瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

須磨寺 奥の院

昨日の須磨寺詣での続きです。
その後、奥の院へと進んでいきました。

奥の院には、弘法大師・空海さんがお祀りされています。
そこを目指しつつ、
道中、楽しいアドベンチャー体験を満喫してこようと思います。\(^○^)/

須磨寺奥の院1

てっぺんが奥の院です。
そのルートには、神戸七福神巡り神戸十三佛巡りが楽しめるようになっているのです。
なんともワクワクしてしまうミニ巡礼です。o(^^o)(o^^)o

日頃の運動不足解消に・・・と思われる方にオススメです。
普段から動いていないとキツイ山道なのかもしれませんが
案外子供でも余裕で登れるんじゃないかなとも思えます。

須磨寺55

最初に、社務所で短冊状の御札を購入します。(一束100円なり)
これがお賽銭の代わりです。
各ポイントにこちらの御札を納めながら進んでいくのです。

それではレッツゴー!

須磨寺奥の院3 須磨寺奥の院4

最初は不動明王さんと出逢いました。
御札は、ご覧のポストに納めていきます。

ねっ、これが続いていくのですよ~。
楽しいでしょ♪

須磨寺奥の院5 須磨寺奥の院6

奥の院を中心にして、
東から登っていくと、如来さんや菩薩さんのお堂が続いていく十三佛巡りから入り、
西から登っていくと、弁天さんや布袋さんらのお堂が続いていく七福神さんルートから入っていくようになっています。
お好みで、須磨寺境内の東と西どちらからでも登っていくことができます。

私はこの日、東から登って十三佛さんから先に出逢っていきました。
写真は、弥勒菩薩さん。

須磨寺奥の院12 須磨寺奥の院26

薬師如来さんと弁財天さんが隣り合わせにいらっしゃったのが、興味深かったです。

十三佛さんと七福神さんは、分かれてお祀りされているのですが、
この隣り合わせの場所は、ちょうど中間地点で結ばれているルートでした。

須磨寺奥の院2

途中でいろんな樹木に遭遇します。

ミスドのフレンチクルーラー2つ?
注連縄?

・・・思わずなにかに喩えてみたくなるような圧倒的な存在感でした。
磁場の高い感じが、鞍馬山っぽいです。

これだからアドベンチャー。
これだから山歩きはやめられない。(*"Д")

須磨寺奥の院9

奥の院はもうすぐみたいです。
ここまで結構なダンジョンでした。
あぁ楽しかった~。。。

門には、布袋(ほてい)さんの像が。
布袋さんといえば、弥勒菩薩さんの化身といわれていますよね。
いざ!「弥勒の世」へ!

須磨寺奥の院11

石段を登り切ると、奥の院へと到着いたしました。
空海さんがお祀りされています。
第2日曜日(8月第1日曜日)には、11時より、こちらの奥の院で法要が執り行われいてるようです。

ここまで来ると、なんともいえない達成感があります。

須磨寺奥の院21

空海さん関連のなにかが祀られています。(うろ覚え)

須磨寺奥の院23

こちらは龍神さん。

須磨寺奥の院22

稲荷さんです。

須磨寺奥の院15

そのお稲荷さんの裏手には、祠に添うように大きな御神木が・・・!

これまた圧倒的な存在感でした。
強力なエネルギーが渦巻いているのを感じます。
お稲荷さんが潜んでいらっしゃるのかも。

須磨寺奥の院18

御神木を見上げると、確かに光が射してきます。
すごく気持ちがいい空間にいさせて頂いているなぁと感じました。

須磨寺奥の院24

波切不動明王さん。
不動明王さんは、ここ須磨寺では別格のようです。

須磨寺奥の院25

奥の院は、とても綺麗に手入れされています。

波切不動明王さんに手を合わせていると
ご奉仕されていたお母さんのお一人に、声をかけて頂きました。

「ぜひぜひ、お線香あげてって~」

ロウソクとお線香を頂いて、もう一度合掌。

また、よくここを訪れるという地元のお父さんにも声をかけて頂きました。

参道に入ってくる前に、一度お会いしていて

「奥の院に行くの?楽しいよ!御札を買って持って行くと良いよ」

と、ひととおり説明した下さったりしていました。

奥の院に着くと、先ほどお会いしてお話しを聞かせて頂いたお父さんに、バッタリ再会。
反対側の、西側ルートから登っていらっしゃったようでした。

奥の院での法要の様子を事細かく語ってくださったり
七不思議的なお話しを聞かせてくださったりして、とても興味深かったです。
奥の院には、運動がてら、日頃からよく歩いて登られているようです。

「また今度は日曜日に来てみたら?ぜひまたね」

・・・あれ ナンパだったのかな?


そういえば、ここに来る前に
三重塔でミニチュアバージョンの88ヶ所巡りをしていたときにも
そこに訪れていたお母さんに、お線香を分けて頂いたのでした。

須磨の人たちは、気さくな方が多いようです。
好きだな~須磨。

また訪れたいと思います。

須磨寺奥の院27

p.s.

昨日の須磨寺の記事の投稿時刻は 2010. 04. 27 18:07:27 でした。
27の数霊が気になって、ふと須磨寺の御由緒にあった年中行事を見ていたら
旧暦2月7日は、平敦盛・源平戦士追悼法要と書いてありました。
やっぱり今回も源平戦士さんたちに呼ばれていたのだな、、と感じました。
 

テーマ:スピリチュアル・ライフ - ジャンル:ライフ

  1. 2010/04/28(水) 18:20:25|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

須磨寺

4/26(月)須磨寺にお参りいたしました。

仁王門の向こうに広がる空と雲。コントラストが素敵でした。
この日はとても良い天気で参拝日和でした。

須磨寺1

ちなみにこの仁王門は、源頼政さんの再建といわれています。

(Wikipediaより)

