいですね。

道後31

ひときわ大きな光が降りてくるポイントがありました。

道後30

ここは、又新殿(ゆうしんでん)

日本で唯一の皇室専用浴室。

御影石の最高級品・庵治石を使った浴槽の他、控え室、トイレ等が見学できます。

これまで、のべ10人の皇族が入浴されたそうです。
各宿泊施設に引き湯が行われたことなどから、1952年を最後に60年近く使用されていないそうです。

昭和25年には昭和天皇が巡幸されたそうです。

中のお部屋を見学していると、急に咳が出だして止まらなくなりました。
ここもちょっと異空間です。
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道後温泉は、日本国内でもひときわ古い3000年もの歴史を持つといわれる温泉です。
(近くの冠山からは、約3000年前の縄文中期の土器・石鏃(せきぞく)が出土しているそうです)

596年、厩戸皇子(聖徳太子)来湯
白村江の戦いの前に中大兄皇子(後の天智天皇)が日本・百済連合軍を集結
1239年、宝厳寺に一遍生誕。
14世紀、河野氏が一帯を支配、湯築城を本拠地とする。
1635年(寛永12年)、松山藩・松平定行の温泉経営
1950年(昭和25年) - 昭和天皇入浴

他にも文化人たちが多数訪れています。

万葉歌人・山辺赤人、名僧・名月
小林一茶正岡子規夏目漱石
伊藤博文与謝野鉄幹・晶子吉川英治、、、他。


ここに名前を挙げた方たちは
日本を護る八百万の神々そのものですね。

だから道後温泉本館は、たくさんの神々に気に入られていて
こんなに光に包まれて居るんだ。。。(*"Д")

私たちも仲間入りさせて頂きました。

肌がスベスベになりましたよ♪


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  1. 2013/06/21(金) 19:21:18|
  2. 神社仏閣めぐり(愛媛)

愛媛の旅 part.7 秋山兄弟生誕地

秋山1

2日目は、松山市駅の近くにある国際ホテルに宿泊しました。

そして、ここから秋山兄弟生誕地までは、目と鼻の先でした。

秋山兄弟生誕地
松山に着いたら、ぜひ行ってみたかった場所です。
こんなに近くに宿泊できて、嬉しかったです。

川上会長、御世話くださりありがとうございました。(*´∀`*)


ここは、外から見た感じでは、お寺のようにしか見えなかったのですが・・・

秋山14

ちゃんと案内が貼られています。
松山城も近いですよ。

場所は、松山市歩行町2-3-6

秋山2

本日天気晴朗ナレドモ波高シ

ロシアバルチック艦隊発見の電報の末尾に
眞之さんが加筆した有名な電文です。

秋山20

銅像がありました。

こちらは、兄の秋山好古さん(1859~1930)

日露戦争で日本の騎兵隊に世界で初めて機関砲を常備して
世界最強といわれたロシアのコサック騎兵隊を撃退した。

敵の猛撃にも一歩も退かなかったその勇名は天下に鳴り響き
陸軍大将に栄進したが退役後、井上要達から
松山の北予中学校の校長に就任を要請されるとすぐに承諾した。

青年時代に教師を志し、日本の騎兵隊を育て、陸軍教育総監になったときが
「最も嬉しかった」と伝えられるほど、生涯を通して「教育」に情熱を注いだ。

秋山21

こちらは、弟の秋山眞之さん(1868~1918)

近所の子供たちを率いて暴れ回った。

あまりの腕白に母・貞に短刀を突きつけられ
「お母さんも死ぬるから、お前もこれでお死に」と諫められたこともあった。

その反面、人に優しいところがあり、
長じては家族・親族を大切にし、海軍では部下をいたわっていた逸話が多い。

眞之の合理的科学的な思考は
生来の素質に加えアメリカ留学や欧米出張で磨き上げられた。

日本海海戦で大勝利をおさめた後も冷静に国力を分析し、国の将来を憂いていた。

空軍と潜水艦隊の強化を説き、中国革命の父・孫文を支援。

また、アメリカと戦うことの非を唱えた。

秋山3

好古:

