瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

大阪護國神社(おおさかごこくじんじゃ)

昨日の続きです。

住吉大社へお参りしたあと、紫陽花が満開の住吉公園の中をてくてく歩き、住之江方面へ。
大阪護國神社(おおさかごこくじんじゃ)へとやってまいりました。
だだっ広い住之江公園の一角に、静かに佇む神社です。

住吉大社と大阪護國神社は、共に大きな公園のそばにあり
お散歩するにはちょうど良いコースとなっていました。

街の中に存在するのに、静寂の広がる空間。
ここも、とても貴重な憩いの場なのかもしれません。

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所在地: 大阪府大阪市住之江区南加賀屋一丁目1番77号
社格等: 国務大臣指定護国神社・別表神社
創建: 昭和15年(1940年)
例祭: 5月20日・10月20日

大阪護国神社1

主祭神は、 大阪府出身、または大阪府に縁故のある殉国の英霊 約15万5千柱。

明治維新以降の大阪府出身の英霊を奉斎し、
昭和十五年五月四日、鎮座祭が盛大に執行されたそうです。

大阪護国神社3

ちょっと靖国神社っぽいですよね。

大阪護国神社4

桜の木がたくさんあるところも、靖国さんっぽいです。

大阪護国神社6

明治33年(1900年)大阪府により毎年、城東練兵場で弔魂祭。
昭和13年(1938年)知事・市長らが護国神社造営奉賛会を結成。
昭和15年(1940年)5月4日 鎮座祭。

ただし、人材・資材の不足のため正式な社殿の建築をする事が出来ず仮社殿での鎮座であった。
戦争の激化や敗戦後の混乱により着工出来ないままであった。

昭和35年(1960年)造営奉賛会結成。
昭和38年(1963年)春 社殿竣工。5月29日遷座祭。

終戦後の一時期、存続を図るために名称から護国神社の文字を外し浪速宮(なにわぐう)と称した。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

大阪護国神社8

大阪護国神社9

大阪護国神社10

大阪護国神社11 大阪護国神社12

大阪護国神社13 大阪護国神社2

皇室の御崇敬は極めて厚く、昭和45年7月15日に、天皇皇后両陸下の御親拝を仰いだのをはじめ
各宮殿下の御参拝も多く、参拝の人々も年と共に増加して
御神威はますます輝かしく仰がれているようです。

大阪護国神社7

境内の忠魂碑です。

・サイパン島戦没者慰霊碑
・歩兵第二百十七連隊之碑
・野砲兵第二十六連隊
・海軍第一期 飛行専修予備生徒慰霊碑
・独立輜重兵 第五十四大隊慰霊碑
・歩兵第二百十六連隊鎮魂碑
・殉國の英霊 このところに鎮まる
・歩兵第百八連隊 つわもの之霊
・歩兵第七十九連隊 戦友はここに眠る之碑
・信太山砲四会之碑 鎮魂
・関西甲飛会 予科練貴様と俺と翼之碑
・第三十四師団通信隊 鎮魂之碑
・騎捜会 鎮魂之碑
・海軍関係戦没者慰霊之碑
・第六十八師団(檜会) 慰霊碑
・歩兵第十四連隊之慰霊碑
・平和の礎 歩兵第八連隊之慰霊碑
・歩兵第三十七連隊慰霊碑
・騎兵第四連隊慰霊碑
・海軍大尉 粟井俊夫之碑
・塩沢幸一題 皇風洽六合明徳太陽之碑


・・・・以上、大阪府出身、または大阪府に縁故のある殉国の英霊 約15万5千柱。


大阪護国神社14

大阪護国神社15

大阪護国神社16

大阪護国神社17

忠魂碑のひとつひとつに手を合わせていると、自然と涙腺が緩み、胸が熱くなってきます。
靖国神社で感じたそれと、同じくらいに。

いまこの時代において、共に目覚め、私たちが地球維新と国防に尽力していけるよう
援護とサポートのほどを、なにとぞお願い致します・・・・
どうかどうか、御見守りください・・・

・・・そう手を合わせてまいりました。

どんなお気持ちで、こちらの英霊さん方は、私たちを御見守り下さっているのでしょう。
時には、不甲斐ない・・と、お嘆きかもしれません。

できること、できないこと、いろいろあるかもしれません。
まだまだできることがあること、それに気付いていないのかもしれません。

厳しい時代を駆け抜けていらっしゃった多くの先達の皆様から発せられるメッセージに意識を傾けて
私たちも共に進んで行けたらいいなと思っています。

大阪護国神社5

護国神社は、各都道府県に存在します。
こんどは、神戸の護国神社にもお参りしてこようと思っています。

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  1. 2010/06/08(火) 15:38:33|
  2. 神社仏閣めぐり(大阪)