所在地: 兵庫県神戸市須磨区須磨寺町4-6-8
山号: 上野山
宗派: 真言宗須磨寺派大本山
本尊: 聖観音
創建年: 仁和2年(886年)
開基: 聞鏡、光孝天皇(勅願)
正式名: 上野山 福祥寺
札所等: 真言宗十八本山霊場 新西国三十三箇所24番 摂津西国三十三箇所7番
摂津八十八箇所88番 福原西国7番 神戸七福神 神戸六地蔵客番 神戸十三仏11番 神仏霊場巡拝の道 第72番
文化財: 木造十一面観音立像、絹本著色普賢十羅刹女像、本堂内宮殿及仏壇(重要文化財)
不動明王立像、石造十三重塔、当山歴代古記録2巻(兵庫県文化財)


札所と文化財、多すぎです。見所も多すぎです。
いろいろと書きたいことがてんこ盛りですが、キリがないので、思いついたところだけをご紹介します。

須磨寺2 須磨寺3

仁王門の手前に建っている正覚院です。
愛染明王さんがご本尊です。(西国愛染十七霊場第6番札所)
幸運を開き、愛嬌を授けてくださるそうです。真っ赤っかです。これも愛嬌なのかな。。。

須磨寺13

阿弥陀如来さんがご本尊の桜寿院・・・その向かい側には、弁財天さんが祀られていました。
帝釈天さんといっしょでした。とても綺麗なお顔立ちでした。
いまいち繋がりがわかりません。。。

須磨寺17

須磨寺の見所の一つである、「源平の庭」です。

一ノ谷(須磨浦公園付近)での平敦盛さんと熊谷直実さんの一騎打ちの場面を再現されています。
直実さんに討たれた敦盛さんの話は「平家物語」の中で最も悲しくあわれを誘う物語として名高いようです。
左が敦盛さん。右が直実さん。

ここの宝物館には、敦盛さん愛用の「青葉の笛」や「弁慶の鐘」など貴重な品々が並んでいます。

須磨寺25 須磨寺20

左)唐門です。
右)わらべ地蔵です。それぞれに個性的でかわいい六地蔵さんでした。

須磨寺21 須磨寺22

左)七福神マニコロ。亀の上の七福神のたまがクルクルと回ります。
右)ぶじかえる。ビックリしたい人は目玉を、借金で困っている人は首を回してください。

須磨寺28 須磨寺29

文殊菩薩さんの六角形のお堂です。
すぐそばに、干支の方位石がありました。

須磨寺30 須磨寺51

七福神さんです。
須磨寺にお祀りされていたのは、寿老人さんでした。
神戸七福神と神戸十三仏の霊場巡りがワンセットになっているアドベンチャーワールド・須磨寺です。
(詳しくは次回・奥の院の記事にて)

須磨寺6 須磨寺5

池には亀さんがたくさんいたのですが、
一匹ほど甲羅がカラフルに塗られていて、最初は置物かと思いました。
動いたときには、超ビックリ。∑(○口○∥)

須磨寺35

こちらが本堂です。
開創当時は、在原行平さんが参籠して、勅勘を許されたと伝えられているそうです。
現在の本堂は、1602年に豊臣秀頼さんが再建したもの。
ご本尊は、聖観世音菩薩さま。

須磨寺40

「義経腰掛けの松」
源義経さんが腰掛けていたそうです。
なにやら巨大な龍にも見えませんか?

須磨寺45

三重塔です。

弘法大師1150年忌、平敦盛800年忌、当時開創1100年を記念して、1984年(昭和59年)に再建されています。
旧塔は、400年前の文禄大地震の際に倒壊しているそうです。

須磨寺47 須磨寺48

弘法大師さんゆかりの塔なので、こちらでも88ヶ所巡りのミニチュアバージョンが存在しています。
ひとつひとつに手を合わせていきました。

大師堂は、この須磨寺の中にも他にもいくつか存在しています。
大師さんはやっぱり時代のヒーローでその功績は偉大ですね。

須磨寺53

平敦盛さんの首塚です。
首はこちらに。
胴は一ノ谷の古戦場に埋葬されています。

ここではビリビリ震え、涙が溢れて止まりませんでした。

京都大原の寂光院と、祇園の長楽寺に立ち寄った際に、
それぞれの場所で建礼門院さんに共鳴して震えて涙腺が緩みっぱなしでしたが、
同じ事がまたこちらでも起こりました。

ここ最近、平家ゆかりの方々とは、強く共鳴してしまうようです。
これはもう、屋島に行くしかないかもね。。。

須磨寺49 須磨寺50

なんと!
平敦盛さんの首塚のすぐ真横には、島根県は出雲が誇る一畑薬師さんが・・!
一畑の薬師瑠璃光如来さん、敦盛さんに寄り添うようにいらっしゃったのですね。
一畑薬師さんは、実は私の産まれ育った地元のお薬師さんです。(詳しくはこちら→一畑薬師(いちばたやくし)
涙目になりながらも、なんだかほっこりと和んでしまいましたよ。o(TロT*)
だから、よけいに共鳴していたのかもしれませんね。

なんとも驚くべきシンクロでした。


右の写真は「シベリア雪の同窓会」の慰霊碑です。

太平洋戦争末期から戦後にかけて、捕虜としてシベリア抑留を余儀なくされ
当地でお亡くなりになった方々の御霊をお慰めしている碑です。

須磨寺54

他にもたくさんの、様々な時代の、様々な人々の、鎮魂を願う慰霊碑や慰霊塔がありました。
歴史の主人公たちは、悲喜交々に、時代を彩り、その命を派手に散らせ、未来に埋もれていきました。
こちらに立っていると、とても胸が熱くなってきます。

同じ歴史を繰り返さないで。
無駄に命を散らせる必要はもうないのですから。

新しい時代の新しい国造りを。
新しい時代の新しい文明造りを。
まったく新しい遣り方で、私たちは築きあげていく。
こちらの先達さん方からも、そうしたことを求められているのです。

こうした場所に立ち寄る機会があったならば
心静かに、彼らの魂の声に、心を合わせてみられたらいかがでしょう。
きっとそこには光が射し込んでくるはずです。

須磨寺26

須磨寺は、本当に広くて奥深い歴史を秘めたお寺です。

造幣局の今年の花には、
京都御所の都錦(みやこにしき)と、須磨浦普賢象(すまうらふげんぞう)が選ばれていました。
(くわしくはこちら→独立行政法人・造幣局 *桜の通り抜け*
その時から、須磨寺の境内と、そこに満開に咲いている桜が、頭の中でイメージできていました。