人間は貧乏がええよ、艱難汝を玉にすと云うてね
人間は苦労せんと出来上がらんのじゃ

苦しみを楽しみとする心掛けが大切じゃ


秋山4

原型に近い形で復元された生家です。

ほんとうに質素で清貧な感じの佇まいですね。

江戸末期の天保年間から現地にあった秋山家は
昭和20年、空襲により焼失してしまったそうです。

昭和初期の写真や、秋山家子孫の聞き取り調査によって復元されたそうです。

秋山7

玄関・居間・土間 どこを見ても
澄んだ風がよく通っていて、気持ちの良い家でした。

秋山5

好古:

弟は例え秒分の片時でも「御国のため」という概念を捨てなかった
この事だけは兄としてはっきり言いうることです


秋山6

秋山12

眞之:

細心焦慮は計画の要能にして虚心平気は実施の源力なり

事の成敗は天にありといえども
人事を尽くさずして天、天と言うことなかれ


秋山8

眞之:

日本海海戦の勝利は英雄の力ではなく
全員がその責務を存分に発揮したからであります


秋山9

眞之:

神明は、唯平素の鍛錬に力め
戦わずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に
一勝に満足して治平に安ずる者より直ちにこれを奪う

古人曰く、勝って兜の緒を締めよ、と


秋山10

秋山11

眞之:

年少の時より志を堅くし遊情に流れず
一意将来の目的に向かって邁進するよう致されたく


秋山13

秋山15

玄関に「坂の上の雲」で秋山兄弟を演じた
ふたりの役者さんのサインが飾ってありました。

秋山16

秋山好古役の、阿部寛さんです。

この写真がすでに好古さんのように見えました。

秋山17

秋山眞之役の、本木雅弘さんです。

とても達筆なサインで驚きました。
本木さんの几帳面そうなイメージが大好きです。

秋山18

秋山19

見えないけれど、今回ちゃんと
秋山兄弟に出逢えたように感じました。

私も日本を護って行きます。



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  1. 2013/06/21(金) 15:19:12|
  2. 神社仏閣めぐり(愛媛)

愛媛の旅 part.6 オルゴン療法

「天下泰平」さんのブログに、六甲比女神社の参拝記がupされています。
瀬織津姫さんのイラストも紹介して頂いてます。・・・嬉しいな♪
滝沢泰平さん、ありがとうございます。ヽ(*^。^*)ノ
教えて下さった読者様にも感謝します♪

天照大神の后である瀬織津姫
http://tenkataihei.xxxblog.jp/archives/51861660.html

↑ぜひ見に行ってみてくださいね。
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さて。愛媛の旅2日目です。

早朝、大島の海宿「千年松」の温泉に浸かり
午前中、大三島の大山祇神社へ参拝しました。

今回の会を主催して下さった川上会長がお気に入りの
海辺のレストランでカレーをご馳走になりました。

大山祇42

私が頂いたのは、エビフライカレーです。

盛りつけられたカレーライスは、まるで輝く太陽のよう。

海老は、今治の瓦に乗っている鯛のシャチホコっぽい。
・3本の矢
・海賊ルーツの河野家家紋
・大山祇神社の神紋「三」
・巴紋
・海老=聖寿=亀老

今治の海の幸に、今回の旅をプロデュースして下さっている全ての存在に
多大なる感謝を込めて、美味しく全部頂きました。
とても美味しかったです。

カレーを食べながら、私はインドの神々のことを考えていました。

今朝、露天の海水温泉に浸かりながら空を眺めていたら
雲が流れ、女神の姿を浮かび上がらせていました。

現れた女神は
千手観音のようにいくつかの腕を広げて
片足をあげてポーズをとる女神。。。

日本の神ではないな・・・この神は、インドっぽいかも

壊・・・ 壊していくよ

そんなメッセージを感じ取りました。

30秒も経たないうちに
女神はあっという間に掻き消えていきました。

朝から、ずっと気になっていました。

いったいどんな女神だったんだろう??

