瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

笠置山ピラミッド ペトログラフ散策道

笠置山ピラミッド1

つづきです。

少しずつ日が傾いてきました。
笠置神社奥社から、山麓まで降りてくると
またまたペトログラフの案内がありました。

笠置山ピラミッド2

ここに3つの綺麗なかたちのビラミッドがあるそうです。

宮﨑先生のお気に入りスポットらしいです。

わくわく。

笠置山ピラミッド3

案内版から少し山に入っていくと

ほんとだ・・・\(◎o◎)/!

見事なピラミッドに遭遇しました。

笠置山ピラミッド4

人の背丈と同じくらいの高さかな。
形がとても綺麗ですよね。

見方によっては、
カメさんが地面から頭を出しているようにも見えます。

笠置山ピラミッド5

こちらは、角度を少し変えて、同じ岩を撮っています。

笠置山ピラミッド6

さらに角度を変えて、正面から。。。

これが、一つ目のピラミッドでした。

いゃぁ・・・あまりにも出来すぎのピラミッドで驚きました~。(^o^)

さらに進んでいくと、もうひとつ、ピラミッドがあるそうですが
足場が悪かったので、見に行くのを諦めました。

笠置山ピラミッド7

来た道へと、反対側に戻っていくと、
道路の向こうに、すでにそれらしき岩がもうひとつ、見えています。

笠置山ピラミッド8

うわぁ~綺麗なかたち

2つ目のピラミッドです。 \(◎o◎)/!

笠置山ピラミッド9

ふたつのピラミッドはとても近いところに位置していました。
3つがきっと、綺麗に並んでいるんでしょうね。 

ここで、宮﨑先生の先導で、ヒフミ祝詞を唱えました。

最後に、ばぁ~っと光が差してきて、ピラミッドを照らしていました。

笠置山ピラミッド10

それがこの写真です。

なんだかマグロのカブト煮のような形ですね。(^-^;
光の目が入ったように見えました。

そんなこんなで、
今回の旅の締めくくりは、笠置山ピラミッドでした。


ゴールデンウィーク5/3(火)~5/5(木)
再びの岐阜~長野の旅でした。
今回もとても得るものが大きくて、充実した旅でした。

大下伸悦さん、宮﨑貞行さん、伴崎史郎さん、
櫻井康子さん、清水正博さん・和子さん 
ご一緒に楽しいひと時を過ごすことができ
真に誠に、ありがとうございます。

また岐阜・長野の魅力、再発見していきたいですね。

終わりのようで、じつは始まりなのかもしれません。

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2016/05/07(土) 21:32:39|
  2. 神社仏閣めぐり(長野)

笠置山ピラミッド 笠置神社(奥社)

笠置神社奥社1

つづきです。

笠置山の山頂にある
笠置神社奥社へ行ってきました。

笠置神社奥社2

いちだんと空気が澄んで、すこし風が冷たく感じました。
このあたりの冬は厳しいんだろうなぁ。。。

周囲はここでも巨石磐座の宝庫でした。

笠置神社奥社3

頂上の展望台から400メートル歩いた先が奥社のようです。
頂上の森の中へ。

笠置神社奥社4

ペトログラフの岩もたくさんありました。

笠置神社奥社5

文字が彫られているらしいのですが、
実物を見ても素人目にはよくわかりません。。。

イラクラ学会の人たちと訪れたら楽しそうですね。

笠置神社奥社6

こんな岩をあちこち見ながら進んで行きます。

笠置神社奥社7

笠置神社奥社8

奥社が見えてきました。

笠置神社奥社9

笠置山は恵那山とともに東濃地方の霊山です。
この笠置山をめぐる現在の市町村は、笠置町、中野方町、飯地町と蛭川で、
一括して笠周地域と呼ぶこともあります。

近世は石高一万石の小藩の苗木領の村むらであり、
米一俵が四斗入りではなく三斗入りで数えたことや、
明治維新に徹底した廃仏毀釈を実施し原則として一村一社に統合し、
村民すべて、その神社の氏子としたことは広く知られています。

この廃仏毀釈は笠周の村むらの文化・伝承面の一つの中断を意味します。
文化の中断でいえば、織田と武田が激しく戦い、東濃地域の多くの社寺が焼き払われ
そのため消えた文化財・伝承も多くあったとも語られています。

