FC2ブログ

瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

伝説の王・禹 最古の王朝の謎

伝説の王・禹 最古の王朝の謎 (2013年)

本日、はじめて見た古代中国の歴史動画です。

司馬遷の編纂した『史記』には、以下のように記されているそうです。
----------------------------------
遥か昔、この世は洪水が相次ぐ厳しい土地だった。
王たちがどのような手を講じても
荒れ狂う大河を制することはできず
人々は貧しい暮らしを強いられていた。

ある日、一人の若者に白羽の矢が立つ。
禹(う)と呼ばれる男だった。

何より民の為に尽くすことを考える禹は、部下たちを率いて
全国の治水に邁進する・・・

厳しい自然との戦いで
若々しかった肉体はいつしか老人のように衰え
片方の足は不自由になった。

それでも禹は、歩き続けることを止めなかった。

そして13年後、禹はついに中国全土の治水に成功。
生まれ変わった土地で、民の暮らしは豊かなものに一変する。

周囲から押された禹は、王に即位。
中国最初の王朝・夏王朝を作り、大いに栄えさせた。


----------------------------------

禹(う・紀元前1900年頃)は中国古代の伝説的な帝で
夏朝の創始者といわれているそうです。

名は文命(ぶんめい)、
諡号は禹、別称は大禹、夏禹、戎禹ともいい、
夏王朝創始後は氏を夏后とした。

私は数日前までは、まったく知らない人物でした。

どうやら古代日本との関わりが深い
国土開発のキーパーソンであると知らされ、
自分なりに調べてみることにしました。

文明の出発点は、治水が成された大河からです。

動画を見ていると、この時代を生きる人々が長い年月をかけて、
命がけで尽力した一大事業であったことがよくわかります。

治水のポイントにあたる遺跡からは、14本もの大きな柱が出てきたそうです。
周辺の塔児山という山にも注目しながら、柱のと柱の隙間に射す朝日を見ていくと
それが太陽観測施設として、暦を確定するために設置されたものであると分かるそうです。

その太陽光は、中心ポイントから、
春分・夏至・冬至などを示す豊穣の光だったのです。

天体観測で暦を読み、情報を支配することができる人物が
民を救済できる優れた王として讃えられてきたのです。

暦はいつの時代も農業と密接です。
いつ畑を耕し、種をまき、収穫ができるのか。
安定した計画的農業が、すべての民の希望となります。

禹は、田畑では収穫量に目を光らせ農民を苦しませず、
さらに武器の生産を取り止めて、宮殿の増築は先送りし
関所や市場にかかる諸税を免除しました。
地方に都市を造り、煩雑な制度を廃止して行政を簡略化していきます。

民からの絶大な信頼を得て慕われた帝禹。
豊かに栄えた夏王朝。
どうして、その名は今に伝えられていなかったのでしょうか?

のちに戦乱の世が繰り返されたからです。
戦いは天変地異を呼び起こします。

地球の法則の上で活かされている私たちは
寒冷化などの天変地異の影響を避けて生き続けることは出来ません。

やがて大河は氾濫し、築き上げた文明を破壊し
また文明を生み出していくというサイクルを興して
私たちの魂は向上を続けていきます。

高く積み上げて行き過ぎてしまった物質文明が
新しい芽を産み出し育てていくために、崩壊してゆきます。

古代出雲のヤマタノオロチ伝説も、
治水に悪戦苦闘した私たちの祖先の記録です。

ホツマツタヱとの類似が随所にみられる
古代中国の歴史を知ることが出来ました。

最近は、人工的に配置された磐座群が
太陽観測施設ということも分かってきました。

世界各地の物語には、
いくつ類似性が見つけ出せるのでしょうね?

こうした文明の深層を探りながら
私たちは新しい文明をまた一歩進めてゆきます。

いつの時代も、民の暮らしの中に物語の神髄が見えてきます。

これからも古代の記録から目が離せません。

------------------------------------------
1.jpg

こちらは、 加西市にある兵庫県立フラワーセンター内
「古代中国の鏡の展示館」で展示されている
夏王朝と繋がる二里頭式の鏡です。 
造られたのは、紀元前17~16世紀。

夏(カ)の時代から続く古代中国の鏡の歴史は
ホツマツタヱで伝えられていた鏡の役割からも見えてきます。
こちらの記事も関連しているのでご覧ください。

古代鏡展示館
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1888.html

ご対面11

鳥取県鳥取市面影山
桜谷神社に鎮座の瀬織津姫の石像。 (平成25年)

彼女は彼の国に行って帰ってきて設置されたのでしたよね。
夏王朝とはやはり無関係ではなさそうですね。
検証し甲斐がありそうですね。

ご対面10

兎さんは帝禹さんからのメッセージを伝えてくれるでしょうか。

------------------------------------------

220px-Yoichi_Hatta.jpg

こちらは、八田與一さんです。

1886年(明治19年)2月21日~1942年(昭和17年)5月8日)
日本統治時代の台湾で、農業水利事業に大きな貢献をした水利技術者です。
石川県河北郡花園村(現在は金沢市今町)のご出身。
石川県尋常中学、第四高等学校(四高)を経て、
1910年(明治43年)に東京帝国大学工学部土木科を卒業後、
台湾総督府内務局土木課の技手として活躍されました。

もしかしたら、彼も帝禹の血筋なのかもしれない・・・?

世界の荒れた大地で治水事業に携わる方々の活躍を
今後も顕彰していきたいと思います。


テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2018/01/20(土) 21:11:21|
  2. 動画