瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

鏡作伊多神社(かがみつくりいたじんじゃ)(宮古)

鏡作伊多神社(宮古)1

次に訪れたのは、鏡作伊多神社(かがみつくりいたじんじゃ)です。

写真は、すぐそばにある宮古池です。

鏡作神社最大の鏡池?
・・・いえ、私が勝手にそう思っているだけですよ。。。

神社のすぐそばにある池で、
この風景が目に焼きついてしまっています。

こんもりと緑の樹木が生い茂っているところが、
きっと、鏡作伊多神社に違いない・・・
そう思って、サクサク進んでいきました。

鏡作伊多神社(宮古)2

池の水気に育まれてきた樹木たちは
やはり生き生きとしていて、他の場所より元気な感じです。

鏡作伊多神社(宮古)3



鏡作伊多神社(宮古)5

所在地は、奈良県磯城郡田原本町大字宮古字補屋60

鏡作伊多神社(宮古)4

祭神
石凝姥命

摂社 春日神社「天兒屋根命」

由緒

大和国城下郡の式内社。
鏡の鋳造を業としたこの地に居住した鏡作部の氏神である。
鏡作部は物部氏の一族である。

何故この地域で鏡が造られたのか。
原材料はどう調達したのかが問題である。
古代、大和平野の中央(国中)は湿地帯であった。
この地域も当然湿地帯であり、ところどころに微高地があった。
町の名前の田原本も低地の表す古語トオから来ているとされる。
もっともタタラからとの説もあるが。

真弓常忠氏の名著「古代の鉄と神々」によれば、
湿地に繁茂する葦や薦の根元にスズがなると言う。
これを鍛造して鉄製道具を造ったと推定されている。
氏は銅鐸を埋めてスズの成るのを祈ったと推定される。
今も赤土の多い穴師や三輪山からの水流は当時には相当な鉄分を含んでいたであろう。
スズが良く取れたようである。
古代から倭鍛冶としてスズから鉄製品を取ってきた技能者集団が居たのであろう。
この集団はまた新たに伝わってきた砂鉄から
鉄を採取する韓鍛冶をも取り入れたようであり長く栄えたと伝わる。
物部氏が配下におさめたのであろう。

保津の鏡作伊多神社のサイトで紹介したのだが、
この宮古の伊多神社かた八尾の鏡作天照御魂神社と
小坂の麻気神社とは一直線上に位置するとの事であるが、
互いに関係があるのだろうが、意味はする所は解らない。
鎮座地の字は補屋である。
ホヤはオホヤで大屋、大屋毘古命は伊太祁曽神であり、
伊多の名がここから来たと想定できる。

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神奈備にようこそ!さんより引用
http://kamnavi.jp/index.htm

鏡作伊多神社(宮古)6

お稲荷さんです。

鏡作伊多神社(宮古)7

住吉の神様も祀られていました。

鏡作伊多神社(宮古)8

鏡作伊多神社(宮古)9

本殿が西向きになっていて珍しいね・・・と西原さんが仰っていました。

そういわれてみれば、そうかもしれない、と思いながら聞いていました。

これまで参拝してきた鏡作神社の中では
ちょっと地味な印象の神社です。

鏡作伊多神社(宮古)10

鏡作伊多神社(宮古)11

鏡作りを象徴するような、なにかは見つかりませんでしたが
屋根に聳えるクロスの神剣が、ここが一番カッコ良くみえました。

鏡作伊多神社(宮古)12

w(*・o・*)w オォォ 
カッコ良いですね♪

神域は狭いのに、
それに似つかわしくない大きさの
遥拝所を示す石柱が建っていました。

遥拝所。その先はどんな場所?
どんな存在を拝むの?

・・・ということで、
宮古池の向こう側にはなにがあるのか?
その位置関係が皆、気になっていました。

もしかしたら、ここの御祭神が、春日神社の「天兒屋根命」さんだから、
春日の神様がそこにいらっしゃるのでしょうか?

池の向こうには、龍王山があります。

鏡作伊多神社(宮古)13

戦没者の慰霊塔も建ってました。

鏡作伊多神社(宮古)14

だから光が強かったのだなぁ・・・

ここにも手を合わせてきました。


さて。

向かい合わせにある、
もうひとつの鏡作伊多神社(保津)へも向かいます。


つづく。


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  1. 2015/09/12(土) 22:55:42|
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