瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

再度山・大師道 part.1 諏訪神社・諏訪山稲荷神社

諏訪神社1

昨日は天気が良かったので、再度山に登ってきました。

今回は、六甲山系の中でも、とても人気のある森巡りコースを歩きました。

神戸・元町駅から山側へ、歩いて約15分。
スタート地点は諏訪山公園です。

諏訪山公園~再度山~森林植物園までのハイキングロード(約8km)。

ドングリやブナの樹木が生い茂る縄文の薫り漂う鎮守の森で、深い緑の極相林が広がります。
そして、弘法大師空海さん)が修業で歩いた道ということで、大師道と呼ばれています。


再度(ふたたび)山は、最初は摩尼山と呼ばれていたそうですが
空海さんが唐に渡る前にここで修行し、帰国後、再び登ったので再度山と呼ばれるようになりました。

登山道の途中にある大龍寺は、神護景雲2年(西暦768年)
和気清麻呂さんが建てたと伝えられています。

・・・と、大龍寺や空海さんの話はまた追々ということで

スタート地点の、諏訪山公園です。
ここが今回の大師道登山のスタートです。

諏訪神社2

諏訪山公園の入口、すぐ西側には、神戸の諏訪神社があります。

大師道へ入って行くには、まずはこちらの神様に参拝してからですね。

諏訪神社3

参道は、かなりの急勾配です。

諏訪神社4

朱色の鳥居が見えてきました。

元町近辺は、華僑の人たちが多いので、諏訪神社全体が朱色にされているとか。。。
遠目に見ていると、メインが稲荷神社っぽいです。
狛犬・・・お稲荷さんか??
やっぱり華僑と商人の街、元町っぽいな~と感じます。

諏訪神社5

石段もたくさん・・・息切れしつつ登りました。(;´Д`)

諏訪山って小さいけれど、やっぱり山ですね。

今ふと、これを書いていて、宮崎県延岡市にある今山大師が目に浮かびました。
似ているって言えば、似ているのかもしれません。山全体の感じが。
どちらも空海さん繋がりだし・・・。

なぜか浮かんだのかは、分かりませんが。
でも、延岡や高千穂には、また行ってみたいです。

その前に、長野の諏訪にも行ってみたいのですが。
夢にはよく出てきている感じです。
きっと良いタイミングで行けるに違いない・・・うん、うん。

諏訪神社7

着いたー・・・!\(^○^)/

先月、因幡国を旅して、当地の諏訪神社を素通りしてから
なんとなく一度、神戸の諏訪山にも登ってみたいな、、、と感じていました。
因幡では、タケミナカタさんが祀られている場所が少し気になっていたんです。

とりあえず、昨日はこうして、神戸の諏訪にお参りすることが出来ました。
ひとつ想いを叶えたと言うことで、、、良かったです♪

諏訪神社14

拝殿や本殿を撮影させていただいている時、曇っていた空が、ぱーっと晴れ渡りました。
うまく光が入るように、神々が演出して下さってるんだな・・・と想い感激致しました。
ありがたや、ありがたや。(-人-)

諏訪神社の御祭神は

建御名方大神 (たけみなかたのおおかみ)
比売神 (ひめのかみ)

建御名方神さんは、大国主命(大黒)さんの息子さんです。
出雲の国譲り神話では、最後まで日向族と戦った、勇猛果敢な出雲族の王子ですよね。
私の中では、かなり格好いいイメージで定着しているタケミナカタたんです。

最近、息子が、サッカーで対戦、対戦♪ ゲームでバトル、バトル!と
喜々として戦うことを楽しんでいる姿を見ると
タケミナカタたんも、元々こういうキャラの王子さまだったのかなー・・・などと思ったりもします。
いちびりさんで、ゴンタで、かわいい男の子という感じが、、、私の勝手な妄想ですが。(ノ∀`)

心優しい大国主命(大黒さん)の息子さんなら、良い性格なんだろうな、、、と思っています。

比売神=信州諏訪の妃神・八坂刀売神(やさかとめのかみ)かな?

