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瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

英彦山★六甲山 修験道と山岳信仰 1 英彦山の歴史

317高住神社19

「邪馬台国ラプソディ」聖地巡礼の旅では、
大分県日田市で郷土史研究をされている「伊藤塾」の皆さまより
大変貴重な資料を頂きました。

英彦山を中心とした修験道と山岳信仰についての纏めですが
私の住んでいる神戸・六甲山、そして出雲とも、
非常に深い関わりがあると知りました。

ぜひ、ここでもシェアをさせて頂きたいと思います。
ご興味のある方は、ぜひお付き合いください。

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『英彦山(ひこさん)の歴史』

Wikipediaより

英彦山(ひこさん)は、福岡県田川郡添田町と
大分県中津市山国町にまたがる標高1,199mの山である。

耶馬日田英彦山国定公園の一部をなす。

英彦山羽黒山(山形県)・熊野大峰山(奈良県)とともに「日本三大修験山」に数えられ、
山伏の坊舎跡など往時をしのぶ史跡が残る。

山伏の修験道場として古くから武芸の鍛錬に力を入れ、
最盛期には数千名の僧兵を擁し、大名に匹敵する兵力を保持していたという。

この山を根拠とする豊前佐々木氏が領主であり、
一族からは英彦山幸有僧という役職も出していたとの記録がある。

英彦山はその後、秋月種実と軍事同盟を結んだため、
天正9年(1581年)10月、敵対する大友義統の軍勢による焼き討ちを受け、
1ヶ月あまり続いた戦闘によって多くの坊舎が焼け落ち、
多数の死者を出して大きく勢力を失った。

大友氏の衰退後は、新領主として豊前に入った細川忠興
強力な領国経営を推し進めたため、
佐々木氏とともにさらにその勢力は衰退したという。

なお、豊前佐々木氏は添田の岩石城を居城としていた。
豊臣秀吉による九州征伐の際には秋月氏方として香春岳城に続いて攻撃され、
一日で攻め落とされたが滅ぼされず、細々と生き残っている。

巌流島の決闘で有名な佐々木小次郎はこの豊前佐々木氏の出身であり、
またその流派・巌流は英彦山山伏の武芸の流れをくむとする説がある。

その説によれば、巌流島の決闘自体が、
宮本武蔵を利用して当主である小次郎を殺害させることによる、
細川氏の豊前佐々木氏弱体化工作であったという。

山伏集落についての詳細は不明であったが平成27年、
添田町が行ったレーザー測量によって集落跡地とみられる場所を複数個所、確認した。

「英彦山三千 八百坊」と言われていたが
測量結果から800箇所・三千人規模の集落があったと推測される。


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『日本にあった朝鮮王国』 
大和岩雄 白水社

p-110

天の日槍を祀る穴師兵主神社はかつて穴師山にあり、穴師山は弓月嶽と言う。

内藤湖南は、秦氏の始祖弓月君と穴師兵主神社があった弓月嶽に関連性を見ている。
内藤説とは別の視点で、日野昭も弓月嶽と弓月君を結びつけている。

私も、弓月嶽・弓月君・秦氏の関係や、兵主神社や秦氏の関係については、別稿で記述しているが、
朝鮮の洞窟での神祭が、秦氏に関わる穴師兵主神社でも行われ、
一方、新羅窟室信仰が仏教化して、英彦山・六郷山の洞窟信仰になったのであろう。

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以上が英彦山の歴史です。

さて、六甲山も思い起こせば修験道の山です。
洞窟信仰と言えば、やっぱりこちらを思い浮かべてしまいます。

雪の六甲姫2

六甲比命神社

青谷道17

六甲・青谷道の行場

八幡谷45

六甲・八幡谷の行場への山道

2015弓弦羽桜3

六甲山麓 御影・弓弦羽神社

フィギュアスケート金メダリスト・羽生結弦くんの活躍により、一躍有名になった神社です。
神紋は八咫烏・熊野権現ゆかりの神社です。

社伝によれば、往古、神功皇后三韓より御凱陣の時、
長門國豊浦より摂津國難波浦に向かわれる途中、
忍熊王(おしくまのみこ)が兵を挙げたのをお知りになり、
皇后自ら当地で弓矢甲冑を納めて熊野大神を斎奉しご祈念されたところ、
戦には大勝し、それより後は諸々の願い事は、全て御心のままに叶いました。

この故事により、神社背後の秀麗な峰を弓弦羽嶽(弓矢)とも六甲山(甲冑)とも言います。

又、神功皇后がこの里の泉(澤の井・阪神御影駅南)に、
お姿を写しになった故事によりこの里は「御影」(みかげ)となりました。

弓弦羽神社3

六甲山麓 御影 弓弦羽神社(拝殿)


また、大和(奈良県桜井市)にも弓月が岳があり、
万葉集の歌にも詠まれています。

玉かぎる夕さり来れば猟人(さつひと)の弓月が岳に霞たなびく  柿本人麻呂(万葉集)

あしひきの山川の瀬の鳴るなへに弓月が岳に雲立ちわたる  万葉集

痛足川(あなしがは)川波立ちぬ巻向の弓月が岳に雲居立てるらし  柿本人麻呂(万葉集)


弓月君と霞や雲は密接な関わりがありそうですね。
雲消しの術なども修験道では当たり前のように行われていたのでしょう。

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英彦山から六甲山へと繋がっていく、修験道と山岳信仰。

大和にも、各地の磐座の山にも、
天狗さんや烏さんの足跡をみつけることができます。

英彦山に登ったときに、六甲山と同じ清々しさを感じました。

岩窟と滝。
繋がっているんだなぁ~。

しみじみと感じました。

一緒に感じ取って頂けたら幸いです。


テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2018/04/24(火) 23:19:49|
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