瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

ヒルコ姫(ワカ姫) 恵那・阿智への御成り

ワカ姫1


12/3(木)~12/4(金)

伊勢神宮神代文字奉納文・保存会代表の大下伸悦先生、
金沢の櫻井さん、駒ヶ根の史郎さんとともに、
岐阜・長野の旅に出かけてきました。

南木曾~中津川~恵那~阿智~駒ヶ根

その土地は、ヒルコ姫(ワカ姫)を産んだイザナギさんとイザナミさんの縁の土地(恵那山)であり、
また、ヒルコ姫(ワカ姫)が恋して結ばれた君、アチヒコ(オモヒカネ)さん縁の土地(阿智村)でもあるのです。


こちらは、ホツマツタエによるヒルコ姫(ワカ姫)アチヒコ(オモヒカネ)さんの系譜です。
アチヒコ系譜
ホツマツタエ解読ガイドさんより引用)


今回の旅の記念に、、ワカ姫の恋のまわりうたを入れたイラストを創って、一緒に旅してきました。

キシイこそ 妻を身際に 琴の音の 床に吾君を 待つそ恋しき

ワカ姫2

今回の岐阜・長野の旅は、ヒルコ姫(ワカ姫)にとっては、
大切な両親(イザナギイザナミ)と、大切な夫君(アチヒコ(オモヒカネ)、子供たち(ウワハルたち)、
また、アチヒコ(オモヒカネ)さんを祖とする吾道家の子孫たちを訪ねていく、とても意味深い旅となりました。

一連の旅のレポートを纏めてみました。
ワカ姫さん・アチヒコさんと御縁のある皆様の目に留まり、御覧になっていただけたら幸いです♪

●恵那神社
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1534.html

●胞山で見つけた磐座神社
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1535.html

●天照大神の誕生伝説 恵那の血洗池
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1536.html

●阿智神社(あちじんじゃ) 前宮
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1537.html

●阿智神社(あちじんじゃ) 奥宮
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1538.html

●安布知神社(あふちじんじゃ)
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1539.html

●大御食神社(おおみけじんじゃ)
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1540.html

●駒ヶ根 大宮五十鈴神社
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1541.html

恵那神社4
恵那神社の両神イザナギ・イザナミの御神木

阿智神社奥宮15
阿智神社(奥宮)に祀られている、夫のアチヒコさん・息子のウワハルさんの磐座


オシテはんこ オシテはんこ八神

大御食神社・安布知神社の鎮座する場所では、八花鏡が出てきています。
その八花鏡を模して、イラストに入れる、お花の鏡のようなを造ってみました。

フトマ二の中心「ア・ウ・ワ」 と 「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の言霊を配した、オリジナルのヲシテ・サインです。
いろいろと試作してみるのは、とっても楽しいです。

これから使っていこうかな♪

あわうた扇子1

今回の岐阜・長野の旅が決まる前に、
なんとなく作ってみたくなって、試作してみたペアの扇です。

あわうた扇子2

あわうた扇子3

ヲシテ文字で「あわのうた」を入れてみました。

あわうた扇子5

そういえば、ヒルコ姫(ワカ姫)といえば、扇がトレードマークでもありました。。。

あわうた扇子6

このペアの扇も、今回の旅に持って行きました。

作っている時はまったく気がつかなかったけれど

今にして想えば・・・

私は、ヒルコ姫(ワカ姫)アチヒコ(オモイカネ)さんのための
捧げ物を作っていたということですね。

ヒルコ姫(ワカ姫)は、言霊の女神でありますが
もっと豊かな広い意味での創造の女神なのかもしれません。

私を幸せな気分にしてくれる女神であることは、間違いありません。

とっても、楽しいです。愉しんでいます♪

また一緒に旅に出かけたいな♪

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  1. 2015/12/08(火) 21:40:40|
  2. 女神の肖像

駒ヶ根 大宮五十鈴神社

大宮五十鈴神社1

12/4(金)
今回の一連の旅の最後に
長野県駒ヶ根市赤穂に鎮座する
大宮五十鈴神社に参拝いたしました。

大宮五十鈴神社2

さむい冬の、夕暮れの駒ヶ根。。。

この写真では写ってませんが、
雪が少しずつまた降りだしました。

長野の冬はやっぱりキビしぃんだなぁ。。。

大宮五十鈴神社3

こちらの水辺は、
伊勢の五十鈴川を模して造営されているのでしょうね。

小川の音が、とても耳に心地よかったです。
水音って、やっぱり心が洗われていきますね。

大宮五十鈴神社4

ヤマトタケが結ぶ、伊勢と出雲の神々の宮。
この神社の役割はとても重要な気がする。。。

大宮五十鈴神社5

さきほど訪れていた大御食神社のように
森に囲まれていて杉の木が高く茂り
小高い場所に社殿があります。

このあたりの特徴的な神社のスタイルみたいですね。

はじめての場所でも車で走っていると
あっ あの場所が気になる・・・というスポットが見つかります。

山に囲まれていると、ちょっと感覚も冴えてくるようです。

大宮五十鈴神社6

御祭神は・・・

・熱田大神
・天照大神
・建御名方命
・天児屋根命

以下は御由緒です。

応神天皇三十九年。御食津彦の子、瑞武彦が、尾張国熱田大神の分霊を勧請し創建。
同四十四年伊勢国五十鈴より、天照大神を、諏訪神社より建御名方命を、祀り伊鈴神社と称した。

