瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

桧原神社と箸墓古墳周辺

桧原神社1

最後に訪れた桧原神社です。

神戸から大和への日帰り旅では、
三輪明神~桧原神社までが限界ですね。

桜井駅を11時頃に降り立って、ここにたどり着いたのは17時頃でした。

桧原神社2

檜原神社の御祭神は

・天照大神若御魂神
・伊弉諾尊
・伊弉册尊


こちらは、式内社「巻向坐若御魂神社」

元伊勢の1つです。

桧原神社3

wikiより

伝承によると・・・

崇神天皇5年から疫病が流行り民が死亡し、同6年には、百姓流離し国に叛くものがあって、
憂慮した天皇は、天照大神倭大国魂神を祀るが安からず、
天照大神を豊鍬入姫命に託して笠縫邑に祀り倭大国魂神を渟名城入媛命に託して祀るが
髪が抜け落ちてやせ細り祭祀が出来なくなった(崇神記六年条)。
同7年2月、巫女的な性格を持つ倭迹迹日百襲媛命に憑依して、
大物主神を祀れば平らぐと神懸りし、その後、天皇に大物主神が夢懸りして現れ、
その神託に従って同7年11月に物部連祖伊香色雄(いかがしこを)に命じ、
磯城彦後裔である三輪氏の祖である茅渟県(ちぬあがた)陶邑意富多多泥古(大田田根子)を探し出して
祭祀主として大物主神を祀らせた。
その結果、国内が鎮まり、五穀豊穣して百姓が賑わった(崇神記七年二月辛卯条)。

桧原神社4

豊鍬入姫命の、天照大神・御鎮座地への数十年を経ての長い旅。
当てもなく、流離うように求め歩いていたのか、
それとも緻密で計画的なフトマニクシロの完成を着々と進めていったのか、
いまの私には、想像の域を出ることができませんが・・・

倭姫へとその特命が受け継がれていくまで、
想像しているだけで、とても気が遠くなりそうです。

この頃から「斎宮」というのは、
国の安定を調律していく、たいへんな役割を担っていたんだな・・・と感じました。

私も、豊鍬入姫命の根気強さや使命感を見習っていきたい。。。

桧原神社5

桧原神社6

神宮祭主・北白川房子さま(明治天皇第七皇女)の記念碑もありました。

桧原神社7

北白川房子さま・・・・・うろ覚えですが、
靖国神社にも御言葉を記された石碑があったような気がするけれど・・・

きっと、房子さまは、崇神天皇の頃にも
深い関わりをお持ちだった魂さんなのでしょうね。

桧原神社8

桧原神社からは、フタコブラクダのこぶのような二上山が見えます。

はるか遠くにあって、とても小さく見えます。

三輪山

ありがとう三輪山。

大物主神
たくさんの神々様。

ぜひまた訪れたいと想います。

箸墓巻向

最後に・・・

巻向古墳群のそばから臨む「箸墓古墳」です。

宮内庁により「大市墓(おおいちのはか)」として
第7代孝霊天皇皇女の倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)の墓に治定されています。

つい先月の7/25に、岡山の総社、吉備津周辺に訪れていたことを思い出します。
(吉備津神社にはヤマトモモソ姫(倭迹迹日百襲姫命)が祀られているので)

彼女は大物主神の妻になるのですが、
蛇に化身した大物主神に驚いて、自らホトを突いて死んでしまう・・・というのは、
なんとなく理解できたりします。

私自身も巫女的感覚を有しているせいで、
それを新創造(アート)の世界に向かわせているから。
モモソ姫と同じ時代を生きていたら、
きっと互いにシンパシーを感じられていただろうなぁ・・・とも感じます。

箸墓は、卑弥呼の墓とも言われていますが
ほんとうにそうなのかも知れないですね~。

モモソ姫だって、日巫女(ひみこ) =太陽に仕える巫女の一人。


久しぶりに三輪山周辺を歩いてみて・・・
もっともっと、大和の国のことを知りたくなりました。

またいつか、このルートの続きを
レポートできたらいいなと想います。


テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2015/08/19(水) 23:37:56|
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