そして建礼門院さんから繋がった、平家物語の主人公たちとの歴史を越えたシンクロ。
一ノ谷合戦の須磨寺。

シンクロはシンクロを呼び、また新しいルートへと私を誘います。
本日も、とても充実したお参りになりました。


この後、奥の院へと向かいます。
楽しい道中なので、またそれは次の記事にて。。。

テーマ:スピリチュアル・ライフ - ジャンル:ライフ

  1. 2010/04/27(火) 18:07:27|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

神戸市立須磨離宮公園

~王侯貴族のバラ園と文化植物園~ 
「神戸市立須磨離宮公園」へとやってまいりました。

前身は、武庫離宮(須磨離宮)
開園日は、1967年5月1日
公園管理者は、(財)神戸市公園緑化協会 ・・・です。

須磨離宮公園1 須磨離宮公園2

写真は、正門と馬車道。

須磨離宮は、武庫離宮と呼ばれていました。
月見山とよばれる景観地に位置しています。

1907年(明治40年)大谷光瑞別邸を宮内省が買収。
1908年(明治41年)起工。庭園は福羽逸人の設計。
1914年(大正3年)完成。
1945年(昭和20年)建造物群の大半が戦災で消失。
1967年(昭和42年)に須磨離宮公園として神戸市に下賜。

今上天皇(当時皇太子)御成婚記念として、庭園は可能な限り竣工時の状態に復元整備されました。

須磨離宮公園3

装石。

十数個~数十個の庭石を組み合わせて壮大な岩石が自然に露出したように施した石組みです。
須磨離宮の庭園設計者・福羽速人(ふくばはやと)は、赤坂離宮・新宿御苑にも携わった人物で
西洋の宮廷庭園を見分してその庭園技術を日本に精力的に取り入れました。

須磨離宮公園4

中門広場です。

はるか向こうに中門が。巨大なクスノキが広場全体を覆っています。

須磨離宮公園8

こちらが、クスノキの幹。立派ですね。

須磨離宮公園7

和の雰囲気で素敵です。
狛犬と白壁が、離宮当時の面影をとどめているようです。

須磨離宮公園9 須磨離宮公園18

左)中門を通り抜けたら、芝生の庭園が広がります。
右)鞍馬の自然石灯籠。京都の鞍馬から運んだ石で造られているそうです。

須磨離宮公園13

メイン施設の噴水広場です。

水をモチーフにした欧風庭園で、薔薇の開花の時期には特に景色が見事です。
・・・ちょっと季節が早かったですね。。。
花がぜんぜん咲いていません。

須磨離宮公園20 須磨離宮公園21

庭園は、イタリア式。
水辺には、ギリシャから贈られたというポセイドンの像があります。

須磨離宮公園14 須磨離宮公園15

ガーベラがとても綺麗でした。

須磨離宮公園25 須磨離宮公園26

チューリップです。

須磨離宮公園27 須磨離宮公園28

左)山野草です。
右)和庭園で咲いていたリキュウバイです。茶花に使われるそうです。

白い花って清楚な感じで素敵ですね。

須磨離宮公園29 須磨離宮公園30

須磨離宮公園31 須磨離宮公園32

牡丹の花も満開でした。

須磨離宮公園35 須磨離宮公園36

左)ハナミズキ。
右)植物園の温室で見つけたミニパイナップル。可愛いですね。

須磨離宮公園33

植物園に続く道を撮ってみました。

須磨離宮公園22

須磨離宮公園24

須磨離宮公園34

須磨離宮公園38

須磨離宮公園39

自然の彩りが美しく、どこを見渡しても見所満載です。


須磨離宮公園41

ヒマラヤ杉は、印度杉と呼ばれていたそうですね。
こちらの須磨離宮では、シンボル的に植栽されていました。

赤坂離宮や新宿御苑でも、庭園設計者・福羽速人氏が携わっており、
同様にシンボル的に庭園に配されているのだとか。

自然は時代の生き証人でもありますね。
当時の趣向を、いま目の前にそびえ立つヒマラヤ杉さんたち、樹木さんたちが伝えてくれています。

テーマ:スピリチュアル・ライフ - ジャンル:ライフ

  1. 2010/04/27(火) 16:10:38|
  2. 散歩(神戸)

松泰山 東光寺 (門戸厄神 もんどやくじん)

本日は、兵庫県西宮市の東光寺へと、お参りしてきました。

地元住民には、門戸厄神(もんどやくじん)と呼ばれて親しまれている
空海さんゆかりの厄除け祈願のお寺です。

私は学生時代、西宮住民だったので、
門戸厄神さんは、私の中では、関西に来たときからのおなじみの古刹のひとつでした。

あらためて縁起を調べてみますと、これまでの寺社仏閣巡りとも深く関わる
とても興味深い符合がてんこ盛りで驚きました。

灯台もと暗しとは、まさにこのこと。。。
空海さん繋がりのお寺は、やっぱり素敵です。。。

門戸厄神2

表門です。

(以下、Wikipediaより)

所在地: 兵庫県西宮市門戸西町2-26
山号: 松泰山
宗派: 高野山真言宗
寺格: 別格本山
本尊: 薬師如来
創建年: 天長6年(829年)
開基: 空海、嵯峨天皇(勅願)
正式名: 松泰山 東光寺
札所等: 西国薬師四十九霊場第20番 西国愛染十七霊場第2番 摂津国八十八箇所第76番

門戸厄神6 門戸厄神7

東光寺(とうこうじ)という名のお寺は、ここ門戸厄神以外にも、全国各地にあるようです。

「東光」は東方浄瑠璃世界を意味し、薬師如来を本尊とする寺が多く、東光院も同じなのだそうです。

関東では白山社とセットであった例が多くみられるようです。
(多くの小祠の白山社は神社合祀の際に廃され、また改称したところも多い)