さらに遡れば、東山道大井駅、坂本駅、の荒廃期などもありました。
こうした歴史上の大波小波をくぐりぬけて、
笠周に伝えられている伝承は掘り起こされています。

笠置山頂には、雨乞い後利益の笠木大権現がまつられ、
右には神明、左には八幡の脇社があり
麓には、それぞれ御旅所(御仮屋・里宮・遥拝所)があり、
近世まで神仏習合で、そこに別当がいて祭事を執行していました。

北側の中野方側の麓の現在笠置神社の位置に御仮屋(笠木山清宝院)があり
雨乞いの鎌はこの別当が祈祷して、村人に授けました。
頂上へ約五十町(5.5km)で、一町ごとに「一町杉」が立っていたと伝えられています。

南側(笠置町側)にも里宮はありました。
蛭川村側、笠置山連峰は「雨乞だる」といわれました。


笠置神社奥社13

笠置山の名前は平安時代の中頃、花山院(65代)が仏道に帰依し、
東山道を廻った時、杖をとめて
「眺めつつ笠置の山と名つけしはこれも笠置くしるしなりけり」
と歌われた時から笠置山と呼ぶようになったとしていますが
「笠木山大権現、笠木山と申所」(中之方村文書、享和元年)、
太田南畝の壬戌紀行には「お笠着山といふ、俗に太神宮の笠しめ山」、
また木曽川の南の東野村の文政九年(1826)の日記(恵那市史史料編)には
「雨乞イ二御笠置様御鎌借り・・・」となっています。

いずれにしても笠置山と固定するのは、
明治3年、笠木大権現が笠置神社と改められてからです。

笠置神社奥社18


笠置神社奥社10

三角点。
やっぱりここが天辺ですね。
奥社の拝殿の前にありました。

笠置神社奥社11

ここに花山天皇も訪れていたなんて。。。

ますます六甲山とそっくりではないですか。

笠置神社奥社12

ここを中心として
様々なルートへの看板がありました。

笠置神社奥社14

狛犬さん。

口にお餅かな?
なにかを銜えています。

いったいどんな意味があるのでしょうか?

笠置神社奥社15

反対側の狛犬さん。

もしかして、こちらも口に銜えていたものの
口を噤んでゴックンしちゃったのかな~?

・・・なんてね。
ただの想像です。
こちらの狛犬さんの口には、なにもありませんでした。

ほんとのところは、どうなんでしょうか。
どうして丸い球を銜えているのか、とても気になりました。

誰か教えて~。

笠置神社奥社16

奥社の裏にも大きな磐座群がたくさんあって
見どころいっぱいで、圧巻でした。

暗闇で光るという、めずらしい苔を見に行ってみました。

笠置神社奥社17

盃状穴の岩がここにはたくさんあります。

ポコポコと穴がたくさん空いています。

人の営みと磐座の関係をいろいろと想像してみたりしています。

笠置神社奥社19

笠置神社奥社21

アドベンチャーの末に
たどり着きました。

笠置神社奥社23

ここの磐座に付着している苔たちが
暗闇の中で様々な色に光るのだそうです。

見てみたい・・・!

でも、夜中にここまで来るのは、かなり勇気がいるんだろうなぁ。

笠置神社奥社24

産道のような小さな穴を通って、
ペトログラフの磐座ジャーニーから無事に帰還できました。

あぁ~めっちゃ楽しかったです♪

・・・さらにピラミッド発見の旅は続きます。

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2016/05/07(土) 17:57:20|
  2. 神社仏閣めぐり(長野)