住吉大社(すみよしたいしゃ)

大阪市住吉区の、住吉大社(すみよしたいしゃ)へ行ってまいりました。

住吉大社1

お参りは電車での参拝がオススメです。

南海鉄道
・南海本線「住吉大社駅」から東へ徒歩3分
・南海高野線「住吉東駅」から西へ徒歩5分

阪堺電気軌道 (路面電車)
・阪堺線 「住吉鳥居前駅」から徒歩すぐ
・阪堺線 「住吉公園駅」から徒歩2分

住吉大社2

反橋(太鼓橋)
慶長年間に淀殿が寄進。

工事中でした。傾斜のきつい橋ですが、完成したらぜひとも渡ってみたいです。

住吉大社5 住吉大社4

手水舎がウサギさんでした。

兎(卯)は、住吉大社の創建が神功皇后・摂政十一年(211)、
辛卯年(かのとうどし)の卯月(うづき)の卯日(うのか)である御縁によって、奉納されたものなのだそうです。
ウサギさんは住吉大神さんの守り神ですね。

誕生石は、安産祈願の霊石です。
源頼朝の妻・丹後局が、薩摩藩の祖・島津忠久を出産した場所といわれています。

住吉大社21 住吉大社22

御祭神は・・・

第一本宮(底筒男命:そこつつのをのみこと)
第二本宮(中筒男命:なかつつのをのみこと)
第三本宮(表筒男命:うはつつのをのみこと)

上記の三神が、住吉大神さんです。
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)さんが、黄泉国 (よみのくに) から帰還し
檍原 ( あはぎはら ) に禊祓(みそぎはらい)されたとき海の中より生まれた神様です。
お祓い・航海安全・和歌・農耕の神様です。

第四本宮(息長足姫命:おきながたらしひめのみこと)= 神功皇后(じんぐうこうごう)

神功皇后が新羅に出兵する際に、住吉大神の力をいただいたことがきっかけです。
新羅遠征により、大いに国の安定を築くことができたため、
住吉大神のお告げによって、この住吉の地に祭られることになりました。


・・・摂社・末社はたくさんありすぎて、書ききれません。さすがの摂津国一宮です。
ここ大阪の住吉大社、下関の住吉神社、博多の住吉神社・・・の三社で、日本三大住吉とされています。

住吉大社3 住吉大社6

はぃはぃ、お約束お約束。
LOVE☆LOVE、の鳩さんたち。
こういうところに来るといつも遭遇ます。見てるこっちが照れるってば。。。(*"Д")

住吉大社9 住吉大社10

五所御前の玉砂利です。
こちらの石にはパワーが宿っているとされています。

私の手に乗っているのは文字が書かれていませんが、
「五・大・力」と書かれたものをお守り袋に入れて持ち歩くと、御利益があるらしいですよ。
パワーは・・・私にはちょっとよくわかりませんでした。^^;

住吉大社24

おいとしぼし社。

お愛し星(おいとしほし)、老年星(おいとしほし)ともいうそうです。
由来は謎につつまれていて、金龍または龍神、隕石を願い事の守護神として祭り始めたものとも云われているそうです。

3つの「おもかる石」と呼ばれる石を、願い事をしながら持ち上げます・・・
軽く感じれば「可」、重く感じれば「否」であると伝えられています。

地球のアセンションに際して住吉大神さんたちのサポートがお願い出来るかどうかお聞きしたら
3つとも軽々と持ち上がりました♪

イェイ♪\(^○^)/

住吉大社23

卯の花苑。

卯の花がちょうど満開でした。かわいいお花ですね♪
住吉大社とウサギの御縁が深いから、卯の花なのかな?

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住吉大社の御神木は、ものすごい存在感を放っています。

住吉大社11

反橋と誕生石の近くの楠木です。

住吉大社12

こちらも、住吉鳥居のそばの御神木。

住吉大社13

楠珺社(なんくんしゃ)

御祭神は、宇迦魂命
お稲荷さんです。
毎月最初の「辰の日」にお祭りがあることから”初辰さん”の名で親しまれているそうです。

住吉大社15

樹齢千年を越える楠木の大樹が、御神体です。

住吉大社18

角度を変えるとこんな感じ。

住吉大社14

夫婦楠もありました。

住吉大社17

角度を変えるとこんな感じ。
どの神社の相生の木や和合の木にも引けを取らない存在感でした。(@@)

住吉大社19

いや~・・・数々の御神木には、本当に圧倒されてしまいました。

参拝が終わると、雨が降ってきました。
広い境内の、あちこちに広がっている緑が光って、とても綺麗でした。

晴れの日に来ても清々しくて、気持ちが良いのかもしれませんね。

とってもリフレッシュできます。


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・・・その後は、住吉公園を抜けて、住之江公園まで歩きました。
次回は、大阪護国神社です。