同じ部屋で宿泊していた関戸さんに
部屋に帰ってすぐにこの出来事を告げたら
思い当たる女神は確かにいるようでした。

インド神話はよく分からないけれど

カレーを食べて、また思い出していました。

オルゴン6

その後、松山方面へ向かいました。

3つのあやしげなピラミッド山が並びます。
所在地は松山市下難波

なんとなく、オリオン星座を形作る三つの小さな星っぽい並びだな・・・と感じました。
この山の麓にオルゴン療法・越野稔先生がいらっしゃいます。


オリオンとオルゴン

なんだか似てるよね。

今回、大勢で訪ねることができたのも
越野先生と懇意にされている
川上会長と折本さんの御人徳でしょうか。

オルゴン2

オルゴンは金属器。素材はよく分かりません。
詳しいことはなにもわかりません。

これを身に着けるか、擦るか、それだけの単純治療です。
リンパの流れに沿って、外に排出するように擦っていくのです。

調子が悪いところほど、痛みが出てきます。
調子が良ければ、どこを擦ってもなんともありません。

オルゴン3

町田宗鳳先生の足。
軽く擦っているだけなのに、そうとうな激痛だったようです。

強面の大人の大先生が、激しい痛みに耐えている。。。


(´・∀・`)・・・oh・・・


「先生  泣いてもいいんだよ (はぁと)」


【゜・`д´゜・】


大山祇神社で弄られまくった逆襲を
ここぞとばかりにお返しする小悪魔瑠璃たんなのでした。

ふふふ・・・私は悪魔。

めちゃ偉くて多くの人望を集められている大学の先生が・・・
世界を華麗に飛び回られているストイックな僧侶様が・・・

こんなにも無防備に、子供のような泣き笑いを見せてくださっている。

悪魔になって囁くのは、快感ですなぁ♪


などと思いつつも、痛みの分だけ不調だった部分が
解消されていくようにお祈りしていました。

町田先生のこの体験は、いずれ本に書かれることでしょう。
先生のお顔は、お会いした時とくらべて
ずいぶんと優しげにスッキリとした笑顔に変わられたように思います。

私も、体験を共有させて頂き
どんどん変化されていく先生を拝見していて、とても嬉しく感じました。

(-人-)


しかし・・・

どんな大人の男性も、たちどころに変化させてしまうオルゴン療法って

・・・あな恐るべし!!!

オルゴン4

越野先生は、女性にだって手加減しません。

私を含めた女性陣みんな
オッパイ揉まれまくり
乳首グリグリ摘まれまくり。


【゜・`д´゜・】


↑ほんとにこんな顔になります。


しかし、よくツボをご存知のようで
しっかりバストアップ・スタイルアップできてしまったので
みんなで喜んでいました。

--------

越野先生は、もともとは伝統ある土佐刃物の名匠です。

刃物造りにご自分の命を注いできた方。
その命で、刃物を治療器に変容させた方。

明治の時代まで、多くの武士たちが携えていた刀は
現代では、多くの人の命を救うお医者さんの手術用のメスにその姿を変えました。

刃物も、時代にあわせて変容したのです。

刀は、古代から御神宝として祀られていますが
その反面、多くの人命を奪う道具として使用されてきました。

奪われた命のぶんだけ、今度は命を救うのです。

このエネルギーの正体は、
越野先生に降りたクンダリーニそのもののようです。


wikiによると

オルゴン(Orgone) は精神医学者ヴィルヘルム・ライヒが発見したとする
自然界に遍在・充満するエネルギーのこと。

オルガスムス(性的絶頂)からオルゴンと名づけられた。
性エネルギー、生命エネルギーであるとされ、病気治療に有効であると考えられた。
日本では東洋のいわゆる気のエネルギーと同じモノと考える者もいる。


生樹の御門のような自然の樹木が
すでにこのエネルギーの本質を伝えてくれていました。

あやしい山々の存在も・・・
ここ愛媛は、そういうエネルギー発生装置を生み出すことが出来る土地柄なのだと思います。

名匠に降りたエネルギー

それは、私にとっては、とても強烈なものでした。

銀の治療用ブレスを関戸さんにお借りして
自分の腕にはめた直後、全身にぶわわわわーーーーっっと、鳥肌が立ちました。(○口○∥)

その時、直前まで海水温泉に浸かっていたせいもあるのかな。
反放射性オルゴンには、塩化ナトリウムが改善する・・・とwikiに書かれています。
強烈なエネルギーを体感したのも、そんな条件で始めて触れたせいだと思います。

すごいエネルギー体験をさせて頂きました。(@@)

