瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

久多美神社(くたみじんじゃ)

久多美4

元旦に氏神様にも御参りしてきました。

久多美神社

主祭神

正哉吾勝々速日天忍穂耳命(マサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミノミコト)
天穂日命(アメノホヒノミコト)
天津彦根命(アマツヒコネノミコト)
活津彦根命(イクツヒコネノミコト)
熊野久須毘命(クマノクスビノミコト)



久多美5

神社の位置は東福町540番地東郷町185番地にまたがって建てられています。

東福町と東郷町及び上岡田町は同じ祭神を祀る氏子でありながら
祭礼の日取りも異なっていたようです。

しかし、久多美神社に改称したことを期に同一氏子となり
例大祭を毎年十月十日に行い、各町内から獅子舞、釼舞及び神事華が奉納されました。

現在は例大祭を国民の祝日「体育の日」の前日としています。

久多美6

昭和五十五年十月に遷宮を行い、桧皮葺であった本殿を銅版葺とし
同時に幣殿の屋根改修と拝殿の新築が行われました。

その後、昭和六十二年三月には社務所が新築されました。

久多美7

東郷天満宮  菅原道真公

金刀比羅神社  大物主命

福富神社  二福神(恵比寿・大黒)稲倉御魂


道真さんは東郷の天満宮で祀られていたから東郷天満宮。
西側には、牧戸天満宮があり、こちらも道真さんが祀られています。

西と東の村の習合神社だったようです。

今まで知らなかったよ。。。

久多美8

能登神社

大国主命(オオクニヌシノミコト)
大己貴命(オホナムチノミコト)

神功皇后
応神天皇
武内 宿禰


・・・なんだか因幡の宇部神社との繋がりが濃厚な感じ。。。

父が氏子の一人として、去年、注連縄を作ったそうです。
「ちょっと緩かったかな」と言っていましたが、綺麗に出来ていますよね。

注連縄作りは、おじいちゃんが生きている時には、おじいちゃんの仕事でした。
残った藁で、私の草鞋を編んでくれたこともあります。

私もちょっと作ってみたいわ。。。
藁でなにかを作るのって楽しそうだよね。

久多美9

三女神社

多紀理姫命(タキリビメ)
市杵島姫命(イチキシマヒメ)
多岐津姫命(タキツヒメ)


久多美神社は池田社の分霊を奉遷した神社であり
境内の三女神社は埋女社の分霊を遷した社であるそうです。


神職家の初代・常松治部左右衛門藤原秀就が、永保元年三月に現在地に移り
東郷三河守から久多美神社ほか、三十三社の弊職を拝命し、二丁五反の領地を戴い
たことから、永保(1081~1084年)年間に創建し
同時に三女神を境内に祀ったものと考えられているようです。


池田の地より遠隔地に奉遷したことから、飛びはなれた地に遷られた「飛田大明神」と申されるようになり
寛文二年(1662年)に、松平藩公が当地へ狩りに来られた際、神社の由来を尋ね
「飛田」を「富田」に改めさせられたそうです。

これ以後「富田大明神」と称されます。

明治三年「久多見神社」と改称し、大正二年に遷宮し許可を得て「久多美神社」とされました。


あぁ、、、ビックリしたぁ。。。

久多美10

なにがビックリって、アマテル神の御子神・勢揃いの神社が氏神様だった、ということ。

お正月だけに、おせち料理のように
出雲国風土記や古事記の神の寄せ集め・・・という気がしないでもないですが。。。

規模の小さな神社だし、いくらなんでも詰め過ぎ・豪華すぎでしょ。

きっと、太古の出雲の歴史をお重の下に封印しているんだと思います。

埋女・・・って、もしや人身御供とかかな。
知りたいような、知りたくないような。

あぁぁーーーもう、、、

やっぱ知りたくない。

微妙な気持ちになってきます。

テーマ:神社仏閣 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2014/01/04(土) 18:13:06|
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