瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

桧原神社と箸墓古墳周辺

桧原神社1

最後に訪れた桧原神社です。

神戸から大和への日帰り旅では、
三輪明神~桧原神社までが限界ですね。

桜井駅を11時頃に降り立って、ここにたどり着いたのは17時頃でした。

桧原神社2

檜原神社の御祭神は

・天照大神若御魂神
・伊弉諾尊
・伊弉册尊


こちらは、式内社「巻向坐若御魂神社」

元伊勢の1つです。

桧原神社3

wikiより

伝承によると・・・

崇神天皇5年から疫病が流行り民が死亡し、同6年には、百姓流離し国に叛くものがあって、
憂慮した天皇は、天照大神倭大国魂神を祀るが安からず、
天照大神を豊鍬入姫命に託して笠縫邑に祀り倭大国魂神を渟名城入媛命に託して祀るが
髪が抜け落ちてやせ細り祭祀が出来なくなった(崇神記六年条)。
同7年2月、巫女的な性格を持つ倭迹迹日百襲媛命に憑依して、
大物主神を祀れば平らぐと神懸りし、その後、天皇に大物主神が夢懸りして現れ、
その神託に従って同7年11月に物部連祖伊香色雄(いかがしこを)に命じ、
磯城彦後裔である三輪氏の祖である茅渟県(ちぬあがた)陶邑意富多多泥古(大田田根子)を探し出して
祭祀主として大物主神を祀らせた。
その結果、国内が鎮まり、五穀豊穣して百姓が賑わった(崇神記七年二月辛卯条)。

桧原神社4

豊鍬入姫命の、天照大神・御鎮座地への数十年を経ての長い旅。
当てもなく、流離うように求め歩いていたのか、
それとも緻密で計画的なフトマニクシロの完成を着々と進めていったのか、
いまの私には、想像の域を出ることができませんが・・・

倭姫へとその特命が受け継がれていくまで、
想像しているだけで、とても気が遠くなりそうです。

この頃から「斎宮」というのは、
国の安定を調律していく、たいへんな役割を担っていたんだな・・・と感じました。

私も、豊鍬入姫命の根気強さや使命感を見習っていきたい。。。

桧原神社5

桧原神社6

神宮祭主・北白川房子さま(明治天皇第七皇女)の記念碑もありました。

桧原神社7

北白川房子さま・・・・・うろ覚えですが、
靖国神社にも御言葉を記された石碑があったような気がするけれど・・・

きっと、房子さまは、崇神天皇の頃にも
深い関わりをお持ちだった魂さんなのでしょうね。

桧原神社8

桧原神社からは、フタコブラクダのこぶのような二上山が見えます。

はるか遠くにあって、とても小さく見えます。

三輪山

ありがとう三輪山。

大物主神
たくさんの神々様。

ぜひまた訪れたいと想います。

箸墓巻向

最後に・・・

巻向古墳群のそばから臨む「箸墓古墳」です。

宮内庁により「大市墓(おおいちのはか)」として
第7代孝霊天皇皇女の倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)の墓に治定されています。

つい先月の7/25に、岡山の総社、吉備津周辺に訪れていたことを思い出します。
(吉備津神社にはヤマトモモソ姫(倭迹迹日百襲姫命)が祀られているので)

彼女は大物主神の妻になるのですが、
蛇に化身した大物主神に驚いて、自らホトを突いて死んでしまう・・・というのは、
なんとなく理解できたりします。

私自身も巫女的感覚を有しているせいで、
それを新創造(アート)の世界に向かわせているから。
モモソ姫と同じ時代を生きていたら、
きっと互いにシンパシーを感じられていただろうなぁ・・・とも感じます。

箸墓は、卑弥呼の墓とも言われていますが
ほんとうにそうなのかも知れないですね~。

モモソ姫だって、日巫女(ひみこ) =太陽に仕える巫女の一人。


久しぶりに三輪山周辺を歩いてみて・・・
もっともっと、大和の国のことを知りたくなりました。

またいつか、このルートの続きを
レポートできたらいいなと想います。


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  1. 2015/08/19(水) 23:37:56|
  2. 神社仏閣めぐり(奈良)

日本最古の「八大龗王辨財天大神・龗神神社」

2015大神八大竜王1

今回、三輪山周辺~山野辺の道を歩いていて、
ぜひもう一度、行って見たいな・・・と想っていた場所が、ここ。

日本最古の八大龗王辨財天大神
龗神神社(りゅうじんじんじゃ)
です。

2015大神八大竜王2

一緒に行った、鍼灸師・上野さんも、ここがお気に入りの場所だというので、
私も、ぜひ、和子さんを案内したいな~という気持ちになりました。

三月に私はハリー山科さんと一緒に竹生島の弁財天を尋ねていましたが、
八月に入ると、竹生島から弁財天像をお預かりされることになったという
古神道・カタカムナ・神智学研究家の土居正明先生宅を尋ねることになりました。
その時、私も上野さんも和子さんも一緒に拝見させて頂いていました。
(弁財天さんは期間限定のお預かりで、8/15に無事に竹生島のお寺にて法要を終えられ、お戻りされたようです)