門戸厄神3

中楼門です。

門戸厄神8 門戸厄神9

子守地蔵さんです。

門戸厄神10 門戸厄神11

門戸厄神12 門戸厄神13

縁起の良さそうな、七福神さん関連のグッズが並んでいました。
こちらのお寺にお祀りされているせいか、七福神さんの中でも、やはり大黒さんは中心にいらっしゃいました。

門戸厄神薬師堂1 門戸厄神薬師堂2

薬師堂です。

ご本尊の、薬師瑠璃光如来さんがお祀りされています。

「東光」は東方浄瑠璃世界を意味するという、お寺の正式名称の由来となった薬師さんです。

薬師さんの眷属である十二神将(じゅうにしんしょう)は、十二支と結び付けて信仰されてきたのですね。
十二支で厄年を意識できるのはそのためだったんですね。
周囲には開運の十二支グッズもたくさんありましたよ。

門戸厄神堂1

厄神堂です。

あらゆる災厄を打ち払うという厄神明王(門戸厄神)がお祀りされています。

秘仏・厄神明王像(両頭愛染明王像)について・・・

嵯峨天皇の41歳の厄年にあたる天長6年(829年)、空海(弘法大師)により厄除祈願が行われました。
その際、嵯峨天皇は愛染明王と不動明王が一体となって厄神明王となり
あらゆる厄を打ち払うという霊感を得、空海に祈願を命じました。

空海は<愛染明王と不動明王が一体となった厄神明王像(両頭愛染明王像)を三体刻み、
高野山の天野社(国家安泰)、山城の石清水八幡宮(皇家安泰)、門戸東光寺(国民安泰)へ、
それぞれ願って勧請しましたが、現在残っているのは、ここ東光寺(門戸厄神)のもののみであるということです。

厄年にあたる年齢の人の厄払い
十三詣(じゅうさんまいり)
初宮参り、交通安全祈願、護摩祈祷、人形供養も受け付けています。

門戸厄神愛染明王1

大黒堂・愛染堂です。

大黒天、愛染明王が祀られています。

大黒天さん(=大国主命)は、米俵に打出の小槌のスタイルが有名です。
愛染明王さんは、全身が赤で、愛情・愛欲を表し、煩悩そのまま菩提心であることを悟らせてくれます。

どちらも、縁結びのご本尊です。

門戸厄神大師堂1 門戸厄神大師堂4

大師堂です。

空海さんが祀られています。
カメラを向けると、カラスさんが飛んできて屋根の上でバタバタと羽ばたいた後、
隣の木にとまって、こちらになにかサインを送ってくれていました。
歓迎されているのだなぁと思いました。。。

門戸厄神延命魂1

延命魂です。

高野山の、弘法大師御廟の近くの院参道にあった霊木の杉根です。
空海さんを守護し、800年もの長いあいだ、人々の祈りと、神佛の魂が籠められたご霊木で、
病気平癒の御利益があると言われています。

実物はとても大きくて見事ですよ。触れると温かさを感じました。

門戸厄神不動堂1 門戸厄神不動堂2

不動堂(護摩堂)です。

不動明王さんがお祀りされています。
不動とは、揺るぎない悟りの心。
また憤怒の相は、如何なる者でも屈服させ救済しようとする姿を表しています。

人形供養の人形さんがたくさん。。。
十二支さんもこっちを見ています。。。

門戸厄神奥の院1

奥の院です。

厄神堂の真裏にあります。

門戸厄神奥の院5

奥の院の横には、不動明王さんの滝が。

・・・愛染明王×不動明王さんが一体となった厄神明王さんかな?

愛染さんは、総ての悩みの根源である愛欲を清らかなものに浄化し高めていく深い愛情と大悲を注がれる霊験をお持ちです。
不動さんは、目に見える悪と見えない煩悩を智恵の火で焼き、練り上げる力をお持ちです。

厄除開運、家内安全、無病息災、交通安全、商売繁盛、病気平癒などなどの御霊徳につながっています。


-----------

空海さんゆかりのお寺なので、
こちらには「四国88ヶ所巡り」のミニチュア・バージョンがあります。

ひとまずこちらにお参りして、
四国に渡った気分に浸っていこうかなと思いました。。。

門戸厄神88ヶ所2

藤の花が満開でした♪
楼門には桜が満開でしたので、なんだか二度美味しい参拝となりました♪

良い時期に来ました。

門戸厄神88ヶ所5

空海さん。

門戸厄神88ヶ所8 門戸厄神88ヶ所9

門戸厄神88ヶ所10 門戸厄神88ヶ所11

各地のご本尊様が88体お祀りされています。
個性的なお顔が並んでいます。

そして、ちゃんと四国各札所の砂が敷かれているのです。
四国へ・・・想いがとどくといいな・・・。

門戸厄神20

門戸厄神さんには、鯉のぼりが風に靡いていました。
このあたりではいちばん目立つ鯉のぼりでしょうね。

人形供養の不動堂ではお雛様がたくさん供養されていました。
鯉のぼりも、子供たちの厄除けに一役買っているのですね。

つかの間の散歩でしたが
とても充実したお参りでした。

テーマ:スピリチュアル・ライフ - ジャンル:ライフ

  1. 2010/04/24(土) 23:01:55|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

京都大原*寂光院 ~part.5~

京都市左京区の大原です。

三千院方面から離れて、寂光院へと向かってみました。
バス停のある道路を挟んで、真反対の方向です。

朧の清水1 朧の清水5

里山の小径を歩いていると、こんな立て看板が。
「朧の清水」です。
平家物語(建礼門院)ゆかりの泉なのだとか。

建礼門院さんといえば・・・、この前、祇園に行ったときにお参りした長楽寺を思い出しました。
(くわしくはこちら→円山公園と長楽寺

落合の滝2

少し行くと、滝が見えてきました。落合の滝です。
こちらも建礼門院さんゆかりの滝です。
ころころと小川ながるる谷川の 河鹿なくなる落合の滝
(建礼門院さんが詠んだ歌) 

