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瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

遠州・浜松の旅 part.2 秋葉山本宮 秋葉神社 下社

秋葉神社下社1

6/21(金) 
浜松に到着して、まず最初に行ったところです。

静岡県浜松市天竜区の、
秋葉山本宮 秋葉神社 下社へ参拝しました。

遠州鉄道 西鹿島駅より、
遠鉄バス「秋葉神社経由春野車庫」行きに乗り、秋葉神社下車。
所要時間40分。
料金690円・・・となりますが、ここでrail passを使いました。

秋葉神社下社2

参道の石段にさしかかると、工事中でした。
「立入禁止」と書いてあります。

雨で緩んでしまうのかな?
新しくされているようでした。

秋葉神社下社3

ちょうどすれ違う年配のご夫妻から
「こっちの小径から登っていくとイイよ」と教えてもらいました。

秋葉神社下社4

草を分け入って行くと、社務所の裏手へ通じていました。

秋葉神社下社5

願掛け絵馬が天狗さん。

秋葉神社下社7

ほとんど人が居なかった。。

主祭神は、火之迦具土大神
(江戸時代以前は秋葉大権現)

秋葉神社下社6

神紋の「七葉もみじ」が光っています。

秋葉神社下社8

三河の秋葉信仰。

以下はwikiより

戦国時代までは真言宗との関係が深かったが、
徳川家康と関係のあった可睡斎の禅僧茂林光幡が
戦乱で荒廃していた秋葉寺を曹洞宗の別当寺とし、
以降徳川幕府による寺領の寄進など厚い庇護の下に、
次第に発展を遂げてゆくこととなった。

秋葉山には禰宜・僧侶(曹洞宗)・修験(当山派)の三者が奉仕し、別当は僧侶が務めた。
この頃山頂には本社と観音堂を中心に本坊・多宝塔など多くの建物が建ち並び、
修験も十七坊(時代によって増減あり、三十六坊の時期もある)あったと伝えられる。

徳川綱吉の治世の頃から、秋葉大権現は神道、仏教
および修験道が混淆(こんこう)した「火防(ひぶせ)の神」として
日本全国で爆発的な信仰を集めるようになり、
広く秋葉大権現という名が定着した。

特に度重なる大火に見舞われた江戸には数多くの秋葉講が結成され、
大勢の参詣者が秋葉大権現を目指すようになった。
参詣者による賑わいはお伊勢参りにも匹敵するものであったと言われ、
各地から秋葉大権現に通じる道は秋葉路(あきはみち)や秋葉街道と呼ばれて、
信仰の証や道標として多くの常夜灯(秋葉灯篭)が建てられた。
また、全国各地に神仏混淆の分社として多くの秋葉大権現や秋葉社が設けられた。

龍燈(龍頭)と呼ばれる祠を兼ねた特殊な常夜燈があり、
そこが町内・講中の信仰の場となった。
現在でも町内で神符を受けて常夜燈に祀る地域は多い。


秋葉神社下社9

真っ赤な天狗さんだけかと思ったら、
雛人形も置いてありました。

下社では手厚く御供養もされているそうです。

赤い雛壇も、日と火を現しているのかな?
違ってたらごめんなさい。

秋葉神社下社10

秋葉神社下社11

ここにたどり着いたのは
10時半頃だったと思います。

梅雨時らしく、曇り空でしたが
ときどきお日様が顔をのぞかせてくれてます。

秋葉神社下社12

秋葉神社下社13

秋葉神社下社14

下社の参道入り口には、おみやげ屋さんがありましたが
誰もいなかったので、外からチラッと除いたきりです。

秋葉神社下社15

猫がスヤァ・・っと居眠り中でした。

私の顔を見て、緊張するかと思いきや
さらにリラックスして、ダラーンとなってます。

ガラスの向こうの室内には、
あれは、「夏目友人帳」のにゃんこ先生!?
にゃんこ先生がたくさん。

いやいや別のキャラかな?
どうみてもにゃんこ先生にしか見えないんですが
間違ってたら、どなたか教えてください。

めっちゃイイ絵が撮れました。

(=`ω´=)(=`ェ´=)(=‐ω‐=)

和むわ。

秋葉神社下社16

向かい側にも、猫さまたちが。。。

秋葉神社の下社は猫神様でした。

秋葉神社下社17

またしても、目が合うと
ゆるゆるリラックスのふたり。

(=`ﻌ´=) (๑´ﻌ`๑)

何故、見せつけられてるんでしょうか!?

さて、私はいったい、ここへ何しに来たんだろう・・・
猫たちを見ていると、そんな気持ちに包まれました。

仲良きことは美しきかな

秋葉神社下社18

そして猫さまたちに見送られつつ
一路徒歩で上社を目指しました。

ゆるさに包まれた下社から一変して、
ここからは結構、ハードモードでした。

つづく。

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2019/06/24(月) 16:09:02|
  2. 神社仏閣めぐり(静岡)