笠置山ピラミッド 大岩展望台

笠置山大岩展望台1

前記事の続きです。
笠置山の大岩展望台へとやってまいりました。

この岩に階段が架けられていて
登っていくと下界が見下ろせる展望台です。
わくわくします。

笠置山大岩展望台2

その道路を挟んで向かい側にあるのが「時計台の岩」
・・・なんだかこっちを見て笑っているようにみえますね。

笠置山大岩展望台3

角度を変え見ると、こんな感じ。

ユルキャラみたいな時計台の岩ですね。

面白いなぁ~

笠置山大岩展望台4

おぉぉーーー

なんだか六甲山の保塁岩っぽいです。
ここまでロッククライマーで辿りつく人たちもいるそうな。。。
そんなとこまでそっくりです。

笠置山は、六甲山とほんとうにとてもよく似ています。
新しい発見がいっぱいでした。

笠置山大岩展望台5

恵那山もよく見えます。

笠置山大岩展望台6

木曽川と周囲の山並みも光って見えますね。
素晴らしい景色です。

笠置山大岩展望台7

少し離れた場所に、グライダーの出発地点がありました。
ここでみんなで寝っ転がって、ひと休み。

お日様と熱と芝生の土に触れていると
山と一体化していくような心地よさを感じられました。

これから笠置神社の奥社へ向かいます。

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2016/05/07(土) 17:17:30|
  2. 神社仏閣めぐり(長野)

笠置山ピラミッド 白雲寺跡のピラミッド

笠置山寺屋敷跡1

ゴールデンウィーク5/3(火)~5/5(木)
岐阜~長野の旅を旅してきました。
part.8のレポートとなります。

今回一緒に旅したメンバーは(敬称略です)
大下伸悦さん、宮﨑貞行さん、伴埼史郎さん、櫻井康子さん、
サラ・シャンティ清水正博・和子夫妻、私の7名。

5/3(火)
・恵那神社
・恵那山麓の血統神社と血洗池

5/4(水)
・阿智村・神坂峠・(古代東山道の難所) 神坂神社
・阿智神社(奥宮) (オモイカネさんとウワハルさんの神上がりの磐座・河合の御陵)
・阿智神社(前宮)
・安布知神社(あふちじんじゃ)へ訪れました。

5/5(木)
・大下先生・伴崎先生とお別れして、笠置山ピラミッドへ。

笠置山寺屋敷跡2

というわけで、5/5(木)
笠置山ピラミッドへとやってきました。

笠置山寺屋敷跡3

宮崎先生がこの山へずっと行きたいと仰っていて
櫻井さんも気になる・・・と車を走らせて下さって

いったいどんなスゴイ山なんだ~~~と、
到着する前から、期待に胸は高鳴りました。

笠置山寺屋敷跡4

ここは白雲寺というお寺の跡ですが、
まだ山麓だというのに、この磐座郡です。。。

言葉が出ないほどの巨石・巨石・巨石。

笠置山寺屋敷跡5

ここへ訪れる前にカフェ「日天月天」の御主人から
笠置山の案内のコピーを頂いてきました。
それによると・・・

笠置山山頂にはかなり広い平坦面が残っていて
濃飛流紋岩の大きな岩が露出しています。

そのうちの一つは物見岩と呼ばれ、恰好な展望台になっていて
天気さえよければ、遠く伊勢湾のきらめきを見ることもできます。
山腹には、へび岩、立岩、かえる岩、おかげじ岩などの
名前のついた岩の多数あるのも特色でしょう。


笠置山寺屋敷跡6

笠置山は阿寺断層の西側に続く美濃飛騨山地の山で、地質はおおまかにいって
山頂付近から北~西~南西面には溶結凝灰岩、南~東は花崗岩となっていて、
それぞれ、露頭の風化や割れ目の様子が違っています。

そして笠置山の南麓の姫栗と北西麓の中野方には
不安定な堆積地形の崖錐堆積地形がみられ、
西は赤河断層によって、中野方川のV字形谷となっています。

珍しい植物として、日本では対馬と東濃地方にだけ自生する
ヒトツハタゴは南麓の笠置町姫栗にあります。


笠置山寺屋敷跡7

いやぁ~~~

スゴイところに来てもぅたわ~~~ 

笠置山寺屋敷跡8

道路に面して立てられていた案内板から
ほんの少し山の方へと入っていっただけで、
ひとつめのピラミッドに出会えました。

笠置山寺屋敷跡9

可愛いおむすび型でした。

笠置山寺屋敷跡10

笠置山の全体が
お宝をたくさん積み上げたような巨大な磐座のピラミッドのようです。

これからなにが待っているんだろう~?

