瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

鏡作神社(かがみつくりじんじゃ)(石見)

鏡作神社(石見)1

9/11(金) 関西ホツマのメンバーさんたちと、「ニギハヤヒを巡る旅 part.5」へ行ってきました。

前回の7月末には、ニギハヤヒさんと同一視されて語られたりする、
ホアカリさん(兄弟)の縁の地を訪ねるのがメインでした。
大阪茨木市の新屋坐天照御魂神社(にいやにますあまてるみたまじんじゃ)を中心に巡っていきました。

その模様はこちらです。ご興味のある方はご覧ください。↓
新屋坐天照御魂神社(にいやにますあまてるみたまじんじゃ)
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1476.html

さて。

今回は、「鏡」にまつわる神社です。
「鏡」・「鏡」・「鏡」尽くしの旅でした。

鏡作神社(石見)2

古代の鏡作りの職人は、鏡作部(かがみつくりべ)と呼ばれていて
古代・鏡作造 (天武朝以後は連) に率いられ大和朝廷や貴族に隷属し
漢鏡や唐鏡をまねた 仿製鏡 (ぼうせいきょう) の製作に従事した工人集団であったとされています。

縄文~弥生の移行期にタタラの製鉄技術が磨かれて、
渡来の文化との融合で、民衆の創造性や生活形態はどう変化していったのでしょうか。
今回の旅には、そんな部分に想いを馳せながら巡っていきました。
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最初に訪れたのは、奈良県磯城郡三宅町石見にある
鏡作神社(かがみつくりじんじゃ)です。 

近鉄石見駅から東へ300m。

御祭神は

石凝姥命
白鬚神社「白鬚明神」

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由緒

この地に居住した鏡の鋳造を業とした鏡作部の氏神である。
冬至の日に三輪山頂上から朝日が出る。夕日は二上山鞍部に沈む。
真南に畝傍山山麓、多神社がある。

神社の南方に石見遺跡が発見されている。
ここからは埴輪、木製品が出ている。人物、家、盾などの形象埴輪や円筒埴輪である。
直径30m程度のおおまかには円形の周囲にさまざまな埴輪を並べ
さらに木製品を立ててその周囲に幅6mの堀を巡らしていた。
これはきわめて特異な祭祀遺跡ではないかと推定されている。
5世紀末から6世紀初頭の遺跡と推定される。
「祭天の儀を背景とする天的宗儀の色彩を持つ」とされる。
この様な事から石見の神社の地は古代祭祀の聖地であったと言われる。

石見の鏡作神社が八尾(鏡作坐天照御魂神社)に遷座したものとの説があるが、
鏡作坐天照御魂神社の社叢は2,000年の歴史があると言われ、
これから見ると逆の場合も考えられる。
その場合には、祭神は火明命、石凝姥命、大糠戸命の三柱とも考えられる。

出雲国の隣の石見国の人々がこの地に住んだ可能性がある。
石見は五十猛命の上陸の地の伝承や物部神社が鎮座し
物部氏の祖神の宇間志麻遅命が祭神である。

金属生産に大いにからむ物部氏がこの地に住むにあたって
これらの神々を勧請しないはずがない。
神社は三本殿を持つ。三柱の神が祀られているはずである。
石凝姥命に加えて五十猛命と宇間志麻遅命と考えるのが
地名である石見からの連想として成り立つ。

この石見の鏡作神社からの分社とされる宮古と穂津の鏡作伊多神社には
摂社として宇間志麻遅神社があり、また神社の名は伊多である。
石見、宮古、穂津の鏡作神社は一直線に並ぶ。
この位置関係からも石見が起点である。

由緒は神奈備にようこそ!さんより引用)

鏡作神社(石見)3

私は島根県の出雲生まれです。
島根には、出雲国と、石見国のふたつの国がありました。

古代からも、きっと私は出雲人。

島根県の石見国には、「石見国一宮・物部神社」が存在します。
御祭神は、饒速日命(ニギハヤヒ)の御子神・宇摩志麻遅命です。
物部氏の御祖神として知られています。

物部神社の由緒には、
饒速日命は十種神宝を奉じ、天磐舟に乗って大和国哮峯に天降り、
御炊屋姫命を娶られ御祭神を生まれました。
御祭神(宇摩志麻遅命)は父神の遺業を継いで国土開拓に尽くされました・・・と記されています。

