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瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

南紀・出雲の旅 2. 宇賀部神社

宇賀部神社1

1/22(水)~1/23(木)に行ってきた、南紀・出雲の旅レポートです。
武部正俊さん・名古谷雅代さん・柴本徳子さんと瑠璃の4人旅。
カタカムナとホツマツタヱで伝わる
和歌山で誕生したスサノオ神話を追い求めて・・・
それは、ヤタガラスさんの足跡を辿る旅でもありました。
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最近、武部さんは、サルタヒコを「猿田彦」と書くことに違和感を感じるようになり、
「申田彦」と書くようにしているそうです。

「申」も「田」も見事にシンメトリー。
神名(カムナ)というのは本来そういうものかもしれません。

カタカムナのヤタノカカミのカタチがまさにそう。
ヲシテ文字だって、「エ」行は水の流れのように畝っているけれど
アカハナマ・・・と、左右が対象と成ってるものが多いですもんね。

「日本」という字も、左右対称。
鏡のように美しいと思います。

「串本」と「日本」もよく似ているよね。
「君が代」がふさわしい地域に違いありません。

「申田彦」としてその軌跡を辿ると
今まで見えなかったものが見えてくるのかもしれませんね。

この旅も、それを見つけ出していくことが目的の旅なのです。

書きながら、纏めながら気づいていくこともあるし、
少し時間をかけて熟考していくことで、読み解けていくと楽しいです。

これを読んでくださっている皆様も、ぜひ、見つけ出してください。
私も自分が気づけないことを、教えて頂きたいと思いながら書いています。

宇賀部神社2

・・・というけで、
いにしえの出雲人たちの息遣いを感じられる場所へ。

宇賀部神社に到着しました。\( 'ω')/

和歌山県海南市小野田917に鎮座。

宇賀部神社のwebサイトはこちら↓
http://www.okobe.org/

大和吉野石を寄進されて、整備されている駐車場。

桜の樹も、吉野の桜なのかな。
たくさん植わっているので、春になると桜色で綺麗かも。

宇賀部神社3

主祭神は、宇賀部大神

記紀神話には、以下のように描かれているようです。

神武は東征の際に九州を勢力下に収め、各地を平定してゆき大和を目指していた。
しかし紀国(キノクニ)の名草邑(和歌山市・海南市)を支配していた豪族勢力の反撃を受け、
死闘の末に、統治者・名草戸畔(なぐさとべ)を誅した、とされています。

名草戸畔(なぐさとべ)は、日本書紀での名で、
地元では名草姫(なぐさひめ)とも呼ばれているそうです。
現地の巫女さん。名草の女首長。

名草姫の首(頭)=「おこべさん」

「とべ」は、姥(トメ)、また、アイヌ語では乳を意味するそうです。

神武が上陸した頃の紀国(キノクニ)は、
縄文の巫女が治める女系社会だったことを伝えています。


地元の伝承では、 以下の通りです。

熊野古道を現海南市に少し入ったそばのクモ池周辺が戦場になり
名草戸畔はここで殺され、頭、胴、足(脚の意か)が切り離された。

名草の住民により、
・頭は宇賀部(うかべ)神社(別名おこべさん)、
・胴は杉尾神社(別名おはらさん)、
・足は千種神社(別名あしがみさん)に埋葬された。

和歌山市のいくつかの神社は名草姫命(名草戸畔)と名草彦命を祀っており、
その本社は吉原の中言神社である。
名草姫命と名草彦命の関係は姉弟である。


姉弟で邑を統治していくスタイル。
これって、琉球・沖縄の「おなり神」と同じですよね。

東征していく神武とも、遠い兄弟姉妹の魂たちの地に行くのに
どうして殺し合いになり、バラバラにされなければならないのでしょうか。
訪れる方も迎える方も、知っているはずではないかな?