わくわくしてきました。

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2016/05/07(土) 16:47:56|
  2. 神社仏閣めぐり(長野)

大御食神社(おおみけじんじゃ) ふたたび

大御食1

ゴールデンウィーク5/3(火)~5/5(木)
再び岐阜~長野の旅
レポの続きです。
なんだかんだでもうpart.7となりました。

今回一緒に旅したメンバーは(敬称略です)
大下伸悦さん、宮﨑貞行さん、伴埼史郎さん、櫻井康子さん、
サラ・シャンティ清水正博・和子夫妻、私の7名。

5/3(火)
・恵那神社
・恵那山麓の血統神社と血洗池

5/4(水)
・阿智村・神坂峠・(古代東山道の難所) 神坂神社
・阿智神社(奥宮) (オモイカネさんとウワハルさんの神上がりの磐座・河合の御陵)
・阿智神社(前宮)
・安布知神社(あふちじんじゃ)へ訪れました。

大御食2

5/4の最後は、阿智村から駒ヶ根市へ。
大御食神社(おおみけじんじゃ)へと向かいました。

ここも例によって2015/12/4に訪れていますので
こちらのレポもご覧ください。↓

大御食神社(おおみけじんじゃ)
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1540.html

大御食3

大御食神社のことを詳しく知るには、
こちらの伴崎先生のサイトが一番いいかなと思います。↓

「伊那の谷から古代が見える」
http://homepage3.nifty.com/utukusinomori/newpage1.html

大御食4

大御食5

春を超えて夏へ向かおうとしている「美女ヶ森」です。

少し強く感じられる太陽の熱は
たくさんの木漏れ日をつくっていました。

樹木がみんな輝いていて
やっぱりここは「美女ヶ森」なんだなぁ~・・・と納得させられました。

素敵♪

大御食6

御蔭杉にも、久しぶりに逢いました。

前回はじめて訪れた時には、伴崎先生の本は、まだ世に出る前でした。
私の一連の長野のイラストも、ここから始まっています。

無事に作品が完成できたことの、お礼まいりが出来たので感無量です。

大御食全体木漏れ日(web用)

こちらにイラストの紹介をしています。
ご興味のある方はご覧ください↓

大御食神社・御影杉 ヤマトタケを迎える赤須彦と押姫
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1545.html

大御食7

大御食8

写真には全体を綺麗に納めるのは難しいですね。

とても大きな杉の木なのです。

ヤマトタケの御食にちなむ御蔭杉。

古くは諏訪のタケミナカタ神も愛でていたと
神代文字で書かれている社伝記は伝えています。

接木によって今も生きています。

大御食9

大御食10

駒ケ岳に射す天使の梯子。
山も碧く、光もまた青かったのでした。

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2016/05/07(土) 08:45:29|
  2. 神社仏閣めぐり(長野)

安布知神社(あふちじんじゃ) ふたたび

安布知1

ゴールデンウィーク5/3(火)~5/5(木)
再び岐阜~長野の旅・・・レポの続きpart.6です。

今回一緒に旅したメンバーは(敬称略です)
大下伸悦さん、宮﨑貞行さん、伴埼史郎さん、櫻井康子さん、
サラ・シャンティ清水正博・和子夫妻、私の7名。

5/3(火)
・恵那神社
・恵那山麓の血統神社と血洗池

5/4(水)
・阿智村・神坂峠・(古代東山道の難所) 神坂神社
・阿智神社(奥宮) (オモイカネさんとウワハルさんの神上がりの磐座・河合の御陵)
・阿智神社(前宮)

