瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

有馬温泉・鼓ヶ滝(つづみがたき)

有馬温泉にある鼓ヶ滝へ行ってまいりました。
紅葉狩りと、リフレッシュを兼ねて。

有馬1 有馬2

有馬温泉へは・・・

三宮からバスに乗って来るのも良し。
芦屋からバスに乗って来るのも良し。
六甲山頂からロープウェーに乗って来るのも良し。

いろいろとルートはありますが、公共交通機関を使って訪れるのがオススメです。
温泉街の路地を車で入るのは辛いです。
駐車場も少なく割高です。
なによりも、公共だと自家用車を使うよりもエコだから。

写真は、ロープウェーの有馬温泉駅です。

鼓ヶ滝へは、この駅から裏手に延びる道を、まっすぐに進んでいくと見えてきます。

有馬6

六甲山頂ロープウェーの有馬温泉駅から
すぐそばの階段を降りていくと、公園があります。

紅葉に染まった公園でした。。。

(*"Д") うわぁ~ 綺麗ですね♪

期待が高まります♪

有馬4

紅い落ち葉の道。。。

もみじの葉っぱでいっぱい♪

有馬5

駅から近いにもかかわらず、ほとんどの人たちは滝をスルーして
温泉街へと流れていきます。

ちょっともったいない気がしますね。

紅い絨毯のベンチ。
こんなところでランチしたいなぁと、ちょっと思いました。
もうお昼過ぎだったんだけどね・・・。

有馬7

滝が見えてきました。

こちらが「鼓ヶ滝」です。

新神戸の「布引の滝」よりは小さい滝ですが、とても綺麗な滝なのです。

有馬9

山懐の静けさの中に滝音が響きわたります。
滝音が鼓のように聞こえるところから鼓ヶ滝と名づけられました。

本当に綺麗な音色に聞こえてきます。

(*"Д")ウットリ。。。

有馬11

滝壺へ流れていきます。

澄んだ水は、シリウスのブルーにも輝いて見えますね。

有馬13 有馬14

不動明王さんもいらっしゃいました。
滝の側では、必ず水辺の環境を護っていらっしゃいますね。

ちょっと芦屋の「高座の滝」を思い出しました。
あちらにも、立派な不動堂が立っていたっけ。

高座の滝のレポはこちらです↓
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-231.html


滝のすぐ側には「滝の茶屋」もあり、そこで温かいおでんを頂きました。
やっぱり、山の中で寒いのです。食べていると、ほっこりと身体も温まりました。

有馬12

紅葉はだいぶ終わってしまいましたが
滝の音は普遍ですね。
真夏にもその音を聞いてみたいなと感じました。

六甲山系は、見所の多い滝がたくさんあります。
廻りきれないほどあります。

やっぱり、六甲も、富士山と同じ水の山なんですね。
清々しくって気持ちのいいリフレッシュが出来るわけです♪
季節に関係なく、水辺に寄らせていただくと癒されます。



動画を、YouTubeにアップしてみました。
気分転換にどうぞ♪

有馬温泉・鼓ヶ滝 Tuzumigataki Waterfall

テーマ:スピリチュアル・ライフ - ジャンル:ライフ

  1. 2010/11/29(月) 16:26:57|
  2. 自然(六甲)

虹色の六甲山

六甲山を、ふと見たら・・・

11.15虹1

虹が出ていました。
稜線に架かった、七色のアーチ♪

*。・+(*゜∀゜*)+・。*
すごく綺麗でした♪

11.15虹2

AM10:30 つかの間の出来事でした。

どれだけの人が眺めていたのかな。
多くの人が見ていたらいいなぁと思いました。

六甲山にこんなに綺麗に架かる虹は、はじめてみました。
なんだか吉兆のサインっぽいです。
ちょっと今後が楽しみになりました。


Somewhere Over The Rainbow - Violin/Piano

テーマ:スピリチュアル・ライフ - ジャンル:ライフ

  1. 2010/11/15(月) 14:35:41|
  2. 自然(六甲)

処女塚古墳(おとめづかこふん)

自転車に乗って石屋川まで
サイクリング・サイクリング・やっほー♪やっほー♪

石屋川

東灘のはじっこを流れている石屋川です。

アニメ映画「火垂るの墓」の舞台になった場所です。
川沿いの風景が同じ感じでしょ?