のち明治40-41年上穂八社
(白山社・春日社・山王社・八剣社・白髭社・伊勢宮・八幡社・五十鈴社 )
を合祀して現社号に改称し、村社に列した。

↓こちらは大宮五十鈴神社のHPです。
http://isuzu.jinja.jp/
宮司さんのブログが素敵です。

大宮五十鈴神社7

ここも大御食神社と関連しています。

ヤマトタケの訪れたときの伝承が
ここでもちゃんと伝えられています。

最後に訪れて良かったぁ~と想えた場所でした。

大宮五十鈴神社8

熱田や名古屋の一宮にある
ヤマトタケ縁の場所もとても気になりますが、

ここにくると、
諏訪湖の周辺が気になってきますし、
さらにここに来る前日から、阿智村のあちこちを散策したためか
今度はアチヒコさんの末裔が移り住んでいた
戸隠まで行ってみたいな・・・と思うようになりました。

戸隠は、これまではまったく足が向くことが無かったのですが
これから動かされて行くような気がしています。

さて、どうなっていくのでしょうか。

大宮五十鈴神社9

いずれ機会があれば、また。。。

大宮五十鈴神社10

最後に訪れた場所なので、
だいぶ周辺が暗くなり始めていました。

大宮五十鈴神社11

神社の中心にボォ~~っと広がっている明かりが、
温かみがあって、ありがたいです。

大宮五十鈴神社12

知らなかった場所を訪れると、
これまで知らなかった自分にも出会えます。

今回の旅も、そんな感じでした。

大宮五十鈴神社13

これからやっていきたいことも
ここから見つけ出すことができました。

そこに協力しながらやっていける仲間もできました。

さぁ 気を引き締めていきまょう。

大宮五十鈴神社14

大下先生、櫻井さん、史郎さん
一緒に旅していただき、ありがとうございます。

そして、岐阜や長野の縄文の神様・・・

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。


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  1. 2015/12/08(火) 15:47:54|
  2. 神社仏閣めぐり(長野)

大御食神社(おおみけじんじゃ)

大御食1

12/4(金)
大下先生・櫻井さんとともに阿智村のアチヒコさんゆかりの神社を参拝しました。

そして、ここで史郎さんと合流しました。

ここからは、4人で
駒ヶ根の大御食神社(おおみけじんじゃ)を参拝しました。

大御食2

史郎さんのHP
「伊那の谷から古代が見える」

その内容に引き込まれ
阿智村や駒ヶ根周辺の土地がとても気になり、
今回の旅のきっかけをくださいました。

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こちらは、御蔭の杉です。
とても存在感のある御神木です。

大御食3

御蔭の杉

以下はwikiからの引用です。

「美しの杜社伝記」では以下のように伝えている。

建御名方命は国の巡りの時「奇(くしき)杉なり」とこの杉を愛で、
日本武尊はこの木の元で饗応を受け大いに悦び
「この杉はや、弥栄えて丈高し、奇び杉なりや。」と誉めた。
以来この杉を「御蔭の杉」というようになった。

神功皇后4年(204年)、御影杉が枯れたので
翌5年春、中枝の大虚に育った実生の杉の植継を行った。
斉衡3年(856年)5月 二代目御蔭杉が枯れたため 天安2年(858年)春 植継ぎが行われた。
現在の御蔭杉はこの三代目であるという。

ただし駒ヶ根市誌自然編では、樹齢300年としている。

大御食4

大御食神社の創建は、
当社蔵の「美しの杜社伝記」によると、

大足彦忍代別天皇の御代四十八年(よそじまりやとせ)、
御食彦御蔭の杉の木の下(もと)御安楽居(みやすらい)し
その仮宮を神の御殿(みあらか)に見立て、
日本武尊を祝い祀りて大御食ノ社(おおみけのやしろ)と御名を附け奉りき。


美しの杜(美女ヶ森)
とあり、日本武尊が当地に立ち寄った際に饗応した里長が「御食彦(みけつひこ)」の名を賜り、
後に日本武尊を祀った当社を創建したものという。
118年(景行天皇48年)の創建と伝わる。(神社明細帳では景行天皇51年。)

建御名方命が愛で、日本武尊が「奇び杉なりや」と誉めた古杉を御神木(御蔭の杉)としている。

(現在の木は三代目)
旧社格は 郷社で、現在の本殿建物は元治元年(1864)に建替えられたものである。

別名の「美しの杜」の名は、社伝記に、
「宮簀姫またの名は厳郎姫を迎えまつりて、
所の名を美しの杜と御名負はせまつる」とあることによる。

現在氏子らは「美女ヶ森(びじょうがもり)」と呼んでいる。

大御食5

御祭神は・・・

・日本武尊
景行天皇48年(118年)創祀。

・宮簀姫
応神天皇38年(307年)熱田ノ宮より草薙ノ剱の御霊代とともに迎えられた。

・八幡大神
相殿に祀られている。元慶三年(879)石清水八幡ノ宮より迎えられた。

大御食10

代々の宮司は、高皇産霊神ー思兼神に始まる神々の系譜に繋がるという。

日本武尊が東国平定の帰路に信濃国赤須の里へ滞在した。
そのとき赤須の里の長赤須彦は御影の杉のもとに仮宮を立て尊を饗した。
それにより赤須彦は日本武尊より御食津彦の名を賜った。

また日本武尊は赤須彦の娘・押姫を愛で、赤須の里に三夜滞在した。
(以来、赤須彦の子孫である神官宅を【采女邸(うねめやしき)】と呼ぶ。)