即効であらゆる症状が改善されるというのは
本当のようです。

オルゴン7

しかし、諸刃の剣という言葉もあります。

作用と反作用
どんな物質にもエネルギーにも存在していると思います。

太古のアトランティス文明は
宇宙科学を応用したエネルギー文明だったとよく言われていますが・・・
その文明も、精神文明のムーやレムリアも、みんな滅んでしまいました。

「諸刃の剣」と言われるように・・・

作用が大きければ大きいほど
反作用も大きいものとなるはずです。

宇宙科学の豊かな恩恵を受け続けているうちに、私たちは大切なものを失ってはいないか?
その扱いには、厳しい姿勢も試されているように思います。

平穏で物質的な豊かさに包まれていると、いつしか人々の意識は堕落してゆきます。
エネルギーを誤用してしまうことにすら、気がつかないまま走り続けることもあるかもしれません。

越野先生の中に目覚めた龍は強烈です。

私はちょっと、おっかない感じだな~・・・と思いました。

心して扱いましょう。。。

どんな魔法もヒミツの智慧も神からの借り物なのです。
最後の一厘の仕組は、自分自身で引き出していきましょう。

--------

オルゴン療法は、越野先生のところ以外にも
こちらでも同じ体験をすることができます。

日本免疫カウンセリング協会
http://www.jica38.com/index.php/counseling

オルゴン5

越野先生とのツーショット。

「諸刃の剣」を伝えたいと想ったのは

私のブルーのシャツに、ちょっと怖い顔の神様が顕れたからでした。

おっかないわ~。。。。(((((((;゜д゜)))))))

えっ

私が小悪魔だから?

腹黒さが現れている?

そう思って頂いても、私はぜんぜん構いませんが。。。

カーリー女神

インド女神の正体は、カーリー様でした。

露天風呂で見た女神にそっくりです。(@@)

カーリー (काली Kālī) は、インド神話の女神。
その名は「黒き者」の意。
血と酒と殺戮を好む戦いの女神。
シヴァの妻の一人であり、カーリー・マー(黒い母)とも呼ばれ
シヴァの神妃パールヴァティーの憤怒相とされる。


まさに、壊・・・ 壊していくよ

・・・の女神でしたね。 ^^;

仏教名(漢訳名)は迦利、大黒天女、琉璃聖母。


琉璃聖母

やっぱり壊すのは私だ。。。

小悪魔でごめんね♪

オルゴン1



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  1. 2013/06/21(金) 12:19:32|
  2. 神社仏閣めぐり(愛媛)

愛媛の旅 part.5 大山祇神社 奥の院

大山祇34

大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)の奥の院へ参拝しに行きました。

この神社では周囲の樹木たちを見つめていると
本殿や拝殿は、それほど印象には残らないようになってしまいます。

樹木たちと対話できれば、それでもう、どうでもいいや・・・という気持ちになってしまいます。

奥の院の神門は、生樹の御門と呼ばれる巨大な楠でした。

根周り32m、幹周15.5m、高さ10m。巨大です。 (*"Д")

大山祇29

大山祇38


大山祇39

大山祇35

真中の洞(幅2m、高さ3m)が奥の院への参拝通路となっていて
くぐると長寿の御利益があるなどと信仰されているそうです。

生樹(せいじゅ)=聖寿

現代の私たちも、人間から聖人・神へと意識改革を進めていくと
肉体は変容して若返り、私たちもかつての縄文人たちのように長寿になっていきます。

生樹は聖寿。

大山祇36

こちらは男性。

大山祇37

こちらは女性。

大山祇32

生樹(せいき)=生気・精気・盛期・性器

∞ 8 ∞ 8 

↑幹や枝がこんなかたちです。

陰陽の流れを顕すかのように
交わり合い絡まり合う様を表現してくれています。

生樹の御門は、聖(性)なる無限大の精気に溢れている・・・

この樹の周りには、クンダリニーのような蛇の枝葉が絡みついていて
ますます、そのように見えてきます。


生樹(せいき)=世紀

新しい世紀。

大山祇30

空洞の中から、光を見つけました。

生樹の御門には、フリガナが振ってありましたか?

あえて振らないのではないかな・・・と思いましたが、いかがでしょうか。

私は、どこにも見かけなかったもので。。。

いろいろな意味合いがあるほうが、叡智が広がっていく感じがしませんか。

大山祇26

奥の院に着きました。

旧神宮寺の奥の院ということです。

大山祇28

なんと。
ここに波兎ちゃんが居ましたよ。w(*・o・*)w

ちょっと分かりづらいかな?

