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瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

『邪馬台国ラプソディ』 聖地巡礼 8 宇佐神宮

314宇佐神宮1

2018/3/14(水)~3/20(火)に旅してきた
小説『邪馬台国ラプソディ』 の聖地巡礼レポートです。

邪馬台国2

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3/14(水) 夕暮れ時に、
ついに宇佐神宮へと到着しました。
全国に約44,000社ある八幡宮の総本社。

私にとっては7年ぶりの参拝でした。
その時は独りで、311東北地震の後
(2011/3/26)に九州を訪れた時に立ち寄っていました。

久しぶりです。
2度目の参拝に訪れることが出来て
ちょっと胸が震えていました。

314宇佐神宮2

今回は大鳥居を潜らずに、
最初に、呉橋の横に架かる橋から
上宮へと向かいました。

314宇佐神宮3

昔、の国の人が掛けたともいわれる「呉橋」
鎌倉時代、以前からあるそうです。

普段は閉じられているそうですが・・・

314宇佐神宮4

勅使が渡るときには、開かれるそうです。

格子から、ちょっと覗いてみることができます。

314宇佐神宮5

弥勒寺跡です。

この弥勒寺跡と背後にある宮山がとても心地よくて、
私は、ずーっと佇んでいたくなります。

人があまりいない場所だからかな。
以前来た時からそう感じていました。

再び来ることが出来て、感無量です。ヾ(*´∀`*)ノ

314宇佐神宮6

こちらは、弥勒寺のすぐ傍です。

一柱騰宮(あしひとつあがりのみや)跡

この高台一帯を、騰隈(とうのくま)というそうです。

「日本書紀」には神日本磐余彦命(神武天皇)が御東征のおり日向を発たれ、
椎根津彦命の水先案内で豊後水道の難所を通り抜けて宇佐に上陸され
このとき、宇佐国造の祖である、菟狭津彦命菟狭津媛命が天皇一行を
この騰隈の地でお出迎えになり、一柱騰宮(あしひとつあがりのみや)を建て
餐(ご馳走)を奉ったと記されています。

また神武天皇上陸の地と伝えられる、和気の柁鼻(かじはな)神社には
神武天皇とその兄の彦五瀬命(ひこいつせのみこと)を、
大尾山の東側大地の椎ノ宮の椎根津彦神社には
椎根津彦命がお祀りされているそうです。

ここは、安心院(あじむ)の妻垣神社
繋がりの深い場所だったようです。

どうりで居心地が良かったわけだわ。。。(●^o^●)

314宇佐神宮7

手水舎の中央で澄んだ水を湛えている「日本一の水盤」です。

この水盤は、山口県の徳山みかげを使用し、重さが24tあり
国産御影石では我国最大を誇るのだそうです。

314宇佐神宮8

春宮神社 (とうぐう)です。

御祭神は、菟道稚郎子命(うじのわきいらつこ)

第15代応神天皇皇子(『日本書紀』では皇太子)で、
第16代仁徳天皇の異母弟。

314宇佐神宮9

このごろ、歴史の表舞台から姿を消してしまった人や
位を譲った人たちのことが気になります。

314宇佐神宮10

上宮への鳥居です。

314宇佐神宮11

こちらは下宮の鳥居。

314宇佐神宮12

上宮への石段を登り、宇佐鳥居の手前で
夫婦石を見つけました。

鏡合わせの「富士山」みたい。

ここは宇佐なので、
鏡合わせの「御許山」か「英彦山」なのかもね。

あるいは、九州と大和とか。
ちょっと和みました。 (●^o^●)

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西大門です。

朱色が夕日に映えて、本当にきれいですね♪

314宇佐神宮14

上宮に着きました。

314宇佐神宮15

天皇陛下の御幸が記されています。

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南楼門の内側に甲殿があり、その奥に本殿が並んで聳え、
日輪の光を反射して神々しく映える。
本殿は外院と内院の二練の建物が繋がっている。
神様の昼の御座所と考えられている前殿を「外院」と呼び、
神様の夜の座所である奥殿を「内院」と呼ぶ。
神様は、昼は前殿で政を掌り、夜は奥殿に移動するという。

「二之御殿はとても立派だな。
でも、ここに祀られている比売大神ってどんな神様なのだろう?
一之御殿の応神天皇や三之御殿の神功皇后よりも、比売大神の方が
丁重に扱われているようだけど、どうしてだか理解できないな」

耀子はそう呟きながら、南楼門の前の廊下に続く階段を上り下りし、
二礼四拍一礼の参拝を済ませた。

『南楼門 時雨畏む 四拍手』


『邪馬台国ラプソディ』 P134 第四章 卑弥呼の墓 より
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二之御殿の御祭神は、私はこれまで三女神だと思っていましたが、
川鍋説ではこうです↓

宇佐御陵

えぇぇ (@ ̄□ ̄@;)!

なぜ?