大御食8

ここは、ヤマトタケの物語が
ロマンいっぱいに広がっていく場所のようですね。

大御食6

ヤマトタケにとっては、この大御食神社は
東征での戦いの疲れが癒されていく・・・
そんな、心休まるひと時の場所だったのではないでしょうか。

私はそんな場所であったらいいなぁ・・と、ここに立って、感じていました。

大御食7

たくさんの境内社があります。

・御渡社  建御名方命・橘姫命・上古地主神(産土神)
・御継社  伊弉諾命・伊弉冉・天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神
・天神社  菅原道真
・伊雑社  天照大神
・稲荷社  豊受姫神
・秋葉社  迦具土神
・若宮社  佐賀喜霊神
・諏訪社  建御名方命
・御食津彦社  八意思兼尊・御食津彦・他
・植継社(植継大明神)  吾道赤須彦
・二木社(日本岐社)  天之御中主神・六孫王経基
・二木社の境内社  社宮司社
・神若衆社
・甲子社
・齊殿社
・清和荒神社

・山神社  大山祇神
・山の鼻社  建御名方命
・山の鼻社の境内社  金比羅社
・山神社
・利生稲荷社

・富士社  木花咲耶姫
・真澄神社  大山祇神


大御食9

大御食神社の神域
「美女ヶ森」です。 

=みめがもり

そう読み名をあてるほうが綺麗でふさわしいと
大下先生は仰っていました。

ここにも言霊百神がはたらいているのですね。

大御食11

曇っている日の夕方だったから、
森の美しさが伝えきれない・・・・

う~ん ちょっぴり残念です。

大御食12

晴れていたら、木漏れ日がキラキラしていて
イイ雰囲気だったでしょうね。

ぜひとも、そんなタイミングで、また行きたいと思います。

大御食13

大御食14

大御食15

近くを流れる小川の橋です。

大御食16

なんと。
ここに、ヤマトタケと、御食を捧げる押姫の姿が描かれていました。

とっても素敵です♪

もっともっと、長野を旅してみたくなります。


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  1. 2015/12/08(火) 14:36:16|
  2. 神社仏閣めぐり(長野)

安布知神社(あふちじんじゃ)

安布知神社1

12/4(金)
阿智神社(前宮)・阿智神社(奥宮)を参拝し
次に訪れたのは、
長野県下伊那郡阿智村にある
安布知神社(あふちじんじゃ)です。

安布知神社2

安布知神社3

参道には銀杏がたくさん落ちていました。

安布知神社4

お水もとても澄んでいて綺麗です。

安布知神社5

イチョウの葉が、宝珠のような雫を抱いています。

玉飾りが散りばめられている宝石箱みたいで、絵になるわぁ。。。

安布知神社6

武田信玄さんの火葬塚があるらしいです。
案内通りに行ってみたいな~と思いました。

なぜかというと、ヒルコ姫(ワカ姫)さん縁の地、
西宮市の越木岩神社に程近い六甲山麓にある鷲林寺境内には、
武田信玄と上杉謙信の末裔たちが移り住み、武田の供養塔を建立しているのです。

西宮のヒルコ姫(ワカ姫)と、
ここ阿智のアチヒコ(オモイカネ)を結ぶ、
武田家の末裔たちのその心情なども、
この旅ではちょっと気になるところです。

そんな話を大下先生と櫻井さんにお話していたら
私はあんまり興味ないなぁ~とのお答えが。。。

ここはひとつ
古事記(フルコトフミ)の言霊百神に
集中して進み給え・・・と。

きっと、そういうことなのでしょう。

大下先生によると、
やはりこの神社は、只モノではない感じの場所でした。

安布知神社7

拝殿を囲んでいる
かつて、御手植えされたであろう杉の御神木が
威厳を放ちながら存在しています。

ほんとうに圧巻でした。。。

安布知神社8

4~5本の杉が、
檜なのかな?

束になって成長していますが
根元を見ると、ひとつなのです。

不思議な成長の仕方をしている御神木です。

こんな樹木が、境内のあちこちにあって、どこを見ても圧巻なのです。

安布知神社9

安布知神社10

御祭神は、
天思兼命(オモイカネノミコト)・アチヒコさんです。
(配祀) 誉田別命 須佐男命

由緒によると、
仁徳天皇56年の創建で、
慶雲3年(706年)八幡大神を勧請とありますが、
もっともっと、古い感じです。

-------------

それと、なんと、つい最近・・・今年の9月27日に、
安布知神社本殿及び拝殿が長野県宝に指定されたそうです。

とても歴史の古い神社であることは間違いありません。
境内の社殿を見ても
ここの空気を感じていても、
それをひしひしと感じ取ることが出来ます。

安布知神社11

社伝によれば、
人皇16代仁徳天皇56年、この地の地主神が明灯山に夜光となって現われ、
山の枯木の元を掘れとのお告げにより掘ったところ、八花鏡を見いだし、
この鏡を御霊代として祠を建てて祭ったことが創建に繋がっているそうです。

↓以下も社伝の引用です。

天思兼命は、高天原最も知慮の優れた神として、古事記、日本書紀に記されているが、
平安時代の史書「先代旧事本紀」(せんだいくじほんぎ)に、
天思兼命とその子天表春命(あめのうわはるのみこと)は共に信濃國に天降り、
阿智祝部(あちのはふりべ=阿智の神事を司る神主)等の祖となったと記され、
古代の伊那谷西南部一帯を開拓した天孫系の神で、
昼神に鎮座する阿智神社の御祭神と同一で両社は古くより密接な関係があり、北信の戸隠神社とも因縁が深い。

