瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

近江国(おうみのくに) part.8 近江神宮

近江神宮1

近江国の旅の終わりに、近江神宮へお参りしました。

近江神宮2

場所は、大津市神宮町1-1

最寄りは
京阪石山坂本線 近江神宮前駅から北西へ0.6km
JR西日本湖西線 大津京駅から北西へ1.1km


近江神宮3

近江神宮4

御祭神は、天智天皇です。

天智天皇は、時の祖神であり
開運・導きの大神 
文化・学芸・産業の守護として祀られています。

天智天皇7年(667年)大和の飛鳥からこの地に、近江京が遷都されました。

皇紀2600年を記念して
同年に相当する昭和15年(1940年)に創祀されました。

近江神宮5

近江京は、幻の宮。

戦いの歴史に揉まれて、短い期間のうちに
また別の場所に遷都されていきました。

日本の歴史の中でも
あまり語られることがなかったのかもしれません。

私も、知らないことばかりです。

近江神宮6

天智天皇は日本で初めて水時計(漏刻)を設置されたそうです。
それにちなみ、境内には各地の時計業者が寄進した日時計や漏刻などが飾ってあるようです。

私は時間が無くて、ゆっくりと拝観できませんでした。

時を司る神様の前で「時間がない~!」などと
焦ってしまうなんてシャレにもならないですね。σ(^◇^;)

あぁ、、、ナンセンス。

いろいろな時計を見ておけば良かったなぁ。
旧文明の文化を伝える重要な遺産となりうる時計がたくさんあったのかもね。

近江神宮7

近江神宮8

最近は時間の概念もなくなりつつありますね。

常に時計を携帯して
秒針の速度まで気にしつつ
あくせくスケジュールをこなしていく・・・

あぁ忙しい、、忙しい、、
時間がない、、時間がない、、

なにか始めたいけれど
お金もない、、、
働かなきゃ、、、

そうなると
始めるための
自由なんてないけれど、、、


そんな生活を
皆さんは今でも続けていますか

私はだいぶ、ゆとりのある生活に移行出来ています。
ギリギリで生活できるくらいにしか
収入は得られていませんが

生きていけてるから
今は、それでいいの。

ゆとりと余裕を持って過ごしている時こそ
お金には変えがたいものを得られる時だから。

でも、理想には、まだまだですけれどね・・・

弥勒の世では
時計も時も すっかりと
手放しているに違いありません。

近江神宮9

「一瞬の今は金なり」ですね。。。

そんなことを書きつつ
今日も気付けば日が暮れていきました。

この一連の近江国の旅は
7/22(日)の出来事でした。

近江神宮10

折しも本日は7/25です。

マヤ歴では ”時間をはずした日”とされている日ですね。

大晦日と新年のあいだの
時間をはずした空白の日。

時間を意識しないで過ごすのに
最適な日なのかもしれません。

一瞬のいまを
今日はゆったりと快適に過ごしましょう。

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  1. 2012/07/25(水) 18:46:33|
  2. 神社仏閣めぐり(滋賀)

近江国(おうみのくに) part.7 三井寺(園城寺)

三井寺1

京阪電車石坂線・三井寺駅から山手へ徒歩10分
三井寺(園城寺)へ行ってまいりました。

三井寺5

天台寺門宗の総本山です。

山号は、長等山(ながらさん)
御本尊は、 弥勒菩薩

創建年 7世紀
開基 大友与多王

開基である大友与多王は、大友皇子の子。
父の菩提のため、天智天皇所持の弥勒像を本尊とする寺の建立を発願しました。

壬申の乱で大友皇子と敵対していた天武天皇
朱鳥元年(686年)この寺の建立を許可し「園城寺」の寺号を与えました。

「園城」という寺号は、大友与多王が自分の「荘園城邑」(田畑屋敷)を投げ打って
一寺を建立しようとする志に由来しています。


三井寺6

↑写真は、観音堂です。

こちらの寺院も石山寺と同様に巨大です。
そしてたくさんの札所となっています。

・西国三十三箇所14番
・西国薬師四十九霊場48番(別所・水観寺)
・近江三十三観音5番
・神仏霊場巡拝の道147番(滋賀15番)


三井寺7

近江八景の1つである「三井の晩鐘」でも知られています。

建部大社を紹介した記事に

近江国の歴史は、数々の戦いの歴史
「唐橋を制する者は天下を制す」


そう呼ばれていたということを書きました。(関連記事はこちら↓)

近江国(おうみのくに) part.4 近江国一之宮 建部大社
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-818.html

三井寺もまた、史上度々、焼き討ちされることがあったといいます。

それでも、歴史上の苦難を乗り越えて
その都度再興されてきたようです。

三井寺は「不死鳥の寺」と称されています。

三井寺19

「三井寺」の通称は、この寺に涌く霊泉(写真↑)が
天智・天武・持統の3代の天皇の産湯として使われたことから
御井寺=三井寺 となったようです。

さっきの三尾神社の、伊弉諾尊さんの赤・白・黒の三帯は
この御井の産湯の、天智・天武・持統の3天皇を象徴しているのかしらね・・・?

