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瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

南紀・出雲の旅 9. 八咫鏡野の八咫烏神社

八咫烏神社1

1/22(水)~1/23(木)に行ってきた、南紀・出雲の旅レポートです。
武部正俊さん・名古谷雅代さん・柴本徳子さんと瑠璃の4人旅。
カタカムナとホツマツタヱで伝わる
和歌山で誕生したスサノオ神話を追い求めて・・・
それは、ヤタガラスさんの足跡を辿る旅でもありました。
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1/22(水)だいぶ日が暮れてきました~。
八咫鏡野八咫烏神社に参拝しました。

和歌山県東牟婁郡那智勝浦町大字八尺鏡野字中地に鎮座 。

八咫烏神社2

八尺鏡野(やたがの)という、
鏡そのものの地名には妙に興味をそそられますね。

八咫鏡の八咫烏。
ということで88並びの気になる場所へとやってきました。

御祭神は、建角身命(たけつのみのみこと)

別名、八咫烏。
他にもたくさんの別名があります。
三嶋湟咋、三島溝咋、三島溝橛耳神、陶津耳命、陶津耳、天日方奇日方武茅淳祇。

神武天皇を導いた人物。

建角身命は神魂命(かみむすびのみこと)の孫。
神武東征の際、高木神・天照大神の命を受けて日向の曾の峰に天降り、大和の葛木山に至り、
八咫烏に化身して神武天皇を先導し、金鵄として勝利に貢献した、とされています。

八咫烏神社3

「八尺鏡野」という地名ですが、もともとは「八咫鏡野」であったそうです。

記紀神話に、イシコリドメノ命が登場します。

石(イシ)の鋳型で鏡を鋳造(コリ)する女性(トメ・トベ)。

作鏡連(かがみづくりのむらじ)らの祖神。
天糠戸(あめのぬかど)の子。

『古事記』では伊斯許理度売命。
『日本書紀』では石凝姥命または石凝戸邊命。

岩戸隠れの際に八咫鏡を作る。

天照大神はイシコリドメノ命に鏡を作らせるために、八咫鏡野に降り立たせた。
最初の鏡は失敗作。次に作った鏡は無事完成し、天照大神に献上。
その鏡は伊勢神宮御神体の八咫鏡となった。
傷のある鏡は、八咫鏡野の八咫烏神社に残された。
以後、盗まれ行方不明。

ここは、神武天皇の休息地とも言われているそうです。

八咫烏神社4

昔はこんな社殿だったらしいです。
立派!

八咫烏神社5

大和の田原本町にある鏡作りの神社にも参拝したことがあります。
奈良県磯城郡田原本町大字八尾にある、
鏡作坐天照御魂 (カガミツクリニマスアマテルミタマ) 神社です。

詳しくは、カテゴリ分類している、一連の「ニギハヤヒの軌跡旅」をご覧ください。
以前、関西ホツマ分会のメンバーと一緒に参拝していました。

ニギハヤヒの軌跡・・・で紹介しているのは、大和の鏡作り神社ですから、
第10代崇神天皇の頃であり、時代は下りますが・・・

ホツマツタヱ33アヤに、
興味深い記述があります。
その一部を抜粋します。

みをやのさつく
みくさもの くにとこたちは
かんをして あまてるかみは
やたかかみ おおくにたまは
やゑかきと つねにまつりて
みとかみと きはとほからす
とのゆかも うつはもともに
すみきたる

ややいつおそれ
やすからす あまてるかみは
かさぬひに とよすきひめに
まつらしむ おおくにたまは
ぬなきひめ やまへのさとに
まつらしむ いしこりとめの
まこかかみ あめひとかみの
まこつるき さらにつくらせ
あまてらす かみのをしてと
このみくさ あまつひつきの
かんたから


このホツマ・33アヤの中で伝えられていることは、
歴史上とても重要な場面です。

10代崇神天皇(ミマキイリヒコ) の御世に
八咫鏡 (アマテルの神霊) と、八重垣剣 (オオクニタマの神霊) とが
宮中にあるのは畏れおおいとされ、
昔、イシコリドメがイザナギ・イザナミの二尊に奉った八咫鏡のコピーを、
イシコリドメの子孫に造らせることになった。
これを宮中に置いて、オリジナルはトヨスキ姫をして笠縫に祭らせた。
しかし民の半ばが枯れるという疫病が流行り、再び移動することになった。

八重垣剣 は、大和神社(奈良県天理市新泉町星山)へ。
市磯長尾市が祀る。

大田田根子が、三輪山の大物主の斎主になる。 

・・・八咫鏡は、トヨスキイリ姫からヤマト姫に受け継がれ、
最後には伊勢の内宮へ・・・という、
あの流れに繋がる、最初の場面が、八咫鏡の物語が
ここから始まっているということになるのでしょうか。

建角身命と、
三輪山や山陰出雲の風土記で知られる
阿遅須枳高日子命(アジスキタカヒコネ)は
ともに八咫烏だと思う。

出雲の私の大切な氏神様。
その妻神は瀬織津姫の系譜だと思うよ。

八咫烏神社6

八咫鏡は鋳造品。
コピーしたものの中から完成度の高い物が選ばれた。

土地も同じだと思う。

三輪山(太陽の暗号)は、元三輪山(星の暗号)のコピー。
藤原定明さんと行った、ダンノダイラがその中心地でした。

そんな大和(倭)も、鏡作りの産地に限って言えば
どうやら八咫鏡野(南紀出雲方面)のコピーということになるのかも。
1度目は失敗して2度目に成功した鏡を納めるという同じエピソードが
田原本町の鏡作坐天照御魂神社にも伝えられているからです。
2番めが尊ばれる、というのは、ちょっと意味深。

これらコピーのオリジナルはどこでしょう?

2020年(令和2年)に入り、
鏡のニュースを大分県日田市の佐々木さんが伝えてくださいました。

卑弥呼の鏡

卑弥呼の鏡とも呼ばれている、
大分県日田市のダンワラ古墳出土と伝わる
国重要文化財「金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(きんぎんさくがんしゅりゅうもんてっきょう)」

年明けから、おめでたいビッグニュース!

°˖☆◝(⁰▿⁰)◜☆˖°

詳しくはココを見てね!↓

『邪馬台国ラプソディ』 聖地巡礼 24 天領日田資料館
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡と久津媛
やはり曹操と卑弥呼を繋ぐ鏡? 『金銀錯嵌珠龍文鉄鏡』

鏡は、やはり九州を知らずしては語れない気がしています。
八咫烏のふるさとも、出雲であり、南方から飛んできているのかも。

隠されていたものが出てきて
これから書きかえられていくんでしょうか。

八咫烏神社7

八角形を見つけると、嬉しくなりました♪

八咫烏神社8

鏡を作るための条件が、
この地にも揃っているように思いました。

ただ、大規模ではない印象です。

鋳造のためには、火と水が必要です。

見晴らしの良い原があり、川があり、
神社の背後には山があり、その奥には池も見えました。

本来の場所からズレてるのかもしれませんが
なにかを示しているようです。

書きたいことが膨大すぎて、うまく纏まりません。
出雲や大和の枠を超えて
国土を広げて語りたくなる話があるからです。

伝わらないかなぁ。。。

八咫烏神社9

八咫烏さんが、光を受けて輝いていく・・・
そんなイメージが浮かんできました。

金鳥山の鳳凰のように。。。



テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2020/01/26(日) 22:38:43|
  2. 神社仏閣めぐり(和歌山)