・・・そしてふたたび、安布知神社(あふちじんじゃ)へ訪れました。

安布知2

安布知神社(あふちじんじゃ)は、阿智の中心街にありますが
地元の人にはあまり知られていないようです。
ちょっともったいないですね。

安布知3

安布知神社(あふちじんじゃ)にも前回2015/12/4に訪れています。
御由緒などは、こちらの記事をご覧ください。↓

安布知神社(あふちじんじゃ)
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1539.html

安布知4

前回訪れた時には、とても寒くて雪がパラパラ舞い始めていた時期でした。
参道には、オレンジ色のぎんなんがたくさん落ちていたのを思い出しました。

あらためて周囲の樹木に注目すると、
枝の広がりが見事です。

曲がりくねる姿が、どの木を見て個性的。

安布知5

ちょっと故郷の出雲を思い出しました。

こんな場所、たくさんあるあるある。。。

安布知6

信州にもタケミナカタの神他、出雲の神々がたくさん奉られていますが
ここにも古代の開拓神たちがたくさん祀られているのです。

安布知7

その伝承には詳しくないのですが
私のフィーリングではなんとなくそう感じます。

安布知8

安布知9

安布知10

この位置から見つめている本殿への景色。
それがとても印象に残っていました。

なにかの拍子に、瞼の裏にこの景色が浮かんできて
古代祭祀の模様が蘇ってくる感じです。

安布知11

たくさんの石碑が並んでいますが
いちばん目を引くのは、こちらのいちばん大きい「御嶽山」です。
御嶽山への信仰は古代からとても篤かったのでしょうね。

安布知12

ここにも山の名が書かれています。

三峯山・御嶽山・戸隠山 だったかな?
ちょっとうろ覚えです。

安布知13

安布知14

ここからたくさんの八花鏡が出てきたそうですが
その実物を見てみたいですね。

安布知15

古代の歴史を知っている安布知神社。
これから解き明かれていくのでしょうか。

ここは阿智の中心地。
きっと捜せばいろいろ出てくるような気がしています。

安布知16

安布知17

安布知18

安布知19

安布知20

阿智村を後にして、
駒ヶ根へ向かいました。

途中でまだ雪の積もる南アルプスや駒ヶ岳を眺めながら。
関西ではお目にかかることのできない素晴らしい山脈の雪景色です。

遠くの分杭峠もあのあたりかな~
・・・なんて話しながら、旅は続いて行きます。

まるで別世界に来たみたいで、ちょっと興奮してしまいました。

つぎはこの日のハイライト
大御食神社(おおみけじんじゃ)へと向かいます。

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2016/05/07(土) 08:42:43|
  2. 神社仏閣めぐり(長野)

阿智神社前宮 再び

阿智1

ゴールデンウィーク5/3(火)~5/5(木)
再び岐阜~長野の旅・・・レポの続きpart.5です。

今回一緒に旅したメンバーは(敬称略です)
大下伸悦さん、宮﨑貞行さん、伴埼史郎さん、櫻井康子さん、
サラ・シャンティ清水正博・和子夫妻、私の7名。

5/3(火)に訪れたのは
・恵那神社
・恵那山麓の血統神社と血洗池

この日は、大下先生の南木曽・流水亭で宿泊し
次の日5/4(水)の旅は、阿智村の神坂山からスタートしました。

阿智村の神坂峠(古代東山道の難所) にあたる神坂神社。
万葉浪漫の終着地点とも呼ばれているところです。

その後、阿智神社奥宮を訪れて
(オモイカネさんとウワハルさんの神上がりの磐座・河合の御陵)

阿智村と昼神温泉の中心地、
阿智神社前宮へとやってきました。

阿智2

こちらも、2016/12/4に、大下先生&櫻井さんとともに訪れています。
詳しくは、前回のレポをお読みください。↓

阿智神社(あちじんじゃ) 前宮
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1537.html

阿智3

古代文献を詳しく深く検証されていて
言霊48音の神々の働きについても詳しく語られ、講演もされている
大下先生、宮﨑先生、伴埼先生らに囲まれていると、
今まで知らなかった様々なお話が飛び出してきて、とても面白いです。

知識が豊富になり、前回来た時よりも
多角的な見方ができるようになりました。

みんながアチヒコさんの分身みたいな。。。
知恵の神様たちと一緒に旅しているようで楽しいです。

阿智4

私は黙って頷きながら聴いているだけなんですけどね。

恵那山でも感じていましたが
長野の阿智周辺も、どこに行っても
絵になる場所ばかりです。

この日に皆さんからお聞きした内容は
今後の作品作りにも生かしていけると思います。

皆が夫々の想いを重ねながら
アチヒコさんの聖地を巡っていきました。

こんなに素敵なメンバーで旅することができて
私はなんて幸せ者なんだろう~と思いました。
また訪れたいなぁ。

阿智5

阿智6

阿智7

阿智8

阿智9

阿智10

阿智11

阿智12

阿智13

まだまだつづきます。

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2016/05/07(土) 08:37:18|
  2. 神社仏閣めぐり(長野)