三尾神社とは兎シンクロの「因幡の白兎神話」では
八上姫大国主命の御子神を産んだ時に3つの御井で身体を清めたとされる
御井神社が出雲(簸川郡)にあります。

出雲-因幡-近江-摂津 

いろいろ繋がる、兎と御井の産湯シンクロですね。

三井寺20

この産湯の霊泉のうえでは、
龍の目玉が釘付けにされています。

Σ(・ω・/)/!

この彫刻の龍・・・夜な夜な琵琶湖に出没して暴れていたそうです。
彫師自らが、目玉に釘を打ち込んで、静めたのだとか。。。

琵琶湖には、巨大な暴れる龍とか、ムカデとか、、、いろいろな伝説があります。
ちょっとおどろおどろしくて、怖い伝説が多いですね。

三井寺2

こちらは水観寺。薬師さんのお寺です。

三井寺3

7月に入ってから、ずっと三井寺に行きたくてたまりませんでした。
いつ行こうかな~と、ずっと考えていたら、7/22(日)になりました。

三井寺4

薬師瑠璃光如来さん。

たぶん呼んでくださったのは、薬師さんです。
この日、御開扉されていましたから。

「いまの日本・・・なんでこんなことになっちゃったんでしょね・・・」

そんなに簡単には応えてもらえないのは分かってるけどさ。
なんかずっと呟いて、泣いてたわ。。。

【゜・`д´゜・】

スッキリしない。。。
えぇ、、スッキリしないよ。。。

三井寺8

でも、やっぱり、来て良かったわ。。。

私は日本列島全体も、近江の国も好きなんだ。

三井寺9

観音堂から続く道を少し登っていくと、慰霊碑がたくさんありました。

滋賀県警察の慰霊碑が真ん中に大きく建っていました。
ソロバンの碑とか、もう少し古い時代のものも。。。

三井寺12

衆宝観音さん。

財宝が貯まり福徳を授けてくださる観音様です。

財宝=プライスレスな叡智

今の私にはそう思えてしまいます。

お金に変えられない宝物ばかりが増えていってます。
それこそが福徳に繋がるでしょ~。
わらしべ長者のように。

三井寺13

つぶらじいの木が、衆宝観音さんの横に。。。

この木を見ていると、やっぱり
重みのある金銀財宝よりも
私は、プラチナの輝きを放つ叡智が欲しいなと思うんです。

富士山様叡智の、黎明たんのようにね。
このブログを始める前から
心眼を啓くためのお手本でした。
これからも真似していって
私は私のハイヤーセルフさんと
同行二人を愉しんでいくんだ。。。


ツブラジイって、小粒なドングリだけれど、
栗のつぎに美味しいドングリじゃないかな。

シーズン毎に美味しく頂いています。

このツブラジイの木って、衆宝観音さんと佇まいが似ていませんか?

大好きな木ですよ。

三井寺16

金堂の近くにある、巨大な杉の木です。

天狗杉と呼ばれています。

w(*・o・*)w  でっか・・・!!

これくらいスケールの大きな人でいたいもんですね。

三井寺22

後は、自分にとって関わりの深そうな
気になったところを少しだけ・・・

こちらは、熊野権現社です。

三井寺23

弁財天さん。

三井寺25

鬼子母神さん。


ほんとうに、広くて立派な大寺院です。
たくさん見どころがあって、紹介しきれないくらいです。

近江の旅は楽しいなぁ♪

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  1. 2012/07/25(水) 16:07:15|
  2. 神社仏閣めぐり(滋賀)

近江国(おうみのくに) part.6 三尾神社(みおじんじゃ)

三尾神社1

滋賀県大津市円城寺町246

京阪線三井寺駅より歩5分のところに
三尾神社(みおじんじゃ)があります。

三尾神社2

兎ちゃんの神社です♪

∩ ∩
(=゚ー゚)

三尾神社3

出雲でよく撮れる虹色幾何学オーブがここにも出現。

綺麗な虹色です。(*"Д")

出雲系の神様がたくさん集っていらっしゃるのかもね。。。

三尾神社4

御祭神 伊弉諾尊(いざなぎのみこと)