建礼門院御陵6

寂光院につきました。
こちらは、その右手にある、建礼門院さんの御陵入口です。

高倉天皇皇后徳子大原西陵(宮内庁)とありました。
・・・これは行ってみないわけにはいきません。

建礼門院御陵3

先日訪れた長命寺は、建礼門院さん出家の寺でしたが、
こちらの寂光院は、出家後に隠棲した所なのでした。

そして『平家物語』ゆかりの寺として知られています。

ウィキによると、
建礼門院徳子(1155-1213)は平清盛の娘、高倉天皇の中宮で、安徳天皇の生母である。
寿永4年(1185年)、壇ノ浦で平家一族が滅亡した後も生き残り、
侍女の阿波内侍とともに尼となって寂光院で余生を送った。
寂光院や三千院のある大原の里は、念仏行者の修行の地であり、貴人の隠棲の地であった。
平家一門と高倉・安徳両帝の冥福をひたすら祈っていた建礼門院をたずねて
後白河法皇が寂光院を訪れるのは文治2年(1186年)のことで、
この故事は『平家物語』の「大原御幸」の段において語られ、
物語のテーマである「諸行無常」を象徴するエピソードとして人々に愛読された。


長楽寺にお参りした時から、建礼門院さんの存在が気になっていました。
そうしたら、さらにゆかりの深い、ここ寂光院にも訪れることとなりました。

昨日は、大阪造幣局にて、京都御所ゆかりの桜「都錦(みやこにしき)」
神戸の須磨浦公園で発見された「須磨浦普賢象(すまうらふげんぞう)」を見ています。
(くわしくはこちら→独立行政法人・造幣局 *桜の通り抜け*

須磨浦公園付近といえば、源平合戦で有名な”一ノ谷の戦い”が起こった付近です。

今回の旅は、このような数々のシンクロから感じるに
どうやら建礼門院さんとも繋がっているようです。。。

---------

寂光院1

こちらが寂光院の入口です。

寂光院3

本尊は地蔵菩薩。
開基(創立者)は聖徳太子と伝えられています。
平清盛の娘・建礼門院が、平家滅亡後隠棲した所であり『平家物語』ゆかりの寺です。

寂光院15

所在地:都府京都市左京区大原草生町676

山号:清香山
宗派:天台宗尼寺
本尊:六万体地蔵菩薩
創建年:伝・推古天皇2年(594年)
開基:伝・聖徳太子
正式名: 清香山 玉泉寺 寂光院
文化財:地蔵菩薩立像(国重文)

本堂は平成12年(2000年)5月9日に放火により焼失したそうです。
本尊の地蔵菩薩立像(重文)も焼損とのこと。。。

寂光院5

草創については明確なことはわかっていないそうです。
聖徳太子が父用明天皇の菩提のため開創したとされ、太子の乳母玉照姫(恵善尼)が初代住職であるとされています。
しかし、江戸時代の地誌には空海開基説(『都名所図会』)
11世紀末に大原に隠棲し大原声明を完成させた融通念仏の祖良忍が開いたとの説(『京羽二重』)もあるそうです。

寂光院10

御神木の千年姫小松です。
平家物語の大原御幸にも登場する松なのだそうです。

寂光院13

こちらも千年姫小松です。

枯死した千年姫小松の二代目でしょうか。
もともとの御神木のほうは火災で大きな損傷を受けたそうです。

寂光院8 寂光院6

太閤豊臣秀吉寄進の雪見灯籠。南蛮鉄で作られているそうです。伏見山城から移設。

寂光院18 寂光院2

諸行無常の鐘楼。

寂光院11

汀の池。
平家物語当時、そのままの池なのだそうです。

---------

大原の里は、歴史浪漫が満載の里でした。

寂光院に、最後に訪れたことで
建礼門院さんの足跡をもうすこし辿って歩いてみたくなりました。

宝物殿に並べられた文化財の数々を見ていたら、涙があふれてとまりませんでした。
ひとつひとつに、その歴史の重みを感じられます。

一ノ谷の歴史に触れれば、須磨浦公園の桜が浮かび
壇ノ浦の歴史に触れれば、去年の夏に行った関門海峡の海が浮かびます。

いままで、知らず知らずに辿ってきた道の上に、建礼門院さんはいらっしゃったのです。
屋島に行けば、まだ見ぬあたらしいなにかを、また見つけることが出来るのかもしれません。


京都大原は、次のあたらしい旅への、橋渡しの地でもありました。
また機会があれば、ぜひ訪れたいです。

テーマ:スピリチュアル・ライフ - ジャンル:ライフ

  1. 2010/04/21(水) 23:28:01|
  2. 神社仏閣めぐり(京都)

京都大原・宝泉院★勝林院 ~part.4~

京都大原詣では、~part.4~となりました。

三千院を出てから
その周辺の寺社仏閣と自然を紹介しています。

京都大原三千院~♪・・・の参道奧には、宝泉院と勝林院がありました。
今回はその様子をレポいたします。

勝林院1

こちらが勝林院です。
835年(承和2年)円仁によって開かれたと伝えられ
1013年(長和2年)寂源によって中興されたと伝えられる寺です。

古くから来迎院(←~京都大原~part.3~でご紹介)とともに、天台声明の道場でした。

本尊は、阿弥陀如来さんです。

今回はこちらの拝観はスルーいたしました。

宝泉院1

なんとなく、こちらがメインかな、、、という気がしたもので。

こちらは宝泉院です。

勝林院の僧坊です。
なので、こちらも本尊は阿弥陀如来さん。
1012年(長和2年)に創建されたそうです。

さっそく拝観してみることにしました。

七福神

大原三千院近辺には、おみやげ物屋さんがたくさんありますが、
大原女や仏像さんのグッズは数々あれど、、、、
七福神さんのグッズは、意外なほど見当たりませんでした。

やっと見つけたのが、この陶器でできている、お人形さんたちでした。

しかし、ここ宝泉院には、”宝の泉”と読んで字の如く、きっとお宝的な
なにか嬉し楽し的な、浮世離れした七福神さんにまつわる仕掛けがあるのでは、、、との期待がやみません。

それを探すのも、気ままな旅の一興だったりしますが、いかがなものでしょうか。

宝泉院2

五葉松です。

近江富士を型どる樹齢700年。京都市指定の天然記念物。
京都市内にある3つの著名な松の一つなのだそうです。
70年ほど前に高浜虚子が無住寺の宝泉院を訪れ大原や 無住の寺の 五葉の松 と詠んだそうです。

ほんとに近江富士みたいですね。

宝泉院18

やっぱりこちらでも桜が綺麗ですね。

宝泉院7

僧坊の玄関の横には小さな滝が流れています。
この手前の石って、亀さんだよね・・?