なにかと親縁御縁を感じさせられる弁天さま=三女神

三女神はそれぞれ弁財天さんに姿を変えて祭られているけれど
ここの龗神さんも、そんな女神さん・弁天さんたちの集う龍の住処なのでしょうね。

この日は龍神さん・弁天さんに繋がる親縁御縁をいつも以上に、妙に強く感じられる一日でした。
ここでもタイミングよく雨がボツボツ降ってくるんだもの。。。

2015大神八大竜王4

2015大神八大竜王5

2015大神八大竜王6

2015大神八大竜王3

この言葉が、妙に心に引っかかりました。

たしかに、良縁だと信じて大切な関係を育もうとしても、
糸と糸が絡まるように、雁字搦めになったり
千切れたり、うまくいかないこともあります。

愛が執着に変わると、とても苦しく、切なく、
憎しみや、嫉妬などの激情を生み出していく。

そんな関係を、心身バランスが崩れていくのを自覚した時点で
因縁という腐れ縁だと、疑ってもいいのかもしれません。

それを助けてくれる龍神さんが、
日本最古の八大龗王辨財天大神さんなのだな・・・

縁切りは、たいがい大きな痛みを伴うから
とても厳しく、恐ろしく感じられるのかもしれないですね。
それだけ強力で、圧倒的な光をもつ龍神さんたちなのかもしれませんね。

なんといっても、日本最古の龍神社なのだから。。。

2015大神八大竜王7

山野辺の道をさらにぐんぐん歩いていきます。

2015大神八大竜王8

最後に、桧原神社へと向かいました。



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  1. 2015/08/19(水) 09:30:30|
  2. 神社仏閣めぐり(奈良)

狭井坐大神荒魂神社

2015狭井神社1

狭井坐大神荒魂神社(狭井神社)にやってきました。

2015狭井神社2

2010年3月16日にも
ここから三輪山へと登っていきました。

こちらに書いているので、今回も詳細は省きます。↓

三輪明神 ~ part.2 狭井神社・市杵嶋姫弁天社・三輪山登山 ~
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-86.html

2015狭井神社

私はどこかへ旅しても、細かいことはすぐに忘れてしまうので
ブログには、覚え書き・メモとして記しています。

古代史には、それほど知識があるわけではないです。
間違ったことも、これまでたくさん記してきているとは思いますが
その日、その時に感じたことが、
その後のなにかにも役立つかも、
・・・という想いでもって記しています。
自分の足で歩いて、見て、感じること。
それだけで充分な気もします。

そうは思っていても、実際のところは、
過去に体験したことを再び読み直してみることはほとんどないけれど、
たまにこうして同じ場所を数年ぶりに訪れてみると
あの時は、どんな気持ちや意識で、山を登っていたのかな?・・・と
自分の意識の広がり方を実感できるので、やはりたまには役に立っているようです。

2015狭井神社3

いまは、5年前のようなフレッシュな気持ちは湧いてこないなぁ・・・
やっぱり、ちょっと疲れているのかも・・・と自覚します。

肉体が連日の地震や火山活動の動きと連動して
この頃、とても不安定。
まだまだ死なない程度に動いていくんだろうね。

あの時、あの場所では、キラキラしていて
まだ今よりもたくさんの夢にあふれていた気がします。

失ったものは還ってこないし、どうしようもない。しょうがない。
思い出は色褪せないうちに、名前を付けて保存していく。

また新しい山を目にして、頂上を目指して進み
見えないアイテムをゲットして、次の山を目指すのみ。。。

そんなことの繰り返しが、私を強くしていってます。

・・・・やるせないのだけれど、
こんな生き方ばかり望む魂なのだから、
まぁ しかたがないのかもね。

ツライ事があっても、山を登ってください。
自分だけがツライと思わないでください。

大変な想いは、人の数ほど転がっていて
そこに少しの想像力を広げて観ていけたなら
自分にも周囲にも優しくなれるし、助け合える相手とまた巡り合えるはず。
きっとあなたにもできるでしょう。

・・・すみません。
今日は私信がまじっています。

伝わってくれるといいな。

2015狭井神社4

今回も神水「くすり水」を頂きました。

さて、大物主さん・荒魂の眷属さんたちにご挨拶にいってこよう!
・・・と気合が入ります。

2015狭井神社5

2015狭井神社6

登りながら
話しかけていました。

誰と対話していたんだろう・・・

それは、人の姿を借りていた、神様たちです。

2015狭井神社7

市杵嶋姫弁天社

あぁ・・・ここにも小さな水の都ベネチアを見つけました。
小さかった鯉の集団が、大きな鯉に成長を遂げていました。

こんな変化を確認できるのも
たまに訪れたときの大きな喜びとなりますね。

2015狭井神社8

三輪山は、三島由紀夫さんも訪れて感銘を受けていたようです。

「清明」

彼が二文字で言い表していたように
まさに清清しさと明るい光に溢れた御神体なのです。


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  1. 2015/08/18(火) 22:44:05|
  2. 神社仏閣めぐり(奈良)

