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瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

『邪馬台国ラプソディ』 聖地巡礼 10 御陵神社

315御陵神社1

2018/3/14(水)~3/20(火)に旅してきた
小説『邪馬台国ラプソディ』 の聖地巡礼レポートです。

邪馬台国2

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3/15(木)の朝を延岡で迎えました。

私たちは延岡駅近くのホテルで宿泊して
早朝、瀬織津姫・終焉の地と伝えられる御陵神社へ参拝しました。

315御陵神社2

こちらが延岡にある御陵神社です。

宮司さんがいらっしゃったので、
いろいろとお話を聞くことが出来ました。

質素な佇まいの神社です。
かつては、裏手が古墳になっていたとか。
街が開発されるにつれて、
その古墳は削られてなくなり
今に至るのだそうです。

315御陵神社3

【御陵神社の由来】

昔、神武天皇が日向の美々津よりお船出をされたときに同行された
瀬織津比賣(せおりつひめ)という女性の神様が途中、病の為
現在の延岡の方財町で船を降りられ、ここ大門町で亡くなられました。

この神社は昭和20年ごろ延岡に、はやり病が流行し多くの家庭から
亡くなる方が続出し、当時の方々が、はやり病が治まるように願掛けし、
建立されたのがこの神社です。

ここに瀬織津比賣のお墓があり、
その上に建てられたのが御陵神社です。

平成15年、古くなった神社は現在のものに建て替えられました。


瀬織津比賣(せおりつひめ)とは

祝詞に出てこられます。
現在の西都の速川神社で修業をされ
病気平癒、お祓い、学問、など多くの方面で優れた方であり
この平成の時代でも、そのお力は衰えることがありません。
参拝、祈願に来られた方々に数々の不思議、奇跡を見せられます。

ここ御陵神社では瀬織津比賣(せおりつひめ)の魂は生きておられます。
また、海の神でもあり、子宝、縁結びもされます。

315御陵神社4

私はこれまで、神戸の六甲山が瀬織津姫・終焉の地だと思っていました。
それはそれとして、いまもとても関係が深いはず、と考えていますが
どうも他にも、別の見方をしてみる必要もありそうですネ。

ここ最近、沖縄や九州とのご縁が深くなるにつれて
もっと深く、知らなければならないことがあるのでは?
そのように感じています。

神戸から飛び出してみたら、
またひとつ新しい扉を開いてしまったような。。。(^o^)

川鍋さんは、考古学的見地から、
卑弥呼瀬織津姫の御陵は宇佐神宮の上宮ではないかと仰います。

そしてこちら延岡の御陵神社は、瀬織津姫の終焉の地。
九州の各地には、これまで私が知らなかった様々な伝承があるようです。

もっと知りたい、と思いました。
そして、今回、九州各地をを旅して分かったことは、
ホツマツタヱの記述と一致するところが
他の地方では類を見ないほどに多いという事でした。

御陵の神社に訪れたのも、ご縁なのでしょう。

一度死んだつもり?で、リセットして
仕切り直しをしたいと思います。

定説となってしまった事柄や
常識にというものにも捕らわれずに、
俯瞰した眼で見ていくように心がけていきたいと思います。

なにか新しいものが見えてくるかもしれません。

「心を真っ新にして生まれ変わろう」

そう誓いました。

315御陵神社5

御陵神社の不思議

【鳥居・縁結び】

彼女・彼氏が欲しい方が思いきり抱き着くと、
ご縁に恵まれると言う鳥居があります。

この鳥居を建立するにあたり
とても不思議なことがあります。

参拝者で鳶職の方が高い場所で仕事中に誤って
鉄柵の真上へ落下してしまいました。
その時に大勢の人が見ている目の前で、
鉄柵が曲がってその方は命を救われました。
そのお礼に、その方ご自身の生命保険を解約し、
現在の鳥居を建立し奉納されました。

315御陵神社6

ここ御陵神社では
瀬織津比賣(せおりつひめ)の魂は生きておられます。


そう宮司さんは、仰いました。

それがこの御神木に顕れています、と・・・

探してみました。

315御陵神社7

あっ。

(⋈◍>◡<◍)。✧♡

♡♡♡♡♡

ハート形を発見しました♪

315御陵神社8

今回の聖地巡礼は、
現実は小説よりも奇なりでした。





テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2018/03/27(火) 00:24:45|
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