なんだか男性の・・・

え? 
みなまで言うな?

多くの人がスルーしていく中で、いろんな角度から凝視してしまう私。。。(*"Д")

宝泉院5

存在感のある石でした。

宝泉院29

大原では、あちらこちらで石楠花が花盛りです。

宝泉院10 宝泉院17

僧坊の中へと入りました。こちらの部屋には囲炉裏があります。
客殿では、お抹茶と銘菓がいただけます。(代金は拝観料に含まれています)

ここには写真がありませんが、この僧坊のメインとなる客殿は、
座って眺めると羨望が素晴らしい額縁庭園となっています。

↑上記の五葉松が間近に額物の中の絵画のように美しくみられ
盤桓園(立ち去りがたいという意味)とも呼ばれます。

宝泉院13 宝泉院14

宝泉院15 宝泉院16

ちょっとシュールなのですが・・・
客殿の縁側の天井は「血天井」と呼ばれています。

慶長五年関ヶ原合戦前、徳川の忠臣・鳥居元忠以下数百名が
豊臣の大軍と戦い伏見城中で自刃しました。
その武将達の霊をなぐさめ、自刃した床板を天井にして祀り、供養とされているのです。

自刃した兵士の、顔、足跡、鎧、、、くっきり浮き出ていますが、わかりますか?

宝泉院9

鶴亀庭園です。

江戸中期の作です。部屋から格子ごし に観賞します。
池の形が鶴、築山が亀、山茶花の古木を蓬莱山とみる名園です。
樹齢300年の沙羅双樹がたたずんでいます。

ほんとうに、鶴と亀に見えますよね。

宝泉院8

一部をアップにすると、、、亀さんの置物があります。

宝泉院33

境内に出てきました。

宝楽園と呼ばれる庭園です。
平成17年3月に宝泉院境内南側の低地に新しく誕生した庭で、
心の内なる広大な仏、神の世界を、岩組、樹花、白砂等をもって表わしています。
美しく宝の如く、そのままそこにある楽園の境を創作したものであるそうです。

地球太古の創世に遡り、その原初の海を想像されています。

宇宙の響き。神仏の世界。
三尊来迎。(阿弥陀仏、観音・勢至、両菩薩)
蓬莱山。龍稚魚。宝船石。石橋。
銀砂幽玄。百花繚乱。


そうした神仙世界を草木国土の大自然で表現されています。

宝泉院21

ほんとうに、角度を変えてみると、
宝船と蓬莱山そのものです。

これには驚きました。

物事の本質は、いろいろな角度から眺めてみて
初めてそれを知り、触れていけるのですね。

宝泉院20 宝泉院22

宝泉院23 宝泉院37

宝泉院31


七福神さんたちは、ここに降りていらっしゃったのですね。

宝泉院は、まさに神仏さんたちの宝の泉であふれる輝きの院でした。

-------
仏のことば

ことばだけ美しくて
実行の伴わないのは
色あって香りのない
花のようなものである

花の香りは
風に逆らっては流れない
しかし善い人の香りは
風に逆らって世に流れる

眠られない人に夜は長く
疲れた者に道は遠い
正しい教えを知らない人に
その迷いは長い

(法句経)

テーマ:スピリチュアル・ライフ - ジャンル:ライフ

  1. 2010/04/20(火) 14:50:05|
  2. 神社仏閣めぐり(京都)

京都大原・来迎院★ ~part.3~

三千院を出てから、呂川沿いの山道を300mほど登っていくと
来迎院(らいごういん)本坊への参道が見えてきました。

来迎院4

来迎院は、平安時代前期に、円仁が天台声明の道場として創建したのに始まると伝えられています。
1109年(天仁2年)融通念仏の祖とされる良忍がこの寺に入寺して再興。
たびたび焼失したそうですが、その度に再建され
現在の建物は天文年間(1532年 - 1555年)に再建されたものなのだそうです。

江戸時代には江戸幕府から朱印状を与えられていて
本堂内には、徳川歴代将軍尊霊も祀られていました。

来迎院1 来迎院3

来迎院5 来迎院6

本尊
・薬師如来
・釈迦如来
・弥陀如来
脇侍
・不動明王(左)
・毘沙門天(右)

音無の滝6

来迎院を出ると、さらに奧へと山道は続いていきます。

音無の滝11

この道は、比叡山への登山道へと続いています。

音無の滝14

来迎院は、声明(仏教歌謡)の修練道場として開山されたそうなので
この山道は、最澄さんや円仁さんも、頻繁に行き来されてきたことでしょう。

音無の滝5

円仁が、中国(=唐)に留学した際、五台山(山西省)の太原(タイユワン)を中心に
五台山念仏(声明)が流行していたのを学び、帰国後に比叡山に伝えたそうです。

音無の滝12

この大原の地形は中国の太原(タイユワン)と類似していたので声明の根本道場と定められました。
この声明は、後の邦楽(今様、浄瑠璃、謡曲、民謡など)に強い影響を与えたそうですよ。

音無の滝1

この滝にむかって声明を唱えると、滝の音と声明が一体となって
音がまるでかき消されたかのように無になったということから「音無の滝」と呼ばれるようになったそうです。

声明と水音が「和合」する・・・とても神秘的なお話ですね。

そして、この滝の流れをただ見ていても「和合」の象徴であるかのように見えますよね。

音無の滝13

三千院に繋がっている自然はみんな、
この三千世界の中で、昔から今まで、数多くのメッセージを伝えてきてくれていたのですね。

やはりこの世界は、神秘的なファンタジーワールドだったのです。

こうした山道で感じられる自然からのメッセージは、しっかりと受け止めて
私たちはしっかりと「弥勒の世」へと繋がっていきましょう。

テーマ:スピリチュアル・ライフ - ジャンル:ライフ

  1. 2010/04/19(月) 22:32:56|
  2. 神社仏閣めぐり(京都)

