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瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

生野銀山の中心で『GINZAN BOYZ』へ愛を叫ぶ\(^o^)/

生野銀山1

11/16(木)~11/17(金)にかけて
トーラステラファイトクラブ
「かごめかごめを伝える会」主催の
イエスさま卑弥呼さまのお墓参りツアーに参加してきました。
11/17は、イエスと卑弥呼の命日ということです。
上森さんが仰るには、兵庫県神河町にその陵墓が存在するということです。

http://kagome.biz/

ツアーの最後に訪れたのは生野銀山です。

生野銀山2

立冬を過ぎて訪れる銀山のトンネル。
黄昏時は、なお一層に仄暗く
寂しさを漂わせているように感じられました。

ここで働く人たちの心情に少し触れてみたいと感じます。

銀山で働く人たちの当時の平均寿命は20代。
皆、10代のうちからの肉体労働で短命。
30歳を過ぎると、長寿のお祝い。
赤い褌は滲んだ血を拭っても目立たないうに。
超ハードワーク。

粉塵を飲み込みながらの過酷な作業で、
みんな肺をやられて亡くなるそうです。

ここにはたくさんの銀山ボーイ&ガールたちが動いていて
私たちを迎えてくれる・・・

そんな彼らを、ひとりずつ、
ぎゅーっと暖かく抱きしめたい想いに駆られてしまいます。

生野銀山3

生野銀山は平安時代初期の大同2年(807年)の開坑。

天文11年(1542年)、但馬国守護大名・山名祐豊により
石見銀山から採掘・精錬技術を導入し本格的な採掘が始まったそうです。

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康など、戦国武将の直轄地。
佐渡金山(越後)、石見銀山(石見)とともに重要な財源とされていました。

明治元年(1868年)から日本初の政府直轄運営鉱山となり
鉱山長・朝倉盛明を筆頭として、
フランス人技師長ジャン・フランシスク・コワニエらの助力を得て
先進技術を導入し近代化が進められていきました。

明治22年(1889年)から皇室財産となり、宮内省所管。
明治29年(1896年)に三菱合資会社に払下げられています。

1974年、史跡「生野銀山」は、三菱マテリアルと朝来市が出資する
第三セクター会社「シルバー生野」が管理・運営。

2007年、近代化産業遺産・日本の地質百選に選定。

生野銀山4

ここに来るとき、私はワクワクしていました。
話題の『GINZAN BOYZ』に逢えると! \(^o^)/

ginzanboys.jpg

超スーパー地下アイドル『GINZAN BOYZ』の公式サイトはこちら↓
http://www.ikuno-ginzan.co.jp/ginzan-boyz/

こんな明るいノリが大好きです。
生野銀山は近代化産業遺産。日本各地の鉱山は自然遺産。
懸命に働いて歴史を作ってきてくださった先達さん
『GINZAN BOYZ』を、心から称えたいと思います。





テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2017/11/19(日) 10:59:50|
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