御由緒を紹介しますと・・・

当社は太古、伊弉諾尊がこの地に降臨され長等山の地主神として鎮座されたのを創始とする。
この神は常に赤・白・黒の三帯を着し
その形が三つ尾をひくのに似ているところから三尾明神と申し上げる。


貞観元年(八五九)園城寺の開祖智証大師
琴緒谷に社殿を復興され爾来朝野の篤い崇敬をうける。

應永年間足利将軍現存の本社を再興し慶長年間豊臣秀吉も社殿を修理し
社領を寄進する等広く世に崇敬されてきた。


三尾神社5

三尾神社は三井寺と一体とされていたそうです。
明治の神仏分離令で分離したそうです。

御神紋は、真向きの兎

兎ちゃん。可愛すぎる~~~。w(*・o・*)w

腰帯は、それぞれ赤尾神、、白尾神、黒尾神となり
その中の本神である赤尾神が最初に出現したのが
卯年、卯月卯日、卯の刻に卯の方向からだったそうな。

「卯」が由来というのは、
神功皇后伝説ともシンクロしてますね。

因幡の白兎神話も繋がっているでしょう。

赤・白・黒 って何の象徴&サインでしょうね?

三位一体?三神一体?三韓征伐?三種の神器?天地人?三国時代?物質三態?3S政策?

あぁぁぁーーー分からないーー
でもなんとなく、なにかのメタファーのような気がしてなりません。。

三尾神社6

どこもかしこも、兎ちゃん。

卯年の守神さまということで
我が家の卯年の息子のために、健康祈願しました。(-人-)

三尾神社7

ここにも。

三尾神社8

ここにも。

三尾神社9

波兎とか。。。

三尾神社11

兎ちゃん尽くし。

夏休みは始まったばかり。

近所の子供たちの催しがあるのかな。
縁日の準備が始まっていましたよ。

子供好きな神様たちに、見守られているのかもしませんね。

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  1. 2012/07/25(水) 13:39:34|
  2. 神社仏閣めぐり(滋賀)

近江国(おうみのくに) part.5 琵琶湖疏水(びわこそすい)

琵琶湖疏水4

三井寺の近くを歩いていると
川の中に水門が整備されていることに気がつきます。

立て看板があり、そこには
琵琶湖疏水(びわこそすい)と書かれていました。


琵琶湖疏水(びわこそすい)とは、
琵琶湖の湖水を、京都市へ通ずるために作られた水路(疏水)なんですって。 (´・∀・`)

琵琶湖疏水2

琵琶湖疏水は、大津市三保が関で取水し、三井寺の山下を通り
京都市蹴上へと流れる人工の水路のことでした。

延長約9km。

京都市の飲料水、発電、物資輸送、農業用水など
多目的利用のために立案されたそうです。

第1疏水は、明治18年(1885年)
青年技師田邊朔郎の指導のもとに着工。
同23年に開通しています。

第2疏水は、明治45年(1912年)に完成しています。

当時の琵琶湖の水路工事は、国家的レベルであったようです。

水道の各洞門には、それを示すように
伊藤博文を始めとする著名人が揮毫した
扁額が掲げられているそうですよ。


やっぱり、水の流れが国を造るんですね。

京都の街は琵琶湖の恩恵に支えられてきたんですね。
京都に限らず、大阪、神戸も、、、

関西全体が、琵琶湖の水の恩恵を受けながら
私たちは生きているんですね。

流れる水に、感謝です。 (-人-)


エメラルドグリーンと、桜並木の川。

お花見の時期はとっても綺麗なんだろうな♪

琵琶湖疏水3

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  1. 2012/07/25(水) 09:18:52|
  2. 神社仏閣めぐり(滋賀)

近江国(おうみのくに) part.4 近江国一之宮 建部大社

建部大社3

JR石山駅で、ヤマトタケルさんの看板を見ました。

か、かっこいぃーーーーー。(*"Д")

今回の旅の目的は、園城寺(三井寺)へ行くことでした。
石山寺を後にして、バスに乗り込みJR石山駅へ。
では京阪電車に乗り換えて今度は三井寺へ向かいましょうかね・・・と思った矢先
目に飛び込んできた看板に釘付けになったのでした。


oh・・・! (*"Д")


そんな姿を見せられたら
なんだか無視が出来ないわ。

行かなくちゃだわ。。。

これはもう、行ってみなくちゃだわ。。。

建部大社1

ということで、JR石山駅からてくてくと歩いて唐橋を渡り
近江国一之宮 建部大社へと向かったのでした。

建部大社2

所在地は、大津市神領一丁目16-1

ヤマトタケルさーーーん
会いに来ちゃった♪

(//≧▽≦//) てへ

鳥居の「クールサマー祈祷」って、いったい何ぞ???

