瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

鏡作伊多神社(かがみつくりいたじんじゃ)(保津)

鏡作伊多神社(保津)1

ひとつ前の記事では、
鏡作伊多神社(かがみつくりいたじんじゃ)の(宮古)のほうへと参拝いたしました。

宮古の鏡作伊多神社と、ここ保津の鏡作伊多神社は、同名神社。
どちらも式内・鏡作伊多神社です。

環濠集落の中にあって、
周囲は迷路のようにぐるりとまわってたどり着ける場所にあります。

鏡作伊多神社(保津)2

所在地は、奈良県磯城郡田原本町保津150

鏡作伊多神社(保津)3

鏡作伊多神社(かがみつくりいた)

祭神
石凝姥命
摂社 宇間志麻遅神社「宇間志麻遅命」

由緒

大和国城下郡の式内社。
この地に居住した鏡の鋳造を業とした鏡作部の氏神である。
鏡作部は倭鍛冶の祖としての天津麻羅の物部氏に関係がある。
特に保津は穂積であり、物部氏の一族である。

カガミのカガは物部の伊香我色男や天香具山のカガ・カグと同様に
銅、もしくは溶けた銅が凝り固まるコリも同じである。

さて何故「伊多」であるのか、石凝姥命と伊多とはつながるのであるか。
鋳形の中で凝り固まった状態を「板」にみた社名との見解があるが、語呂合わせ的なコジツケに思える。

石見鏡作神社で述べたように、
石見地方にゆかりのある五十猛命と宇間志麻遅命の関係で、
金属鋳造に必要な木炭などの調達にからんだ
「木の神、植林の神」の五十猛命をも祀った故の「伊多」であろう。

石見の鏡作神社と保津の伊多神社を底辺とする直角三角形の頂点に
黒田の地域の孝霊天皇の宮の伝承を持つ<孝霊神社があった。
偶然の一致とは思われない、重要である云々と大和岩雄氏も述べておられる。

孝霊天皇は、鳥取県日野町近辺のタタラ師が祀った
楽々福神社(ササ=砂鉄、フク=タタラを吹く)の伝承にこの地で鬼退治を行ったとされる。
伯耆のタタラ師と鏡作の鍛冶とのつながりを示す説話である。

神奈備にようこそ! さんより引用)

鏡作伊多神社(保津)4

玄松子さんのサイトでは、
「伊多」というのは、一説には、鏡製造の過程で
金属を板状にすることによるとされているが、
他説では、湯立て・伊達からの転訛・・・との考察をされています。

私も、伊多=板 とすぐに連想してしまいました。

真っ直ぐで綺麗な板にするのは技術がいるけれど
それがあってこそ、
丈夫な製品にするための紋様やカーブを刻んでいく後の加工も
美しく活きていくのだと思います。

宮古と保津の「伊多」神社は、そのハズせない大事な行程を司る、
ふたつの重要な神社だったのかも。。。

鏡作伊多神社(保津)5

イチイガシの大きな木。
この神社の中心にある女神のような木です。

鏡作伊多神社(保津)6

セミの抜け殻がたくさん付いていました。
たくさんの命が、生まれては旅立っていきます。

イチイガシの大きな木は、この夏も
たくさんのドラマチックな生命の誕生を見守ってきたのかもしれません。

鏡作伊多神社(保津)7

すぐそばには、三本のキノコが。。。

鏡作伊多神社(保津)8

狛犬さんたちの表情が、とっても可愛かったです。

鏡作伊多神社(保津)9

鏡作伊多神社(保津)10

鏡作伊多神社(保津)11

今回は、たくさんの鏡作神社をめぐっていきました。

そしてこれから
太安万侶さん、オオタタネコさんの縁の神社へ行ってきます。

つづく。

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2015/09/12(土) 23:27:40|
  2. ニギハヤヒの軌跡旅