またこの地は、古代東山道の阿智駅(あちのうまや)が置かれたところで
駅馬30頭をおいて険難な神坂峠に備えた阿智駅の守護神として当社は重要な位置を占めている。

慶雲3年(706年)八幡大神を勧請して相殿に祭り、
また天正3年(1573年)松尾城主小笠原信貴は
甲斐源氏の遠祖にゆかりの新羅明神を近江國三井寺から勧請して、
三間社流れ造り、間口18尺、奥行9尺の善美をつくした神殿を造営し、
天思兼命を主神に八幡神、新羅明神を相殿に奉斎し、日之御子大明神を明灯山に勧請した。

その後寛文11年(1771年)駒場上町の領主宮崎太郎左衛門公重により
規模様式共に天正のままの社殿を再建したのが現存する本殿で、
正面の金柱、欄間の彩色等造営当時の華麗さをしのぶことが出来る。

なお、拝殿は延宝3年(1575年)神主林杢太夫の建立で、
境内のヒイラギ、サカキと共に村指定の文化財である。

また江戸時代は徳川幕府から朱印領10石が寄進され、
慶安2年(1649年)徳川家光以来幕末まで9通の朱印状が現存する。

安布知神社12

ちょっと不思議な感覚ですが
九州の高千穂神社と、とても雰囲気がよく似ています。

高千穂周辺にも、
阿智祝部(あちのはふりべ=阿智の神事を司る神主)は
移り住んで祭祀を執り行なっていたんじゃないかな?
そんな気がしてなりません。

そこまでは、まだなにも検証できていないけれど。。。

安布知神社13

今宮八幡社

諏訪社・皇太神社・秋葉社・稲荷社・日之御子社・津島社、白鬚社・妙義社

たくさんの摂社・末社が存在しています。

安布知神社14

安布知神社15

ど真ん中に八幡大神。
縄文神と融合して
古代には、やはりこの地に
大きな文化・文明圏が築き上げられていたんだな・・・と感じます。

それも知恵の神であるアチヒコ(オモイカネ)さんと
系譜の神々の御神徳なのかもしれませんね。

安布知神社16

安布知神社17

安布知神社18

安布知神社19

水神さんが祭られている場所も、
自然が織り成す宝石箱となっていました。

きっと、雪が降ったら、素敵だろうなぁ・・・♪

安布知神社20

安布知神社21

ちょっと変わった狛犬さん。。。

あれ?
犬じゃない・・・?

安布知神社22

オサルさんでしたね。

神社の後ろには、中央高速道が走っています。

現代文明の高速道は、日本列島の物流の大動脈です。

この安布知神社周辺も、太古の昔から
河川を使った交易から発展し、
人の流れや物資の流れを造って栄えてきたのかもしれません。

八花鏡は、
きっと、この周辺のあちこちに、
まだたくさん眠っているのかもしれませんね。

鏡が出てくる場所は
いつだって、気になってしまいます。

これから何を映し出して見せてくれるのだろうか・・・と。。。



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  1. 2015/12/08(火) 13:46:11|
  2. 神社仏閣めぐり(長野)

阿智神社(あちじんじゃ) 奥宮

阿智神社奥宮1

12/4(金)

阿智神社の奥宮へと向かいました。

所在地は、長野県下伊那郡阿智村です。

この日は、ほたん雪が風に乗って舞い落ちてくる、とてもさむい日でした。

中津川周辺では、車の中から眺めている山々や道路が、
みるみるうちに雪景色に変化していきました。

阿智神社奥宮に到着すると雪は止み
霧の中から、少しずつ太陽の光が射してきて、
光の中の温かさを肌で感じることが出来ました。

阿智神社奥宮2

篝薪神樂(かがりびかぐら)
吾道太神宮(あぢだいじんぐう)


降(くら)らま置久(おく)
科野乃洲(くに)はも
神颪(おろ)す
日霊(ひるめ)之火能神(ほのかみ)
生禮(あれ)ましし
八束(やつか)之金龍(わだつみ)
燎薪(にわび)古素(こそ)
山跡(やまと)に傳(のこ)す
八意野(やごころの)
吾道大社(あぢのおほみや)
太神宮(だいじんぐう)


反歌(かへりうた)


桐降留流。(きりふるる)
清清(すが)乃天浪(あまなみ)。
吹貴晴禮天(ふきはれて)。
日霊郷仁(ひるがみむらに)。
昇穂瑠太陽(のぼるおおかみ)。


平成参年 鎮月 祭日

御流神道 大阿閤梨
尽々法師 新宅大門 献詠


阿智神社奥宮3

御祭神は

・天八意思兼命
・天表春命

詳しくは、こちらの阿智神社・前宮の記事をご覧ください↓

阿智神社・前宮
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1537.html

阿智神社奥宮4
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延喜式内社 阿智神社奥宮

この丘陵は昼神に祭られている阿智神社の奥宮です。
昔から村人は「山王さま」と親しみをこめて呼び、
小丘を阿智族の祖天表春命の墳墓「河合の陵」と名づけて信仰を集めてきました。

