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瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

『邪馬台国ラプソディ』 聖地巡礼 32 太宰府跡

318太宰府跡1

2018/3/14(水)~3/20(火)に旅してきた
小説『邪馬台国ラプソディ』 の聖地巡礼レポートです。

邪馬台国2

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3/18 吉野ヶ里遺跡から、大宰府へやってきました。

318太宰府跡2

特別史跡 大宰府跡

大正10年3月3日 史跡指定
昭和28年3月31日 特別史跡指定

福岡県太宰府市大字観音寺坂本

古代、西海道と呼ばれた九州一円を統轄していた大宰府は
外交・貿易などの対外交渉の窓口として重要な任務を課せられていた。

その機構は中央政府に準じ、地方機関としては
最大規模の行政組織を有していた。

発掘調査によると、七世紀後半に掘立柱建物が建てられ、
八世紀初頭に礎石を用いた朝堂院形式の建物に整備される。
この建物は藤原純友の乱によって焼き打ちされたが、
十世紀後半には立派に再建された。

現在見ることのできる礎石は、この再建期のもので、
発掘調査の成果をもとにして復元したものである。

これらの建物は菅原道真が
「都府の楼はわずかに瓦の色を看る」とうたっているように壮大なもので、
当時としては中央の都の建物にも劣らぬものであった。

正殿は重曹風につくられ、屋根は入母屋ないしは寄棟造りであったと思われる。
このような政庁を中心にして周囲は、数多くの役所が配置され、
その規模は平城・平安の都に次ぐ「天下の一都会」であった。


昭和61年3月 福岡県教育委員会


318太宰府跡3

古都大宰府は「遠の朝廷」として繁栄を誇っていたそうですが
平安時代末頃(約900年前)にはその役割を終え、田畑と化していきました。
ところが昭和30年代から、再び脚光を浴び始めました。

大宰府復元

復元するとこんな感じらしいです。
朱色の南門、とても立派ですよね。(^O^)

318太宰府跡4

大宰府跡の保存は、江戸時代に
福岡藩(黒田家)が行った建物礎石の調査に始まります。

明治・大正・昭和と時代が変わっても、保存の精神は継承され、
大宰府を顕彰する石碑が建てられたり、
簡単な保存整備が正殿跡を中心に行われてきました。

318太宰府跡5

私はこの数日間、ざ~っと九州全土の宮殿跡や、
巨大古墳、聖蹟などを、旅してみてきたわけですが・・・

意識が冴えわたり、インスピレーションが溢れてくるのです。

菅原道真のゆかりの地として知られる大宰府。

彼の場合はどうだったんだろうか?と考えます。

ここにきて、土地の魅力に触れて
新たに始めたいことや、成し遂げたいことに
たくさん出会うことが出来たのではないのかな?

短命だったにしても、心が晴れる出来事に
触れられたのでは、と想像します。

真相は、ご本人にしかわかりませんが
ここに立って春の匂いに包まれていると
心地よく想像が膨らんでいくのでした。








テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2018/04/04(水) 16:37:29|
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