瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

備中国 総社宮

総社1

備中国総社宮へ参拝いたしました。

正式名称は「總社」
岡山県総社市総社にある神社です。

地元では一般的に「総社」・「総社宮」もしくは「総社の御宮」と呼ばれているそうです。
また、他地域の総社・総社宮と混同を避けるため、頭に「備中国」や「備中」と付けられています。

御由緒によると・・・

総社の由来

総社は初め、仁徳天皇(313~399年)の皇妃・八田皇女の名代として八田部(八部)と呼ばれ
その後、大化の改新(645)によって、
吉備国が備前(和銅6年に美作国が分かれてできる)、備中、備後の三ヶ国に分かれて、
備中国の国府が総社市金井戸に置かれ、国司が中心となって、祭政一致の政治が行われていた。

その後、平安末期になると、国司の力が弱まって、国内の豪族の勢力が強くなったので、
国司が毎年国中の304社(末社を合わせると324社)を巡拝することが困難となり、
そのうえ巡拝の煩わしさを避けるため、国府の近くに社を建てて神々を合祀したので、この社を總社と呼んだ。

戦国時代ごろになってから、總社を總社宮とか總社大明神と呼ぶようになり、
社の總社が地名として呼ばれるようになって八田部村の枝村として総社村となった。

以後、明治8年に八田部村が消えて、総社村となり、
続いて村の発展とともに総社町となり、
昭和28年に試行された町村合併促進法によって、
昭和29年3月31日近郷の村々と合併して総社市となった。

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古代、国司は各国内の全ての神社を一宮から順に巡拝していた。
これを効率化するため、各国の国府近くに国内の神を合祀した総社を設け、まとめて祭祀を行うようになった。
当社はその1つで備中国の総社にあたる。
国司が力を失うとともに多くの国々で総社は廃れていったが、
当社は現代までその姿を維持する全国的にも珍しいものである。
現在、祭られている祭神の数や社殿規模などでは全国の総社で最大である。

主祭神
大名持命 (おおなもちのみこと、大国主命)
須世理姫命 (すせりひめのみこと) - 大名持命の正妻。


相殿神

神祇官斎祠御霊鎮八神
・高御産霊神(たかみむすびのかみ)
・神産霊神(かみむすびのかみ)
・魂留産霊神(たまとめむすびのかみ)
・生産霊神(いくむすびのかみ)
・足産霊神(たるむすびのかみ)
・大宮売神(おおみやのめのかみ)
・事代主神(ことしろぬしのかみ)
・御膳神(みけつかみ)

備中国内304社の神々
・官社(『延喜式神名帳』記載の神社)18社、
・田社(国司の神名帳記載の神社)286社。


総社2

こちらは摂社の大神神社

祭神:大物主命(大国主命の和魂)

総社4

琴平神社

祭神:大物主命

総社3

中国地方の大名毛利家の信仰篤く
当所清水の領主清水宗治が社司代となり
当地に派遣された毛利元清が当社で戦勝祈願をして長刀を奉納
家臣たちも30数刀の刀剣を奉納。

小早川隆景が具足を奉納され、多数の信仰者が増した。

総社5

厳島神社
祭神:市杵嶋姫命・湍津姫命・田心姫命

大きな神池があり、3つの島があります。

厳島神社のとなりの島には、
慶長19年に京都の八坂神社より勧請された
祇園神社があり 祭神:素盞嗚命 が祀られています。

総社6

神池は、真上からみると、「心」という文字のかたちになっているそうです。
宮司さんが社殿誌を見せてくださいました。
本当に、「心」という字に読めます。

ここにも鏡の池がありました。

神祇官斎祠御霊鎮八神=ヤタノカカミなのかな?