伝承の中には、いろいろな秘密が秘められているようでなりません。

また、肉体をバラバラにして埋葬・・という話は、
南方系にありがちのハイヌウェレ型神話そのものです。

名草戸畔=オオゲツヒメ

両者の物語の展開はよく似ています。
「オオゲツヒメ」は、穀物・食物・蚕の女神です。

こちらに、現代の「ハイヌウェレ」の物語のことを書いています。
興味のある方は、ご覧ください。↓

EMとハイヌウェレ神話
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-2030.html

カタカムナ80首の中にも何度か登場する「オオゲツヒメ」
この産み出す女神は、かなり重要ではないかと思うのです。
これから読み解けていくのではないでしょうか。

宇賀部神社4

鳥居をくぐる前に、
名草戸畔の名をみつけたので
いろいろと思う事を書いてみました~。

全部信じないでください。(笑)

私の中では、名草戸畔は弱い存在ではないんです。
女首長に抱くイメージは、どっしりとした受容と慈愛の塊魂。
鬼にもなれる強さがあると思うのです。

宇賀部神社5

鳥居を潜ります~。

宇賀部神社6

南天が見ごろでした。

宇賀部神社7

今回は、あちこち良く登りました。

宇賀部神社8

手水舎には、カエルちゃん。

今回の旅は、最初と最後はカエルでした。

「孵る」 または、「還る」というのが相応しい場のように感じます。

宇賀部神社9

後光が射すように磐座が配置されています。

宇賀部神社10

ふるさとの山河明るき二月かな

作者、小野田種次郎は、社家の生まれ。
俳誌「けいてき」を主宰。

フィリピン、ルパング島より奇跡の生還を遂げた
小野田寛郎元少尉の父でもある。

「この句には、旧正月の頃、冬の眠りから目覚め、
輝きを増しつつあるふるさとの山河への深い畏敬と愛情がこめられている
句碑の裏には、子ども達の父に対する思慕と建立者への感謝の意も綴られている」

(紀州の文学碑・120選)


宇賀部神社の鎮座地には
山の頂上に小野田城〈天正13(1585)年落城〉が築かれていたそうです。
神職だった小野田家や少尉のことを知ると、いろいろ繋がるかもしれないですね。

宇賀部神社11

小野田家の文書には、
「宝治2(1248)年、景行天皇の御代、山城国愛宕神社を勧請す」とあり、
「宇賀部大神」=軻遇突智命 とされているそうですが、詳細は不明。

宇賀部神社12

荒八王子神社は、もと現在地東方100mに、
若宮八幡神社(誉田別命)は、もと南方400mの高倉山の中腹に鎮座。
宝暦4(1754)年4月6日、本殿新築の際、この地に合祀。

宇賀部神社13

◎ 二重丸を貫いている白羽。

「串」ですね。

宇賀部神社16

末社には
山王神社・多賀神社・秋葉神社・弁財天神社・祇園神社。

宇賀部神社17

末社の東側には、稲荷神社があります。

もともとは西方50mにあったそうです。

宇賀部神社15

御神木・「栂(つが)の木」

宇賀部神社14

そういえば、今回の旅の待ち合わせは、
午前7時に「栂・美木多駅」でした。

栂の美しい木がたくさんある場所だったのかな。

栂(ツガ)は、マツ科ツガ属に分類される常緑性の針葉樹。別名をトガ。
これは、かつて咎人(とがにん・罪人)をはりつけるのに使ったためとの説があるそうです。

そのトガが御神木として、太陽を背にして植わっています。
しかも稲荷社の横に・・・。

まさかのキリストの磔?

トガの木があることで、なんとなく
イエスキリストのイメージが出てきます。

ここでは神木は「串」で、キリストは「申田彦」かな。

我ながら、逞しい想像力。。。

宇賀部神社18

宇賀部神社19

おこべさんは、「頭の宮」でした。

ここの狛犬さんは、頭を垂れて、お尻を突き上げています。

「尻」は9が隠れています。

頭はやはり、0→1 なのね。

宇賀部神社20

紅白の紐螺旋のように連なりあっている、私たちと古代出雲族。
小野田少佐が活躍された時代のことも知りたくなります。

カタカムナとホツマで読み解いていけるかもしれない
そんな秘密がいっぱいの宇賀部神社でした。


テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2020/01/24(金) 20:49:53|
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