謎だーーーー。

建部大社4

松の参道。

ここには出雲大社の雰囲気があるね。。。

建部大社5

そう思うのは当然で

主祭神は、日本武尊さん

また、ここには出雲国造りの王である大国主命(=大己貴命)さんも
大神神社から勧請されて祀られています。

建部大社6

景行天皇46年(116年)に景行天皇の皇子である日本武尊
建部大神として祀ったのが建部大社のはじまりとされています。

日本武尊は、16才にして熊襲を誅し、更に東夷を平定。
32才の若さで伊勢の能褒野において崩御。

勇ましき若き皇子の死に様に、
父・景行天皇は、なにを想われていたのでしょうか。。。

ちょっとしんみりモードになってしまう、創建の由来でした。


以前は神崎郡建部郷(現在の東近江市五個荘付近)にあったそうですが
天武天皇4年(675年)に現在地へ遷座したそうです。

源頼朝さんが平治の乱に敗れて伊豆国に流される道中、立ち寄って
源氏の再興を祈願、後に大願成就したことから、出世開運の神としても著名となったそうです。

建部大社7
建部大社8

建部大社9

ヤマトタケルさんは、紙幣にもなっていたんですね。(@@)

幻の千円札。

これはちょっと本物を手にしてみたいですね。

建部大社10

建部大社11

余談ですが、、、

私の従姉妹の子(甥っ子)のひとりに、タケルくんという子がいます。
うちの子どもたちとは、はとこ同士です。
娘とは同い年です。
うちの息子とは、二歳違いの兄弟みたいな関係です。
出雲での遊び仲間で、本当に、まるで兄弟のように息子と仲良しです。^^

彼 タケルくんも、数えで16歳です。
熊襲(くまそ)討伐の頃のヤマトタケルさんと同い年になります。

こんな頃から戦っていたのね・・・と
従姉妹の子であるタケルの
まだあどけなさの残る顔がチラチラと思い出されてしまいました。


記紀や古事記で伝えられていることは
バラバラなので
ほんとうの史実はまだ闇の中と思いますが
ヤマトタケルさんに関しては、そんなこんなで
私の思い入れもついつい深いものになってしまいがち、なのでした。

建部大社12

こちらは、歌川広重(安藤広重)の浮世絵「近江八景之内」の
「瀬多夕照」に描かれた「瀬田の唐橋」です。

その上から、琵琶湖方面を撮影しました。

こんなにも美しい川に架かる唐橋です。

しかし、近江国の歴史は、数々の戦いの歴史なのでした。


「唐橋を制する者は天下を制す」

古来よりそう言われてきました。

唐橋は日本三古橋のひとつです。

琵琶湖から瀬田川にかかっていた唯一の橋で
今も昔も東国から京の都へ入るにはここを通るほかはなく
古代から戦略上の重要なポイントでした。

西国から東国へ向かうには
必ず渡らねばならない難所のひとつだったと伝えられています。

大友皇子大海人皇子(天武天皇)が戦った壬申の乱を始め
ここを舞台にして歴史に名を残す合戦が幾度となく繰り広げられてきたのです。

戦いのたびに、多くの戦士たちの血が
瀬田川に注がれてきたのだと思います。

赤×エメラルドグリーンは補色関係。

この美しい瀬田川の流れは、人々にパワーを与えてくれる存在であり
また癒しでもあり、やはり祓戸の川なのです。

幾星霜、様々な人々の罪汚れを、エメラルドグリーンに包み込んで
これまで流し続けてきたのでした。

すべての魂が水辺の光に包まれ
癒されていきますよう意図します。

建部大社13

琵琶湖の近くなので、この唐橋から眺める瀬田川の流れは
目にも鮮やかな爽快ブルーですね。

これまでの唐橋の戦いの歴史も
新しく塗り替えて
新文明の国造りを進めていきましょう。

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  1. 2012/07/24(火) 14:44:34|
  2. 神社仏閣めぐり(滋賀)

近江国(おうみのくに) part.3 石山寺

石山寺5

7/22(日)滋賀県大津の瀬田川沿いを歩いてきました。
佐久奈度神社→立木観音→石山寺へ。
瀬田川沿いの聖地巡りは
JR石山駅から出ている京阪バス(1系統大石小学校行)で移動出来るので
車のない独りきりの歩き旅でも、楽々スムーズに巡ることが出来ます。