大和国一の宮 三輪明神 「大神神社」

2015大神神社1

前記事の続きです。

8/16(日) 三輪山周辺を歩きました。

まずは大直禰子神社(若宮社)を参拝して、
次に御神体の三輪山を拝む大神神社へとやってきました。

2015大神神社4

今回は、不思議なタイミングで
雨がポツポツ降ってきたりしていました。

桜井駅から降りたとたんにポツポツ
参道に入ってからさらにポツポツ
拝殿の前でも軽くポツポツ。

こんな調子で、どうも見られている感がハンパない
今回の三輪明神詣ででした。

前回 2010年3月に訪れた時のことを記事にしていました。

三輪明神 ~ part.1 大神神社 ~
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-85.html

だから今回は、文章を省きます。


帰ってきてから、かなり疲れてしまって
まだ頭がよく回らない感じです。

なかなか疲れが取れなくて、
今日はボーっと過ごしていました。

なんだろう・・この感じ。

軽くなるために、じわーっと今は圧し掛かる重さを受け入れているような感じ。
うまくいえませんが、なにか貰ってきたのでしょう。

2015大神神社2

2015大神神社3

夫婦岩。
とても仲良く寄り添っているように見えますね。

2015大神神社6

2015大神神社5

2015大神神社7

御神木の杉。
とても立派ですね。

三輪山の中にも、大きな杉をたくさん見ました。

2015大神神社8

宝珠を大切に抱いている巳さん
手水舎の水を見つめています。

蛇と巳、オロチと神

まるで合わせ鏡。

誰の心にも
蛇と巳、オロチと神 がいて
水=鏡は、私たちのほんとうの姿を映し出してくれます。

どちらも受けとめ、受け入れることで
私たちは神々と、再びひとつになれるのかも。

2015大神神社9

2015大神神社10

2015大神神社11

拝殿の奥に御神体へと通じる三つ鳥居があります。

宮司さんにお願いして、今回は近づかせて頂きました。

元旦の御神火まつりの時にだけ、三つ鳥居御簾を上げられるのだそうです。

「天下泰平」「五穀豊穣」を祈る大松明、新年の御神火を求める人々で
社頭はまさに日の海の壮観を呈すのだとか。。。

う~ん 見てみたいわ。

2015大神神社12

うさぎちゃんがいました。

2015大神神社13

因幡の白兎と出雲の神様は
ともに深い関係で繋がっていますから。。。

2015大神神社15

ワニもイルカちゃんも忘れないであげてください。。。


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  1. 2015/08/17(月) 23:44:10|
  2. 神社仏閣めぐり(奈良)

三輪山周辺  大直禰子神社(若宮社)

オオタタネコ神社1

8/16(日) 三輪山周辺を散策してきました。

この日はサラ・シャンティの清水正博オーナーと和子さんのご夫婦、
神戸住吉の鍼灸師上野さん、私、・・・・の4人で行く、大人の遠足でした。

オオタタネコ神社2

三輪山(三輪明神)周辺は、大和国の歴史が詰まった重要ポイントです。

とても一日ではまわりきれないけれど、
短い時間の中で、とても満足感に包まれた大人の日帰り遠足でした。

JR「三輪」駅から降りて、最初に訪れたのは
大直禰子神社(オオタタネコ神社)(若宮社)です。

「若宮社」が瑠璃色に包まれている・・・とても嬉しい気分に包まれる私です。

オオタタネコ神社3

御祭神=大直禰子・少彦名命・活玉依姫命

明治の廃仏毀釈までは大御輪寺と呼ばれた、三輪明神の神宮寺の一つ。

オオタタネコ神社4

大直禰子(大田田根子)は大物主神と活玉依姫の子孫にあたります。
古代豪族の三輪氏の祖先。

崇神天皇の時代に、疫病が蔓延しました。
そのとき、崇神天皇の夢の中に大物主が現れて、
「大直禰子に私を祭らせれば疫病は止む」という託宣がありました。

崇神天皇は現在の大阪府堺市あたりで大直禰子を見つけ出し
大神神社の神主として迎え入れたとされています。

オオタタネコ神社5


前回、三輪山の周辺を訪れたときは、2010年3月15日でした。
過去記事を見ていて、懐かしく想いました。

三輪明神 ~ part.3 久延彦神社・若宮社・山の辺の道 ~
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-87.html

2010年当時は、オオタタネコさんのことは、まだ、さほど興味は湧いていませんでした。
上記の記事の中でも、大直禰子神社(若宮社)に関しては、軽くスルーでした。

でも、ここ数年で、だんだんと「ホツマツタヱ」の内容を知っていくうちに
ホツマの編纂に関わっていた中心人物・オオタタネコって、いったいどんな人?
・・・と興味を持ち始めていきました。

国の重要な祭祀を任されるような優れた神官で
頭もそうとうキレル人物だったにちがいない。。。
いろいろと想像は膨らんでいきます。

なので、私の中では
タタネコさんを祀るこの場所が今回の一番のメインスポットのように感じていました。

今回、ここに来ることができて、とても嬉しく想います。

オオタタネコ神社6

とても丁寧にメンテナンスされている拝殿です。

オオタタネコ神社7

歓迎してくださっている感じ・・・伝わりますよね。
とても嬉しいですね。

ここで、私なりに密かに誓約を立てました。

難しいことでも、なんとかできる。

オオタタネコさん あなたが国家に示したように。
私も精一杯に見習っていきます。

オオタタネコ神社8

昨日は終戦70年の記念の日でした。
昨日は神戸護國神社で、誓ってきたのです。
「今日から新しいスタートにしていく」・・・って。

なんとかなる。
すべてはうまくいっている!

