瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

古代出雲はなぜ恐れられたか

今年は、古事記の完成から1300年とあって
各地で古事記に関する催しが盛んだ。

とくに神々の国”出雲国”がある島根では
7月21日から11月21日まで「神話博しまね」が
出雲市大社の県立古代出雲博物館をはじめ
松江の県立美術館、八雲立つ風土記の丘、
安来市の和綱記念館などで開催される。

その先駆けとしてこの日曜日、
大社文化プレイスうらら館で作家荒俣宏氏の講演や
松江の劇団幻影舞台の
「黄泉比良坂~死者の魂が集う黄泉の国」
などがあり見てきた。

最近、古事記と出雲国風土記を読み直しているところでもあり
大いに刺激を受けた。

荒俣氏は日本SF大賞を受賞したデビュー作「帝都物語」で知られるように、
あの世とこの世の時空を自在に往来して壮大な物語をつむぐ作家。

氏によると、神話は古代日本の死生観や価値観はじめ
ものの考え方を如実に表したもので、
多くの神話に彩られる古代出雲は、日本の原形のようなところ。
いま政治、経済とも混迷を極めている日本が脱するきっかけはこの地にある
・・・と島根を励ました。

古事記が完成した712年には
すでに中国の陰陽五行説が渡来しており、
多くの日本神話にもこれが反映している。

陰陽五行説とは、モノには必ず
表と裏、建前と本音、男と女のように陰陽があり、
またあらゆるモノや現象は、
木火土金水(もく・か・ど・ごん・すい)の
5要素で構成されているとの考え方だ。

1年は春夏秋冬の四季と各季の土用。
現在は夏の土用以外消えたが、元は各季にあった。

出雲は年に1度
八百万(やおよろず)の神々が集まるという伝承と祭祀を
出雲大社と佐太神社に伝える不思議な国だとした。

筆者にとって不思議さは
経済力でも軍事力でも決して突出していたとは思えない”古代出雲”が
古事記の「神代巻」で約3分の1もの舞台を与えられていることだ。

この点についての荒俣氏の見解は聞けなかったが
これは昭和初期、斐川町と加茂町岩倉で相次いだ
大量の銅剣、銅鉾などの出土後も疑問のままだ。

当時、高名な考古学者が匿名を条件に語った
次のような見方も足を引っ張った。

「「続日本紀」に大型の銅鉾が見つかった話がある。
だが、この銅鉾はその後所在不明。
751年東大寺の大仏建立のとき日本中の銅を集めたが
続日本紀にある銅鉾も多分この時提供されたのだろう。
開発が進んだ地方で昔出土した銅器は大仏造営で消え
出雲は開発が遅れた地方で残ったのではないか」

荒神谷29
(銅剣、銅鉾が大量に見つかった荒神谷遺跡)

最近、古事記を再読して
古代出雲がヤマトから恐れられたカギは
「国譲り神話」にあるらしいことに気づいた。

同神話で高天原、つまりヤマト側は

「この世の顕事(この世の治世)は私の子孫がする。
あなたはあの世に行って幽事を司りなさい。
その代わり出雲に高天原にある宮殿と同じものを建てる」

・・・と出雲大神に約束した。

幽事とはあの世のことで人の生死はじめ豊凶、天変地異など。

この宮殿が出雲大社の始まり。

「国譲りで」この国の実権はヤマトが握ったが、
天災や疫病流行など
人智ではどうにもならないことが起こる度に
出雲大神の関わりを疑い、恐れるようになった。

このため人智の及ばない事象を支配する
「出雲の霊力」の根源らしい神宝や宝剣を差し出せと
使者が何度か出雲にやって来た。

うち2度は太刀や神宝を取り上げることに成功する。

だが、天災や疫病など
人智ではどうにもならないことが
この世から消えることはなかった。


続きは次回。   (M)


・・・・

上記は、島根県唯一の建設産業情報紙「建設興業タイムス」
2012年3月7日(水曜日)発行からの抜粋記事でした。

先日、出雲に帰省した際に立ち寄った
道の駅「湯の川」で手にした情報紙です。

記事の続きが気になります。
その内容は、なんとなく分かるんですけどね。


古事記編纂1300年。

神話の国・出雲は、今とても熱いです。
毎回帰るたびに感じています。

これから「神話博しまね」が開催されます。
出雲の素敵なところを、たくさん発見できると思います。
多地方の皆様も、ぜひぜひ訪れてみて下さいね。


神々の国しまね ~古事記1300年~ スペシャルサイト
http://www.shimane-shinwa.jp/

ユスラウメ

テーマ:スピリチュアル・ライフ - ジャンル:ライフ

  1. 2012/04/17(火) 21:45:24|
  2. 古墳・遺跡・史跡(島根)