皆さんにも「あれは兎ですよね?」と訪ねたら
「ホントだ、兎だ」と言ってくださったので、兎ということにしておきましょう。

この兎ちゃんを見て、ふと六甲山系にある鷲林寺の若宮に彫られている波ウサギを思い出しました。
鷲林寺の若宮さんは、瀬織津姫さんです。

ここ大山祇神社の神体山は、鷲ヶ頭山(標高436.5m)

どちらも祭神:瀬織津姫

鷲つながり。
兎つながり。

意外なところで神戸と愛媛が繋がって
密かに興奮してしまった瑠璃たんでした。

*。・+(*゜∀゜*)+・。*

大山祇31

水色の紫陽花が、お日様の光を浴びていました。

ちょっと微笑んでくれたような気がしました♪

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  1. 2013/06/20(木) 22:29:15|
  2. 神社仏閣めぐり(愛媛)

愛媛の旅 part.4 大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)

大山祇1

17日(月) 快晴でした。

午前中に大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)に参拝しました。

愛媛県今治市大三島町宮浦3327番地にあります。

大山祇4

鳥居をくぐった瞬間・・・

胸の奧の扉が開いて
感極まって、涙が出ました。

しばらく声をあげて泣いてしまいました。。。

【゜・`д´゜・】

・・・たまに、こんなことがあります。

みんなが見ていて
めっちゃ恥ずかしかった。。。

この出来事は

「瑠璃たんはあの時泣いたよね?ね?」

・・・と、この旅のあいだ中、ネタにされることとなりました。

【゜・`д´゜・】


も~ ひどいでしょぅ!?

ずーっと言うんだよ。ずーっと。

「また泣くか~?」

ニヤニヤ(´∀`)ニヤニヤ


先生たちに弄ばれてるよ~。(´;ω;`)


でも、良い意味でみんなと繋がりあえたのかもしれないです。

みんな~大人でいるのはやめようよ。
子供になって一緒に泣こうよ。
泣いても良いんだよ?(´;ω;`)

ここに来たら、これからそう言うことにします。

一緒に来るはずだったHARRYさんにだけは、見られずにすんで良かったと思おう。 σ(^◇^;)
歌のネタになったりでもしたらと思うと・・・あぁぁぁぁあああぁぁぁぁ。

あぁ、よ、良かったぁ。。。

大山祇8

能因法師雨乞いの樟

伝承樹齢3,000年。
かつて日本最古の楠と言われていたそうです。

綺麗な流線型で好きだなぁ。。。(*"Д")

とても絵になる形だよね。

大山祇6

十七神社

祭神:諸山積神社と十六神社

大山祇5

長屋みたいに神様がわいわい集う場所なのかな。

ここで、川上会長に「瑠璃たん、瀬織津姫はどこだろう?」と訪ねられました。

大山祇7

「ここですよ」と正面に立ったところ

ビンゴですね。(^◇^)

青い青い♪

でも意識を向けたら
きっとどの場所でもそうなってしまうでしょう。

私がこたえる前に、皆さんすでにこの社の前にいらっしゃいました。
だからもう、皆さんすでに知っていたんですよね。

感が冴えていきますよね。

大山祇9

神門の前に、ど真ん中に大きな乎千命御手植の楠

伝承樹齢2600年。
ひときわ大きな存在感を放っていました。

この樹を、HARRY山科さんの動画「皆神山の謎 第四部 一厘の仕組篇 」の中で見ました。

自分の目でも見てみたい。
確かな体感が伝わってきそう。

(*"Д")

そう思ってから実現するまで、とても早かったです。

実現スピードが本当に速くなりましたね。

大山祇15

ほんとうに夢見たまんまの姿をこの目で見ることが出来ました。

ちょっと感動♪

大山祇12

大山祇13

虹色の光も射しています。

あぁ・・・歓迎して下さってありがとうございます。 (*´∀`*)

一緒に行った皆さんも
同じ気持ちで見つめていたのではないでしょうか。

大山祇16

いろいろな表情を見せてくれていた楠たんでした。

瑠璃たんの中にも、多彩なセンスが花開いていきますように♪ 

拝殿に向かう前に、ここで御願いしちゃいました。 (´∀`)ゝ”

でも、ここの楠さんは、純粋なお願い事なら
しっかりと叶えてくれる気がしませんか?

