瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

天照大神の誕生伝説 恵那の血洗池

血洗之池1

12/3(木)
伊勢神宮神代文字奉納文・保存会の大下先生と、櫻井さんとともに
岐阜県中津川市の恵那神社に参拝いたしました。

血洗之池2

恵那神社は、恵那山の麓にある神社です。

恵那山を御神体として
縄文時代から祖霊信仰がとても篤い土地だったようです。

それは実際に自分の足で歩いてみて、よく判りました。
とても空気が澄んだ心地良い場所でした。

恵那山は、イザナギとイザナミの子である、
アマテル神の胞衣(えな=へその緒)を納めた場所とされています。

イサナミがアマテル神を出産した際に
胞衣を洗い清めた池「血洗池」が
恵那山麓の少し離れた場所に存在するということで
今回は、そちらに皆で向かいました。

血洗之池3

石碑が建っていました。
こちらも、とても目立たない場所にありますが
思わず足を止めたくなる感じです。
このあたり一帯は、そんな空気に包まれています。

血洗之池4

安岐明神御由緒と旧跡血洗池、腰掛岩の傅承

神代の或る御神 (伊装册命) 御子 (天照大神) を産み給ひ
その御胞衣 (胎児を包んでいる膜と胎盤) を洗いしに池の水赤くにぞなりけり。
血洗の池と呼名され、胞衣えなは恵那嶽に納む。
胞山の名これより起る。

我国に漢字移入以前の神代文字 (ホツマツタエ) の記録に判然として残る。
又日本名勝地誌、新撰美濃誌にも明らかなり。

産終わりて母神、岩に腰掛け、御心地爽にして、安らかにぞなり給い、
今よりこの処を安気野の里と名付けよと宣り給う。
和名抄に恵那六郷の内安岐郷はこの地に起因す。
後安気から安岐となり明治以降阿木となる。

住時は深さ五米広さ一ヘクタールの大池にして、
その周囲は古木うっそうと茂り幽邊の霊池たりしが、
宝永年間の大雨など度重なる水禍により土砂混入し、
昭和初期には一坪足らず小池となり何時しか埋没してその姿無し。

池の近くに安産を深謝して安気明神を祀る。
美濃国明神帳に恵那郡七社の内従四位上安気明神とあるは血洗神社是なり。
今天照大神、大山祇神を併せ祀る。

安産、育児、山林守護の神として霊験あらたかなること普く世人の尊崇する由縁なり。

壬申の乱 (672) の折 大海人皇子おゝあまのおうじ (天武天皇) は伊勢の大廟を拝し、
美濃地に入りて当社を遙拝して戦勝を祈願し給ふと云う。
今度改修されたる国道三六三号線は古くより東山道と三河路を結ぶ重要道路にして
俗に中馬街道とも呼ばれ明治中頃までは人馬かろうじて通る山路であり
亦式内恵那神社 (権現様) 詣での参道でもあった。
国道改修により社地の一部が道路敷地となりその代償を以て血洗神社本殿を奥深く遷座し奉り、
履舎を造営、腰掛岩の移築、血洗池の復原を育行し天皇在位六十年記念事業として之を建つ。

昭和六十一年五月三日  血洗神社氏子一同

血洗之池5

というわけで、ホツマツタエに語られている通り、
ここに確かに、アマテル神誕生の軌跡が存在していました。

古代からずっと大切に祭られてきた大切な場所なのです。

皇太子殿下御成婚のお祝いに植えられた記念樹が、
こんなにも大きく健やかに育っているのも
自然が織り成し私たちに見せてくださる、
これらのひとつの証であるように思います。

血洗之池6

記念樹の裏手が、血洗池です。

血洗之池7

いまは枯れかけているかのように見える池ですが
神代の頃は、豊かな水を湛えていた場所だったことでしょう。

血洗之池8

血洗之池9

この岩に、出産を終えたイザナミが、
生まれたばかりのアマテル神を抱いて座っていたのかな。。。

血洗之池10

そんな古代のロマンに心を寄せてみました。

血洗之池11

池のそばの、大きな樹木です。
この木の表面には、思わず惹かれてしまいました。

母体の胎盤と、赤ちゃんを繋いでいる臍の緒にそっくり。

w(*・o・*)w

そんなふうに思ったんですよね。。。

血洗之池12

大事なことは、いつも自然が教えてくれます。

今日もここでたくさんの自然に気付かされました。

血洗神社1

こちらは、血洗池のそばにある、血洗神社です。

血洗神社2

イサナミが、アマテル神を出産した時に
産穢を血洗池で洗い浄めたという伝説から生まれた神社で、
名の由来にもなっています。

血洗神社3

ヤマトタケが東征の帰途に、この地に訪れたという伝承もあるようです。
ここ、血洗池にも立ち寄られて、恵那大神(天照大神)を拝されていたようです。

血洗神社4

血洗神社5

ヤマトタケと同じ場所に立っているのか・・・と思うと、ちょっと胸が熱くなってきます。

彼はどんな気持ちで、ここに訪れたのかな。
いろいろなことを想像してしまいます。

血洗神社6

もちろん、当時はこのような御社ではなかったのかもしれないけれど
今でも、ちゃんと、地元の人たちが護ってくださっていることに、感激してしまいます。

血洗神社7

血洗神社8

血洗神社9

血洗神社10

ホツマツタエの印象的なストーリーは、
イザナギとイザナミが、ヒルコ姫(ワカ姫)を産んで、
その後、アマテル、ツキヨミ、ソサノオを産み
日本の国造りに尽力していきます。

ホツマツタエは、ヤマトタケの遺言で纏められたといわれますから、
この地は、その、最初と最後に関連している土地ということになります。

血洗神社11

心のどこかに大切な記憶として留めておきたい。
そう感じながら見て行きました。

血洗神社12

でも、どこかなつかしい気持ちにもさせられる土地です。

血洗神社13

ここにいるだけで、
どんどん魂の浄化が進んでいってるような
そんな不思議な感覚がありました。

血洗神社14

元亀年間の岩村城の戦では、武田勝頼の軍勢が
遠山子城を攻めて阿木周辺の神社仏閣は消失したようです。

血洗神社は龍泉寺と長楽寺を結ぶ龍泉寺道にあり、
修験道全盛期には、恵那神社や恵那山へ参拝する際に
身を清める湯屋が周囲に存在していたようです。

所々に、山神様が祀られていました。

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2015/12/07(月) 11:55:34|
  2. 神社仏閣めぐり(岐阜)