今回は、西国観音霊場・札所のひとつである石山寺です。

ここは33ヶ所の西国霊場の中でも
私の最もお気に入りの場所のひとつです。

見どころがいっぱいあるんです♪

石山寺2

とても大きな天平時代の大寺院です。
大きい・広い・文化財も史跡も盛りだくさん。

でも、それよりも、もっとも魅力的なところは
水と緑と岩場の宝庫なところです。

↑こちらの画像は、金龍社にて。

江戸時代中期に、大日如来の化身で竜族の長である金龍竜王が姿を現したとされる池です。

スモーキーな池だけれど、水面は鏡のように周囲の草木を映しています。
鯉もまるで金龍のよう。。。(*"Д")

鯉が動いて、水の中を見え隠れしている様は
床の間の掛け軸のように、ゆったりと眺めていたいような気持ちにさせられます。

石山寺21

手水舎も素敵なのです。

池の中にあって、ここでも鯉が周囲を泳いでいます。

石山寺6

とても人懐っこい感じ。

石山寺27

本堂は、岩場の中にあります。

滋賀県最古の木造建築物とされているそうです。
御本尊は、如意輪観世音菩薩
安産・福徳・縁結びの観音さまです。


この大きな石の山は、国の天然記念物です。

硅灰石というそうです。
このように大きな硅灰石となっているのは珍しいそうです。
硅灰石は、石灰岩が地中から突出した花崗岩と接触し、その熱作用のために変質したもの。

まさに石山ですね。

石山寺の名称の由来です。

ほんとうに、大きいですよ~。(*"Д")

石山寺28

あっ 瑠璃たん発見・・・!

天然記念物の上で出逢うとは。

あなたも国宝級なのね~。 (//≧▽≦//)

石山寺8


石山寺の創立は、東大寺大仏造立のための黄金の不足を愁えた聖武天皇
ここに伽藍を建てて如意輪法を修すようにとの夢告を受け
良弁僧正を開基として開かれました。

石山寺9

いろいろな歴史を持っている寺院です。

縄文早期の土器や石器類、人骨などが発掘されていたり
源平の乱では源頼朝さんが、多宝塔(国宝)、東大門、鐘楼などを寄進していたり
近江浅井氏の娘であった淀殿が、慶長年間に礼堂や東大門を再建していたり
後白河天皇以下歴代天皇の玉座があったり
芭蕉庵があって芭蕉さんの句がたくさん残っていたり
近代では島崎藤村さんの書斎になっていた庵もあります。

石山寺は、いろいろな歴史を秘めた寺です。

石山寺17

私が石山寺に持った印象を
ひと言で例えるなら”インスピレーションの泉寺”でしょうか。

ここに来ると、芸術的なこと、文化的なこと
なにか創造的・創作的なことを始めたくなるような場所なのです。

これは、2010年に出た、VOICEさん出版の「パワースポットニッポン」の中でも
同じことを書いていたと思います。

すでに創造的なことを始めていつつも
もしもいま、停滞していたり、スランプだったりしていたとしたら
このような場所をのんびりと散策してみると
閃きやアイデアがどんどん涌いてくるかと思います。

石山寺には、光堂があります。

紫式部さんは、ここで歴史的ベストセラー「源氏物語」を描き上げました。

また、清少納言さんや、和泉式部さん、
『蜻蛉日記』の藤原道綱さんの母
『更級日記』の菅原孝標さんの女さんなども
石山寺のことを日記や随筆に記しています。


観音様は感応の仏様。

如意輪観世音菩薩さんは、平安時代の女流作家さんたちに
和製ルネッサンスを大きく花開かせてくださった観音様と言えるのかも知れません。

水・緑・石

それらが光る場所では花も美しく咲き誇ります。

私たちの感性もそれに触れていると花開くのは自然の理なのだと思います。

石山寺12

八大龍王さんの池へ行ってみました。

本堂や天然記念物の石の周辺にはたくさんの人々がお参りされていますが
こちらへ来る人は、あまりいないようです。

ひっそりとしています。

もっとも気温の高い、正午頃に歩いたのですが、
まるで早朝か夕方のような静けさと涼しさです。

石山寺13

こちらが、龍穴の池です。

石山寺14

この木がすごい。

龍神さんの形そのものですね。(*"Д")

石山寺15

この岩に座って龍神さんと対話したい。。。

石山寺16

甘露の滝です。

また正面から写しちゃった。(//≧▽≦//)