丘の頂、玉垣に囲まれた巨石は磐座であると云われて きました。
このごろこの巨石を囲む遺構が発見され、いよいよ磐座であることが確かになりました。

磐座とは古代の祭祀場において神霊が降りてきて鎮座 したところです。
この地が阿智神社の祭神、八意思兼命 (天思兼命)・天表春命の鎮座地であるとともに、
全国の 総本社であることがうかがえます。

この二神は信濃国に天降って阿智の祝の祖となったことが
平安時代初期に編された「先代旧事本紀」に記さ れておりますし、
天思兼命は「古事記」「日本書紀」に高天原随一の知恵の神として登場しています。

平成二年十月

阿智村観光協会
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阿智神社奥宮5

石段を登って行くと・・・

広い森の中に、
ゆったりとした佇まいの拝殿がありました。

阿智神社奥宮6

阿智神社・奥宮です。

阿智神社奥宮7

阿智神社奥宮8

阿智神社奥宮9

とても清清しい空気に包まれて
何度も深呼吸していました。

拝殿に手を合わせ、
真横の丘を眺めると

和合しているふたつの樹のあいだから、
御陵の石段と鳥居が見えました。

こんな構図で拝めるなんて・・・

w(*・o・*)w

計算されているのか
予定調和なのか
連鎖調和なのか

自然の成せる技っていうのは、やっぱりスゴいんだなぁ・・・と思うのです。

阿智神社奥宮10

先ほどの、
ふたつの樹木のあいだから眺めていた
御陵へと続く石段と鳥居です。

阿智神社奥宮11

阿智神社奥宮12

阿智神社奥宮14

どっしりと、安定感のあるイワクラです。

神様がここへ降り立つのに、ちょうど良い感じの大きさに見えます。

阿智神社奥宮15

越木岩神社のイワクラなとど比べてみたら
とても小さく見えるけれど・・・

亀さんのようにどっしりと、
なかなかの存在感を放っているのです。

阿智神社奥宮18

「川合陵」と呼ばれるイラクラ。
・長さ 2m
・幅 1.5m
・高さ 1m余り

ここが古代祭祀の場所だと思ったら
たくさんのイメージが沸いてきました。

阿智神社奥宮19

丸く見える角も、
ちゃんと方角を示しているようです。

阿智神社奥宮13

太陽の光が届く森・・・
遥か太古の時代から、こんな感じだったのかな。。。

阿智神社奥宮16

雪交じりの風をうけて
ちょっとさむかったけれど、
森の木々に囲まれて、差し込む太陽の光に触れると
ほんとうに心が温かくなりました。

阿智神社奥宮17

ここから、阿智川のほとりを眺めることが出来ます。
阿智川は、昼神温泉へと続いています。

ヒルコ姫(ワカ姫)と一緒に訪れた、
アチヒコさん縁の、大切な場所。

とても素敵な場所でした。

ご縁をいただき、ありがとうございます。

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2015/12/08(火) 12:13:23|
  2. 神社仏閣めぐり(長野)

阿智神社(あちじんじゃ) 前宮

阿智神社1

12/4(金)

前日に引き続き
伊勢神宮神代文字奉納文・保存会の大下先生と、櫻井さんとともに
南木曾~中津川~恵那山周辺~阿智村~駒ヶ根 方面へ旅してきました。

阿智神社5

この日は、「阿智神社」と「阿智神社・奥宮」からのスタートとなりました。

まずは、阿智神社へ。

阿智神社2

阿智神社の御祭神は
-----------------------------
・天八意思兼命
思兼命。八意(ヤツココロ) 思兼命。  
タカキネの子。斎名:アチヒコ。贈名:阿智の神
ワカ姫(ヒルコ) の夫。タチカラヲ、ウワハル、シタハル、イキシニホの父。 
アマテルの左臣。またヒヨミ(日夜見) の臣。イサワ宮を建設する。
玉津宮にヲシカとして出向いた時、ワカ姫に見染められ結婚。 
アマテルがソサノヲの乱業を恐れ、結室に隠れて昼夜の区別がなくなったとき、
ヤスカワ宮から松明に駆けつけ、深慮の末、トコヨの踊り「ナガサキ」を公演する。 

・天表春命
天表春命。(ウワハル) 
ヤツココロ (オモイカネ) の子。シタハルの兄。
テルヒコと共にアスカへ下る。
阿智地方開拓の祖神という。

アチヒコ系譜

ホツマツタエ解読ガイド(http://gejirin.com)さんより引用しています)
-----------------------------
阿智神社3

・・・・ということで、
阿智の地名は、アチヒコ=オモイカネノミコトさんと
息子の天表春命(ウワハル)さんの名が由来となっているということです。

阿智神社4

そしてまた
アチヒコ(オモイカネ)・ウワハル親子は、
天照大神の岩戸開きでも活躍した神として、知られているのです。

この神がいなければ、岩戸は開かれなかったのですよね・・・

智恵の神でもあるアチヒコさん親子は、
古代・信州地方の開拓の神でもあったということで
なんだかまた、
すごい土地に来てしまったんだなぁぁ~・・・という思いで、いっぱいになりました。

阿智神社7

また、wikiによると・・・

岐阜県と長野県の県境に位置する神坂峠の長野県側の入口に当たる園原地区には、
日本天台宗の祖・伝教大師こと最澄が、東山道の神坂峠の急峻さに驚かれ、
広拯院というお助け小屋を作られた。
この縁で2005年(平成17年)に広拯院の跡地とされる「月見堂」が「信濃比叡根本中堂」として整備され、
本山の根本中堂から「不滅の法灯」が分霊されることとなった。
因みに、この広拯院の近くには、源氏物語の第2巻のタイトルにもなっている「帚木」の実物がある。
南北朝時代には、後醍醐天皇の孫と言われる尹良親王が浪合地区で戦死したとされる。

