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瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

京都太秦 ☆ 君が代の「千代の古道」

かいこのやしろ1

今日はProject Phoenix 2019の壮行会で
京都の太秦へと出かけました。

ここは云わずと知れた秦氏のふるさとです。

かいこのやしろ2

広隆寺の弥勒菩薩像、木嶋坐天照御魂神社(蚕ノ社)、大酒神社は、
二十歳の頃に初めて訪れてから、その後も何度か参拝してきました。
なぜだか、昔から、心に引っかかる場所で
行けば必ず大なり小なり、旅のイベントが待っていたりします。

かいこのやしろ3

個人的には、大酒神社祭神の
秦始皇帝三世孫、孝武王の後裔「弓月君」が気になっています。

出雲の私の実家では、昔は養蚕をしていて敷地には桑畑がありました。
母の郷も出雲忌部ですし、忌部と言えば麁服(あらたえ)、玉造、
祭祀に関わるものであり、蚕の役目は絹糸を産み出すことです。
いまは、組紐について勉強する機会を頂いてます。
蚕は、私にとって、子供の頃は友達でした。
それ故、この流れも必然のような気もしています。

大酒神社では、牛祭(うしまつり)が執り行われていたそうです。
のちに広隆寺で行われ、いまは廃れているそうで、残念なのですが・・・
祇園(=シオン)の牛頭天皇のお祭りも、牛。艮。

仮面を着けた「摩吒羅(またら/まだら)神」が牛に乗り、
四天王と呼ばれる赤鬼・青鬼が松明を持ってそれに従って四周を巡行し、
薬師堂前で祭文を独特の調子で読んで参拝者がこれに悪口雑言を浴びせる。
祭文を読み終わると摩吒羅神と四天王は堂内に駆け込む。
摩吒羅神=秦河勝 ということです。

広隆寺の薬師如来は、吉祥天の姿をしていると言われます。
霊宝殿には、国宝・弥勒菩薩半跏像をはじめ錚々たる仏像が並んでいます。
いつ見ても、見ごたえがあります。
ですが、薬師如来だけは、ガッツリ鍵を掛けられて秘されています。
いつ御開帳されているのでしょうか。そんな場面に出会ったことはなく・・・
こちらの薬師如来さんも、そのお姿は吉祥天のようだと思っても良いのかな?

そんなことを考えていると、夜も眠れなくなります。

今日は、教科書には乗らないような、
秦氏ルーツと自称する方でも知らないような
そんな秘密の場所にいろいろと連れていって頂きました。

その中でも、とくに印象的だったのは、
秦氏による封禅の痕跡が遺されているという
「梅ヶ畑祭祀遺跡」と、その場に存在する「千代のさざれ石(=玄武)」でした。

ここは、京都市の管理で、ふだんは鍵が掛けられて立ち入り禁止のようです。

秦始皇帝が封禅を行ったのはB.C.219. 山東省の泰山で行われたということです。
南郊に円壇を設けて天神を。北郊に方壇を設けて地祇を。
山の上と麓の2か所で天神地祇を祀るそうです。

ここ「梅ヶ畑祭祀遺跡」では、銅鐸が多数出土していたり、
正倉院に保管されているのと同じ二彩の皿、
和同開珎、「秦」と書かれた土器・・・いろいろ出てきているそうです。
そして、ほかでは目に出来ないような、千代のさざれ石が出現。
間違いなく、ここは秦氏が祭祀を執り行っていた重要地点だと感じました。


地元の郷土史家・田井先生は、秦氏の顕彰と
「千代のさざれ石」や千代の古道についての考察を長年されてきたそうです。
今回、その大切な場所へ、私たちをご案内くださいました。(感謝です!)

今日はあちこち見学できて良かったです。
隠れていた本当の歴史が、太秦にもたくさんあることを知りました。
世に現れる時期が、今まさに訪れているのだな・・・としみじみ感じました。

蛇塚古墳1

ほかにも、関連する蛇塚古墳なども訪れて、
盛りだくさんの遺跡探求でした。

蛇塚古墳は気軽に立ち寄る事が出来ますので
少し関連画像を紹介します。

蛇塚古墳2

蛇塚古墳3

蛇塚古墳4

蛇塚古墳6

蛇塚古墳7

蛇塚古墳8

日本から世界へと出ていって、
そして再び戻ってきた海洋民族たち、
私たちの祖先は、
たくさんの文化交流を繰り広げて、
時代に即した新文明を築きあげていったのでしょうね。

蛇塚古墳9

イタリア・ローマでは、エトルリア人の遺跡を見学します。
日本の古墳群との共通点がたくさん見出せる。そんな予感があります。
表先生・杣先生・土居先生のお話も楽しみです。


テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2019/09/07(土) 00:22:42|
  2. Project Phoenix 2019