瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

阿智村 神坂神社(みさかじんじゃ)

神坂神社1

ゴールデンウィーク5/3(火)~5/5(木)
再び岐阜~長野の旅・・・レポの続きpart.3です。

今回一緒に旅したメンバーは(敬称略です)
大下伸悦さん、宮﨑貞行さん、伴埼史郎さん、櫻井康子さん、
サラ・シャンティ清水正博・和子夫妻、私の7名。

5/3(火)に訪れたのは
・恵那神社
・恵那山麓の血統神社と血洗池

この日は、大下先生の南木曽・流水亭で宿泊し
次の日5/4(水)の旅は、阿智村の神坂山からスタートしました。

阿智村の神坂山。神坂神社。
ここは万葉浪漫の終着地点でした。

神坂神社2

ここは、神坂峠。
古代の東山道最大の難所といわれた場所のようです。
そんな場所に神社があります。

神坂神社3
東山道(とうさんどう)は、五畿七道の一つ。
本州内陸部を近江国から陸奥国に貫く行政区分、
および同所を通る幹線道路(古代から中世)を指すそうです。

神坂神社4

律令時代の東山道は、畿内と東山道諸国の国府を結ぶ幹線道路であり、
律令時代に設けられた七道の中で中路とされた。
ただし中路とされたのは近江・美濃・信濃・上野・下野・陸奥の各国国府を通る道である。
陸奥国府・多賀城より北は小路であり、北上盆地内にあった鎮守府まで続いていた。
東山道には、30里(約16km)ごとに駅馬(はゆま)10匹を備えた駅家(うまや)が置かれていた。

飛騨・出羽は行政区画で東山道に区分されていたが、
国府には幹線道路としての東山道は通っていなかった。
飛騨へは美濃国府を過ぎた現在の岐阜市辺りから支路が分岐していた。
また出羽国へは、小路とされた北陸道を日本海沿岸に沿って延ばし、
出羽国府を経て秋田城まで続いていたと見られている。
そのほか、多賀城に至る手前の東山道から分岐して出羽国府に至る支路もあったと見られている。

奈良時代当初は、東山道の枝道として東山道武蔵路が設けられ、
上野国新田より曲がって武蔵国府(現・府中市)に至り、
戻って下野国足利へ進むコース(またはこの逆)が東山道の旅程であった。
すなわち武蔵国は、東京湾岸の令制国の中で唯一、
東山道に属した。他の東京湾岸の令制国は東海道に属したが、
元々の東海道は、相模国から海路で上総国・安房国を渡り、
そこから北上して下総国方面に向かう経路が取られていた。

その後、海路に代わり相模国から武蔵国を経由して下総国に抜ける陸路が開かれたため、
宝亀2年10月27日(771年12月7日)に武蔵国は東海道に入れ替わった。
なお、甲斐国(現 山梨県)は駿河国、伊豆国とともに東海道に属しており、旅程も東海道に組み込まれていた。

だが、当時は大河川に橋を架ける技術は発達しておらず、
利根川(当時)・多摩川・富士川・安倍川・大井川・木曽川・長良川・揖斐川と
渡河困難な大河が続く東海道よりも東山道の山道の方がむしろ安全と考えられていた。
このため、東海道の渡河方法が整備される10世紀頃までは東山道は活発に機能していた。

(東山道 wikiより)

神坂神社15

そんな東山道の難所にある神坂神社です。

ここを通るときに、古代人たちが道中の平安無事を
祈りを、ささげたくなる気持ちが伝わってくるような場所でした。

神坂神社5

日本武尊腰掛石

ここにもしっかりとヤマトタケの足跡が。。。

神坂神社6

ヤマトタケはこんなに険しい道を東奔西走したのかと思うと、胸が熱くなります。

川を伝って、どんなものを目にして東征していったのかな。

神坂神社7

この日は、夜明け前から大型台風かと思うほどの雨嵐でしたが
ここに到着するころには、晴天となっていました。

猫の目のように天候が変わる、今回の岐阜・長野の旅。
どんなに周囲が荒れていても、交通もスムーズで天候にも恵まれて
いろいろな体験を重ねていける有意義な旅となりました。

天にも地にも感謝です。

神坂神社8

樹齢2千年以上ともいわれる杉や栃の巨木。

この御神木に今回は呼ばれて行きました。

2000年前から私たちの訪れを待っててくれてる大きな樹木がどこかにある。
次には絶対に会いに行きたい。
でもどこだろう?
それが、おとうさんの木(カナサキさん)だと思う。

・・・そう櫻井さんと伴埼さんに伝えていたら
見事に探し出してくださって、私たちを案内してくださいました。

大下先生や宮﨑先生も、清水夫妻も
ここはとんでもないところだね~ と驚いていらっしゃいました。

やっぱり、皆で訪れることになって良かったのかも~。

嬉しいなぁ♪

神坂神社9

祭神
住吉明神
・表筒男命(うわつつをのみこと)
・中筒男命(なかつつをのみこと)
・底筒男命(そこつつをのみこと)

合祀
須佐之男命(牛頭天王) ・・・中御山神社(本谷)より
天津日子根命・・・・・・・・・・・・八王子社(本谷)より

神坂神社10

信濃の2大古族の、海の民「安曇族」
守護神は住吉明神であったことで、ここに住吉神が祀られているとか。。。

川も海も重要な交易地点だったことは
いまも昔も変わらないようです。

木曽路にも険しい山のあいだには美しい川があって、
阿智村に流れる川もその周辺も、ずっと見つめていると、
古代の風土の中に、心も意識もタイムトリップしていけそうな気分になります。
とても不思議な感覚に包まれてしまいますね。

神坂神社11

おとうさんの木をたくさん撮ってきました。 

神坂神社12

神坂神社13

神坂神社14



神坂神社16

神坂神社17

神坂神社18

神坂神社19

神坂神社20

神坂神社21

神坂神社22

山桃の花があちこちで満開を迎えていました。

神坂峠む向かう途中には「駒つなぎの桜」もありました。
源義経が奥州に下るとき馬をつないだという桜の大木です。
樹種は彼岸桜で、毎年満開の桜を咲かせるそうです。

そちらも、もう少し時期が早ければ、満開の桜を眺めることができたのかもしれません。
大きな樹木がたくさんの素晴らしい磁場の神坂峠と神坂神社でした。

阿智村の旅はつづきます。

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2016/05/06(金) 11:52:04|
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