・・・と、ありました。

古代からの、近江のあたりとの交易関係も気になるところです。

阿智神社8

私の住む神戸~西宮周辺では、最近になり、
越木岩神社・境内の森において
イワクラの保存活動が巻き起こっていました。

2015年4月~5月頃から、
にわかに越木岩神社のイワクラが注目されだしていたのです。

その場所は、アチヒコ(オモイカネ)と結ばれた、
天照大神の妹・ヒルコ姫(ワカ姫)縁の場所なのです。

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関連記事はこちら↓

越木岩のワカ姫
ワカヒメ×オモイカネ
ワカヒメ

ワカ姫2

ぜひ、ヒルコ姫(ワカ姫)のことも、知ってください♪

阿智神社9

そんなこんなで私は、学生時代から
西宮の、越木岩神社や廣田神社、西宮神社の近辺で過ごしていたこともあり、
いつも、西宮に縁の、ホツマツタエに登場する、ふたりの姫
ワカヒメ・セオリツヒメを身近に感じつつ、
今回も感じつつ、
ヒルコ姫(ワカ姫)とともに、心を込めて
夫君のアチヒコ(オモイカネ)さんのところへ向かったのでした。

万感の想いの、阿智神社参拝です。

ちょっとドキドキ♪
心はハート形♪

神々と同調しながら
こんな想いで参拝するのもイイでしょう♪

阿智神社15

大下先生と櫻井さんは、
なにも伝えなくても、分かって下さっているのでした。

阿智神社12

阿智神社16

嬉しさいっぱいの
気分を高めながらの参拝となりました。

阿智神社13

阿智神社14

阿智神社11

阿智神社10

阿智神社17

本殿の裏手から水音がしていたので
ぐるりと廻ってみました。

阿智神社18

山の湧き水が豊富です。

阿智神社19

阿智神社20

阿智村の里山の風景です。

もうすぐ雪で真っ白になるのかな。
この日は、雪や雨がぱらついたかと思うと、
急に雲間から太陽が出てきて眩しく照らしてくれたりと
猫の目のように天候がグルングルンと変化していきました。

アチヒコさん、ウワハルさん親子は、
この場所に立って、民の生活を豊かにし
国も豊かに発展させていったのですよね。

私たちも、また新しい時代の巡りとともに
古代に、ここに、同じ位置に立って国を見つめていたご先祖様とともに
新しい国造りに、再び尽力していきましょう・・・

そんな思いを、この日も
ひとつに出来ていたのだと思います。

阿智神社21

この赤く染まったモミジを見ていると、
ヒルコ姫(ワカ姫)さんと、アチヒコ(オモイカネ)さんの
心模様を映しているのかもしれない・・・と感じました。

阿智神社22

阿智村は、私が思っていた以上に、
深い歴史を讃えている、とても素敵なところでした。

阿智神社23

阿智神社のすぐ近くには、温泉があります。

その名は「昼神」温泉

昼神って・・・ ヒルコ姫(ワカ姫)さんですよね  \(◎o◎)/!

阿智神社24

「昼神温泉」は、
1973年に、トンネル掘鑿によって発見された歴史の浅い温泉と認識されているようです。
江戸時代中期にあたる250年前頃にも、この一帯で温泉が湧出したというお話もあります。

アチヒコさんとヒルコ姫は、
ずっと一緒に、ここにいたんだ~♪


とても嬉しくなりました。

長野の阿智~駒ヶ根周辺は、日本本土の中心です。

中津川・阿智川・恵那峡一帯の大きな河川は
古代からとても賑わっていて文化文明が栄えた土地なんだと感じました。

もっともっと、アチヒコ(オモイカネ)さんと、ワカ姫(ヒルコ姫)の夫婦神のことを
この土地の皆さんに、日本中の皆さんに、広く知ってほしいな・・・と思いました。

この場所は、再びまた、発展していくのですから。

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  1. 2015/12/08(火) 10:56:39|
  2. 神社仏閣めぐり(長野)

天照大神の誕生伝説 恵那の血洗池

血洗之池1

12/3(木)
伊勢神宮神代文字奉納文・保存会の大下先生と、櫻井さんとともに
岐阜県中津川市の恵那神社に参拝いたしました。

血洗之池2

恵那神社は、恵那山の麓にある神社です。

恵那山を御神体として
縄文時代から祖霊信仰がとても篤い土地だったようです。

それは実際に自分の足で歩いてみて、よく判りました。
とても空気が澄んだ心地良い場所でした。

恵那山は、イザナギとイザナミの子である、
アマテル神の胞衣(えな=へその緒)を納めた場所とされています。

イサナミがアマテル神を出産した際に
胞衣を洗い清めた池「血洗池」が
恵那山麓の少し離れた場所に存在するということで
今回は、そちらに皆で向かいました。

血洗之池3

石碑が建っていました。
こちらも、とても目立たない場所にありますが
思わず足を止めたくなる感じです。
このあたり一帯は、そんな空気に包まれています。

血洗之池4

安岐明神御由緒と旧跡血洗池、腰掛岩の傅承

神代の或る御神 (伊装册命) 御子 (天照大神) を産み給ひ
その御胞衣 (胎児を包んでいる膜と胎盤) を洗いしに池の水赤くにぞなりけり。
血洗の池と呼名され、胞衣えなは恵那嶽に納む。
胞山の名これより起る。