阿智神社奥宮 (河合の御陵) 再び

河合の御陵1

ゴールデンウィーク5/3(火)~5/5(木)
再び岐阜~長野の旅・・・レポの続きpart.4です。

今回一緒に旅したメンバーは(敬称略です)
大下伸悦さん、宮﨑貞行さん、伴埼史郎さん、櫻井康子さん、
サラ・シャンティ清水正博・和子夫妻、私の7名でございます。

5/3(火)に訪れたのは
・恵那神社
・恵那山麓の血統神社と血洗池

この日は、大下先生の南木曽・流水亭で宿泊し
次の日5/4(水)の旅は、阿智村の神坂山からスタートし
神坂(みさか)神社へ参拝しました。

河合の御陵2

神坂神社を後にして、神坂峠を下っていくと、
前回訪れていた阿智神社奥宮へと到着しました。

河合の御陵3

アチヒコ(オモイカネ)さんと、息子のウワハルさんの御陵として知られている場所です。
ちょうど河合に存在しているので、河合の御陵とも呼ばれています。

こちらに詳しくレポしていますので
ご興味のある方は2015/12/3の記事をご覧ください。↓

阿智神社(あちじんじゃ) 奥宮
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1538.html

河合の御陵4

雨上がりの清々しい奥宮です。

河合の御陵5

河合の御陵は、昼神温泉の温泉街を訪れる人たちを
見守っているかのように存在しています。

アチヒコさん・ウワハルさんは、
やっぱり阿智村の皆のご先祖様なんだなぁ。。。

河合の御陵6

訪れたときは、ちょうど、お昼どき。

日光が差してきました。

昼神(ヒルコ姫)も、見守ってくれているように感じました。

河合の御陵7

河合の御陵8

河合の御陵9

河合の御陵
再び訪れることができて、とても嬉しいです。

河合の御陵10

河合の御陵11

河合の御陵12

神坂峠では、山桃がたくさん咲いていて
険しい道が優しい桃色に彩られていましたが
ここに咲いていた薄紫の藤の花も、とても見事でした。

杉の木に覆われている御陵ですが、
季節の花も、こうして彩を添えていて阿智村の自然はほんとうに美しいです。

ここは阿智神社奥宮。

つぎは、前宮へと向かいました。

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2016/05/07(土) 08:12:03|
  2. 神社仏閣めぐり(長野)

阿智村 神坂神社(みさかじんじゃ)

神坂神社1

ゴールデンウィーク5/3(火)~5/5(木)
再び岐阜~長野の旅・・・レポの続きpart.3です。

今回一緒に旅したメンバーは(敬称略です)
大下伸悦さん、宮﨑貞行さん、伴埼史郎さん、櫻井康子さん、
サラ・シャンティ清水正博・和子夫妻、私の7名。

5/3(火)に訪れたのは
・恵那神社
・恵那山麓の血統神社と血洗池

この日は、大下先生の南木曽・流水亭で宿泊し
次の日5/4(水)の旅は、阿智村の神坂山からスタートしました。

阿智村の神坂山。神坂神社。
ここは万葉浪漫の終着地点でした。

神坂神社2

ここは、神坂峠。
古代の東山道最大の難所といわれた場所のようです。
そんな場所に神社があります。

神坂神社3
東山道(とうさんどう)は、五畿七道の一つ。
本州内陸部を近江国から陸奥国に貫く行政区分、
および同所を通る幹線道路(古代から中世)を指すそうです。

神坂神社4

律令時代の東山道は、畿内と東山道諸国の国府を結ぶ幹線道路であり、
律令時代に設けられた七道の中で中路とされた。
ただし中路とされたのは近江・美濃・信濃・上野・下野・陸奥の各国国府を通る道である。
陸奥国府・多賀城より北は小路であり、北上盆地内にあった鎮守府まで続いていた。
東山道には、30里(約16km)ごとに駅馬(はゆま)10匹を備えた駅家(うまや)が置かれていた。