処女塚1

石屋川のそばに、古墳があります。

処女塚2

その名も、処女塚(おとめづか)古墳です。

処女と書いておとめ。

なんだかネーミングした人たちのドリーム入ってるんでしょうか。
特に男性の。

処女塚3

傷だらけになっていて読みにくい説明ですが、
以下が内容です。
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この処女塚古墳は、東灘区住吉宮町1丁目の東求女塚(ひがしもとめづか)古墳
および、灘区都通3丁目の西求女塚古墳とともに、古く万葉の昔から人々に知られた有名な古墳であります。
大正11年に国の史跡指定を受けましたが、すでに墳丘の一部は道路で削られていました。
処女塚古墳の整備事業は、国の保護を受けて、昭和54年度から墳丘の整備をはじめ、昭和59年度に完成しました。
整備に伴う調査の結果、南向きの前方後方墳で、もとの大きさは全長70m、後方部の幅39m、高さ17m、
前方部の幅32m、高さ14mがあり、後方部を三段築成、前方部を二段築成にしていたことがわかりました。
また墳丘の斜面には石を葺いていましたが、円筒埴輪は立ててなく数個体分の壷型土器が見つかりました。
古墳を造った年代は、出土した壷型土器などによって4世紀と考えることができます。

昭和59年11月 神戸市教育委員会
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所在地 兵庫県神戸市東灘区御影塚町2-10

処女塚12 処女塚13

蜂がいっぱいいました。

山陰系の出土品が出てきたということで、ちょっと興味を掻き立てられます。

処女塚4

古墳のてっぺんに立ってみる。
そんなに高くはないけれど、良い眺めです。(*"Д")

処女塚5

南側の小さい方墳を見下ろしているところです。

処女塚7

桜の木もあります。

処女塚9

斜面です。
このあたりは石が葺かれていたと思われます。

処女塚11

石碑がならんでいます。

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小山田高家(おやまだたかいえ)の碑

延元元年(1336)湊川の戦いに敗れた新田義貞は生田の森から東に敗走して東明(処女塚近辺)まで来た。
しかし、近づいた追手の矢で馬は倒れ、義貞は馬を降りて、処女塚に登って敵を防いだ。
その窮状をはるかに眺めた小山田太郎高家は、これまでの義貞の恩義を思い出して、塚に駆け寄って
自分の馬に義貞を乗せて東に逃れさせた。高家は塚上に留って敵を防いだが、
味方の敗色は濃く、ついにこの処女塚の上で討たれてしまった。
「太平記」の描くこの武勇を記念して、弘化3年(1846)の代官・竹垣三左衛門藤原直道が建てさせたものである。


田辺福麻呂(たなべのさきまろ)の歌碑

いにしえの 小竹田壮士(しのだおとこ)の妻問ひし
  菟原処女(うなひおとめ)の奥つ城ぞこれ


この歌は万葉の歌人、福麻呂が旅の途中で処女塚に立ち寄った時の現況と、それから受けた感動を歌ったものである。
古くから処女塚古墳には、東灘区住吉宮町1丁目の東求女塚(ひがしもとめづか)古墳と、
灘区都通3丁目の西求女塚古墳にまつわる悲恋の伝説が言い伝えられている。
この伝説は二人の男性が一人の女性を慕ったため、女性は身を処しかね、嘆きつつ死んでしまった。
それを知った二人の男性も悲しみ後を追った。
女性の墓を中にして、男性の墓を東西に造ったという物語である。

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もう悲恋は、おなかいっぱい、、、という感じですが、
私が出かけると、行く先々で、こういう伝説にぶち当たるんですよね・・・。(´・_・`)。o

ちょっと胸がぎゅーっと締め付けられるような感覚になります。

その時代に生きてみないとわからないことです。
きっと、いろいろ尾ひれが付いていたり、事実と史実は違うんだろうナァとも感じていますが
どこかで感応してしまう部分があるのでしょうね。

真実はいかに・・・?


