瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

鏡作麻氣神社(かがみつくりまけじんじゃ)

鏡作麻気神社1

9/11(金) 関西ホツマのメンバーさんたちと、「ニギハヤヒを巡る旅 part.5」へ行ってきました。

鏡作神社(かがみつくりじんじゃ)(石見)
鏡作坐天照御魂神社(かがみつくりにますあまてるみたまじんじゃ)

・・・に、つづいて
三箇所めの鏡作神社へ参拝いたしました。

今回は、鏡作麻氣神社(かがみつくりまけじんじゃ)です。

鏡作麻気神社2

鏡作麻氣神社(かがみつくりまけじんじゃ)

所在地は、磯城郡田原本町小阪244
鏡作坐天照御魂神社からは、北東へ300mの位置です。


祭神
天糠戸命(天目一箇命の説もある。)
摂社 白山社、的場社

由緒

鏡作部の氏神である。
祭神につては天糠戸命説と天麻比止都命説があり、
社記は天目一箇命と天津麻羅を同一神と見て、天麻比止都命を採っている。

鍛冶を職業とする部を配下に持つのは古代氏族の多くがそうであったが、
この地域は物部氏の支配が及んでいた所であり、
また物部氏の一族に鏡作部がある事から天目一箇命とは思えない。

鏡作部の祖神は天糠戸命であり、
その子として石凝姥命が系譜つけられているが、
この神は鏡の製作の守護神の性格がある。

さて天津麻羅のマラへの解釈であるが、マレビトであり客人で、
婦人のためのマレビトとしての男根に通じる。
後に皇族のマロに使用された。
ほかにマラを真裸とも理解できる。

タタラを吹く作業や鍛造の作業はまさに焦熱地獄の中での作業である。
男達はおそらく真裸になっての作業を繰り返したものと思われる。

またこの姿は女神である石凝姥命の守護を多く得られるとの信心もあった。
マラでマラを出していたのであろう。同じ語源である。

倭鍛冶は5世紀始めに新羅から持ち込まれた技術とされ、
5世紀後半には韓鍛冶の技術が百済より渡来した。
この地の鏡作部はこれを学び、長くこの地で栄えたと言う。

播磨国風土記に「昔、但馬国の人伊頭志君麻良比、此の山に家居しき」とある。
出石である。天日矛の終焉の地である。矛もまた男根の異称である。 

式内の麻気神社は、越前丹生郡、足羽郡に麻気神社、近江高島郡に麻希神社、
丹波船井郡に麻気神社、隠岐知夫郡に真気命神社があり、
多くは隣接して製鉄遺跡、金属精錬の伝承がある。
*1 この配置は兵主神社や天日槍命に重なっているように思えます。

神奈備にようこそ!さんより引用)

鏡作麻気神社3

ここにも鏡の池がありました。

鏡作麻気神社4

ここは手水舎の水がとても綺麗です。
鏡っぽい水面の一枚が撮影できて、それだけでも満足です。

鏡作麻気神社5

拝殿です。

鏡作麻気神社6

ちらりと覗くと、金龍の絵画が奉納されていました。

この金龍さんは、金毘羅さんかな?

本殿は、三輪山の神=金比羅さんとは、
向き合う方向に設置されているようです。

鏡作麻気神社7

鏡作麻気神社8

延喜式内社 旧 城下郡 小阪 鏡作麻気神社

祭神 麻比止都称命

祭神麻比止都称命 は、
日本書紀に「作金者」と記される「天目一箇神」であり、鍛冶に関わる神とされる。

この事は、弥生時代、唐古・鍵遺跡で、銅鐸など、金属鋳造技術集団が、
古墳時代になり鏡作部に継承され、この鏡作郷の地で、金属鋳造が行われてきたのであろう。

現在、大阪府の東大阪を中心とした小阪・今里・八尾で金属加工業界が多いが、
この金属加工の人々の先祖は、大和の田原本付近だと伝えられ、
田原本町にこれら小阪・今里・八尾の地名が共通することと関係するかもしれない。

