瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

日本神話のお姫様

神話のお姫さま2

神話のお姫さま

ペンタブが娘の私物になってしまったので
しばらく遠ざかっていたのですが
最近、また描き始めました。

日本神話のお姫様です。
さて、どなたでしょ?

その答えは、また後日に。

Adobe Photoshop6.0
pixel寸法 480×640に縮小していますが
実際のドキュメントはA4+aサイズで巨大です。
画像の一部を切り抜きして
粗いパステル画風にフィルタ加工してみました。

結構お気に入りです♪

描き出すと、止まらなくなります。。。

テーマ:スピリチュアル・ライフ - ジャンル:ライフ

  1. 2012/03/26(月) 16:42:53|
  2. 女神の肖像

六角堂 ふたたび

六角堂1

3/2 京都文化博物館の北斎展に行ってきました。
京都駅から烏丸通りを真っすぐ道なりに上がっていくと六角堂へと辿り着きます。

ここは何度も訪れている、京都を代表する聖徳太子さん創建の古刹です。
美しく官能的な如意輪観音菩薩さんで有名です。

ここの観音様は、西宮・神呪寺の如意輪観音菩薩さんにもよく似ています。
空海さん・真井御前さん繋がりですね。

↓詳しくは過去記事をどうぞ。

六角堂
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-120.html

六角堂2

昔から、気になってたびたび夢にも出てきていた場所でした。

近くにきたら、必ず寄ります。
なにか過去生での御縁でしょうかね。。。

六角堂3

ここは”京都のへそ”と呼ばれていたところです。

へそ石も、六角形。

六芒星。

シリウスのサイン。

六角堂4

御幸桜も、六角形。六芒星。

御幸桜の由来は・・・
長徳2年(996年)花山法皇の六角堂の御幸より
西国三十三箇所霊場観音巡礼が始まったことを受けて
花山院前内大臣が六角堂の桜を見て詠んだ
「世をいのる春の始めの法なれば君か御幸のあとはありけり」
・・・から名付けれました。

早咲きの桜で、最初は白、次第にピンクに色付いていく枝垂れ桜です。

私は、20代最初の頃に西国三十三箇所霊場観音巡りを満願しています。
その後も、いくつも、観音霊場は数え切れないくらいに巡ってきましたが。。。


花山院、聖徳太子、空海さん、真井御前さん、、、
如意輪観音さん、、、

やっぱりすべては瀬織津姫さん繋がりなのでした。

テーマ:史跡・神社・仏閣 - ジャンル:写真

  1. 2012/03/03(土) 23:21:20|
  2. 神社仏閣めぐり(京都)

因幡薬師 平等寺(びょうどうじ)

因幡薬師1

3/2に、JR京都駅から烏丸通りを上がって
京都文化博物館で開催されている北斎展に行ってきました。

その途中の、烏丸通×松原通の交差付近で
とあるお寺を発見いたしました。

こんなビルの隙間に、お寺とは。。。

素通りしかけていましたが
なんとなく気になって、寄ってみることにしました。

因幡薬師2

なんと! お薬師さんですよ。

*。・+(*゜∀゜*)+・。*

目に止まって良かったです。

ちょっと寄り道して
ご挨拶しておこうと思いました。

因幡薬師3

平等寺(因幡堂)
びょうどうじ(いなばどう)


真言宗智山派 福聚山 平等寺

場所は、京都市下京区烏丸松原上ル東入ル因幡堂町728

隠れた名所旧跡でした。
こういう場所を発見出来ると嬉しいですね♪

因幡薬師4

ご本尊の薬師如来さんが、特別拝観されている日だったらしく
これまた良いタイミングで訪れたものだわ・・・と思ってたら

観光バスから、団体参拝客さんがご入場。。。

一気にザワザワしてきて
ゆっくりと拝むどころではなくなってきたので
そそくさと本堂を後にしてしまいました。

うーん・・・
良かったのか、残念なのか、どっちだろう? (;´Д`)

お薬師さまの人気っぷりに、ちょと嫉妬。。。

因幡薬師5

なんとしても、如来さまを守れ。


あぃあぃさー。(`・ω・´)☆

こんなん見てしもたら
もぅ、どこまでも一緒に行くしかないですわな ☆彡

ほんとうにありがとうございました。



↓以下の縁起はウィキからのコピペです。


大納言橘好古(たちばなのよしふる)の孫である少将橘行平(ゆきひら)
長徳3年(997年)、因幡国司としての任を終えて京に帰ろうとしていたところ重い病にかかった。

ある夜、行平の夢に貴い僧が現れて言った。

「因幡国の賀露津(かろのつ)の浦に貴い浮き木がある。
それは仏の国(インド)から衆生を救うために流れついたものである。それを引き上げてみよ」

行平が賀露津の漁師に命じて、波間に光るものを引き上げてみると、それは等身の薬師如来の像であった。

この薬師像を祀ったところ、行平の病は癒え、京に帰ることができた。
この薬師像は天竺(インド)の祇園精舎の四十九院の1つ、東北療病院の本尊であった。

行平は薬師像をいずれ京に迎えると約束して因幡を後にしたが
その後因幡を訪れる機会がないうちに長い歳月が過ぎた。

その後、長保5年(1003年)4月7日のこと、行平の屋敷の戸を叩く者がある。
戸を開けてみると、それは因幡からはるばる虚空を飛んでやってきた薬師像であった。

行平は高辻烏丸の屋敷に薬師像を祀った。

これが因幡薬師平等寺の起源であるという。

平等寺の寺号は、承安元年(1171年)に高倉天皇によって下賜されました。

因幡薬師6

観音堂です。

十一面観音さんです。

洛陽三十三所観音霊場・第27番札所
京都十三仏霊場・第7番 になっています。

テーマ:史跡・神社・仏閣 - ジャンル:写真

  1. 2012/03/03(土) 22:36:58|
  2. 神社仏閣めぐり(京都)