総社7

とても大きな池で、亀さんをたくさん見かけました。
ここでも、二匹の亀さんは、鏡みたいに写っています。

おもしろいですね~。

総社8

真ん中の島には、神様の社はありません。

宮司さんによると、以前は立ち入りができなかったそうですが
現在は、解放されているそうです。

そうと知ったら、行って見たくなりますよね。
橋を渡ってみました。

わくわく。。。

総社9

橋の上から眺める水面の光です。
とっても綺麗でした。

総社10

「心」の中心にある島は、憩いのスペースとなっていました。

「心」の中心ということは、
ここが、「創造の御柱」にあたる場所です。

神とひとつに和合するための場所。

たくさんの光が降り注いでいました。

総社11

紫の光。

出雲の神様の憩いの場所ですね。

素敵な場所へ誘ってくださり、ありがとうございます。

総社12

ここの神池は、ほんとうに「心」が洗われるようでした。

総社近辺の皆様がウラヤマシィです。
毎日お散歩したくなるようなところですね。

ほんのつかの間の初参拝でしたが、
またゆっくりと訪れてみたい素敵なお宮でした。

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  1. 2016/03/15(火) 22:50:24|
  2. 神社仏閣めぐり(岡山)

岡山・総社の「鬼ノ城」

岡山・総社の「鬼ノ城」1

今日は用事があって、岡山県総社市に訪れていました。

ついでに、いちど行ってみたかった
桃太郎伝説でおなじみの
鬼ノ城(きのじょう)へも足を伸ばしてみました。\(^O^)/

岡山・総社の「鬼ノ城」2

鬼さんの本拠地と云われているところです。

岡山・総社の「鬼ノ城」3

ジブリ映画「もののけ姫」に出てくる
タタラ場みたいな雰囲気ですね。

岡山・総社の「鬼ノ城」4

総社の桃太郎伝説では、
民の生活を豊かにした鬼・温羅(うら/おんら)。

「吉備冠者」「鬼神」ともされて
称えられてきたようです。

岡山・総社の「鬼ノ城」5

以下は、wikiより・・・

概要

温羅とは伝承上の鬼・人物で、古代吉備地方の統治者であったとされる。
「鬼神」「吉備冠者(きびのかじゃ)」という異称があり、
中央の伝承によると吉備には吉備津彦命(きびつひこのみこと)が派遣されたというが、
吉備に残る伝承では温羅は吉備津彦命に退治されたという。

伝承は遅くとも室町時代末期には現在の形で成立したものと見られ、
文書には数種類の縁起が伝えられている。また、この伝承は桃太郎のモチーフになったともいわれる。

内容

伝承によると、温羅は吉備の外から飛来して吉備に至り、
製鉄技術を吉備地域へもたらして鬼ノ城を拠点として一帯を支配したという。

吉備の人々は都へ出向いて窮状を訴えたため、
これを救うべく崇神天皇(第10代)は孝霊天皇(第7代)の子で四道将軍の1人の吉備津彦命を派遣した。

討伐に際し、吉備津彦命は現在の吉備津神社の地に本陣を構えた。
そして温羅に対して矢を1本ずつ射たが矢は岩に呑み込まれた。
そこで命は2本同時に射て温羅の左眼を射抜いた。
すると温羅は雉に化けて逃げたので、命は鷹に化けて追った。
さらに温羅は鯉に身を変えて逃げたので、
吉備津彦は鵜に変化してついに温羅を捕らえた。
そうして温羅を討ったという。

討たれた温羅の首はさらされることになったが、
討たれてなお首には生気があり、時折目を見開いてはうなり声を上げた。
気味悪く思った人々は吉備津彦命に相談し、
吉備津彦命は犬飼武命に命じて犬に首を食わせて骨としたが、静まることはなかった。
次に吉備津彦命は吉備津宮の釜殿の竈の地中深くに骨を埋めたが、
13年間うなり声は止まず、周辺に鳴り響いた。
ある日、吉備津彦命の夢の中に温羅が現れ、
温羅の妻の阿曽媛に釜殿の神饌を炊かせるよう告げた。
このことを人々に伝えて神事を執り行うと、うなり声は鎮まった。
その後、温羅は吉凶を占う存在となったという(吉備津神社の鳴釜神事)。


岡山・総社の「鬼ノ城」6

現在の私たちの暮らしは物質的な豊かさが行き過ぎて
縄文の自然崇拝や心の豊かさに
原点回帰していく流れとなってきていますが、
温羅と吉備津彦の時代にも、
もしかして同じような流れがあったんじゃないのかな?
・・・・と感じられる部分もある気がしています。

その時代の豊かさが飽和していった結果
民の求める生き方も、
次第に二極化していく流れとなっていったのかもしれません。

謎の古墳がたくさん存在する吉備の国。総社。

真相は、なかなか見えてきませんが、
今の私たちの心のあり方、行き方を、
温羅と吉備津彦命は、
私たちに問いかけているようでなりません。

戦わないで、心も精神も肉体も
誰もが皆、仲良く豊かでいられる生き方とは・・・?