神武天皇御東遷のとき、忠誠を尽くされましたので天皇より神剣韴霊剣を賜りました。
また、神武天皇御即位のとき、御祭神は五十串を樹て、
韴霊剣・十種神宝を奉斎して天皇のために鎮魂宝寿を祈願されました。(鎮魂祭の起源)

その後、御祭神は天香具山命と共に物部の兵を卒いて尾張・美濃・越国を平定され、
天香具山命は新潟県の弥彦神社に鎮座されました。
御祭神はさらに播磨・丹波を経て石見国に入り、
都留夫・忍原・於爾・曽保里の兇賊を平定し、厳瓮を据え、
天神を奉斎され(一瓶社の起源)、安の国(安濃郡名の起源)とされました。

次いで、御祭神は鶴に乗り鶴降山に降りられ国見をして、
八百山が大和の天香具山ににていることから、
この八百山の麓に宮居を築かれました。(折居田の起源)

ひおい鶴

石見一宮物部神社
http://www.mononobe-jinja.jp/

鏡作神社(石見)4

今回始めて奈良の石見を訪れたのですが、
周囲の空気に包まれていると、
出雲国の隣の石見国の人々が、この地に住んだ可能性がある。
・・・という由緒には、納得できるものがありました。

大和国の鏡作りの中心は田原本町

その一方で、私の生まれ育った出雲では、三角縁神獣鏡が出土しています。↓

三角縁神獣鏡と神原神社

そこは神原神社と呼ばれています。
所在地は、島根県雲南市加茂町神原1436

神原神社には、大国主命の御歌が掲げられています。
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ありがたや松井の里の神遊び
これぞみくにのまもりなるらん

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(今回の一連の旅では、神社を訪れるたびに「松井」という姓名を多く見かけていました)

出雲の「神原」と、大和の「田原本」

ここを繋ぐラインも、上記のように関連しているので、とても無視できません。

製造元が田原本で、
出雲の神原へと届けられたのかもしれません。

あるいは、逆なのでしょうか?

どちらにしても、物部氏から広がる新しい時代の技術交流は、
想像以上に盛んだったのかもしれません。

今に存在している「鏡作りの鏡に纏わる神社」は、
物部氏を中心とした鋳造工業技術集団の活気や勢いを感じさせられます。

鏡作神社(石見)5

鳥居をくぐりながら、私の頭の中は

島根の石見~出雲の神原~大和国~奈良の石見~田原本

・・・と、ぐるぐると周辺の町への想像が止むことはなかったのです。

鏡作神社(石見)6

ここにも三柱の神が祀られているしねぇ・・・

石見国には、三刀屋という地名があります。
石見銀山や物部神社とも近いです。
そちらの刀の神もまた三柱で対になっているのかもしれません。

ここの本殿の屋根にも、神剣がクロス十字になって掲げられています。
これはどうみても刀です。

今後、そういうところも検証できたらいいかもしれませんね。

鏡作神社(石見)7

防火のバケツがたくさん並んでいます。

消防の神様と言えば、秋葉のカグツチの神です。
ここには書かれていないけれど・・・

鏡作りに、川の水と火は欠かせないですよね。
火の神様だって、書かれていなくても、とても大事に祀られていたのだと思います。

鏡作神社(石見)12

こちらは御稲荷さん。

鏡作神社(石見)8

鏡作神社(石見)9

鏡作神社(石見)10

低湿地帯だった石見の町。

奈良の中心地ほどは、
その歴史を知られていない様子の石見の町。

私は地元の空気を久しぶりに嗅いだような気分になりました。
なにか山陰地方と似ているんです。

鏡作神社(石見)11

また訪れてみたい石見周辺と鏡作神社でした。

つづく。


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  1. 2015/09/12(土) 07:50:13|
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