自然の流れでそうなっていくようです。
手を合わせていると、確かにそう想えました。

オオタタネコ神社9

御饌石について

オオタタネコ神社10

こちらが御饌石です。
周辺神社との関わりがたくさんありそうですね。

こちらの駒形さんの「ホツマツタゑ解読ガイド」・オオタタネコの系譜によると
http://gejirin.com/src/O/ootataneko.html
曽祖父・・・・ミケヌシ=(御供主・神饌主)
祖父・・・・オミケヌシ=(御供主・神饌主)
と、タタネコさんの家系は、
ご神火まつりで神饌を供える、とても重要な役割を担ってきたということだったんですね。
子供の名も、ミケモチ。

ということで、この磐座こそが、とっても重要なのでしょう。。。

ミケ・ミケ・ミケ・・・

ミケとネコ

昔、我が家にいた三毛猫ミィちゃんを思い出しました。

オオタタネコ神社11

オオタタネコの母神と伝えられている
鴨部美良姫(かもべのみらひめ)の御誕生所社。

オオタタネコ神社12

鴨部美良姫(かもべのみらひめ)の御誕生所には、磐座がひとつ置かれているだけ。
三輪山の磐座のひとつかな。

・・・・ということは、三輪山にはたくさんの数え切れない磐座が盛られている山だから
そこには、どれだけ無数の縄文神の御霊がお祀りされているのだろう・・・?
そう考えると、とても恐れ多い気持ちになります。

オオタタネコ神社13

ここのコマさんは可愛いなぁ♪
妖怪ウォッチのコマさんにちょっと似てるかも。

オオタタネコ神社14

じゃぁ、こっちはコマジロウかな。

奈良県桜井市=コマさんが流離うサクラニュータウンだったりして。。。


オオタタネコ神社15

オオタタネコ神社16

こちらが菩提樹。
本殿の後ろにひっそりと佇んでいます。

おじいちゃん・おばあちゃん的な
何でも知ってて、いろいろ見てきた主のような貫禄ですね。

オオタタネコ神社17

池があって、鯉がいました。

オオタタネコ神社18

睡蓮の花も咲いています。

オオタタネコ神社19

二種類の色の睡蓮。

オオタタネコ神社20

そんな水辺のそばには、
火難除の守護神・琴平社が祀られています。

琴平社の御祭神=大物主神

琴平って、金刀比羅・金毘羅さん。

オオタタネコ神社21

臼のなかに、生まれたての可愛い金魚の子供たちが泳いでいました。
メダカかなと想ってみていたら、とても綺麗な茜色だっんです。

大きく育つと良いですね。

オオタタネコ神社22

御神木の「おだまき杉」

幹から伐られています。
でも、すごくパワフルな氣を放っています。

三輪山周辺は大きな杉があちこちに祀られています。

オオタタネコ神社23

大直禰子神社(若宮社)を後にして、
大神神社(おおみわじんじゃ)の入り口へと歩いていきました。

外壁が縄文ちっくな民家が並んでいます。
三輪明神に関わる商店もたくさんあります。

オオタタネコ神社24

ここで、上野さんおススメの
「三輪の神糸」素麺を頂けるお店に行ってみました。

オオタタネコ神社25

夏に美味しい三輪素麺です。

オオタタネコ神社26

二種類の素麺があって、注文する時に迷いました。
こちらはふつうの素麺よりも長いタイプの素麺です。

美味しかった~。
夏には毎年、三輪素麺をよく食べているけれど
現地で食べると、なおさらに美味しいです。

とっても満足です。


ランチタイムで楽しいひと時を過ごして
いざ三輪明神へ。

オオタタネコ神社27

久しぶりの大神神社です。

この後、御神体の三輪山にも登りました。



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  1. 2015/08/17(月) 00:36:55|
  2. 神社仏閣めぐり(奈良)

終戦70年 神戸護國神社へ

神戸護国神社1

早朝8時に、灘区の神戸護國神社へ参拝いたしました。

今日は終戦記念日です。

神戸護国神社2

兵庫県東部ゆかりの英霊さん53,257柱をお祀されています。

明治以降、兵庫会下山に祭庭を設けて英霊さんたちの招魂祭が行われていましたが、
昭和16年、灘区王子町に社殿が造営され、内務大臣指定護国神社となりました。

神戸護国神社3

山口組総本部の近くとあって、
なんとなく地元民の皆様にも倦厭されがちな神戸護國神社。。。

そのせいか、普段でも参拝者は少ない場所です。

人はいろいろな顔をもっていて
纏うペルソナも様々あると思います。

政治家の中の人
暴力団の中の人
宗教家の中の人

世間の表面的な評価しか、ふだんは見えてこないけれど
中の人も、いろいろだと想うから、単純に人ククリにはできないかも。。。

侵略者も、支配者も、迫害難民も、被災者も
加害者と被害者はくるくる立場は入れ替わり
みんなヤヌスの鏡のような多面体の自分で生きていて
それぞれに彩色豊かな人生経験を積み上げてきたのではないのか・・・?
・・・と私は考えたりします。