石山寺18

境内には瀬田川を展望出来るポイントもあります。

瀬田川沿いは、どこを歩いても、本当に綺麗なエメラルドグリーンですね。

石山寺19

ふと、足が止まったところは若宮でした。

平成14年の建立ということで、本当に若いお宮さんですね。

ここには祭神に天照皇大神を拝し、大友皇子(弘文天皇)が祀られています。
壬申の乱の折、この地に葬られ古来より寺僧により
手厚く密かに御供養されてきたそうです。

若くして命を落とした皇子。

親神の三十八所権現社は、見守るような位置に、岩の上に建立されています。


青い光が射していました。

とても綺麗でした。。。

石山寺22

御神木の杉の木。

大きかったですーーーー。 w(*・o・*)w

創建の天平時代から育っていたようですよ。

石山寺23

この祠の奧にも杉か檜の老木があるのですが

すごくパワフルな氣を放っていましたよ。

石山寺29

石山寺の参拝を終えて、バス停に行くと
藤棚があって、紫の花が咲いていました。

季節はずれの、藤紫かぁ。

藤原家に仕えた紫式部さんのサインかな。

藤は、瀬織津姫さんでもありますね。

最後に素敵なプレゼントを頂いた気分でした。

ありがとうございます♪

------

最後に動画もご覧下さい。

龍穴の池



甘露の滝


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  1. 2012/07/24(火) 12:59:08|
  2. 神社仏閣めぐり(滋賀)

近江国(おうみのくに) part.2 立木観音

立木観音1

立木観音さんにお参りしました。

新西国霊場 第二十番札所  立木山 立木山寺(たちきさんじ)です。

立木観音2

滋賀県大津市南郷の瀬田川沿いにあります。

ひとつまえの記事、佐久奈度神社(さくなどじんじゃ)とも近いです。
佐久奈度から瀬田川の遊歩道を歩いて立木山に行くのが、私のお気に入りコースです。
その距離は、1kmもないんじゃないかな。
佐久奈度神社にお参りされた際は、ぜひ立木山まで歩いてみて下さい。
瀬田川の流れを聴きながら歩くのはとても気持ちが良いですよ。d(^-^)

立木観音3

立木山も、水がとても綺麗な山です。

立木観音4

木立の中を、約700段の石段を登っていきます。

つづら折りになっている石段を
まだか、、、まだか、、、と言いながら
みんな汗だくになって登っていました。

佐久奈度神社は、私の他には誰もいなかったけれど
ここはさすがの新西国観音霊場です。

いつ来ても、老若男女、お参りの人々で賑わっています。

7/22(日) この日は赤ちゃんを背負って登る
新米パパ&ママさんの姿を何組か見かけました。
それがなんだかとても印象的でした。

子供を背負って登るのは大変そう。^^;

なにゆえこんな真夏日に・・・・
とも思うけれど、ご家族にとっては大事な日なんですよね。

心の中”でえぃえぃお~!”とそっとエールを送ったりしつつ
私も汗だくになって登っていました。

ほんとうに暑かった。。。

画像は、涼しげですが。
木陰の下で立ち止まると、ヒンヤリとした水音に癒されました。

動くとまた暑いです。(;´Д`)

立木観音5

石段に、小さなカマキリを発見。 w(*・o・*)w

踏まれそうになるまえに、ササーッと横切って行ってしまいました。

立木観音6

ラストスパート。

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡c⌒っ゚Д゚)っ

ゴールが見えると力が漲るタイプです。

立木観音7

本堂です。

10/19光4

前回は、2009年?の10/19に来ていたみたいです。

↑こんな感じにピンクに光るかしら。。。o(^^o)(o^^)o
と思ったけれど、今回はそんなファンタジーは起こらずでした。

何ごとも期待しすぎはいけませんね。。。

立木観音8

ここも水が澄んでいて綺麗でした。

立木観音9

立木観音10

815年(弘仁6年)空海(弘法大師)さんがこの地に立ち寄った際
瀬田川の対岸に光り輝く霊木を見つけたそうです。

しかし瀬田川は川の流れが速くて、渡れない・・・。
そこに白鹿が現れて、空海さんを背に乗せ対岸まで導いてくれたそうです。

白鹿はたちまち観世音菩薩に姿を変えて、虚空に消え去ったそうな。。。

その後、空海さんは、霊木に五尺三寸の観世音菩薩像を彫刻し
それを本尊としてこの寺を建てたということです。

この時、空海さんは厄年の42歳。
その為、厄除けの観音さんとして人々に親しまれ、信仰も厚いのでした。

立木観音11

立木観音12

御札も絵馬もお守りも、みんな白鹿ちゃん。

鹿に導かれる空海さんの伝承は
全国あちこちにあるのでしょう。

鹿の背に乗っている空海さんは、42歳厄年にしては
少年の様にも見える若々しさでした。(ナナメ45度が格好いい♪)

このあたりでは今も野生の鹿に出逢えるんでしょうか。
出逢ってみたいなぁ。

立木観音13

立木観音14

立木山のお楽しみのひとつは、美味しいユズ茶を頂けることです♪

立木観音15

温かくて甘くて美味しかったです。

汗を掻きつつフゥフゥしながら頂くのも、オツなものですぁ。。。(*´Д`*)

