瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

溝咋神社(みぞくいじんじゃ)

溝咋神社1

関西ホツマ・メンバーと行くニギハヤヒを訪ねる旅part.4 続きでございます。

今回も、一度にたくさんの場所を巡って
そのつど、いろいろな気付きがありました。

すぐに忘れてしまいそうなこともあり
ここには自分の記録用として記事に残しています。
皆さんのなにかのお役にも立てるのであれば、幸いに想います。

溝咋神社2

こちらは、7/30、最後に参拝した溝咋神社(みぞくいじんじゃ)です。

雨上がりの参道で、ここでも樹木がキラキラと光っていました。
参道を歩いているだけで、目の保養にもなって癒されます。

いい場所だなぁ~。

溝咋神社3

鳥居の横の灯篭さんには、が模してありました。

ちょっと珍しいと想いませんか。
鳥居の前に立つ私たちを映す、三面鏡みたいな感じで配置されています。
心を清くして真っ直ぐに進んでいきなさい、ということでしょうか。

実は「暁の御鏡」が奉られているということで
社伝の記載によると、阿保親王による雨乞いの際の鏡であったと伝えられています。
中国の漢の時代に作られたもので、青銅製二神二獣鏡。

溝咋神社4

大きくて立派な神社です。

溝咋神社5

溝咋神社(みぞくいじんじゃ)は、大阪府茨木市にある神社。
式内社で、旧社格は府社です。

所在地は、大阪府茨木市五十鈴町9-21

五十鈴町・・・伊勢五十鈴川をどうしても思い起こします。

根っこが地中に張れないのか、幹が面白いかたちに成長している御神木。
縄文土偶みたいな風貌で、まるで大地の女神のようですね。

写真では伝えきれませんが
とても大きいんです。 w(*・o・*)w

溝咋神社6

この木も根元が豊かな大地を創っているようで良い感じ。
見どころいっぱいの溝咋神社です。

樹木の形状、その他 植物や昆虫たちを眺めていると
とても暖かな姫神の気配をどうしても感じてしまうのであります。

溝咋神社7

主祭神
・玉櫛媛命 (たまくしひめのみこと) - 五十鈴媛命の母
・媛蹈鞴五十鈴媛命 (ひめたたらいすずひめのみこと) - 神武天皇皇后


相殿神
・溝咋耳命 (みぞくいみみのみこと) - 五十鈴媛命の祖父
・天日方奇日方命 (あめのひかたくしひかたのみこと) - 五十鈴媛命の兄
・速素盞鳴尊 (すさのおのみこと) - 五十鈴媛命の祖
・天児屋根命 (あめのこやねのみこと) - 藤原氏祖


溝咋神社8

鬼瓦がたくさんあって、やたら拝殿の屋根が充実しています。

そういえば、愛媛に行ったときも
やたらと鬼瓦をたくさん見かけたなぁ。。。

溝咋神社9

溝咋神社10

溝咋神社11

溝咋神社12

摂社
事代主神社 祭神:事代主命、
軻遇突知神、奥津彦神、奥津比賣神、弥都波能賣神、波邇夜須毘古神、波邇夜須毘賣神


事代主命は玉櫛媛命の夫神。
明治時代に目垣村の祭神が合祀された。

溝咋神社13

末社
天照皇大神社 - 祭神:天照皇大神、猿田彦神、応神天皇
保食神社 - 祭神:保食神
手力雄神社 - 祭神:手力雄神
木花開耶姫命社 - 祭神:木花開耶姫神、級長戸辺神、市杵嶋姫命、菅原道真


溝咋神社14

創建は不詳。
社伝では、第10代崇神天皇の頃に創建。

三島溝咋耳一族を祀っていて、
『古事記』『日本書紀』の諸伝承との関係が指摘されているそうです。

『古事記』神武天皇段では、
大物主神が勢夜陀多良比売(玉櫛媛)を見染め、丹塗矢に化して比売の陰部を突く。
そして比売は驚いたが、その矢を床に置いたところたちまち壮夫となり、
比売との間に富登多多良伊須須岐比売命(媛蹈鞴五十鈴媛命)が生まれたという。

『日本書紀』神代巻では、
媛蹈鞴五十鈴媛命が大三輪神の子と記すとともに、
事代主神が八尋熊鰐となって三島溝樴姫(玉櫛媛)のもとに通い、
生まれた媛蹈鞴五十鈴媛命が神武天皇の后になったと記す。

『日本書紀』神武天皇即位前庚申年8月16日条にも同様の記載があり、
ここでは玉櫛媛は三島溝橛耳(溝咋耳命)の娘と記されているようです。


境内社には、大物主神でなく事代主神が祀られています。
事代主を奉祀する鴨氏と、三島勢力との交流が指摘され
周辺には三島鴨神社・鴨神社といった神社や、鴨村・鴨林といった地名が残り
鴨氏の勢力がうかがわれています。

三島溝咋耳一族の実態については明らかでなく、
三島県主との関係を指摘する説はあるが定かではない。

溝は「水」を象徴し、耳は「長」を表すことから、
安威川水系の用水に関わる氏族と考えられる。

・・・・ということですが、
三島といえば、最近、カタカムナ関係でご活躍の先生方と交流していてふと、気がつきました。

・伊豆の三嶋大社
・高槻の三島鴨神社
・愛媛県今治・大三島の大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)

みんな三島で、コノハナサクヤ姫の父・大山積神を奉っています。
カタカムナ関係で親しく交流させていただいている先生方の縁の場所。
この三箇所の三島の神社はほとんど等間隔でほぼ一直線に繋がります。

・・・・だから、今治・大三島の大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)の周辺に多い
鬼瓦が、ここにも配されているのかな・・・と想いました。

ホツマではトノオシテ、フトマニでは占いなど
縄文の精神性と宇宙哲学が伝えられています。

カタカムナにも、そのエッセンスは48思念で紐解くことが出来ますが
カタカムナは、主に縄文の潜象科学・量子物理学の世界を広げてくれています。
その叡智は当時の土地の開拓にも発揮されてきたのかもしれません。

ホツマ・フトマニ・カタカムナとの関連は、
あくまでも私の推測で、こじ付けなのですが
なきにしあらず・・・な、気がしてきませんか。

大きな岩座の配置ひとつとっても、現代の人間業では與せないですよね。
現代の人間の感覚では、ピラミッドの山を作ることは容易ではなく
その石組みの創造だって、どんな作業で行われたのか想像が追いつかないですもん。。。

ニギハヤヒの降臨伝説や三本の矢などのお話も
宇宙的視野で物事をみていかないと、掴んでいけない部分もある気がします。

いま、空間エネルギーやフリーエネルギー、
静電三法などの縄文テクノロジーが出てきているのも
その取り掛かりはカタカムナにも繋がっていきますし

ホツマとカタカムナが手を繋いでいくことで
明らかになることって大きいのではないかと想像します。

柔軟なあたまで考えていこうよ。。。と想うのであります。。。

ニギハヤヒ旅

ずいぶん深いところまで嵌ってきてしまいましたね~。

これからどうなるのかな。

溝咋神社15

溝咋神社16

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2015/08/01(土) 08:57:40|
  2. ニギハヤヒの軌跡旅