瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

天燈山/奥武山 世持神社(よもちじんじゃ)

世持神社1

2/9 那覇の奥武山公園を歩きました。

沖宮~護国神社~心海上人之墓 と歩いて、
次に世持神社(よもちじんじゃ)へと行ってみました。

公園内の中心です。

近くに遊具の広場があって、
途中で小さな子供たちとすれ違いました。

世持神社2

登っていくと

またしても、別の招き猫さまが御出現・・・! (@_@;)

世持神社3

ここでも、ふたたび

「まかせろ 付いてきな」

って言われてる気がしました。

行くしかないわ。。。

世持神社4

ここの近辺には「産業恩人記念碑」があり
沖縄の産業界に貢献した、三大恩人

・野国総管
・儀間真常
・具志頭文若(蔡温)


の功績が称えられています。

世持神社5

1934 年、沖縄県知事を会長とする「神社創立期成会」が結成。

沖縄文化協会の島袋源一郎氏の提案によって
神社名を「世持神社」とされました。

「世持」とは、沖縄のことばで「ユームチ」というそうです。
(世の中をささえるという意味)

三人は沖縄の産業をささえた恩人として祀られることになりました。

1935年3月 那覇市奥武山公園内に認定。
1937年2月28 世持神社創立の認可が正式決定。

祭神は、出雲の大物主が刻まれていますが、
沖縄産業界の三大恩人は、国土開発や整備に尽力された
偉大な方たちだったんでしょうね。

世持神社6

こちらのサイトに詳しく神社の御由緒が書かれています。
沖縄産業界の先達さんたちの記録です。
↓ご興味のある方はぜひご覧ください。

●世持神社の祭神●
http://www.town.kadena.okinawa.jp/kadena/soukan/book/42.html

世持神社7

散歩していると、中国の方たちと違います。

ここは沖縄・・・
日本なのかな・・・と思うことも、しばしば。


明治時代の中ごろまでは、中国の歴史と関係が深くて
日本の歴史と異なる特徴をもった琉球の歴史を学ぶことは否定されていたそうです。

大正時代に入ると、琉球の歴史文化は日本の古い姿を残していると評価が高まったそうです。

昭和10年代~戦争が激しくなると、沖縄の村々にある御嶽が
日本の古い宗教の形を残している聖地として位置づけられ
「一村一社」として神社に統合されて、御嶽に鳥居をたてる動きが起こります。

世持神社8

いま、産業の融合・歴史の融合・みんなの意識の融合が
起こり始めているんだな・・・と感じられます。

世持神社9


世持神社10

えんむすび♪

出雲の神の願いも、ここに込められているのかもしれません。

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2018/02/14(水) 13:34:11|
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