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  1. 2010/06/07(月) 22:48:16|
  2. 神社仏閣めぐり(大阪)

伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)

明石海峡大橋を渡って、淡路島へ。
本日は、伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)へ行ってまいりました。

伊弉諾神宮1

こちらが一の鳥居です。

平成7年(1995年)1月17日の阪神・淡路大震災によって鳥居が倒壊した為、
同年11月に現在の鳥居が再建されたそうです。

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所在地: 兵庫県淡路市多賀740
位置: 北緯34度27分36秒 東経134度51分08秒

主祭神: 伊弉諾尊・伊弉冉尊

社格等: 式内社(名神大)・淡路国一宮・官幣大社・別表神社
創建: 神代(日本書紀・古事記による)
本殿の様式: 檜皮葺三間社流造
別名: 一宮(いっく)さん 伊弉諾さん
例祭: 4月22日
主な神事: 御粥占祭 (1月15日(小正月)) 除虫祭 (7月半夏生日)

伊弉諾神宮2

淡路島は、日本列島で一番最初に産まれた島と伝えられています。
やはり”日本の起源”は”世界の起源”ということで、すべてはここから始まった・・・?
そう言えるのかもしれません。

伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)を基点としたレイライン上の聖地が
”陽のみちしるべ”としてそれを証明しているのです。

確かに・・・ここから伝わってくるエネルギーは、陽のエネルギーそのものです。
身体の芯から沸騰するような熱いエネルギーに、ピリピリ・クラクラで目が回りそうでした。(@@)
伊弉諾尊さんと伊弉冉尊さんの和合パワーですね。・・・うーむ、、恐るべし。

以前から一度は訪れてみたいと思っていましたが・・・いやはや、思った以上にすごい場所でした。
今このタイミング、ということも、あるのかもしれませんが。

伊弉諾神宮8

日本神話の国産み・神産みに登場する伊弉諾尊、伊弉冉尊さんです。

日本民族の大祖先神である夫婦の神様で
天照御大神(あまてらすおおみかみ)さんや素戔嗚尊(すさのおのみこと)さんの御両親であります。

産霊(むすひ)の祖神として、ここ伊弉諾神宮では、縁結び・子授けの信仰が厚いようです。

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『日本書紀』・『古事記』には、国産み・神産みを終えた伊弉諾尊が、
最初に生んだ淡路島多賀の地に幽宮(かくりのみや、終焉の御住居)を構えそこに鎮まったと記されており、
その幽宮が当社の起源である。
伊弉諾尊の幽宮遺跡と伝わる場所については、当社の他に滋賀県の多賀大社があるが、
これは『古事記』にある「故其伊耶那岐大神者坐淡海之多賀也。」(いざなぎのおおかみは あふみのたがに ましますなり)との記述に基づいたものである。
ただし、この『古事記』の記述には誤記の可能性ありとされている学術的事実を記す必要がある。
なぜなら、『古事記』では「近江」は「近淡海」と記されるのが常であり、ここに見る「淡海」は「淡道(淡路島)」の誤写ではないかと考えられるからである。
なお、『日本書紀』では一貫して「淡道」と記され、「近江」を思わせる名は見当たらない。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

伊弉諾神宮4

今日はデジカメを忘れてしまい、携帯で撮ったボケボケ画像です。orz

こちらが本殿です。

明治15年(1882年)に禁足地であった御陵を整地し、その上に建てられたそうです。

伊弉諾神宮9

本当にボケボケで残念です・・・。orz

境内社の岩楠神社です。

「夫婦の大楠」の根本にあり、子授け・安産の神として信仰されています。

伊弉諾神宮11

こちらが「夫婦の大楠」です。

樹齢800年から900年と推定される県指定天然記念物です。


伊弉諾神宮13

左右神社(さうじんじゃ)です。

御祭神は、天照皇大御神 月読尊

伊弉諾大神の左目と右目から出現された貴神をお祀りされています。
眼病治癒の信仰があるそうです。

伊弉諾神宮15

根神社・竈(かまど)神社です。

伊弉諾神宮16

他にも摂社に、伊勢神宮の神々もお祀りされています。

淡路島2

帰りがけに撮影した、淡路島から望む瀬戸内海です。

淡路島3

移動中でうまく撮れませんでしたが、
神戸三宮の近辺まで帰ってくると、筋雲の中に虹が映っていました。

やはり、デジカメを忘れて出かけたのが、少々悔やまれました。。。orz

本日も善いお参りでした♪

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  1. 2010/06/06(日) 20:33:46|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)