おとめ塚温泉1

こちらは、おとめ塚温泉です。
処女塚古墳のすぐ側にある天然温泉です。

今日は温泉に入りにやってきたのでした♪
久々に全身リフレッシュしました。ヽ(*^。^*)ノ

ここ最近、PCの前にいる時間が長かったので、
ちょっと離れて、肉体の癒しを求めてここまで来たのでした。

天然かけ流し温泉で、とっても気持ちが良いお湯でした。

温泉は、火と水の癒し。
スベスベになって満足です♪

おとめ塚温泉2

おとめ塚温泉にも御由緒がありましたよ。

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処女塚伝説の詳しい内容はこちらです。↓

『ひょうご歴史ステーション』ひょうご伝説紀行より
http://www.hyogo-c.ed.jp/~rekihaku-bo/historystation/legend/html/021/021-tx.html


遠い昔、六甲山(ろっこうさん)のふもと、ちょうど現在の神戸市灘区(こうべしなだく)のあたりに、
菟原(うばら)という村がありました。この村に、それは美しい娘が住んでいたということです。

顔や姿が美しいばかりでなく、娘は心もやさしく、機織(はたお)りがたいへんじょうずでした。
人々はうわさを聞いて、ひと目でよいから娘を見たいものだと、訪ねてくるのでした。
そうした人々の中に、二人の若者がおりました。
一人は娘と同じ菟原の村に住む若者。
もう一人は、海をわたった向こうの和泉国(いずみのくに)に住む若者でした。

「どうか私のおよめさんになってください。」

二人は熱心にたのみこむのでした。
娘の両親も、どちらかがお婿(むこ)さんになってくれたらと思いましたが、娘の心はなかなか決まりません。
二人があまりにすばらしい若者なので、どちらを選んだらいいのかわからなかったのです。
迷い続けるうちに、娘はだんだんとやつれてゆきました。

一方で若者たちは、何とか娘をおよめさんにしたいと、ますますはげしく競争するようになっていました。
そのようすを見ていると、このままでは刀を持ってきり合いを始めてしまいそうです。
若者たちが競争すればするほど、娘の心はしずんでゆく一方でした。
そしてとうとう、娘は、近くを流れる生田川に身を投げようとするまでになってしまいました。

おどろいたのは両親です。

「かわいそうに。そんなに思いつめなくてもいいよ。私たちによい考えがあるからね」

そういって娘をなぐさめた両親は、ふたりの若者を招いて言いました。

「お二人が、娘のことを思ってくださる気持ちはよくわかりました。
けれどもお二人ともご立派すぎて、どちらかを選ぶことができません。
そこで考えたのですが、そこに流れている生田川の水鳥を早く射止めた方に、
おむこさんになってもらおうと思います。」

どちらの若者も、弓のうでまえには自信がありましたから、この話は願ってもないことでした。
弓比べの日をとりきめて、二人は帰ってゆきました。

いよいよ弓比べの日です。
うわさがうわさを呼んで、生田川の河原にはたくさんの人が集まりました。
りりしく着かざった二人の若者は、河原へ進み出ると、合図と同時に矢をつがえて、弓をひきしぼりました。
人々はかたずを飲んで見つめます。娘は手をにぎりしめ、目を閉じました。

ひゅうっと空気を切りさく矢鳴りが、聞こえました。

「わあぁっ。」
「あたった!」
「見事だ!」

口々にさけぶ人々の声に、目を開いた娘は、立ち上がって川面を見つめました。
そしてどうしたのか、川に向かって歩き始めたかと思うととつぜん走り出し、流れに身をおどらせたのです。

激しい流れにのまれて、娘の姿は二度とうかび上がってきませんでした。
それを見た二人の若者も、娘のあとを追うように川に身を投げてしまいました。

残された水鳥をみると、二本の矢がつきささっていました。
若者たちは、弓の腕前までまったくのごかくだったのです。

弓比べでもおむこさんが決まらないと知って、娘は死ぬことを選んでしまったのでした。

娘がほうむられた墓を、人々は処女塚(おとめづか)と呼びました。
そして、処女塚を見守るように造られた二人の若者の墓は、
東求女塚(ひがしもとめづか)、西求女塚(にしもとめづか)と呼ばれています。

テーマ:スピリチュアル・ライフ - ジャンル:ライフ

  1. 2010/11/08(月) 22:56:46|
  2. 古墳・遺跡・史跡(兵庫)