我国に漢字移入以前の神代文字 (ホツマツタエ) の記録に判然として残る。
又日本名勝地誌、新撰美濃誌にも明らかなり。

産終わりて母神、岩に腰掛け、御心地爽にして、安らかにぞなり給い、
今よりこの処を安気野の里と名付けよと宣り給う。
和名抄に恵那六郷の内安岐郷はこの地に起因す。
後安気から安岐となり明治以降阿木となる。

住時は深さ五米広さ一ヘクタールの大池にして、
その周囲は古木うっそうと茂り幽邊の霊池たりしが、
宝永年間の大雨など度重なる水禍により土砂混入し、
昭和初期には一坪足らず小池となり何時しか埋没してその姿無し。

池の近くに安産を深謝して安気明神を祀る。
美濃国明神帳に恵那郡七社の内従四位上安気明神とあるは血洗神社是なり。
今天照大神、大山祇神を併せ祀る。

安産、育児、山林守護の神として霊験あらたかなること普く世人の尊崇する由縁なり。

壬申の乱 (672) の折 大海人皇子おゝあまのおうじ (天武天皇) は伊勢の大廟を拝し、
美濃地に入りて当社を遙拝して戦勝を祈願し給ふと云う。
今度改修されたる国道三六三号線は古くより東山道と三河路を結ぶ重要道路にして
俗に中馬街道とも呼ばれ明治中頃までは人馬かろうじて通る山路であり
亦式内恵那神社 (権現様) 詣での参道でもあった。
国道改修により社地の一部が道路敷地となりその代償を以て血洗神社本殿を奥深く遷座し奉り、
履舎を造営、腰掛岩の移築、血洗池の復原を育行し天皇在位六十年記念事業として之を建つ。

昭和六十一年五月三日  血洗神社氏子一同

血洗之池5

というわけで、ホツマツタエに語られている通り、
ここに確かに、アマテル神誕生の軌跡が存在していました。

古代からずっと大切に祭られてきた大切な場所なのです。

皇太子殿下御成婚のお祝いに植えられた記念樹が、
こんなにも大きく健やかに育っているのも
自然が織り成し私たちに見せてくださる、
これらのひとつの証であるように思います。

血洗之池6

記念樹の裏手が、血洗池です。

血洗之池7

いまは枯れかけているかのように見える池ですが
神代の頃は、豊かな水を湛えていた場所だったことでしょう。

血洗之池8

血洗之池9

この岩に、出産を終えたイザナミが、
生まれたばかりのアマテル神を抱いて座っていたのかな。。。

血洗之池10

そんな古代のロマンに心を寄せてみました。

血洗之池11

池のそばの、大きな樹木です。
この木の表面には、思わず惹かれてしまいました。

母体の胎盤と、赤ちゃんを繋いでいる臍の緒にそっくり。

w(*・o・*)w

そんなふうに思ったんですよね。。。

血洗之池12

大事なことは、いつも自然が教えてくれます。

今日もここでたくさんの自然に気付かされました。

血洗神社1

こちらは、血洗池のそばにある、血洗神社です。

血洗神社2

イサナミが、アマテル神を出産した時に
産穢を血洗池で洗い浄めたという伝説から生まれた神社で、
名の由来にもなっています。

血洗神社3

ヤマトタケが東征の帰途に、この地に訪れたという伝承もあるようです。
ここ、血洗池にも立ち寄られて、恵那大神(天照大神)を拝されていたようです。

血洗神社4

血洗神社5

ヤマトタケと同じ場所に立っているのか・・・と思うと、ちょっと胸が熱くなってきます。

彼はどんな気持ちで、ここに訪れたのかな。
いろいろなことを想像してしまいます。

血洗神社6

もちろん、当時はこのような御社ではなかったのかもしれないけれど
今でも、ちゃんと、地元の人たちが護ってくださっていることに、感激してしまいます。

血洗神社7

血洗神社8

血洗神社9

血洗神社10

ホツマツタエの印象的なストーリーは、
イザナギとイザナミが、ヒルコ姫(ワカ姫)を産んで、
その後、アマテル、ツキヨミ、ソサノオを産み
日本の国造りに尽力していきます。

ホツマツタエは、ヤマトタケの遺言で纏められたといわれますから、
この地は、その、最初と最後に関連している土地ということになります。

血洗神社11

心のどこかに大切な記憶として留めておきたい。
そう感じながら見て行きました。

血洗神社12

でも、どこかなつかしい気持ちにもさせられる土地です。

血洗神社13

ここにいるだけで、
どんどん魂の浄化が進んでいってるような
そんな不思議な感覚がありました。

血洗神社14

元亀年間の岩村城の戦では、武田勝頼の軍勢が
遠山子城を攻めて阿木周辺の神社仏閣は消失したようです。

血洗神社は龍泉寺と長楽寺を結ぶ龍泉寺道にあり、
修験道全盛期には、恵那神社や恵那山へ参拝する際に
身を清める湯屋が周囲に存在していたようです。

所々に、山神様が祀られていました。

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  1. 2015/12/07(月) 11:55:34|
  2. 神社仏閣めぐり(岐阜)

