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写真・イラスト・旅日記

木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)=蚕ノ社(かいこのやしろ)

4/10(土)京都詣でのシメに、太秦まで足をのばしてみました。

太秦(うずまさ)には、帰化人系の氏族である秦(はた)氏の氏寺が多く点在しています。

(太秦の由来と秦氏の関係については、こちらの記事もあわせてご覧下さい→ルチルクォーツと弥勒のネットワーク

ここで紹介します、
木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)も、秦氏創建の神社のひとつです。
京都市右京区太秦にあります。
式内社で、旧社格は郷社。
祈雨の神として信仰を集めています。

通称・木嶋神社(このしまじんじゃ)

また、本殿東側に織物の始祖を祀る蚕養(こかい)神社があることから
蚕の社(かいこのやしろ)とも呼ばれています。

蚕ノ社1

こちらが参道と一の鳥居です。

弥勒菩薩半跏像で有名な広隆寺とは、目と鼻の先です。

蚕ノ社14

拝殿です。

蚕ノ社3

こちらが本殿です。

起源は不明です。
続日本紀の大宝元年(701年)4月3日の条にこの神社の名があることから、それ以前からの祭祀とされています。

現在の主祭神は・・・

・天御中主命(アメノミナカヌシノカミ) 天地創造に関わった五柱の別天津神(ことあまつかみ)の一柱。
・大国魂神(オオクニタマノカミ) 国魂神を大国主に習合させた、開拓の祖神。
・穂々出見命(ホホデミノミコト) 稲穂の神、穀物の神。
・鵜茅葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト) 農業の神、夫婦の和合、安産の神。

木嶋坐天照御魂神社は「木嶋に鎮座する天照御魂神の社」という意味で、
本来は「天照御魂神」を祀る神社ということになるようです。

太古では、太陽信仰の神社だったといえるのかもしれませんね。

蚕ノ社4

社殿は本殿、東本殿(蚕養神社)、拝殿で、明治以降の再建です。

蚕ノ社8

この鳥居の向こうは、摩訶不思議な世界へと続いています。。。

この森は「元糺の森(もとただすのもり)」と呼ばれています。
左京区にある下鴨神社(しもがもじんじゃ)の「糺の森(ただすのもり)」とも関連しているようです。

(下鴨神社・糺の森の画像は、こちらをご覧下さい→下鴨神社・糺の森(ただすのもり)


蚕ノ社12

鳥居を潜り抜けると・・・

見えてきました・・・

あれが世にも不思議な・・・

蚕ノ社10

三柱鳥居(みはしらとりい)です。

鳥居が3基、組み合わさっています。

正三角形平面に組み合わされていて、
隣り合う鳥居同士が柱を共有するため柱は3本となっています。

この三本足鳥居も、起源は不明で
現存しているもの(画像)は、天保2年(1831年)に再興されたものなのだそうです。

蚕ノ社7

ここ、蚕ノ社(かいこのやしろ)以外でも、
三本足鳥居は存在しているようです。

・三囲神社(東京都墨田区向島)・・・石造りの三柱鳥居。鳥居に囲まれるように井戸が設けられているそうです。

・大和町 (岐阜県)・・・三柱鳥居は標高1000メートルほどの場所に存在。鳥居がある場所に神社はないらしいです。

蚕ノ社11

本殿横から鳥居を見下ろすと、こんな感じです。

この三本足鳥居の一帯は、「元糺の池(もとただすのいけ)」と呼ばれています。

昔は、水中にこの三本足鳥居が建っている状態だったらしいのですが、
現在は枯渇していて、その面影はありません。

水面に建っている姿は、さぞや美しかったのでしょうね。。。

本当に、世にも不思議な三本足鳥居です。

いったい、なぜこのかたちで、なぜ水面に建てたのでしょうね。
太陽信仰と、水信仰にも関わる、太古のヒミツが数多く隠されているような気が致します。
謎は謎を呼びます。

そのヒミツが解き明かされる時が、近々くるのかもしれません。
その時が楽しみです♪

蚕ノ社15

「糺の池」は、広範囲でこのように整備されていたようです。
昔はかなり水源も豊富だったのでしょうね。

蚕ノ社16

こちらの「元糺の森」は、やはり下鴨神社の「糺の森」ともよく似た清々しさでした。

森の中の神社には、ミステリーがいっぱいでした。


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  1. 2010/04/12(月) 19:42:34|
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