飛騨・出羽は行政区画で東山道に区分されていたが、
国府には幹線道路としての東山道は通っていなかった。
飛騨へは美濃国府を過ぎた現在の岐阜市辺りから支路が分岐していた。
また出羽国へは、小路とされた北陸道を日本海沿岸に沿って延ばし、
出羽国府を経て秋田城まで続いていたと見られている。
そのほか、多賀城に至る手前の東山道から分岐して出羽国府に至る支路もあったと見られている。

奈良時代当初は、東山道の枝道として東山道武蔵路が設けられ、
上野国新田より曲がって武蔵国府(現・府中市)に至り、
戻って下野国足利へ進むコース(またはこの逆)が東山道の旅程であった。
すなわち武蔵国は、東京湾岸の令制国の中で唯一、
東山道に属した。他の東京湾岸の令制国は東海道に属したが、
元々の東海道は、相模国から海路で上総国・安房国を渡り、
そこから北上して下総国方面に向かう経路が取られていた。

その後、海路に代わり相模国から武蔵国を経由して下総国に抜ける陸路が開かれたため、
宝亀2年10月27日(771年12月7日)に武蔵国は東海道に入れ替わった。
なお、甲斐国(現 山梨県)は駿河国、伊豆国とともに東海道に属しており、旅程も東海道に組み込まれていた。

だが、当時は大河川に橋を架ける技術は発達しておらず、
利根川(当時)・多摩川・富士川・安倍川・大井川・木曽川・長良川・揖斐川と
渡河困難な大河が続く東海道よりも東山道の山道の方がむしろ安全と考えられていた。
このため、東海道の渡河方法が整備される10世紀頃までは東山道は活発に機能していた。

(東山道 wikiより)

神坂神社15

そんな東山道の難所にある神坂神社です。

ここを通るときに、古代人たちが道中の平安無事を
祈りを、ささげたくなる気持ちが伝わってくるような場所でした。

神坂神社5

日本武尊腰掛石

ここにもしっかりとヤマトタケの足跡が。。。

神坂神社6

ヤマトタケはこんなに険しい道を東奔西走したのかと思うと、胸が熱くなります。

川を伝って、どんなものを目にして東征していったのかな。

神坂神社7

この日は、夜明け前から大型台風かと思うほどの雨嵐でしたが
ここに到着するころには、晴天となっていました。

猫の目のように天候が変わる、今回の岐阜・長野の旅。
どんなに周囲が荒れていても、交通もスムーズで天候にも恵まれて
いろいろな体験を重ねていける有意義な旅となりました。

天にも地にも感謝です。

神坂神社8

樹齢2千年以上ともいわれる杉や栃の巨木。

この御神木に今回は呼ばれて行きました。

2000年前から私たちの訪れを待っててくれてる大きな樹木がどこかにある。
次には絶対に会いに行きたい。
でもどこだろう?
それが、おとうさんの木(カナサキさん)だと思う。

・・・そう櫻井さんと伴埼さんに伝えていたら
見事に探し出してくださって、私たちを案内してくださいました。

大下先生や宮﨑先生も、清水夫妻も
ここはとんでもないところだね~ と驚いていらっしゃいました。

やっぱり、皆で訪れることになって良かったのかも~。

嬉しいなぁ♪

神坂神社9

祭神
住吉明神
・表筒男命(うわつつをのみこと)
・中筒男命(なかつつをのみこと)
・底筒男命(そこつつをのみこと)

合祀
須佐之男命(牛頭天王) ・・・中御山神社(本谷)より
天津日子根命・・・・・・・・・・・・八王子社(本谷)より

神坂神社10

信濃の2大古族の、海の民「安曇族」
守護神は住吉明神であったことで、ここに住吉神が祀られているとか。。。

川も海も重要な交易地点だったことは
いまも昔も変わらないようです。

木曽路にも険しい山のあいだには美しい川があって、
阿智村に流れる川もその周辺も、ずっと見つめていると、
古代の風土の中に、心も意識もタイムトリップしていけそうな気分になります。
とても不思議な感覚に包まれてしまいますね。