胞山で見つけた磐座神社

胞山1

中津川の恵那神社 (惠奈神社)から、恵那山麓の血洗池を訪ねて行きました。

血洗池は、
イサナミがアマテル神を産んだ時の

・恵那=胞衣(えな)は臍の緒と
・産穢(さんえ)=出産時に産児の父母の身にかかるという穢れを
洗い流した場所と伝えられているそうです。

のちに、ヤマトタケが東征の帰途にこの地に訪れました。
血洗池にも立ち寄られて、恵那大神(天照大神)を拝されていたようです。

・・・その、血洗池を訪れるために
恵那山周辺を走っていると
途中で何かが祭られている鳥居を見つけました。

胞山2

小さいながらも、存在感のある鳥居です。
奥に磐座が見え隠れしています。

w(*・o・*)w

気になったので、寄ってみよう~!ということになりました。

胞山3

「胞山」と記されています。

「胞山」も「恵那山」ということなのかな。

わざわざこんなに、わかりやすい字を当てられているということは・・・
この場所は、地元の方達にとっては、長年重要視されてきた証なのではないのかな?

胞山4

鳥居を潜ってすぐに出会ったのは
仲良くくっついて、ひとつに結ばれている樹木たちでした。

胞山5

檜と松の合体木。

とても大きい御神木です。 w(*・o・*)w

胞山6

注連縄は、麻で創られています。

とても大切にされているんですね。

胞山7

鳥居から、ちらちら見え隠れしていた磐座は
こんなに大きな磐座でした。

胞山8

磐座から、樹木がたくさん育っています。

胞山9

ここにも花崗岩がたくさん積み上げられていて
ピラミッド状の人工的な磐組みとなっていました。

胞山10

角度を変えてみて見ると・・・

カメさんでした。

胞山11

カメさんが見上げている先には・・・
さらに積み上げられている花崗岩ピラミッドです。

胞山12

足元は、フカフカの土。

胞山13

とても神秘的な空気に包まれていました。

胞山14

天辺には、小さな神殿がありました。

胞山15

恵那山周辺には、
見過ごすことができない通りすがりの場所に
気になるポイントがたくさんありました。

もっと歩いてみたくなります。

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  1. 2015/12/06(日) 09:04:43|
  2. 神社仏閣めぐり(岐阜)

恵那神社

恵那神社1

12/3(木)~12/4(金)
岐阜と長野へ行ってきました。

南木曾~中津川~恵那~駒ヶ根へ。

伊勢神宮神代文字奉納文・保存会代表の大下先生と、金沢の櫻井さんとともに。

最初に参拝したのは、岐阜県中津川市にある恵那神社でした。

恵那神社2

恵那神社は、恵那山の麓にある神社です。

恵那山が御神体です。
イザナギとイザナミの子、
アマテル神の胞衣(えな=へその緒)を納めた場所とされています。

胞衣を洗い清めた池が、恵那山麓の別の場所にあるということで
あとでそちらにも皆で向かいました。

恵那神社3

ということで、
主祭神は、
・天照大神
・伊邪那岐
・伊邪那美
です。

恵那神社4

とても大きな夫婦杉です。

岐阜県の天然記念物。
昭和41年9月14日に指定されたそうです。

左側・・・幹周り6.29 m・高さ47 m
右側・・・幹周り5.48m・高さ46 m

樹齢600年~800年と推定されていますが
これからもっともっと大きくなるんじゃないかな~。

ここに来る前は、雨が降っていました。

途中で重い雲の合間から、太陽の光が射したとき
キラキラして、より大きく見えました。

この夫婦杉は、イサナギとイサナミの両神そのものです。
真ん中に立っていると、
とても優しくあたたかいフィーリングに包まれて
胸がいっぱいになって震えました。

久しぶりに、涙がポロポロ・・・落ちてきました。 

(´;ω;`)ブワッ

こんな体験は久しぶりでした。

恵那神社5

大きな夫婦杉に対して、とても小さな祠です。
イサナギとイサナミ
両神の石像。

大きな本殿に対して、
とても控えめに前面に座している姿にも
ちょっと心を揺さぶられました。

ふたりは、こんなかたちで
アマテル神を護ってきたんだね。。。

両神の前に「鬼ころし」がお供えされていました。
このあたりでは有名なお酒なのかな。

恵那神社6

恵那神社7

拝殿は新しいですが、ここは恵那山が御神体の、
とても古い時代からの祖霊信仰が脈々と受け継がれてきた場所です。

肌に触れる気から、それを強く感じ取ることができます。

恵那神社8

大下先生からお誘いされなかったら、
とても独りでは来ることができなかったと思います。

櫻井さんといっしょだったから、
スムーズにたどり着くことができたのだと思います。

それも、自分としては、思いも寄らないかたちで
実現してしまいました。

いろいろと、タイミングってあるんだな・・・と感じます。

流れに素直に乗ることで、
見えてくることって大きいんだな・・・とも思います。

恵那神社9

とても心地良い場所です。

ずーっとここに居れたらいいのにな・・・
なんてことを思いつつ

しばし、樹木を眺めながら
ゆっくりと眺めて歩きました。

恵那神社10

恵那神社11

恵那神社12

こちらが御神体の恵那山を臨む遥拝所です。

恵那神社13

所どころ紅葉している恵那山。

ず~っと見ていたいような、心が安らぐ山です。

遠目で眺めているだけでも心地がいいです。

恵那神社14

恵那神社15

恵那神社16

恵那神社17

ありがとうございます。

素敵な場所にご縁ができて
とても嬉しいです。

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  1. 2015/12/05(土) 22:37:45|
  2. 神社仏閣めぐり(岐阜)