瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

円山公園と長楽寺

4/10(土)京都の祇園へ。
八坂神社へ参拝した後、隣接している円山公園内を散歩いたしました。

円山公園2

円山公園を象徴する、枝垂れ桜です。とても見事です。
この日もお花見の観光客でいっぱいで、たいへん賑わっていました。

円山公園3

もともとは、円山公園は、八坂神社の境内の一部だったそうです。
回遊庭園や野外音楽堂などもあります。

この池の前でベンチに座り、ぼーっと水面を眺めながらお弁当を食べたこともありました。(遠い目)
なんとなく、ぶら~っと立ち寄って、一息入れてホッとしたくなる場所であります。

円山公園4 円山公園5

亀さんがいつも岩の上に・・・これは作り物の亀さんかな。
アヒルさんが、そこかしこで泳いだり、羽を休めたりしています。
この子たちがいるから、ぼーっと座っている時間も、とっても楽しいものになるんですね。

円山公園10 円山公園11

カラスさんの多いこと!
その数に驚きました。
公園中で、カァ~カァ~カァ~・・・と、大合唱が響いていました。

円山公園6

坂本龍馬さんと、中岡慎太郎さんの銅像です。

このお二人の像が象徴するのは・・・・やはり近江屋事件(おうみやじけん)ですね。
幕末の慶応3年11月15日(1867年12月10日)に、坂本龍馬と中岡慎太郎が
京都河原町・「近江屋」井口新助邸において暗殺された事件です。

これは、帰ってきてから調べて分かったことですが、
ここ東山には、幕末の志士を招魂する霊山護国神社(りょうぜんごごくじんじゃ) がありました。

京都東山霊山(りょうぜん)にある、明治維新史蹟「旧霊山官修墳墓」にも
明治維新の誕生につくした志士たち1043名の霊(みたま)を祀(ま)つってあるらしいのです。
そのおもな志士のひとりが、今をときめく坂本龍馬さんですね。

次回の京都詣での折には「維新の道」と呼ばれる坂を登って、霊山護国神社にもぜひ参拝したいと思いました。
もしかして、この日の円山公園の賑わいも、龍馬さん人気のせいだったのかもしれませんね。


尊皇攘夷と明治維新・・・
京都と東京は、この時代においての、歴史の「表」と「裏」舞台だったということですね。

東京が「表」ならば、京都は「裏」。

平安の時代に安部清明さんによって張られた、京都「裏」結界・守護魔方陣巡りですが
「表」の結界は、現代の東京(皇居を中心)に張り巡らされて機能しているということですから

現代と明治維新の歴史の流れにおいても「表」と「裏」で共振共鳴していて
これまで過去に起こった事件のすべてが
現代に次々とオーバーラップしていく多次元世界の収束を感じ取ることができるのではないでしょうか。
(こういったイメージは、なかなかうまく言葉にできませんが)

すべてがこの時代に、ひとつに。
歴史の流れも、人の意識も、より進化してひとつに。

そうなればもう「表」も「裏」もないのかもしれませんね。

面白い時代に突入していってると感じます。


円山公園8

銅像の側にも見事な桜の大樹がありました。

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円山公園から、さらに東山寄りに坂を登っていくと
長楽寺というお寺へ続いていました。
初めて訪れるところです。

長楽寺1



長楽寺3

相阿弥作の園池です。

室町時代に、相阿弥が足利八代将軍・義政の命によって銀閣寺の庭を作る時に
試作的に作ったと伝えられる庭なのだそうです。

そういわれてみると、銀閣寺っぽい雰囲気があります。

前回の裏結界巡りでは、銀閣寺にも訪れ、その広大な庭もよく眺めていたので
この素敵なシンクロには驚喜いたしました♪

ここの大きな池は、紅葉の時期などに訪れると
きっと周りの木々も色づいて
水面にその色を落とし込んで綺麗なのではないかと想像します。

長楽寺4

御縁起によると、延歴24年(西暦805)桓武天皇の勅命によって、
伝教大師を開基として大師御親作の観世音菩薩を本尊として創建されたそうです。

御本尊は、准胝観世音菩薩(じゅんていかんぜいおんぼさつ)

インドでは「仏母(ぶつも)」としてすべての菩薩の母という位置づけになっていたことから、
安産や子宝の仏という信仰もあるそうです。

長楽寺5

建礼門院御塔です。

建礼門院は、平清盛の娘でした。
壇の浦の戦いで平家は破れ、建礼門院は入水されるも助けられ、この長楽寺にて出家されました。
御年29才。
高倉天皇との間にお生まれになった安徳天皇は、三才で即位。
壇の浦の合戦で祖母に抱かれて入水され、わずか八年のご生涯でした。

私は、やはり女性として、また母親としての目線で、建礼門院の歩まれた人生とそのお姿を見てしまいます。
辛く悲しい思いを、その時代に、長い間抱かれて歩まれたことと感じます。

その時代、その時代に生を刻まれた、それぞれの立場の女性の生き方に、
現代の私たちも多くのことを学べることと思います。

そっと静かに合掌いたしました。

長楽寺6

こちらは平安の滝です。

澄んだ水が山肌から流れていました。
東山は青龍の山ということですから、龍神さんの御神徳で溢れているのでしょうね。

長楽寺10

尊皇攘夷派で活躍した、水戸藩列士の名碑です。
徳川慶喜さんゆかりの尊攘苑です。

この長楽寺は、慶喜の弟である松平昭訓の墓をはじめ、
藩士・大場一真斉、原市之進、鵜飼吉左衛門父子の墓などがありました。
儒学者・頼山陽のお墓もありました。

幕末の頃、尊皇攘夷運動で最も先鋭的だったのは水戸藩であったようです。

この場所に来ると心が震えました。

あぁ、、そういえば、、!

先週行ってきた鳥取県が誇る、伯耆富士・大山。
その麓にある、大神山神社「冬宮」に立ち寄った時、その神社にあった社号額は、
徳川慶喜の兄であり、水戸藩主・徳川斉昭公の子息である、池田慶徳公の書であったなぁ・・・
ふと、そんなことを思い出しました。


そして、この画像(右)の名碑にみられる「尊攘」の二文字は、水戸藩主・徳川斉昭公の真蹟であります。


水戸藩烈士、、、徳川斉昭、池田慶徳、徳川慶喜、松平昭訓、、、、、父と三兄弟。

うーん、、、繋がっている、、、

繋げられてしまっているなぁ、、、。

これは震えるわけですね。

もう当時の敵も味方も、いまこの時代にあっては関係なく
日本防衛維新の新しい風となって、列島各地に吹き荒れているようです。

ここ京都でも、明治維新、地球維新の、維新の嵐が吹き荒れているようです。

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  1. 2010/04/11(日) 22:00:24|
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