京都大原・三千院♪ ~part.2~

さてさて、大原三千院のつづきです。

天台宗開宗1200年、三千院開創1200年の記念イベントとして

春の特別展示『三千院の不動明王』
平成22年4月18日~5月17日


・・・が開催されています。
不動信仰、密教法要に関する仏画、資料などもこの時期に展示されています。

三千院48

この日は、4/18(日)
秘仏金色不動明王 特別御開扉・護摩供法要が執り行われました。

このお堂が、金色不動堂です。
智証大師作と伝えられる、秘仏・金色不動明王さんがこちらにいらっしゃいます。

法要中に、めったにお目にかかれない金色不動さんに、しっかりとお目にかかることができました♪
感激でした♪o(^^o)(o^^)o

~part.1~で紹介しました、辰殿にいらっしゃる秘仏・薬師瑠璃光如来さん。
こちらの秘仏・金色不動明王さんと、薬師瑠璃光如来さんとは、とっても仲がお宜しいようですよ♪

法要中、眉間がビリビリと痛みました。
十字のオレンジの光が見えたので、金色さんのオレンジだったのかなと感じます。
お堂の内部は寒かったのですが、温かい氣にふわりと頬が包まれました。
目を瞑ると、心地よい眠さに包まれました。

金色さんと瑠璃光さんの光のパワーでしょうか。。。

神仏さんたちの逢瀬に触れことは、人の生命エネルギーをも高めてくれるようです。
短い時間の出来事でしたが、長くこの心地よさに浸っていたい気分でした。

三千院49

空もスッキリとしてきました。

三千院52 三千院53

門主さんのお話しでは、
この時期にあわせて桜が満開なのはとても喜ばしく、宇宙の大きな作用であるかのようだ、、と。
例年では、すでに散ってしまっているので、とても珍しいことだったようです。

自然が送ってくれているタイミングは、いつでも完璧なんですね。

三千院51

こちらは観音堂です。

三千院54

観音堂横の、二十五菩薩庭園です。
不動明王さんと御縁を結ばれた石の菩薩さんたちが、あちらこちらにいらっしゃいます。
補陀落浄土(ふだらくじょうど)が再現されているそうです。

三千院41

枝垂れ桜も、あちらこちらに。

三千院39

弁財天さん。

三千院42

金色不動堂の近くにある
紫陽花苑の近辺です。

三千院43

三千院44

売灰翁石仏。

最近、石仏やお地蔵さんにオーブがたくさん写り込みます。
それだけ訪れる多くの方々に目を向けられてきたのだろうな、、と感じます。

三千院46

三千院の庭内はとても多くの光に満ちていて
弥勒の世界にも続いている三千世界の院でした。

テーマ:スピリチュアル・ライフ - ジャンル:ライフ

  1. 2010/04/19(月) 12:02:32|
  2. 神社仏閣めぐり(京都)

京都大原・三千院♪ ~part.1~

4/18(日)京都市左京区の大原三千院に行ってまいりました。

この日の京都も、晴天でとても気持ちが良かったです。

三千院1

JR京都市駅から京都バスC3系統に乗り終点まで。
(たいがいの京都市内の寺社仏閣巡りへは、市バスの一日500円乗車券が一枚あれば便利なのですが
大原行きの京都バスでは、それは使用出来ないので要注意ですよd(^-^))

バスから降りると、三千院への入口に菜の花畑がありました。
お花の良い香りに包まれました。

大原は、比叡山と鞍馬山にも近くて、トライアングルのような位置関係です。
伝説の大原女がひょっこり出てきても不思議ではないような清々しい里でした。

午前9時過ぎくらいに到着。
余裕で今日のお楽しみイベント・秘仏金色不動尊御開扉護摩供法要に間に合いました。o(^^o)(o^^)o

三千院10 三千院9

門の側には、茶店がいっぱいありました。
帰りがけに「湯葉そば定食」を食べました。
比叡山と言えば、生湯葉ですからね~。美味しかったです。

三千院12

御殿門です。
立派な表玄関ですね。

目映い光がいっぱいでした。初めて訪れたので歓迎されているようでした♪
今日はよろしくおねがいします♪

三千院は、天台三門跡の中でも最も歴史が古く、
最澄さんが延暦7年(788年)、比叡山延暦寺を開いた時に
東塔南谷(比叡山内の地区名)に自刻の薬師如来像を本尊とする「円融房」を開創したのがその起源なのだそうです。

-------
山号: 魚山(ぎょざん)
宗派:天台宗
本尊: 薬師如来
創建年: 延暦年間(782年 - 806年)
開基:最澄
別称: 三千院門跡、梶井門跡
札所等: 西国薬師四十九霊場第四十五番
文化財: 阿弥陀三尊坐像(国宝)往生極楽院阿弥陀堂、木造救世観音半跏像ほか(重要文化財)
-------
三千院27

御殿門をくぐると、客殿の入口です。
宸殿へと続いています。
こちらは、後白河法皇により始められた法要の道場です。

ここに秘仏・薬師瑠璃光如来さんがいらっしゃいます。
秘仏なので、直接お目にはかかれませんが、そっと手を合わせてまいりました。

三千院16

客殿・宸殿からのお庭の眺めがとても見事です。

眺めのよいお庭は、とても広くて

聚碧園(しゅうへきえん)地泉鑑賞式庭園
有清園(ゆうせいえん)地泉回遊式庭園

・・と言われているそうです。

こちらは客殿からの眺めで、聚碧園(しゅうへきえん)地泉鑑賞式庭園です。
ずっと座って見ていたい気分です。

三千院19

地泉の庭園といわれるだけあって、水も清く、地に植わる草木が潤っていますよね。

三千院24

こちらは宸殿からの眺めで、有清園(ゆうせいえん)地泉回遊式庭園です。
歩いていると気持ちの良い庭です。

三千院29 三千院30

三千院22 三千院31

弁天池のそばにある、わらべ地蔵です。
可愛い♪・・と、多くの参拝者さんの目をひいていました。

絵葉書なんかにもなっていました。ほんとうに可愛いもんね♪

三千院34

弁天池です。

三千院25

弁財天さんがお祀りされている場所から流れている水です。

三千院56

こちらは瑠璃光庭にある、往生極楽院(旧称・極楽院)です。

平安時代末期の12世紀から大原の地にあった阿弥陀堂であり(天台の門跡とは無関係)
1871年に三千院の本坊がこの地に移転してきてから、その境内に取り込まれたものなのだそうです。

