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瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

下総国一宮 香取神宮

香取神宮1

3/28のことです。
埼玉の佐藤さん&西原さんとともに、東国三社めぐりをしました。

鹿島神宮、息栖神社へと参拝し
最後に訪れた三社めの香取神宮です。

香取神宮2

千葉県香取市香取1697に鎮座されています。

全国にある香取神社の総本社です。
宮中の四方拝で遥拝される一社でもあります。

香取神宮3

香取神宮4

楼門は、元禄13年(1700年)の造営。
武内宿禰と藤原鎌足の像があり、楼上額は東郷平八郎の筆。

本殿は檜皮葺で、南面ということです。

見ごたえがあります。\( 'ω')/

香取神宮11

祭神

経津主大神(ふつぬしのおおかみ)

別名を伊波比主神/斎主神(いわいぬしのかみ)斎之大人(いはひのうし)

香取神宮5

『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『延喜式』ではイハヒヌシ。
『古語拾遺』ではフツヌシ。


フツヌシ(経津主)

「フツ」とは刀剣の鋭い様を表した言葉。神名。
記紀では「フツノミタマ(布都御魂、韴霊)」=神剣。
フツノミタマはタケミカヅチから高倉下に下され、
のち物部氏氏神の石上神宮(奈良県天理市)に祀られる。
フツヌシやワカフツヌシの神名は『出雲国風土記』にも多く登場し、
諸国にも多く分布するといわれます。

物部氏が神剣フツノミタマを奉じて各地を征討した結果、
各地でフツノミタマを神格化したフツヌシが祀られたためとされます。
フツヌシは『古事記』には見えない。

イハヒヌシ(イワイヌシ、伊波比主/斎主)

「いわう」にあてられる「斎」「祝」の字義から、
「イハヒヌシ」=「祭事の執行者」を意味する神名とされる。
『古語拾遺』以外が全てイハヒヌシと記している。
「鹿島 = 朝廷の神」に対する「香取 = 在地の神(奉仕する神)」という、
伊勢神宮の内宮・外宮に似た祭祀構造が指摘される。
神を祀るのは女性の任であったことから祭神を女神とする説。

香取神宮6

見事な杉の御神木が本殿を囲んでいます。

香取神宮13

こちらも長い歴史と風格が漂います。

香取神宮9

香取神宮12

香取 (戦艦) ‐ 旧日本海軍の戦艦。
利根 (重巡洋艦) ‐ 旧日本海軍の重巡洋艦。

錨は戦艦因むのかな。

香取神宮14

香取神宮15

香取神宮16

鹿島神宮の要石は凹だったけれど、
こちら香取神宮の要石は、若干ですが凸に見えます。
丸餅みたいで綺麗なかたちですよね。

鹿島と香取のふたつの要石はやっぱり繋がってるんかな?
鹿島・香取の要石は大鯰の頭と尾を抑える杭と言われているそうです。

地中をスキャンして見ることが出来たら面白いのにね。

息栖神社を含めて、三社がそれぞれに扇の要だったら
真ん中には渦が起こっているよね。 (@_@。

香取神宮18

天真正伝香取神道流の始祖
飯篠長威斎のお墓がありました。

香取神宮19

天真正伝香取神道流
(てんしんしょうでんかとりしんとうりゅう)


室町時代中期に飯篠家直によって創始された
武術流儀で兵法三大源流の一つ。

流儀の興った頃から江戸時代初期迄新當流、天真正新當流、
或いは神道流、香取神道流とも呼ばれる。

旧字表記では天眞正傳香取神道流。

神道夢想流杖術の併伝武術として伝えられている剣術も
神道流という名称だが、上記の神道流とは別系統のもの。

やっぱり出逢ってしまったか~
香取神道流の始祖・飯篠長威斎さんにお祈りいたしました。

私の上司は杖術の師範ですから。。。
きっと縁が深いのでしょう。

とりあえずリンクしておきましょうね。

神道夢想流杖術
http://www.tojoren.jp/01jo/jodo.php

もちろん、鹿島神宮では、
鹿島新當流始祖・塚原卜伝高幹にお祈りいたしましたよ。

香取神宮20

そして、奥宮に。

香取神宮21

祭神:経津主神の荒御魂(あらみたま)
例祭:3月10日

香取神宮29

社殿は昭和48年(1973年)の
伊勢神宮遷宮の際の古材を使用しているそうです。

香取神宮23

護国神社へも参拝いたしました。

香取神宮

イイ感じに日が射してきました。
夕日が映えます。

香取神宮25

香取神宮26

例祭:春の彼岸・秋の彼岸。
昭和21年9月創建。
明治以降の国難で殉じた香取郡出身者を祀るそうです。

手を合わせると、心が篤くなります。

香取神宮27

利根川の下流だけあって、流れる水が輝いて見えます。

亀甲山(かめがせやま)の丘陵。

いま歩いているこのあたりも、
その一部といえるのでしょうか。

奥宮からの帰り道に
最初の鳥居を眺めると桜が満開で、
とても絵になる風景となっていました。

亀甲山(かめがせやま)って、
六甲山系と関わりが深いと思えるんですが、如何でしょうか。

香取神宮28

雨に迎えられた東国三社巡りを締めくくると
最後には天使の梯子が出現しました。

これには嬉しくて、3人で大興奮。

弥栄ーーー☆☆☆彡

ヾ(o´∀`o)ノ


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  1. 2019/04/06(土) 13:05:04|
  2. 神社仏閣めぐり(千葉)