鏡作麻気神社の建築について

元「子安大明神」であったが、神仏分離後の明治2年 (1869)社名を変更したと伝えられる。
1間社 隅木入り春日造り 銅板葺,千木・勝男付の社である。
基壇上に建ち、土台を廻し、身舎丸柱、柱上部粽付、大斗、三ッ斗組、向背、柱方柱面取り、
柱天端大斗、連三ッ斗組、虹梁、象鼻、中備蟇股、身舎とは海老虹梁で繋ぐ。
軒廻り1軒垂木、三方に縁を設け、背面に脇障子、跳高欄、昇高欄、宝珠柱付、木階9級、
正面中央には、格子戸両開きの建具を用い、他面は板壁である。
拝殿奥の一段高い所に建築されているが、隅木入り社殿は珍しく、
全体に成りの高い社殿で、明治頃の建設かも知れない。

文 田原本町文化財
  保護審議委員会
  会長 林 清三郎

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金工は片目を閉じて一つ目で面や曲や直を調べる=天目一箇神
倭鍛冶等の租神=天目一箇神(麻比止都称命)


・・・と、解説されているサイトもあります。

職人さんの仕事ぶりや、その仕草などが由来で
神名が生まれていくなんて、目からウロコです。

私もなにかを描いている時に、
精神集中しつつ、片目で見つめながら
アートボードにイノチを吹き込んでいることがあります。

なるほど~と思いました。

鏡作麻気神社9

ここは、十一面観音さんの巡礼地でもあるようです。

鏡作神社の鏡には、
様々な表情を映し出す鏡であるように・・・との願いが込められていたのでしょうか。

鏡と観音様と、どう結びつけて拝んでこられたのか?
いろいろと想像を掻き立てられます。

鏡作麻気神社10

ここにも、灯篭が。
鏡作神社に共通した形の格子・・・

8ぼうせい

八芒星の鏡形だと想っていたけれど、違っています・・・!

これは、パッチリと啓いた、瞳の形です。

こちらの神社の由緒を知ってから、
片目を閉じた天目一箇神の、
もう一方の啓いた瞳の形じゃないかなぁ~?! と気がつきました。

どう思いますか?
私には、そうとしか思えません。

鏡作麻気神社11

やはり、金毘羅さんの石碑もありました。

鏡作麻気神社12

御神木の窪みにも、昨日のにわか雨の水が溜まっています。
こちらも鏡のように見えますね。

樹木に包まれた雨水は
土の上とは違ったなにかを生み出せる力を持っていそうな感じ。
なんとなくですけれど、そう思います。

鏡作麻気神社13

的場神社と白山社。

鏡作麻気神社14

本殿と向き合うように配されています。

本殿とは陰陽の関係を成しているのかな。

写真を見ていると
ここだけ違う空間のように見えますよね。

鏡作麻気神社15

鏡作麻気神社16

「山之辺の道」は、見所がいっぱいです。

鏡作麻気神社17

川沿いの遊歩道をまっすぐに歩いて巡礼していきましたが
とても心地の良い場所が続いていきました。

鏡作麻気神社18

鏡作麻気神社19

鏡作麻気神社20

素朴な感じの「みはる食堂」さん。

ここでお昼ごはんを頂きました。

昭和の匂いが漂う、外国のバッグパッカーさんたちが
いかにも好んで立ち寄りそうなお店だね~、なんていいつつ、
丼物を頂きました。

鏡作麻気神社21

後で気がついたのですが、虹色の玉響が窓辺に出現していました。 w(*・o・*)w
ここにも神様仏様が・・・?

そうそう、そういえば、この玉響が映っている先の座敷には、
懐かしのブラウン管テレビや、ナショナルのエアコンが稼動している上に
大きなえべっさんの笊と笹飾り、伊勢神宮の御札などが掲げられていました。

お店は御神霊や仏様の寄りどころになっているのかもね~。

鏡作麻気神社22

卵とじになっている天丼です。
たくさん歩いた後で頂くお昼ごはん。

満足度Maxでした。
ご馳走様でした。

鏡作麻気神社23

川沿いをひたすら歩きました。

いい眺めです。


つづく。

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2015/09/12(土) 22:01:52|
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