・誰もが譲り合い
・支えあう
・足るを知る暮らしを実践しつつ
・物質ばかりに依存しないで
・一人ひとりが自立して在ること

それに他ならないと思います。

岡山・総社の「鬼ノ城」7

温羅と吉備津彦。

もっと、いろいろな話が出てこないかな・・・

この岩は、亀さんですね。

岡山・総社の「鬼ノ城」8

たくさんの面白い岩がゴロゴロあります。

こんなに古墳やイワクラの山が周囲にたくさんある総社。

もしかしたら、温羅も潜象エネルギーを巧みに引き出して
摩訶不思議な物質移動とか、縄文自然科学の叡智を
人々の先頭に立って伝えていたのかもしれないですね。

大和の国を統一していく朝廷側にとってみたら、
そんなの脅威なのかもしれない・・・

岩崎士郎さんの空間エネルギーだって、
信じない人には、ずっと魔法使いの技なままだものね。

・・・・そういえば、岩崎さんも、玉野の出身だったっけ。

温羅と吉備津彦の関係は
岩崎さんの空間エネルギーの普及によって
きっとこれから大きく顕れてくるのかもしれませんね。

岡山・総社の「鬼ノ城」9

岡山の歴史は奥深いぞ・・・! (@_@;)

岡山・総社の「鬼ノ城」10

吉備PAの桃太郎さんです。

私には、温羅と吉備津彦、どちらも英雄に思えます。

きっと、私たちの宇宙的な生き方を
応援してくれているふたりなのです。

一緒に楽しんでいきましょうね♪ \(^O^)/


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  1. 2015/07/26(日) 00:45:29|
  2. 神社仏閣めぐり(岡山)

備中国一宮・吉備津神社  備前国一宮・吉備津彦神社  

吉備津1

備中国一宮 吉備津神社(きびつじんじゃ)へ参拝しました。

吉備津2

御先祖様に心を寄せ、ともに和合を祈念しました。

ようやくここまで来ることが出来ました。
いままでありがとうございます。
遅くなってごめんなさい、かもしれません。
もっと早く訪れたらよかったのかな・・・
いろいろなことを考えました。

イザナキ アマテル ホヒノミコト 出雲国造家 
ソサノオ タケコ タキコ タナコ
イブキヌシ ハヤオロチ ヤマタノオロチ
イワナガ ニニギ ヤマトタケ 
孝霊天皇 崇神天皇 吉備津彦 
ニギハヤヒ 物部 徐福
倭迹迹日百襲姫 温羅 神功皇后 桃太郎伝説
吉備国 太陽信仰 弥勒菩薩・・・

いろいろ浮かんできて、干渉しあって、結んで、開いて、、、

ここ最近、自分の身に起こった出来事
出会った人々との関係に見えてきたものが
綺麗に整理されて繋がっていきます。

抱きかかえているものが綺麗に昇華されないと
モヤモヤは残ってしまいますが・・・
それでも気付けたことはたくさんあって、前進できたりしています。

この日は、天気も良くて、私の心にも太陽が射していきました。
晴れやか。爽やかな今日この頃です。

吉備津3

こちらは岩山宮です。
五所大明神の1社。

祭神:建日方別命(吉備国の地主神)

吉備津4

御釜殿

江戸時代、慶長11年(1606年)の鉱山師・安原知種による再建。
金曜日を除く毎日、特殊神事の「鳴釜神事」が行われます。

吉備津5

朝廷側の吉備津彦に成敗された、出雲の渡来系、温羅
桃太郎伝説では吉備津彦が英雄で温羅とされ語り継がれてきましたが
吉備を開拓し国造りに尽力した温羅は、地元民にとっては英雄だったのではないでしょうか。