立木観音16

奥の院の入口です。

立木観音17

さらに石段が続いているのか・・・?と思いきや
あっけなく到着してしまうほどの距離。

本堂の裏手にありました。

道了権現大菩薩=天狗さんが祀られています。

立木観音18

ひとつだけ願いを込めて、鐘を突きます。

大好きな大津の街が光り輝きますように。
共に新しい世界に入っていきましょう。

立木観音19

立木観音20

現在の立木山寺は、浄土宗に属しています。

創建当初は、空海さん開基ということで
真言密教系の寺院であったと推定されています。

実際に歩いてみると、山の空気や水音が、そんな雰囲気を醸しています。

滋賀には素敵な山や川が多いです。

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  1. 2012/07/24(火) 09:50:48|
  2. 神社仏閣めぐり(滋賀)

近江国(おうみのくに) part.1 佐久奈度神社

佐久奈度1

7/22(日)近江国(おうみのくに)へ行ってきました。

久し振りに瀬田川の周辺を歩きたくなりました。

というわけで、滋賀県大津市大石中町の佐久奈度神社(さくなどじんじゃ)へ。

佐久奈度2

もうかれこれ3年ぶりくらいかな。

前回訪れたのは、2009年の5月頃だったかしら。。。

すでにうろ覚えです。
でもいざ来てみると、そんなに前だった気がしないです。

voiceさん出版の「パワースポットニッポン」に
佐久奈度神社のことをレポしているので、よろしければご覧下さい。

佐久奈度3

御祭神は、祓戸大神の4柱です。

瀬織津姫命
速秋津姫命
気吹戸主命
速佐須良姫命


祓い浄め・武運長久・家内安全の神徳があるとされています。

佐久奈度4

神紋は、心櫻十六菊
天智天皇の勅願によって、669年、中臣金が祓戸の神を祀ったのが創始と伝えられています。

この地もかつて桜谷と呼ばれていたようです。

天下の祓所→散久難度(→佐久奈度)

大石倉之介良勝奉納の絵馬が飾られています。
ここ大石町の地名は、赤穂浅野家に初めて仕えた大石家の出身地ということが由来のようです。

佐久奈度7

祓戸大神といえば、大祓祝詞(おおはらいののりと)ですね。

大祓祝詞(おおはらいののりと)
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-547.html

↑この記事の中の川は、前回訪れた時に撮影した瀬田川です。
黒いペアの鳥が羽を広げて存在をアピールしていました。

懐かしいよね。。。(*"Д")

佐久奈度8

手水舎の水が
前回訪れた時よりも綺麗になっていました。

瀬織津姫さんの復活とともに、
確実に訪れる人たちが増えてるんでしょうね。

この日は日曜日にもかかわらず、貸し切り状態でしたが。^^
それはそれで、誰にも気を使わずにのんびりできて嬉しかったです。

佐久奈度9

八幡さんとお稲荷さん。

佐久奈度10

晴れたり曇ったりと、目まぐるしく雲が流れました。

佐久奈度11

佐久奈度13

御神体の川に降りていってみましょう。

佐久奈度15

ほんとは昔、川の近くに本殿があったんです。

佐久奈度17

瀬田川。

ここが祓戸大神さんたちの川です。

久し振りです。

やっほーーーーー。\(^○^)/

佐久奈度18

エメラルドグリーンが続いています。

翡翠色なのもしれない。

とにかく良い色。

私は近畿を流れる川の中でも、特にこの瀬田川の流れが好きです。

佐久奈度19

今日も岩の上では二羽のペアがちゅっちゅしてたよ。。。

(〃ノェノ)キャッ

セキレイたんかしら?

なんでいつもラブラブアピール?
私にヤキモチを焼けとでも?

ほんとにいつも
これ見よがしなんだら。。。

・・・と、そんな姿は写させてもらえませんでした。
ひとりで佇む格好いいところは撮ってもいいらしいです。

佐久奈度20

水面は龍神たんのウロコ♪

私の手のひらも溶け合ってる~
シンクロしている~。 (//≧▽≦//)