麻賀多神社  奥宮

麻賀多神社奥宮3

続きです。 3/28のことです。
麻賀多神社・奥宮へ向かいました。

千葉県成田市船形というところ。

船形っていうからには、
天下りの拠点だったのかな?と妄想します。

麻賀多神社奥宮4

鬱蒼とした森の中にあるのかな・・・と想像していましたが
奥宮は開放的で明るいところでした。

麻賀多神社奥宮5

麻賀多神社奥宮6

御祭神は、稚日霊命

麻賀多神社奥宮7

ここにも由緒をご紹介しておきます。

景行天皇42年6月晦日、東征中の日本建尊が当地を訪れ、
杉の幹に鏡を懸け「この鏡をインバノクニタマオキツカガミと崇めて祀れば、
五穀豊穣になる」と言い、伊勢の大神を遥拝したのが当社の起源であるという。

応神天皇20年、神八井耳命の8世の子孫である印旛国造・伊都許利命が
現在の成田市船形に社殿を造営し、その鏡を神体として稚日霊命を祀った。
また、伊都許利命は杉の木の下から7つの玉を掘り出し、
それを神体として和久産巣日神を併せ祀った。

この2神は「真賀多真(勾玉)の大神」と呼ばれた。

推古天皇16年、伊都許利命の8世の子孫の広鋤手黒彦命が、
神命により現在の成田市台方に和久産巣日神を遷座し、
それまでの社殿を奥宮とした。

延喜式神名帳に記載の際、
「真賀多真」が三種の神器の1つと同名であるとして、
1字取って「真賀多神社」に改称した。
後に、一帯が麻の産地であることから麻賀多神社に社名を改めた。

麻賀多神社奥宮8

7つの玉。
7は中心の数で気になります。

麻賀多神社奥宮9

麻賀多神社奥宮10

麻賀多神社奥宮11

桜が満開でした。

麻賀多神社奥宮12

修祓所。

となりに香取神宮への遥拝所がありました。

麻賀多神社奥宮13

杉がメインの森かもしれないけれど

スダジイや樫など葉っぱもイキイキの、
縄文の匂いがする場所でした。

麻賀多神社奥宮14

ここにも樹齢を重ねた大杉がありました。

麻賀多神社奥宮15

ここから球が出てきたのかな?

麻賀多神社奥宮16

境内にある、甲のようなかたちの古墳です。

伝 伊都許利命 墳墓石櫃
(千葉県指定文化財)

麻賀多神社奥宮17

石室かな?
祭壇っぽいですよね。

麻賀多神社奥宮18

ここでも佐藤さんが、持参した
六甲の伏流水仕込み・白鷹酒造の
「宮水の郷」をお供えしてくださいました。

麻賀多神社奥宮22

伝伊都許利命墳墓
古墳出土石

平べったい石が2枚。
丁寧に造られた墳墓なのだと、なんとなくわかります。

麻賀多神社奥宮25

墳墓の下のほうには、由緒書が書かれています。

麻賀多神社奥宮26

少し上ると、頂上には碑がありました。

船着き場のような、発着所のような。
母船から確認できる地上の目印的なもの。
そんな想像が膨らみます。

どう見えますか?

麻賀多神社奥宮27

雨がパラパラしたり
晴れ間が拡がったり。

不思議な空もようでした。

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  1. 2019/04/03(水) 23:21:25|
  2. 神社仏閣めぐり(千葉)

麻賀多神社(まかたじんじゃ)

麻賀多神社1

いきなり飛びますが、3/28のことです。

埼玉の佐藤さん&西原さんとともに
千葉県成田市台方1番地にある
麻賀多神社(まかたじんじゃ)に参拝いたしました。

麻賀多神社
https://makata-jinja.com/

麻賀多神社3

「麻賀多」という名の神社は、どうやらあちこちにあるらしく
印旛郡市の台方というところをはじめ、成田市に1社、佐倉市に11社、
酒々井町に2社、富里市に2社、八千代市にも1社と・・・計18社も。。。

印旛沼の東側から南にかけてにのみ存在する神社ということです。

麻賀多神社5

まかた=勾玉

と思って周囲を見渡しましたが、わかりやすいモニュメントは無しです。
スッキリとした空間で、清々しい自然に包まれています。

社殿は新しく、金色の扁額が光っていました。

麻賀多神社6

主祭神

和久産巣日神
稚日霊命(奥宮)


