瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

大雲山 康國寺(こうこくじ)

康国寺3

年始に御挨拶してきた、実家近くのお寺さんの紹介と覚書です。

さすがに、どこへ行っても白いお馬さんを目にします。

白いペガサスみたいに、白い大きな羽を描きたくなるなぁ。。。

康国寺6

このお寺は、大雲山 康國寺(こうこくじ)

臨済宗妙心寺派のお寺です。

【住所】島根県平田市国富町1301
【本尊】釈尊牟尼如来
【開山】孤峰覚明(三光国師)
【開基】三沢康国

【由緒】康国寺は、山号を大雲山と号し、臨済宗妙心寺派に属する寺である。
臨済宗大雲山康国禅寺は、元享2年(1322)南北朝時代、孤峰覚明禅師(三光国師)の開闢の霊場であり、
大檀越三沢康国公の寄捨の地である。同寺の庭園は江戸時代末期の天保年間(1830-44)に、
松江藩7代藩主不昧公が江戸から連れ帰った庭師沢玄丹に施工させ、築庭された庭で、旅伏山麓にあり、
禅院特有の枯山水庭園で、借景に旅伏山を取り入れている。自然山水との調和の美しさは見る人を誘い、
この地方独特の松を配した様式手法は美的効果を一層高め、整然と置かれた飛石、
池に面した老松のたたずまいなど、山陰随一の名庭園と言われている。

【寺宝】聖徒妙麟/古文書/白隠禅師書

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「仏教総合情報サイト ブッダワールド」さんより
http://www.buddha-world.jp/



ここの庭園は本当に安来の「足立美術館」にも並ぶくらいに美しいのですが
お正月はさすがに拝観することはできませんでした。

そのうち紹介したいな・・・と思っています。
法事の時にでも、また撮影させていただきましょう。

元旦には、たくさんの檀家さん、参拝者さんがお参りされていました。

小さなお寺なのに、地元では、老若男女いろいろな人たちに人気のお寺です。
実際、とても居心地が良いんですよね。。。
私も子供の頃から家族に連れられてよくお参りしていました。

康国寺4

そんな感じで、実家は臨済宗。
出雲は厚い薬師信仰の聖地でもあります。

神戸に嫁いで浄土真宗となりましたが(神戸は浄土真宗さん多いですね)
いまだに、ほとんど馴染めていません。

ここにくると、生まれた土地が、私を作ってきているんだな・・・と感じてしまいます。
なんとなく、離れがたい空気に包まれてしまいます。

家族には、葬式も墓も戒名もいらない。
私が死んだら海に散骨してくれていいよ~・・・と伝えてあります。

自分が死んだ時のことなんて、どうでもいいし・・・
割と昔からそんな考えで生きてきました。

子供の頃から、綺麗に死にゆくにはどう生きたらいいの?
そんなことばかりを考えていたように思います。

生に執着が無いのか、逆に考えすぎてしまうのか。
そんな姿勢は、周囲には、なにをしていても消極的に受け留められがちだったように思います。
こんな場所にいても、なかなか想いを分かち合える人と出会えない孤独と寂しさが常について回っていました。
いろいろと悩み深き幼少時代を、この土地で過ごしてきたんだな・・・と振り返ってしまいました。

どんだけ閉ざしていたの・・・自分。。。

子供時代の自分を振り返ると、ほんと。痛い。
後悔したいことのほうが多いです。

でも、意識はいつでも変えていける。自分次第。
そう気づいてからは、本当にいろいろなことが動いていったんだな・・・と実感しています。


いまを生きる。
それがすべて。

・・・とか思いつつ、私を大事に育ててくれた
じぃちゃん、ひぃばぁちゃんに、お供え物を持っていきました。

私個人の思いを伝えることも大切だけれど
家族みんなの想いも、いつも大切にしていたいものですね。

手厚い施しを大切にしたい気持ちもよく分かるけれど、
なによりもまず、想いが伝われば、それが一番・・・

ご先祖さまを想う心は、いつまでも失わないつもりです。

康国寺7

康國寺は太平洋戦争の時に、大阪の学童たちの疎開地となっていました。

おじいちゃんを思い出す時に、もっとたくさん
大東亜戦争の時のお話を聞いておくべきだったな・・・と、よく思います。

生きて語ってくださる方の存在ってやっぱり大きいです。
とても大切です。

康国寺5

念ずれば花ひらく

誰もがみんな、花咲か爺さんだったり、咲くや姫だったりするのですね。

ひとつひとつ、自分の花を開いていこう。


テーマ:神社仏閣 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2014/01/04(土) 11:47:54|
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