子供の頃から水泳が大好きで得意でした。
スカウトされたこともあります。
まじめに練習に打ち込んでいたらオリンピックに出ていたかもね。
・・・って、言いすぎかな。

でも、すべての人は、神の分霊とよく言われますよね。
ひとりひとりが、とてつもない能力を秘めた存在とも。

私の場合は、やはりシリウス由来の水に関わっていると
本来の能力が開花していきやすいんだと思います。

過去の経験からも、そう感じます。

やっぱり、自然と触れ合うことは
いろいろな意味で大事だと思います。

いつもいろいろなことを気付かせてくれるから。

佐久奈度22

あっ

手のひらに・・・

佐久奈度21

女性の輪郭が浮かんでいるように見えました。

瀬織津姫さんかな。


瀬田川の流れに癒されましょう。


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  1. 2012/07/23(月) 12:10:05|
  2. 神社仏閣めぐり(滋賀)

摩耶山・青谷道 part.10 摩耶の大杉

摩耶の大杉10

旧天上寺の周辺を歩きました。

ここでは、ぜひ見ておきたい名木があります。

摩耶の大杉2

「摩耶の大杉」と呼ばれています。

摩耶の大杉3

市街地から眺めると、摩耶山の中腹に一際目立つ大木があることに気付きます。

旧摩耶山天上寺の塔頭のひとつであった連華院の西側に位置し
幹周り8mもある六甲随一の大木であったと思われます。

昭和40年に発刊された「神戸の名木(神戸市緑化協会編 兵庫新聞社発行)」によると
約200年前に摩耶山一帯で起きた大水害で奇跡的に生き残ったため
その生命力に驚いた村の人々は、神霊が宿っているに違いないと
「大杉大明神」として崇めたと記載されています。

また同書によると樹齢は千年と記載されており
その威風堂々とした姿に圧倒された姿が伺われます。

この「摩耶の大杉」は残念ながら、昭和51年の旧摩耶山天上寺の大火災の後
火を被ったことが原因で徐々に樹勢が衰え枯死してしまいました。

幾星霜の時を生き続け、移り変わる歴史の変還を見続けてきたこの大杉の姿は
枯死してもなおその存在感を人々に印象づけています。

摩耶の大杉4

大きいです。 w(*・o・*)w

摩耶の大杉5

摩耶の大杉6

摩耶の大杉7

たしかに大きな存在感を周囲に放っていましたよ。。。

摩耶の大杉9

ここからの見晴らしも最高でした。


盛りだくさんの楽しい摩耶山青谷道でした。

ありがとうございました♪


最後に、大杉さんの動画もどうぞ。



別角度からも。


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  1. 2012/07/20(金) 21:49:13|
  2. 自然(六甲)

摩耶山・青谷道 part.9 旧天上寺跡 (史跡公園)

摩耶山史跡公園3

青谷道からスタートして、目標としていた
摩耶山 旧天上寺跡(史跡公園)へと到着しました。\(^○^)/

摩耶山史跡公園4

摩耶山・天上寺は、観音霊場、安産祈願の寺として信仰を集めたお寺です。
1976年(昭和51年)1月焼失しました。

その場所が現在は摩耶山史跡公園になっています。

山門(仁王門)は原形をとどめていましたが
その他の主要建造物は残っていません。

大火の後、天上寺は開祖の地と伝えられる元摩耶(摩耶山山頂から北へ徒歩10分)へ移転しました。


ちなみに、現在の摩耶山 忉利天上寺はこちらです。↓

摩耶山 忉利天上寺(まやさん とうりてんじょうじ)
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-149.html

摩耶山史跡公園5

この先に、本堂があったようです。

石畳のみで
建造物は跡形もありません・・・。

摩耶山史跡公園6

旧天上寺13

昭和51年に消失。。。

そういえば、ここに来る前の観光茶園が開かれたのも昭和51年でしたね。
同じ年だったんですね。

なんとなく、無関係とは思えません。

西国霊場の呼び水となるように
観光茶園は開かれていたのでしょうか。
外国にも繋がるように。

人の流れを
新しいエネルギーの流れを
あらたに森の中に呼び込んでいくということ。

なんだかそれも、良し悪しなのかな・・・と、感じさせられます。

茶畑は、人の手が加わらないと維持出来ないですし。
それはゴルフ場の在り方と、本質的には同じなのかもしれません。

私たちは、とかく自分たちの都合の良いように
現世利益や家内安全ばかり
神仏たちに手を合わせて願ってきましたが
神仏たちや見えない存在たちは
人間にばかり都合の良い存在ではないということです。

私たちは周囲を取り巻いているあらゆる自然に
心配りをしながら生きていくことが求められているのです。

焼失は、おそらく、天上寺の神仏たちによって
起こされたのだと想います。

多次元的には、いろいろな理由があるのかもしれませんが。

私には、そう想えてしまいました。

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360度ぐるりとパノラマ撮影してみた動画もどうぞ。
とても見晴らしがよい場所です。


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  1. 2012/07/20(金) 20:21:01|
  2. 自然(六甲)
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