戦争だって、同じことが言える気がする。。。
過去の戦犯と呼ばれた人物は、どんな人に生まれ変わっているのかな。
亡くなった人たちは・・・

ただ、私はこちらの英霊さん53,257柱と靖国に帰る英霊さんたちと
ともに手をとり、新しい地上での往き方を、
ともに見つめて生きたいと想い今日はここに来ています。

( -人-)合掌。。。

神戸護国神社4

皇太子御一家の記念樹も、仲良く寄り添って植えられています。

皇太子様のアズサ
雅子様のハマナス
愛子様のゴヨウツツジ

仲良く三位一体。
すくすく大きくなっています。

神戸護国神社5

神戸護國神社の境内とその周辺は桜の名所となっていますが
境内の桜の枝に、オレンジ色のきのこがビッシリ生えていました。

さるのこしかけ?
たくさん生えてて、ちょっとびっくり。w(*・o・*)w

神戸護国神社6

神戸護国神社7

夏の花も、もうすぐ終わりに近づいています。

だんだん朝晩、
秋の気配を感じられるようになって来ました。

神戸護国神社8

マリーゴールドも、半分くらいは枯れていて
この夏の猛暑の厳しさを語っています。

あたらしい種が出来始めているのかな。

神戸護国神社9

神戸護国神社10

この花も、ちょっと桜に似ていますね。
なんていう名前なのか、知らないけれど
地味ながら神社の公園を彩っていました。

さて
明日からは、また新しいスタートです。





テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2015/08/15(土) 12:22:47|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

慈雨〜神聖なる恵みを求む旅の途上にて〜/小笠原貞宗さん

慈雨〜神聖なる恵みを求む旅の途上にて〜/小笠原貞宗



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《作曲者からのメッセージ》

 今から20年以上も前の、平成5年4月発刊の「理性のゆらぎ」(青山圭秀)は、
科学と超常現象、神と信仰、精神世界と瞑想、
あるいは、運命と予言、といったテーマを扱った、深くて読み易い清々しい印象の本だった。
精神世界を追求する人の多くが著者の人柄に魅了され、
知的で親しみやすい語り口に引き込まれ、多くの読者を虜にしたベストセラーだった。

翌年、平成6年3月には「アガスティアの葉」、さらに同年10月には「真実のサイババ」が次々に刊行され話題をさらった。

私自身も例外ではなかった。
関心を持ち続けている分野なので、新刊情報で知ると、まさに跳ぶ様にして書店に向かったものだった。

これらの著作で青山氏は、インドの聖者「サイババ」についても、まことに興味深いエピソードを披露していた。

それらは常識的にあり得ない不思議な話の連続であり、科学を超えた次元の話であり、
読者の中のある特定の感性を非常に心地よく刺激した文章だった。
これら奇跡と言われる現象について、当時も今も、否定する気持ちにはなれない。
もっとはっきり言うと、ある一定のレベルを突破すると、
ああいう不思議な現象も起きるに違いないと信じているのである。

平成6年の末ごろにはすっかり「サイババ」の信奉者予備軍になっていた私は、
サイババの講和「ブリンダヴァンの慈雨」を、ほとんどよく分からないながらも、一心に読み進めていたのだった。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%85%88%E9%9B%A8-1990%E5%B9%B4-%E3%82%B5%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%A4-%E3%82%B5%E3%82%A4-%E3%83%90%E3%83%90/dp/4916138651/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1438690085&sr=1-1&keywords=%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3

 一方、ちょうどその頃、平成5〜6年にかけて、九州在住のHさんという(当時60歳代)
不思議な霊能力に恵まれた男性と出会うことになった。
この方は、一面識もない人であっても、その人の名前を見たり、あるいは聴いたりしただけで、
人柄、運命、罹患する病気などを全て当てて見せることが出来るという、信じ難いことをやってのけた。
その信憑性については、この私が証人になる。
当の私自身についても唯一の持病を当てられ、その持病が20数年後にどうなるのかまで予言され、
驚いたことにその通りになった。友人・知人についても、今思えば、全て百発百中であったことに驚く。

 その不思議なHさんが私に向かって、
「あんたは音楽家やろ。仏さんが、あんたにはニ長調がええよ、と言ってますがな。」と笑顔で仰ったのだ。

「私が、ニ長調?」

その意味するところは、未だに不明だが、深く記憶に残る言葉であった。

 サイババの講話集「ブリンダヴァンの慈雨」を読み終えた私は、あるイメージ、ヴィジョンを頭の中に描き始めていた。
それは、心の激しく求めていたものが、最後には遂に与えられるという、神の恩寵のイメージだった。