ここは謡を奉納すべきかもしれない。。。
そういえば、井上先生はここで謡われたと仰ってたような。

麻賀多神社7

大甕神社は五芒星でしたが、ここは六芒星です。
金色の麻葉文様ですね。

麻賀多神社8

社伝より

景行天皇42年6月晦日、東征中の日本建尊が当地を訪れ、杉の幹に鏡を懸け
「この鏡をインバノクニタマオキツカガミと崇めて祀れば、五穀豊穣になる」と言い、
伊勢の大神を遥拝したのが当社の起源であるという。

応神天皇20年、神八井耳命の8世の子孫である印旛国造・伊都許利命(イツコリノミコト)
現在の成田市船形に社殿を造営し、その鏡を神体として稚日霊命を祀った。

また、伊都許利命は杉の木の下から7つの玉を掘り出し、
それを神体として和久産巣日神を併せ祀った。
この2神は「真賀多真(勾玉)の大神」と呼ばれた。

推古天皇16年、伊都許利命の8世の子孫の広鋤手黒彦命が、
神命により現在の成田市台方に和久産巣日神を遷座し、
それまでの社殿を奥宮とした。

延喜式神名帳に記載の際、
「真賀多真」が三種の神器の1つと同名であるとして、
1字取って「真賀多神社」に改称した。

後に、一帯が麻の産地であることから
麻賀多神社に社名を改めた。

麻賀多神社9

1944年(昭和19年)6月10日に
日月神示が降ろされた場所としても知られています。

多くの人が訪れるのかな・・・と思っていたけれど
私たち以外には、参拝者1~2名さまほどでした。

麻賀多神社10

麻賀多神社11

本殿。

麻賀多神社13

赤色が素敵な狛犬さん。

押さえている珠がトーラス体。

麻賀多神社14

こちら祓戸社です。

麻賀多神社15

ピンクの八重の椿がお供えされていました。
鏡がピカピカで神秘的。

お花の位置を直しておきましたが
今見たら、蝋燭も傾いていたことに気が付きます。
どっちも直して置いたら良かったですね。
このときは気に留めなかったわ。

麻賀多神社16

神楽殿では、獅子舞奉納や
巫女舞などが行われているそうです。

麻賀多神社17

麻賀多神社18

本殿後方の天之日月神を祀る、天日津久神社 です。

麻賀多神社19

1944年(昭和19年)6月10日に
神典研究家で画家でもあった岡本天明に
日月神示が降ろされます。

「国常立尊」(別名、国之常立神)と呼ばれている高級神霊よる神示を
自動書記によって記述したとされる文書です。

原文はほとんどが漢数字、独特の記号、
そして、若干のかな文字の混じった文体で構成される。。。

神懸かっちゃったら、人生が一変するし、大変だよねぇ・・・。
いろいろ複雑な気持ちになってきます。

私自身も、ときどき自分の理解の範囲を越えている人と出会いますが
生きる理由も人それぞれで、どんな役割も尊いのだと思う。

また私自身のことも、分かり合える人と出逢えることは
希少であり有難いことだと感じています。

岡本天明さんはどんな気持ちで神示を綴っておられたのかな。
その気持ちをほんのちょっと、知れたらいいのに、、と思いました。

麻賀多神社20

大杉のところへ。

麻賀多神社21

うわーーーー 圧巻です。 \( 'ω')/

麻賀多神社23

写真では伝えきれない感じですね。

麻賀多神社25

樹齢千三百有余年を誇る東日本一の大杉。

昭和十年、千葉県の指定記念樹第一号に指定されたそうです。

麻賀多神社26

麻賀多神社27

この注連縄の結び方は、
なんというのでしたっけ?

河野先生ならきっと
即答してくださると思います。(^o^)

麻賀多神社28

岡本天明さんには、国常立尊が懸かったそうですが

木々の形もなんだか龍神さんのように見えるので
ここに居ると、国常立尊さんと対話できるうな気がしてくるから不思議です。

麻賀多神社29

あとは、境内で撮った写真をどうぞ~。 \( 'ω')/

麻賀多神社30

麻賀多神社31

麻賀多神社32

麻賀多神社33

麻賀多神社34

麻賀多神社35

麻賀多神社36

麻賀多神社38

麻賀多神社39

麻賀多神社40

境内の森には木々がいっぱいです。
葉が生い茂っていて、木漏れ日が星空のようでした。

下から見上げているだけなのに
龍の棲み処におじましてるっぽいですよね。

麻賀多神社41

神社から少し離れたところに
岡本天明さんの屋敷跡がありました。

周囲は民家と畑があります。
梅の木や桜の木などが花盛りとなりつつありました。

そして、麻賀多神社の奥宮へ。







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  1. 2019/04/03(水) 20:28:05|
  2. 神社仏閣めぐり(千葉)