国宝の阿弥陀三尊像さんがいらっしゃいます。
(阿弥陀如来、観音菩薩(聖観音)、勢至菩薩)

三千院57

一隅を照らす これ則ち国宝なり

三千院は、最澄さんが比叡山延暦寺建立の際に草庵を結ばれたのに始まります。

大原の地は、千有余年より、魚山(ぎょざん)と呼ばれ
仏教音楽(声明)の発祥の地であり、念仏聖による浄土信仰の聖地として今日に至っています。

自然いっぱいの聖地。大原。
その魅力を、写真とともにもう少し紹介してみたいと思います。

テーマ:スピリチュアル・ライフ - ジャンル:ライフ

  1. 2010/04/19(月) 10:26:57|
  2. 神社仏閣めぐり(京都)

独立行政法人・造幣局 *桜の通り抜け*

造幣局の、桜の通り抜けに行ってまいりました。

4月14日(水)~4月20日(火)まで、大阪北区の造幣局にて開催中です。

詳細はこちら。↓
独立行政法人 造幣局

造幣局桜通り抜け1

本日の大阪・天満は晴天なり♪

一級河川の大川(旧淀川)です。
川沿いにも桜並木が続いていて、ここからの眺めもなかなか素敵だと思うのですが、いかがでしょうか。
天満橋の中心から撮影しました。
堂島川と土佐堀川に分岐して、梅田のビジネス街に続いていきます。

造幣局はこの天満橋上から見て、ちょうど真反対の川沿いにあたります。

造幣局桜通り抜け2

こちらが造幣局の入口です。
予想通りの大にぎわいでした。

大阪府外の遠方からも、毎年多くの観光客さんが訪れるようです。
私はこれまでは、遠目で眺めているだけでしたが、今年は初めて、お花見に来てみました。

造幣局桜通り抜け3

Wikipediaによると
造幣局とは、硬貨の鋳造や貴金属の品位証明を行う、政府の機関である、、とのことです。

私はいままで、造幣局とは、お金の製造全般を一括して受け持っている国の機関かと思っていました。
・・・が、調べてみると、そうではなくて、

造幣局は、硬貨、貨幣を製造していて、
お札、つまり日本銀行券は、印刷局が製造しているということでした。

貨幣は国が発行するもので、
日本銀行券は日本銀行という法人が発行しているものです。

造幣局は、貨幣の製造、勲章等の金属工芸品の製造、貴金属地金の品位証明業務等、記念貨幣等の販売を行っています。
印刷局は、紙幣(日本銀行券)・郵便切手・郵便葉書・印紙・国債等の証券類の製造を行っています。


学校で教わったてたかな・・・
そんな記憶も、今となっては曖昧です。^^;

造幣局桜通り抜け4

本局はここ、大阪市北区天満の、大阪造幣局です。

1871年(明治4年)に大蔵省造幣寮として創設されたのがはじまりのようです。
2003年(平成15年)4月に独立行政法人化されています。

支局は、東京(豊島区)と広島(広島市佐伯区)の2か所にあるようです。

明治時代のお札の顔には、和気清麻呂さんがいらっしゃいました。
お金繋がりで、先日の京都詣でで訪れた護王神社の参拝と、シンクロいたしました♪


造幣局桜通り抜け6

2010年度の“今年の桜”には『都錦』(みやこにしき)が選ばれていました。

127品種、354本の桜の中から選ばれた桜が、都錦♪
元々は京都御所あった桜なのだそうです。

先日の京都御所詣でとも、シンクロいたしました♪
桜繋がりで、どんどんシンクロが続いていきます。

桜のネットワークは、私たちが「弥勒の世」へと続くシンクロ・ネットワークとも言えそうですね♪



他にも、関西を中心に日本全国津々浦々の寺社仏閣にある、様々な品種の桜が咲き誇っています。
そうした各地の、もともと高い磁場に植栽されていた桜が、ここ造幣局に一同に会している姿は圧巻です。

貨幣は、人の間で常に循環し続けている生きたエネルギーです。
桜は、各地の磁場と人を結んでいる生きたエネルギーそのそのです。

私たちはこの時期に
この場に訪れている多くの人と共に
桜の通り抜けをすることで
そこに人と人とが結ぶ新しい循環のエネルギーを生み出し
同時に、貨幣と桜との、生きたエネルギーにも触れていく・・・

いろいろな相乗効果が相まって
そこに大きなパワーを生んでいるのではないかと、そう感じています。

造幣局桜通り抜け7

“今年の桜”に選ばれていた、もうひとつの桜です。
『須磨浦普賢象』(すまうらふげんぞう)です。

平成2年4月、兵庫県神戸市の須磨浦公園において「普賢象」の枝変わりとして発見されたそうです。
花色が黄緑色に変化したもので、開花終期には花弁の基部から赤色に変色していくのだそうです。


普賢といえば、やっぱり普賢菩薩さまかな。。。

造幣局桜通り抜け8 造幣局桜通り抜け9

造幣局桜通り抜け10 造幣局桜通り抜け11

造幣局桜通り抜け5

桜には
封印されていた縄文の女神・瀬織津姫さまであったり
日本神話の女神・木花咲耶姫さまであったり
いつでもそこに女神さまが宿っていらっしゃいます。

普賢菩薩さまには、中性的な中にも
女性の守護菩薩さまとしての女性的な側面やイメージがあるかと思います。

私たちがこの時期、とくに桜に親しみを感じられるのは
太古の女神信仰という遠い記憶に
魂が奮い起こされているからではないでしょうか。

桜の花にはひとことでは語り尽くせない
様々な想いが沸き起こってきます。

つくづく、日本人で良かったな、、、と感じます。

テーマ:スピリチュアル・ライフ - ジャンル:ライフ

  1. 2010/04/17(土) 22:45:46|
  2. 散歩(大阪)
次のページ