オホナムヂ叙福の背景なんかとも被るものがありそうです。

私は自分の正体もオロチの化身であると感じています。
蛇でもあり、鬼でもあり。
ずっと自分の奥に抱いて温めてきた感じです。

私の生まれ育った場所は出雲簸川のちかく・斐伊川の下流域です。 =放汚・卑郷の川 
ホツマでは「流刑の地」「穢れの地」と語られている場所なのです。

斐伊川上流域は、昔から砂鉄を精錬して鉄を作る「たたら製鉄」が盛んに行われていました。
斐伊川=「肥の川」「簸の川」と神話に濃く彩られた河川です。
温羅もそこから吉備へやってきたに違いありません。

斐伊川には「国引き」神話「八岐大蛇」伝説など多くの神話や伝説が残されていますが
ヤマタノオロチの赤い血=斐伊川に流れる砂鉄の赤 とも考えることができます。

そんな因縁染みた土地で生まれて、長年過ごしてきたせいか、
私はソサノオに想いを寄せつつもオロチと化して暴れまわったハヤコ姫が哀れに思えてなりません。
しかも最後は、愛する人に無残に成敗されてしまうのです。
ハヤコの心に寄り添うと感応して胸が震え、涙が溢れ出てくることが多いです。
女の情念は怖いですか? 
情が深いって、本来、悪いことではないでしょう。
本当は誰よりも優しい心があるからこそ、だと思うのです。

ハヤコ姫=イワナガ姫(ハヤコの転生)に、温かい想いを寄せてあげたくなります。

ちなみに私は「厭う神」でもあります。=厭う・斎う・威徳・懿徳
ハヤコの三つ子は、イトウの三女神。

そんなこんなで、いろいろな繋がりが見えてきて
私にはハヤオロチも温羅も憎めない存在に映ってしまうのです。

ほんとうの鬼はどこにいる?

これから成敗されるでしょうね。

吉備津6

弓道の練習中でした。
試合が行われていたのかな。

長い回廊には、学生たちでいっぱいでした。

ちょっと「地球少女アルジュナ」を思い出しました。
ヒロイン・神戸の女子高生ジュナも弓道部でした。

社会の闇に蔓延るナーガラージャ ←蛇 ←オロチ と対峙し昇華させて地球を救うストーリー。
インド叙事詩に登場する英雄アルジュナをモチーフとしているアニメです。
ジュナを導くクリシュナは、ラージャを自らの体にも抱きかかえていたんだよね。

アニメ世界も、現実世界も、見えない世界も、多次元的にシンクロしています。
ネット世界もね。

吉備津神社では、たくさんのメッセージを頂きました。

このタイミングで来て良かった。。。

吉備津7

神体山「吉備の中山」のひとつ、竜王山(標高175m)

あの山頂に登ってみたいな。。。

ピラミッド形の山の中には磐座があり、古代祭祀場になっているそうです。

吉備津8

こちらは、備前国一宮 吉備津彦神社(きびつひこじんじゃ)です。

所在地: 岡山県岡山市北区一宮1043

「朝日の宮」とも呼ばれていて
夏至の日の太陽の光が正面鳥居から差し込んで、祭文殿の鏡に当たる造りになっているそうです。

この日も、太陽パワー全快の素晴らしい天気でした。

こちらも、背景には、吉備の中山が見えます。

中山茶臼山古墳
全長120mの前方後円墳です。
大吉備津彦命の墓とされています。

吉備津9

キラキラに光る細石。

奥には、ふたつの玉石も配されていました。
なんだか夫婦岩みたいですよね。

神体山の竜王山(標高175m)と、茶臼山(160m)を模しているのかな?
最近配置されたみたいです。
新しい流れが出来てきている感じですね。

吉備津10

鶴と亀を模した池があったり
環状列石があったりと、見所の多い神社です。

ここの空気、好きだなぁ。

吉備津11

古代祭祀場だった元宮磐座や、巨大な奥宮磐座が残っているようです。
多くの土師器の破片も発掘されているとか。

今度また時間がある時に訪れて、ゆっくりと見て行きたいです。

今回は、初・岡山の神社巡りでした。

吉備国に来て、改めて想ったことがあります。
やっぱりこの地は太古から、太陽信仰の聖地だったのだろうな・・と。
吉備の山々には弥勒菩薩のエネルギーを強く感じています。

テーマ:スピリチュアル・ライフ - ジャンル:ライフ

  1. 2014/05/13(火) 12:17:48|
  2. 神社仏閣めぐり(岡山)