・・・と思ったところから、この旅物語は始まってゆきます。

自分自身で解き明かすための物語。

私は面白いと感じましたし、
皆さんにもそれを感じてほしいですし、知って欲しいです。

壮大なネタバレをしてしまいましたが
むしろ知っているほうが、この物語は楽しめます。

314宇佐神宮18

宇佐神宮奥宮といわれる、大元神社の遥拝所です。

大元=御許山(おもとやま)

314宇佐神宮19

宇佐嶋とも呼ばれる、御許山(馬城峰)です。
宇佐神宮発祥の聖地として摂社大元神社が鎮座し、
現在でも毎月の祭祀か毎月厳修されているそうです。

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2018年・戌年の絵馬。

黒と茶の犬たち。

最近ずっと九州の地図とにらめっこしていたのですが
九州にも「犬」が付く名の山や土地がいろいろあることを知りました。
いつか繋がるとイイナぁ。

314宇佐神宮22

西大門の牡丹?の花。

麗しいですね♪

314宇佐神宮23

上宮参拝後に
若宮神社の前に来ました。

こちらは応神天皇の若宮であられる
大鷦鷯命(仁徳天皇)と皇子がお祀りされています。

314宇佐神宮24

仁徳天皇からのメッセージでしょうか。

ケサランパサランが
フワフワと漂ってきて、キャッチしました。

314宇佐神宮25

下宮に着くと、消えてしまいました。
またどこかへ漂っていったのでしょう。

ケサランパサランは、樹木の種なのでしょうけれどね。
なにか神様からのサインだと思ってた方が楽しいですよね。

314宇佐神宮26

こちらは下宮の禊の場です。

314宇佐神宮27

エメラルド色です。
ちょっと濁っているけれど、絵になりますね。

ここを眺めていると
八重垣神社の鏡の池を思い出していました。

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兆竹(さましだけ)

往古、宇佐神宮では神事や豊穣、国家の大事を決する時の神意の卜占を、
摂社・若宮神社の拝殿にて対馬の卜部が亀甲を焼いて行っていた。
その際、この下の宮境内の竹を用いて熱した亀甲を「冷まし」たといわれます。

314宇佐神宮31

下宮は、嵯峨天皇の弘仁年間(810年代)勅願によって創建され、
上宮の御分神をご鎮祭されています。

一之御殿 八幡大神 (応神天皇)
二之御殿 比売大神
三之御殿 神功皇后

「下宮参らにゃ片参り」

下宮の八幡大神は、御饌(みけ)を司ると謂れ
古くは御炊殿(おいどの)ともいわれ、神前にお供えする御饌(食事)を炊く竈殿があり
農業・漁業をはじめとする一般産業の発展充実を御守りになる神様と伝えられています。

314宇佐神宮30

力石(ちからいし)

・大140kg ・中120kg ・小90kg

力自慢を競うのもご神事。
それはやっぱり、米作りは重労働だからでしょう。

314宇佐神宮32

314宇佐神宮33

上宮と下宮の鳥居です。

ありがとうございます。
また来ます。

(●^o^●)

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そして表参道の大鳥居を、参拝帰りに通るという・・・。

314宇佐神宮35

こちらは黒男神社。

御祭神・武内宿禰

時代を大きく動かしていった人物ですね。
大鳥居の近くに鎮座されています。

314宇佐神宮36

狛犬さんは、首に大きな鈴を付けていました。

ドラえもんみたいだ~。
でも、顔はちょっとコワイよね。

314宇佐神宮37

走れクラウス号! 2001人計画

明治・大正・昭和にわたって活躍したクラウス号は、
全国に4両しか保存されていない貴重な文化財です。

しかし110年を経て損傷が進み消滅の危機にあったため、
ライオンズクラブ(宇佐LC・宇佐なかずLC)によって
「走れクラウス号!2001人計画」と名づけた保存活動が行われました。

その結果、多くの皆さんから浄財か寄せられ、
立派に保存修復をすることができました。
また宇佐神宮より保護施設も設置して頂きました。
寄付者の御芳名はタイムカプセルに納めて地中に埋めており、
21世紀によみがえったクラウス号とともに、
末永く後世に伝えられることになりました。

2001年5月13日  

宇佐市教育委員会


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旅のスタートである小倉駅で出会った、
「銀河鉄道999」のメーテル・哲郎・キャプテン・ハーロックが思い出されました。

宇宙と地球のためのミッションを終えて
帰還する人々を運んでいく銀河行の列車は
ここ、宇佐神宮で保護されていました。

314宇佐神宮38

宮本武蔵 誠心直道の碑

正統二天一流が宇佐の地に存在する理由

西暦1640年(寛永17年)、細川藩(現・熊本県)に招かれた
流祖宮本武蔵から代八代宗家青木規矩男まで、
熊本に伝わって来た正統兵法二天一流は、
昭和13年より青木宗家の直弟子として修練を重ね
正統の技に熟達していた宇佐郡(現・宇佐市)在住の清長忠直に、
西暦1967年(昭和42年)第九代宗家が相伝された。

それにより、熊本から宇佐の地に正統が移されたことを記念して、
宇佐剣道連盟(現・宇佐市剣道連盟)の有志により石碑が建立され
碑前において相伝式が執り行われた。以後、宗家の相伝式は碑前にて行われ、
宗家の証として流祖自作の「赤樫の木刀」が手渡され技が奉納される。
尚「赤樫の木刀」は宇佐神宮内に管理保存されている。

兵法二天一流道場
関口流居合道道場

二天会

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いろいろな碑があって、読んでいくと繋がりが見えてきて面白いです。
宇佐神宮周辺も、とても熱かったです。


宇佐神宮は、行ってみて、見てきて、
初めて分かることもたくさんありました。

そして、新たに訪れてみたいところが見つかります。
より奥深いところへ入っていくことになります。

これからもっと見えてくるものがあるでしょう。
とっても楽しみです♪




テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2018/03/26(月) 00:08:41|
  2. 邪馬台国ラプソディ 聖地巡礼