神坂神社11

おとうさんの木をたくさん撮ってきました。 

神坂神社12

神坂神社13

神坂神社14



神坂神社16

神坂神社17

神坂神社18

神坂神社19

神坂神社20

神坂神社21

神坂神社22

山桃の花があちこちで満開を迎えていました。

神坂峠む向かう途中には「駒つなぎの桜」もありました。
源義経が奥州に下るとき馬をつないだという桜の大木です。
樹種は彼岸桜で、毎年満開の桜を咲かせるそうです。

そちらも、もう少し時期が早ければ、満開の桜を眺めることができたのかもしれません。
大きな樹木がたくさんの素晴らしい磁場の神坂峠と神坂神社でした。

阿智村の旅はつづきます。

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2016/05/06(金) 11:52:04|
  2. 神社仏閣めぐり(長野)

駒ヶ根 大宮五十鈴神社

大宮五十鈴神社1

12/4(金)
今回の一連の旅の最後に
長野県駒ヶ根市赤穂に鎮座する
大宮五十鈴神社に参拝いたしました。

大宮五十鈴神社2

さむい冬の、夕暮れの駒ヶ根。。。

この写真では写ってませんが、
雪が少しずつまた降りだしました。

長野の冬はやっぱりキビしぃんだなぁ。。。

大宮五十鈴神社3

こちらの水辺は、
伊勢の五十鈴川を模して造営されているのでしょうね。

小川の音が、とても耳に心地よかったです。
水音って、やっぱり心が洗われていきますね。

大宮五十鈴神社4

ヤマトタケが結ぶ、伊勢と出雲の神々の宮。
この神社の役割はとても重要な気がする。。。

大宮五十鈴神社5

さきほど訪れていた大御食神社のように
森に囲まれていて杉の木が高く茂り
小高い場所に社殿があります。

このあたりの特徴的な神社のスタイルみたいですね。

はじめての場所でも車で走っていると
あっ あの場所が気になる・・・というスポットが見つかります。

山に囲まれていると、ちょっと感覚も冴えてくるようです。

大宮五十鈴神社6

御祭神は・・・

・熱田大神
・天照大神
・建御名方命
・天児屋根命

以下は御由緒です。

応神天皇三十九年。御食津彦の子、瑞武彦が、尾張国熱田大神の分霊を勧請し創建。
同四十四年伊勢国五十鈴より、天照大神を、諏訪神社より建御名方命を、祀り伊鈴神社と称した。

のち明治40-41年上穂八社
(白山社・春日社・山王社・八剣社・白髭社・伊勢宮・八幡社・五十鈴社 )
を合祀して現社号に改称し、村社に列した。

↓こちらは大宮五十鈴神社のHPです。
http://isuzu.jinja.jp/
宮司さんのブログが素敵です。

大宮五十鈴神社7

ここも大御食神社と関連しています。

ヤマトタケの訪れたときの伝承が
ここでもちゃんと伝えられています。

最後に訪れて良かったぁ~と想えた場所でした。

大宮五十鈴神社8

熱田や名古屋の一宮にある
ヤマトタケ縁の場所もとても気になりますが、

ここにくると、
諏訪湖の周辺が気になってきますし、
さらにここに来る前日から、阿智村のあちこちを散策したためか
今度はアチヒコさんの末裔が移り住んでいた
戸隠まで行ってみたいな・・・と思うようになりました。

戸隠は、これまではまったく足が向くことが無かったのですが
これから動かされて行くような気がしています。

さて、どうなっていくのでしょうか。

大宮五十鈴神社9

いずれ機会があれば、また。。。

大宮五十鈴神社10

最後に訪れた場所なので、
だいぶ周辺が暗くなり始めていました。

大宮五十鈴神社11

神社の中心にボォ~~っと広がっている明かりが、
温かみがあって、ありがたいです。

大宮五十鈴神社12

知らなかった場所を訪れると、
これまで知らなかった自分にも出会えます。

今回の旅も、そんな感じでした。

大宮五十鈴神社13

これからやっていきたいことも
ここから見つけ出すことができました。

そこに協力しながらやっていける仲間もできました。

さぁ 気を引き締めていきまょう。

大宮五十鈴神社14

大下先生、櫻井さん、史郎さん
一緒に旅していただき、ありがとうございます。

そして、岐阜や長野の縄文の神様・・・

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。


テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2015/12/08(火) 15:47:54|
  2. 神社仏閣めぐり(長野)
次のページ