 サイババの講話から「慈雨」と言う言葉を拝借してタイトルとし、ピアノ曲を作曲しようという気になったのは、
まさにそのような時である。その時、九州のHさんが言う「ニ長調」を基調とする音楽にしようと思い立ったのだ。

聴いて頂ければ分かるが、この曲には完全5度上に向かう音型が繰り返し出てくる。
それは、完全5度が90度の角度を表し、しかも5度上に向かうというのは、天に祈る人間の姿の音化なのである。
そして、遂に恵みの雨、慈雨が天から降り注ぐ・・・・・。

 ここでは詳しくは述べないが、この曲の作曲を終えた平成7年正月直後、
ある不思議な出会いと出来事が私の身に起こったのだった。

(平成27年8月4日記す)


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小笠原貞宗さんが新しい曲をYouTubeにupしてくださいました。

サイババさんが出てくる「理性のゆらぎ」(青山圭秀)さんの本が
実はいま、私の部屋の本棚にもあったりします。

私の周囲には、インド繋がりの人たちがとても多くて、
例えば、現在、上司にあたるサラ・シャンティ清水正博オーナーも
サイババの物質化現象を目の当たりにしたひとりだったりします。

ガネーシャ象がミルクを飲むとか
床にアムリタが湧いてくるとか・・・
目の前で見せられ、生き方に多大な影響を与えられたそうな。。。

それから最近、神智学の神尾学先生と繋がったことで
ますますインド関連・サイババ関連の繋がりが増えてきているという
面白い展開が起こっています。
私も、そこに巻き込まれちゃっているんです。
それでいま、読んでみて・・・と清水オーナーに薦められて
「理性のゆらぎ」(青山圭秀)さんの本が、私の本棚に並んでいるのでした。

私個人にも、面白いサイババさん繋がりがありました。
私は、金属アレルギーになってから、金目のアクセサリーや
ケミカル系の化粧品などを、一切使わなくなったのですが、
それらを排除しても、生活に支障をきたすくらい、アレルギーに悩まされていた時期がありました。
その時、完治に導いてくれた医師も、何度もサイババに会いにインドに行っている人でした。
京都市伏見区の内科医・堀田医師です。
統合医療の、不思議な治療をする先生です。

サイババさん関連の人々には、何度となく助けられています。
生き方に気付きを与えてくださる人たちです。
ほんとうに、これまでとても不思議なご縁を感じる出会いが多かった気がします。


小笠原貞宗さんの「慈雨〜神聖なる恵みを求む旅の途上にて〜」を聴いて・・・

なんて素敵な曲なんだろう・・・と、ウルウルする一方で、
こんなにも興味深いエピソードの中から生まれた曲だったんだ・・・と知り、ますます魅力的に感じました。

ほんとうに、人と人との出逢いって、不思議と神秘に満ちていますね。

ぜひ、多くの皆様にも、小笠原さんの曲をお勧めしたいと思いました。

2011夏出雲大社12



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  1. 2015/08/05(水) 08:40:23|
  2. 未分類

ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ

トホカミヱヒタメweb用

とほかみゑひため  トホカミヱヒタメ  tohokamiwehitame

天元神。八元神。

天のサコクシロの元座に在る『ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ』の八神。
中御座 (北極星) を中心にした八方にトホカミヱヒタメの天元神が位置する。
したがってトホカミヱヒタメは、それぞれが神の名であると同時に、八つの方位を表す言葉としても使われる。
八方八下りの御子の元祖。

ト:南  ホ:東北  カ:西  ミ:東南  ヱ:北  ヒ:西南  タ:東  メ:西北

アメノミヲヤの「初の一息」は天元神を生む。
天元神のエネルギーは陽と陰に分離し、さらに陽は空・風・火、陰は水・埴に分れる。
水・埴は地球をつくる。陽の核は日となり、陰の核は月となる。
天元神は歳徳タマメを生み、タマメをして「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」の五座の神を生む。
空・風・火・水・埴の5つが交わって、地球に初めて人 (ミナカヌシ) が生まれる。
ミナカヌシは地球の八方に万子を生むが、
天元神もミナカヌシの子として地上に肉体を持ち、
『ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ』の八国 を創る。

『ヱの尊』と『トの尊』は日本に生まれ、はじめ『ヱの尊』がヲウミの中央政府を治め、
『トの尊』はトシタ国 (ホツマ) を治める。以後『ヱの尊』と『トの尊』の尊は交代で世を継ぐ。
天に帰って、ミナカヌシと天元神は星とされる (九星)。

天元神は人の霊の緒を下し、それで魂と魄と結び合せて、世における人の寿命を得さしめる (天つ政)。



「ほつまつたゑ 解読ガイド」さんより 引用
http://gejirin.com/gsrc/to/tohokamiwehitame.html


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久しぶりにイラストをUPしてみました。
とうとう宇宙へと飛び出してしまいました。

