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瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

英彦山★六甲山 修験道と山岳信仰 7 山の天狗・里の権力

317英彦山15
英彦山神宮奉幣殿
修験道時代の霊仙寺の大講堂



『天狗と天皇』
大和岩雄  白水社

の天狗は反権力。
権力はにあり。
山は里・中心と対立する異界・周辺・鞍馬天狗の大天狗。

御供の天狗として
・英彦山の豊前坊・白峯の相模坊・大山の伯耆坊
・飯綱の三郎・富士の太郎・大峯の前鬼・葛城の高間(高天)
・京都近辺の比良・横川・如意が丘・高尾・愛宕山の天狗をあげる。

そのように日本中の修験の山の
天狗牛若を守っているのは
本来は東密・台密に関係なく、
仏教がわが国に伝来する以前からの
固有信仰である山岳信仰天狗信仰は根ざしているからである。

その固有信仰を特に色濃く受け入れた密教は
空海真言密教であった。

山の神としての天狗は
里の権力にとっては荒ぶる神・魔であり反権力の物の怪である。



『八幡信仰と修験道』
中野幡能 吉川弘文館

p-6

医師関係の技術者は(允恭紀以後)六世紀頃・朝鮮半島や大陸から招く。

大宝令・・・僧尼で小道巫術(療病)は還俗・・大陸の医術を重視
文武三年・・役小角が流される・・大峯修験の開祖
四年・・法蓮は賞せられる・・彦山修験の開祖


p-63

古くから豊前国では秦氏の伝統的力があった。
さらに屯倉の設定管理には
秦氏が大きく役割を果たすことになっていたとされる。

もともと秦氏は5世紀末には諸国分散の秦氏を集め、
伴造の秦酒公に賜ったので朝廷に対する信頼は強く・・
宇佐郡での秦氏配下の辛嶋勝の勢い強化・・
宇佐氏国造家総家の墳墓は6世紀で切れている。

・・秦辛嶋勝の圧迫・・宇佐は磐井の乱に味方したのか?・・衰退・・
庶流宇佐氏・・僧法蓮が復興・・沙門・大官寺で得度?

法相宗・飛鳥で道昭に師事?
・彦山伝・・新羅花郎道文化を導入し
原始修験道を修め人民救済
開基・虚空蔵寺の建立と辛嶋氏の神北辰社
宇佐市氏の聖地小椋山にはいるのは大宝元年(託宣集)

p-76

新羅国の花郎文化
これが統一新羅を作り上げるイデオロギーであった。

この花郎道、あるいは花郎文化というのは
中国の道教仏教、それに韓国のシャーマニズム
こういうものが渾然一体になったもの。

この花郎たちは・キョンジュ(慶州)の南にナム(南)山
この山で厳しい、いわゆる山岳練行をしていた。

そういうわけで豊前国にはいった新羅文化のはじめは
檀君を祀っていたのが、
7世紀の終わりから8世紀のはじめの頃には
北辰の神・たんなる北辰神ではなくて、
弥勒菩薩半跏思惟像をした
道仏巫融合の北辰神(北辰神は中国道教の最高神)
英彦山が修験道のメッカ
花郎道は道教的な医術

『彦山流記』『託宣集』
法蓮は香春岳・英彦山で花郎道の厳しい修行をし
弥勒菩薩の化身ともいわれる。


p-347


修験道が教団化する推進力は
古代文化の先進地ヤマト・・葛城・金峯山・紀伊熊野山・・

しかし、地方にも母体になる山はあった。
・・伊予石鎚山・加賀白山・出羽羽黒山・豊前彦山


『山の宗教』
五来重 角川選書

p-14


『熊野権現御垂跡縁起』(平安中期)
熊野を開いた人々は中国の天台山の王子信だといっている。
天台山は仏教の山。そこの地方の領主の王子であったかもしれない。
あるいは王・子信と読むのかもしれない。

この人が日本へ渡ってきて熊野の神になる。
一番最初は彦山へ飛んできたと書いてあり
水晶の石になって飛んできたとある。

これの意味するところは、
仏教渡来以前から、彦山・熊野は開けていたということ。

山岳宗教というもの、修験道というものの発祥は
仏教の渡来とは関係がない、
むしろ仏教渡来よりも古いということである。

実はそれは吉野修験の主張にもあり
吉野修験の方は、その発祥を欽明天皇十四年に置いている。

欽明十三年に仏教が伝来して、翌十四年
だいたい五ヶ月ほど後に、吉野の御神体の楠木が寄ってきて
それを刻んで吉野放光仏ということになり吉野は開けたというのですが、
これはだれが考えてもそうでしょうが欽明天皇十三年としてしまうと、
それ以前に仏さんがきていたというのはまずいことになるので
当時の『日本書紀』編纂委員会が考えて、
せめて仏教公伝の次の年ぐらいにしようとしたのだと思います。

とにかく仏教渡来以前から熊野は開けていた。

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役小角さん1

六甲山の麓にある、住吉川の上流です。

周囲に白鶴記念美術館あがあります。
役小角さんの像がひっそりと佇んでいます。

六甲山は、大峯修験の影響を
大きく受けているのでは、と思います。

そして、英彦山のほうに向かって
遥拝するように仕掛けられているように見えます。

ソサノオの歌・・・

ヤクモタツ イツモヤヱカキ ツマコメニ ヤヱカキツクル ソノヤヱカキワ

熊野修験は、
八重垣の雲を張り巡らせているかのよう。
そんな世界のように思えます。

この場所は、ウォーキングしている時に見つけたのですが、
地元でも知っている人はあまりいないんじゃ良いかな、
・・・と思うほど、気付かれにくいところにあります。

ここは一般的なハイキングコースから外れた穴場です。
とても眺めが良いですよ。

他にも六甲山系には、空海さんの軌跡もたくさんあって
すでにこのブログでは何度も紹介済みです。
みどころはいっぱいです。

英彦山周辺にお住まいの方たちにも
ぜひ訪れて見て頂きたいですね。

似てる! (^o^)

びゃくしんweb1

イブキ(伊吹、学名:Juniperus chinensis) 別名: ビャクシン(柏槇)

静岡県沼津市にある、伊豆半島・大瀬崎(おせざき)
大瀬神社の御神木です。

ここも、天狗と牛若の神社でした。

このイラストを描いているとき
鞍馬山麓の八瀬と、大瀬﨑の断層が、やたら気になっていたのでした。
山伏さんたちの役割って、私たちが知っていることだけではない、
一般には知られることのない大きな御役目があるのでしょうね。





テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2018/04/30(月) 22:11:47|
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