瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

京都大原・来迎院★ ~part.3~

三千院を出てから、呂川沿いの山道を300mほど登っていくと
来迎院(らいごういん)本坊への参道が見えてきました。

来迎院4

来迎院は、平安時代前期に、円仁が天台声明の道場として創建したのに始まると伝えられています。
1109年(天仁2年)融通念仏の祖とされる良忍がこの寺に入寺して再興。
たびたび焼失したそうですが、その度に再建され
現在の建物は天文年間(1532年 - 1555年)に再建されたものなのだそうです。

江戸時代には江戸幕府から朱印状を与えられていて
本堂内には、徳川歴代将軍尊霊も祀られていました。

来迎院1 来迎院3

来迎院5 来迎院6

本尊
・薬師如来
・釈迦如来
・弥陀如来
脇侍
・不動明王(左)
・毘沙門天(右)

音無の滝6

来迎院を出ると、さらに奧へと山道は続いていきます。

音無の滝11

この道は、比叡山への登山道へと続いています。

音無の滝14

来迎院は、声明(仏教歌謡)の修練道場として開山されたそうなので
この山道は、最澄さんや円仁さんも、頻繁に行き来されてきたことでしょう。

音無の滝5

円仁が、中国(=唐)に留学した際、五台山(山西省)の太原(タイユワン)を中心に
五台山念仏(声明)が流行していたのを学び、帰国後に比叡山に伝えたそうです。

音無の滝12

この大原の地形は中国の太原(タイユワン)と類似していたので声明の根本道場と定められました。
この声明は、後の邦楽(今様、浄瑠璃、謡曲、民謡など)に強い影響を与えたそうですよ。

音無の滝1

この滝にむかって声明を唱えると、滝の音と声明が一体となって
音がまるでかき消されたかのように無になったということから「音無の滝」と呼ばれるようになったそうです。

声明と水音が「和合」する・・・とても神秘的なお話ですね。

そして、この滝の流れをただ見ていても「和合」の象徴であるかのように見えますよね。

音無の滝13

三千院に繋がっている自然はみんな、
この三千世界の中で、昔から今まで、数多くのメッセージを伝えてきてくれていたのですね。

やはりこの世界は、神秘的なファンタジーワールドだったのです。

こうした山道で感じられる自然からのメッセージは、しっかりと受け止めて
私たちはしっかりと「弥勒の世」へと繋がっていきましょう。

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  1. 2010/04/19(月) 22:32:56|
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