いろいろとイメージが湧いてきていて、
描きたい気持ちがあるのですが
現在、多忙で、なかなか作業が進みません。

元々の8神のように、8人の自分がいて
それぞれに好きなことを出来ていたらいいのになぁ~・・・などと想ってみたりして。。。
すでに、あちらの世界では、そうなっているのかもしれませんね。

宇宙はファンタジーに満ちている、はず。






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  1. 2015/08/04(火) 20:56:59|
  2. イラスト

磯良神社(いそらじんじゃ)・疣水神社(いぼみずじんじゃ)

肬水7

・・・・そうそう、大事な場所を忘れていました。

疣水2

今回のニギハヤヒ旅では、
3つの新屋坐天照御魂神社(にいやにますあまてるみたまじんじゃ)に参拝しましたが、

・新屋坐天照御魂神社 (大阪府茨木市西福井) - 旧郷社
・新屋坐天照御魂神社 (大阪府茨木市宿久庄) - 旧村社
・新屋坐天照御魂神社 (大阪府茨木市西河原) - 旧村社

もともとその新屋坐天照御魂神社の旧境内であり、
そこから分かれて鎮座された、
磯良神社(いそらじんじゃ)
またの名を疣水神社(いぼみずじんじゃ)にも参拝してきました。

肬水1

3+1

もともとは、,みんな
ひとつだったということです。

この磯良神社(疣水神社)は、
寛文9年(1669年)3月に新屋神社が西北隅に遷座されて分かれたようです。

肬水3

主祭神は、磯良大神 

境内社に
住吉神社 - 底筒男命・中筒男命・表筒男命、息長足姫命
桜姫稲荷神社 - 宇賀御魂神


井保桜(いぼさくら)と呼ばれる、大きな桜の木も祀られていたようです。
もう枯れてしまったそうですが・・・

肬水4

ここも、安威川水系の用水に関わる氏族、
三島溝咋耳一族の重要拠点だったのかもしれませんね。

肬水5

疣水とは・・・

疣(いぼ)を取るのに神験ありとの信仰から
疣水神社(いぼみずじんじゃ)と呼ばれるようになったようです。

疣は、イボ。
姫路の「揖保の糸」「揖保川」とも繋がりがふかいのでは?
そんな話も出てきて、イボのこと、もっと知りたいと思うようになりました。

『摂津志』に「玉の井」、『摂津名所図会』に「便の水」と記された諸病平癒に霊験あらたかな神水。

肬水6

肬水8

霊験あらたかな神水が汲める場所です。

肬水9

「玉の井」の祠。

水玉模様のような
たくさんの玉響がゆらゆら~。

肬水10

肬水11

肬水12

にわか雨と、雨上がりの日差しの洗礼を受けたのも
もっと水・大地・風・空・太陽に注目しなさいと
云われているような気がしました。

暑い夏がまだまだ続いていきますが、
それこそが、お水の有り難味を
実感できるときなのだと感じました。

今日も水の神様、
ありがとうございます。







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  1. 2015/08/01(土) 16:07:49|
  2. ニギハヤヒの軌跡旅

溝咋神社(みぞくいじんじゃ)

溝咋神社1

関西ホツマ・メンバーと行くニギハヤヒを訪ねる旅part.4 続きでございます。

今回も、一度にたくさんの場所を巡って
そのつど、いろいろな気付きがありました。

すぐに忘れてしまいそうなこともあり
ここには自分の記録用として記事に残しています。
皆さんのなにかのお役にも立てるのであれば、幸いに想います。

溝咋神社2

こちらは、7/30、最後に参拝した溝咋神社(みぞくいじんじゃ)です。

雨上がりの参道で、ここでも樹木がキラキラと光っていました。
参道を歩いているだけで、目の保養にもなって癒されます。

いい場所だなぁ~。

溝咋神社3

鳥居の横の灯篭さんには、が模してありました。

ちょっと珍しいと想いませんか。
鳥居の前に立つ私たちを映す、三面鏡みたいな感じで配置されています。
心を清くして真っ直ぐに進んでいきなさい、ということでしょうか。

実は「暁の御鏡」が奉られているということで
社伝の記載によると、阿保親王による雨乞いの際の鏡であったと伝えられています。
中国の漢の時代に作られたもので、青銅製二神二獣鏡。

溝咋神社4

大きくて立派な神社です。

溝咋神社5

溝咋神社(みぞくいじんじゃ)は、大阪府茨木市にある神社。
式内社で、旧社格は府社です。

所在地は、大阪府茨木市五十鈴町9-21

五十鈴町・・・伊勢五十鈴川をどうしても思い起こします。

根っこが地中に張れないのか、幹が面白いかたちに成長している御神木。
縄文土偶みたいな風貌で、まるで大地の女神のようですね。

写真では伝えきれませんが
とても大きいんです。 w(*・o・*)w

溝咋神社6

この木も根元が豊かな大地を創っているようで良い感じ。
見どころいっぱいの溝咋神社です。

樹木の形状、その他 植物や昆虫たちを眺めていると
とても暖かな姫神の気配をどうしても感じてしまうのであります。

溝咋神社7

主祭神
・玉櫛媛命 (たまくしひめのみこと) - 五十鈴媛命の母
・媛蹈鞴五十鈴媛命 (ひめたたらいすずひめのみこと) - 神武天皇皇后


相殿神
・溝咋耳命 (みぞくいみみのみこと) - 五十鈴媛命の祖父
・天日方奇日方命 (あめのひかたくしひかたのみこと) - 五十鈴媛命の兄
・速素盞鳴尊 (すさのおのみこと) - 五十鈴媛命の祖
・天児屋根命 (あめのこやねのみこと) - 藤原氏祖


