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瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

『邪馬台国ラプソディ』 聖地巡礼 28 豊前坊 高住神社

317高住神社1

2018/3/14(水)~3/20(火)に旅してきた
小説『邪馬台国ラプソディ』 の聖地巡礼レポートです。

邪馬台国2

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3/17(金)
九州最高峰・英彦山の英彦山神宮奉幣殿へ参拝しました。\( 'ω')/
それから高住神社へ向かいました。

317高住神社2

日田・添田・中津・・・古代ヒタカミの中心地の
宮殿跡と思われる史跡や、神社などの聖地、
そして英彦山へと登ってきたわけですが・・・
ここへきて、気が付くことがあります。

とにかく、光が圧倒的なんです。

317高住神社3

そして、英彦山の北岳の麓、
ここ豊前坊 高住神社でもそれを感じて、
恐れ入ってしまいました。

317高住神社5

社伝によると、

御祭神は豊前豊後の国の守護神として、
もと鷹巣山に祀られ人々の病苦を救い
農業や牛馬、家内安全の神として古くから崇められ
社殿は遠く継体天皇の御代(約1500年前)
藤原恒雄によって創建されたと伝えられています。

ここに来る前に参拝した
英彦山神宮奉幣殿の御由緒にも興味深い内容があります。

継体天皇25年(531年)、
北魏の僧・善正(ぜんしょう)が英彦山山中で修行中に
日田の猟師の藤原恒雄に会い、殺生の罪を説いた。
しかしそれでも恒雄は猟を続け、1頭の白鹿を射た。
その時、3羽の鷹が出現して
白鹿に檜の葉に浸した水を与えると、白鹿は生き返った。
それを見た恒雄は、この白鹿は神の化身なのだと悟り
善正の弟子となって当社を建立したという。

鷹=日田=ヒタカミ でした。

317高住神社6

また高住神社は豊前坊天狗神としても有名で、
欲深く奢りに狂った人には天狗を飛ばせて子供をさらったり
家に火をつけたりして慈悲の鉄槌を下し、
心正しく信仰する人には家来の八天狗をはじめ
統べての天狗を集めて願い事を遂げさせ、
其の身を守ると伝えられてきました。

317高住神社16

境内の石鳥居は1698年=元禄10年(約300年前)、
青銅の神牛は1839年=天保9年(約160年前)に、
ともに五穀豊穣、牛馬・家内安全を祈願して、
田川郡の大庄屋6人が住民を代表して奉納されたものです。

317高住神社7

山伏の修験道場として古くから武芸の鍛錬に力を入れ、
最盛期には数千名の僧兵を擁し、
大名に匹敵する兵力を保持していたそうです。

領主は豊前佐々木氏
その後、秋月種実と軍事同盟を結びます。
天正9年(1581年)10月、
敵対する大友義統の軍勢による焼き討ちを受け
多数の死者を出して大きく勢力を失います。

大友氏が衰退すると、新領主として豊前に入った
細川忠興が強力な領国経営を推し進めました。

豊前佐々木氏=佐々木小次郎のルーツ。

317高住神社8

修験道の創始者、役小角(役行者)

317高住神社9

修験道は、森羅万象に命や神霊が宿るとして
神奈備磐座を信仰の対象とした古神道

それらを包括する山岳信仰と仏教が習合し、
密教などの要素も加味されて確立した日本独特の宗教です。

日本各地の霊山を厳しい修行の場とし
功徳のしるしである「験力」を得るとされています。

そして、衆生の救済を目指してきました。

317高住神社10

317高住神社11

どこを向いても清々しいです。

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「天狗杉」

樹齢850~900年のご神木です。

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春季大祭
柴燈大護摩修法

その準備が執り行われていました。
大きな祭礼は季節ごとに年4回あるそうです。

この様子と圧倒的な光を見ていると、

英彦山の修験道霊場が、
全国に広がる山岳信仰の出発点、
原点ではないかと思えます。

317高住神社22

高住神社は鷹巣山に坐す。
高住=鷹巣・鷹栖・高須・高祖
鷹=高木神・高皇産霊尊

主祭神
豊日別命  
サルタヒコであり豊前豊後の住民の守護神。

天照大神 =日の神
天火明命 =稲穂(農耕)の神
火須勢理命 =鎮火(火伏)の神
少名毘古那命 =禁厭(祈祷)医薬の神

317高住神社23

修験道霊場は磐座信仰の聖地には
アマテル神とともにいた、
猿田彦(サルタヒコ)が祀られているところが多いですね。


いのおれお  さるたかとりて  かくらしし  よこまおはらす  よよのかんかせ

獅子ノ口が、高住神社の入り口です。

317高住神社24

またさるた むかしさつくる
さかほこき うつくしきすす
わいきたち かかんのんてん
ときまちて みちあらはせよ


付近には、逆鉾岩もありました。

317高住神社25

ホツマツタヱには、猿田彦の功績がたくさん語られています。

アマテル神の御代を支える猿田彦は
ここには長い間居たのではないかなと想像します。

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「京都」と書いて、「みやこ」と呼びます。
英彦山の近くに、元祖京都が存在しました。

317高住神社37

一番左に貼られている、神代文字(?)で書かれたお札が目に留まり
社務所の方に伺いました。

なんでもこのお札は、
「虫祓いのウタ」が書かれたお札なのだそうです。

317高住神社38

この炭で染まった木片が、原版です。

とても貴重なものを見せて頂きました。
ありがたや~。

317高住神社39

神代文字(アヒルクサ文字)で書かれているそうです。
それを解読され、読みやすい文字に直されています。
さらにカタカナの現代語訳が添えられています。

317高住神社40

これはプロの書道家の方が清書されたものです。

なんだかカッコイイですね。(^O^)

ヒルコ姫瀬織津姫たちは、
稲穂に付く虫を追い払って民の収穫を助けたけれど、

こちらの虫祓いは、上記の意味もあるのかもしれませんが
もしかしたら、腹の虫を治めるためのものかもしれません。
居処の悪い腹の虫とか、心の魔とか。

猿田彦は、ハタレ魔退治に尽力した人物なのです。
ここで修業をしていた天狗さんたちの御役目もそこにあるのです。

そののちに みもすそとえは
さるたひこ むかしはたれお
やふらんと みそきなすとき
かみのもの いわにかかりて
ひたひけは たきおちくたる
さくなたり

        
317高住神社29

本殿は、なんと巨大な磐座に沿う様にして建てられています。

これには言葉が出ませんでした。。。 (@_@;)

317高住神社32

一部で桜が咲いていて、
春の陽気が漂っていますが

本殿の磐座には、まだ凍るような冷気に満ちています。
氷柱がたくさんできていました。

317高住神社33

本殿の真裏の磐座に登って、見下ろしてみました。

317高住神社34

ここからは、周防灘が見えます。

アマテル神が宮を築いていたかもしれない
中津の街並みも樹木の向こうに広がっています。

ここではたくさんの発見がありました。
天狗さんたち、どうもありがとう。(^O^)





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  1. 2018/04/02(月) 16:38:00|
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