大山祇19

見どころがいっぱいだったので
神門をくぐる前に、ずいぶん時間が掛かったような気がしました。

この先が、ますます楽しみです。

大山祇25

主祭神は、大山積神

創建は、(伝)推古天皇2年(594年)

愛媛のことは、「愛姫伝」さんのブログを参考にしてください。

大山積神=瀬織津姫さんです。

大山祇18

本当に、ここに祀られている全てがそんな空気でしたね。

やっぱり、来てみなければ分からないですね。
ここに来ることが出来て、本当に良かったです。

大山祇20

本殿の裏にまわっていくと、奥の院へと続いているようです。

本殿の裏手の周り角に
とても惹かれる樹を見つけました。

思わず足を止めてしまう樹です。

町田先生と酒井さんが
いつも樹木や磐座に向かって唱えていらっしゃる
「あ~」「り~」「が~」「と~」「う~」の発声を教えて頂き
みんなでそっと両手を添えて、やってみました。

すると、唱えた「ありがとう」が返答されてきて
じわぁぁ~~~~っと、胸一杯に広がって全身を巡りました。

【゜・`д´゜・】

またしても、この場で泣いてしまいました。

私って、感じやすいよね。。。

この木は、女性の樹かもしれないです。
ハートの真ん中に優しい波動を広げてくれるから。

優しさと温かさが伝わってきました。

それに一番共感してくれたのは酒井さんでした。

彼女は以前来た時にも、私と同じく
この樹の存在がとても気になってしまったそうです。

この樹が、出雲に縁の過去生を繋げてくれました。
同じものをなにか共有しているのかな。
ちょっと不思議な体験でしたね。

大山祇21

さっきの女性の樹と、対になっていると思われる樹です。

こちらでも「あ・り・が・と・う・~」

返してくれるものは違います。

木々や磐座にも、ほんとうに個性があります。

人も、神も、自然に生きる生命体たちも
みんな同じように、個性があります。

繋がりあう個性と個性。

離れたり、惹きつけ合ったり。

満ちては引いていく波のように。
昇っては沈んでいく日のように。

どんな形態でいても良いと思います。
どんな形態に変わっていっても、それはそれで。

その形態が、その時のベストだと思えたら
どんな状況に変わっていっても、変化を楽に感じられるようになります。

大山祇23

宝篋印塔 (国の重要文化財)

中央の1基は一遍上人の来島を記念して
文保2年(1318年)に立てられたと伝えられています。

こちらも、川上会長のご先祖様に縁があります。

なんだか、いろいろと意味深な繋がりを持つ私たちなのでした。。。



・・・奥の院へとつづく。


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  1. 2013/06/20(木) 20:30:00|
  2. 神社仏閣めぐり(愛媛)

愛媛の旅 part.3 しまなみ海道と大島

しまなみ海道9

愛媛と広島と、そのあいだの島々を結ぶ
しまなみ海道を渡りました。

ここを渡るのは、人生発です。\(^○^)/

ワクワクします。

今治から大島へ。いざ!

しまなみ海道

車で渡っていますが
自転車で走っても気持ちよさげです。

しまなみ海道3

山と海の間に、霞のようなモヤモヤが。。。

まるで水墨画のようです。

綺麗。。。(*"Д")