溝咋神社8

鬼瓦がたくさんあって、やたら拝殿の屋根が充実しています。

そういえば、愛媛に行ったときも
やたらと鬼瓦をたくさん見かけたなぁ。。。

溝咋神社9

溝咋神社10

溝咋神社11

溝咋神社12

摂社
事代主神社 祭神:事代主命、
軻遇突知神、奥津彦神、奥津比賣神、弥都波能賣神、波邇夜須毘古神、波邇夜須毘賣神


事代主命は玉櫛媛命の夫神。
明治時代に目垣村の祭神が合祀された。

溝咋神社13

末社
天照皇大神社 - 祭神:天照皇大神、猿田彦神、応神天皇
保食神社 - 祭神:保食神
手力雄神社 - 祭神:手力雄神
木花開耶姫命社 - 祭神:木花開耶姫神、級長戸辺神、市杵嶋姫命、菅原道真


溝咋神社14

創建は不詳。
社伝では、第10代崇神天皇の頃に創建。

三島溝咋耳一族を祀っていて、
『古事記』『日本書紀』の諸伝承との関係が指摘されているそうです。

『古事記』神武天皇段では、
大物主神が勢夜陀多良比売(玉櫛媛)を見染め、丹塗矢に化して比売の陰部を突く。
そして比売は驚いたが、その矢を床に置いたところたちまち壮夫となり、
比売との間に富登多多良伊須須岐比売命(媛蹈鞴五十鈴媛命)が生まれたという。

『日本書紀』神代巻では、
媛蹈鞴五十鈴媛命が大三輪神の子と記すとともに、
事代主神が八尋熊鰐となって三島溝樴姫(玉櫛媛)のもとに通い、
生まれた媛蹈鞴五十鈴媛命が神武天皇の后になったと記す。

『日本書紀』神武天皇即位前庚申年8月16日条にも同様の記載があり、
ここでは玉櫛媛は三島溝橛耳(溝咋耳命)の娘と記されているようです。


境内社には、大物主神でなく事代主神が祀られています。
事代主を奉祀する鴨氏と、三島勢力との交流が指摘され
周辺には三島鴨神社・鴨神社といった神社や、鴨村・鴨林といった地名が残り
鴨氏の勢力がうかがわれています。

三島溝咋耳一族の実態については明らかでなく、
三島県主との関係を指摘する説はあるが定かではない。

溝は「水」を象徴し、耳は「長」を表すことから、
安威川水系の用水に関わる氏族と考えられる。

・・・・ということですが、
三島といえば、最近、カタカムナ関係でご活躍の先生方と交流していてふと、気がつきました。

・伊豆の三嶋大社
・高槻の三島鴨神社
・愛媛県今治・大三島の大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)

みんな三島で、コノハナサクヤ姫の父・大山積神を奉っています。
カタカムナ関係で親しく交流させていただいている先生方の縁の場所。
この三箇所の三島の神社はほとんど等間隔でほぼ一直線に繋がります。

・・・・だから、今治・大三島の大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)の周辺に多い
鬼瓦が、ここにも配されているのかな・・・と想いました。

ホツマではトノオシテ、フトマニでは占いなど
縄文の精神性と宇宙哲学が伝えられています。

カタカムナにも、そのエッセンスは48思念で紐解くことが出来ますが
カタカムナは、主に縄文の潜象科学・量子物理学の世界を広げてくれています。
その叡智は当時の土地の開拓にも発揮されてきたのかもしれません。

ホツマ・フトマニ・カタカムナとの関連は、
あくまでも私の推測で、こじ付けなのですが
なきにしあらず・・・な、気がしてきませんか。

大きな岩座の配置ひとつとっても、現代の人間業では與せないですよね。
現代の人間の感覚では、ピラミッドの山を作ることは容易ではなく
その石組みの創造だって、どんな作業で行われたのか想像が追いつかないですもん。。。

ニギハヤヒの降臨伝説や三本の矢などのお話も
宇宙的視野で物事をみていかないと、掴んでいけない部分もある気がします。

いま、空間エネルギーやフリーエネルギー、
静電三法などの縄文テクノロジーが出てきているのも
その取り掛かりはカタカムナにも繋がっていきますし

ホツマとカタカムナが手を繋いでいくことで
明らかになることって大きいのではないかと想像します。

柔軟なあたまで考えていこうよ。。。と想うのであります。。。

ニギハヤヒ旅

ずいぶん深いところまで嵌ってきてしまいましたね~。

これからどうなるのかな。

溝咋神社15

溝咋神社16

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  1. 2015/08/01(土) 08:57:40|
  2. ニギハヤヒの軌跡旅
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