しまなみ海道5

大島に到着しました。

あの山、あやしげですね。

あれが亀老山かな。

亀老という名を目にしたら
ドラゴンボールの亀仙人の顔が浮かんできて、可笑しかったです。(* ̄m ̄)プ

その後、女性ふたりで「亀老」という名のお部屋に案内されて宿泊するのですが
またしても亀老なのか、、、と、どうにもこうにも亀仙人が浮かんできて困りました。

となりは「瀬戸」

姫の部屋には、男性陣が。。。

えっ

ある意味、バランス取れているのかも。。。

しまなみ海道7

橋のある風景。

いいですねぇ。。。

しまなみ海道6

そりゃいくつもの海賊船が行き交うわけだわ。。。

こんなに綺麗だもん。。。

私にも、もしかして、魚だった過去生があるのかもしれない。。。
こんな海で泳いでいられたら、捕まって食べられちゃっても文句はないわ。。。

逆に、たらふく食べていたのかもしれないですが。

しまなみ海道8

しまなみ海道10

大島から見た今治方面です。

大島千年松6

南の島のフローネみたいに裸足で駆けめぐりたい。

海・山・ツリーハウス

狩りに漁にと自給自足

世界名作劇場では、あのアニメが一番好きだったよ。

大島千年松3

海宿「千年松」

ここでみんなで会食しました。
私を含めた遠方から来た人たちは一泊しました。

お部屋はみんなねオーシャンビュー。
広い和室でファミリー向けです。

いいなぁ 家族でまた来たい場所となりました。

大島千年松4

大きなアオリイカ。

こんなに大きなイカははじめて見たかもしれない。。。(*"Д")

大島千年松1

お部屋の窓辺からも見えた
早朝の浜辺。

大島千年松5

赤・青・緑・黄・白・・・・
様々な色の石が散らばっていて綺麗でした。

17日(月)早朝の海です。

この後、大島を発ち
大三島の大山祇神社へと向かいました。

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  1. 2013/06/20(木) 16:49:26|
  2. 神社仏閣めぐり(愛媛)

愛媛の旅 part.2 網代神社

昨日は、松山発~神戸行きのバスに乗り込んだ直後に雨が降り出しました。
台風4号も明日には上陸しそうです。
水の浄化が始まりましたね。
四国は300ミリ。
ご注意下さい。

雨が上がれば
いちだんと輝く青空が広がっていくはずです。

-------

松山から今治方面へ向かう時に
海辺に建つ小さな神社に気がつきました。

ちょっと寄り道。。。

網代神社1

今治街道から眺める斎灘です。

綺麗なマリンブルーですね。(*"Д")

網代神社6

海を見守るように。。。

こういう神社って海岸線に多いですよね。

夕日が沈む方向を向いているのかな。

ここ網代神社は
出雲大社や日御碕神社の真南になるんじゃないかな。

ここに来て最初に感じたのは、
松山~今治の街は
出雲~松江の街並みにそっくりだと言うことでした。

あとで愛姫さんにお会いした時に、それを告げたら
大きく同意してくださいました。

出雲に行ったら、松山にそっくりだった!と
やっぱり同じようなことを感じてしまうよね。

どちらも月信仰の聖地だものね。

網代神社2

とても立派な屋根瓦ですよね。
彫刻も海辺の神社に相応しく流線的で素敵。

川上会長のお話によると
このあたりは、瓦の産地で有名なのだそうです。

このあたりの人たちは、気さくで職人気質。
そしてご先祖様の多くは海賊ですって。

川上会長のルーツも河野家で海賊の末裔なのだそうです。

言われてみれば、ちょっと強面だぁ。。。

でも、お話ししていると気前が良くて
とても気さくなパパさんです。(*´∀`*)

網代神社3

注連縄はヘビっぽいですね。
真ん中が太いから、やっぱり出雲っぽいな~と感じてしまいます。

網代神社5

鯛のようなシャチホコ。

真鯛は愛媛の県魚なんですって。

県の魚?、、、初めて聞きました。

島根や兵庫の県魚はなにかな?
私は全然知りません。^^;

この後も、神社のようなシャチホコを
あちこちの建物で見かけました。

銀色の瓦に、鯛のシャチホコ。
ごく普通の民家や、ちいさな寺にも。
さすが瓦の街です。

今回はいろいろな魚との出逢いもありました。
お刺身やお寿司をたくさんご馳走して下さいました。

いったい、いくつの種類の魚を見たんだろう?
数え切れないほどです。

網代神社7

「網代」は読んで字の如く「漁」に関わる神様ですね。

網代神社4

こちらはお隣の、三穂神社です。

瀬織津姫さんですね。

網代神社8

蒸し暑い日の午後でした。

海沿いの道路を少し歩いているだけで
こんがりと日焼けしてしまいそうです。

網代神社9

白いお花が太陽と海を見つめていました。
ここで出逢えた唯一のお花です。


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  1. 2013/06/20(木) 15:43:21|
  2. 神社仏閣めぐり(愛媛)
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