神戸の諏訪神社は、仁徳天皇の皇后である八田皇后の離宮鎮護神として、
信州・諏訪大社より鎮斎されたとされています。

また、生田神社と長田神社の中間に位置することから、古くは中宮と称されていたそうです。
1182年頃の治承・寿永の乱(源平合戦)のおりには、源義経が武運を祈ったという伝えが残っているそうです。

朱色はお稲荷さんが祀られているからというだけではなく
やっぱり女神カラーだから。

諏訪神社17

榊丸大明神
光圀大明神

徳川光圀・・・?

六甲山系には、徳川道(とくがわみち)と呼ばれるハイキングロードもあります。
(摩耶山裏の谷筋~森林植物園のあたり)

ここ大師道も、森林植物園へと続いていくので
徳川道とは繋がっているんだと思います。

幕末の混乱期、兵庫開港に踏み切った幕府は、外国人との接触トラブルを恐れ
神戸市街地を貫通している西国街道の大迂回路を背後の山地につくりました。

光圀大明神は、そのルートと関係して祀られているような気がします。

徳川道の着工は慶応3年(1867)わずか1ヶ月の突貫工事だったといいます。

神戸は古くから港貿易で栄えてきた街。。。

幕末華僑以前の、ずーっと昔から、外国人はこの地と大きく関わってきました。
縄文系と渡来系、、、接触トラブルも昔から、、、。

史蹟を巡ると様々な埋もれた歴史が見えてきます。

六甲山系は、様々な人々の営みを見つめてきたんだなぁ。。。

諏訪神社19

こちらが、諏訪山稲荷神社です。

並んでいると、なんだか諏訪神社よりも
華やかで煌びやかで目映い感じの社殿です。

東側に建てられているので、やっぱり光って見えます。
いろいろな神様の習合でした。

どこか中華チック。
やはり中国華僑の人たちの商売繁盛祈願で賑わってきたお社だからかな。

諏訪神社11

進んで受け止めれば困難や苦労は
心の成長の糧となる


諏訪神社拝殿に飾られたメッセージ。
なんだか、身に沁みるお言葉ですね。

今月も、気を引き締めていこう。。。

諏訪神社12

神はよし神とあらずも我やひと
人たる道を践まであらめや


「天道を守りて人道を歩め」

平田篤胤さんのお言葉でした。

白鶴、神鷹、白鹿、大黒様、、、みんなからのメッセージにも見えます。

諏訪神社8

短冊がありました。

そういえば、もうすぐ七夕です。

諏訪神社9

七夕飾りが、朱色の社殿をいっそう華やかに彩っていました。

諏訪神社10

私も、瑠璃色の短冊に書いて飾りました。

なかなか気の利いたメッセージが浮かんできません。(´∀`)ゝ”

こんな時、閃きで珠玉の一句が、綺麗な詩が
なにかキラーン☆と浮かんでくれば良いのにね~。

私はどうやら芸術の神様とは近いけれど
文学の神様とは、少~し縁遠いような気がしてます。

諏訪神社20

紀の海の 阿波へ流るる 月夜かな

諏訪山から 正面の紀州 友が島、淡路島を眺めて詠まれた句です。
寛政4年頃、兵庫松屋町に住んでいたお医者さんが詠んだ句です。

--------

大師道には「蛇の谷」という分岐ルートもあります。

大龍寺のある再度山に、大蛇が出たことがあったそうな。
それを、開祖の和気清麻呂さんが退治したというエピソードが由来とか。

大蛇=龍 

蛇の谷は、大龍寺へと繋がる参道のひとつみたいだけれど・・・。
そんなエピソードが、この岩に添えられていました。

退治・・・?

う~~ん。


大龍寺の御由緒には・・・

----------
神護景雲二年、称徳天皇の勅をうけた和気清磨呂公は
摂津の国に寺塔建立の霊地を求めて当地の山中まで来られたときのことであります。
公を暗殺しようとしてつけ狙っていた僧道鏡の刺客は
忽然と現われた一匹の大蛇に驚いて一目散に逃げ帰ってしまった。
危ないところを助けられた清磨呂公があたりを見まわしてみると、
大蛇が消えた跡に「聖如意輪観世音菩薩」が立っておられたのであります。
霊験を感じられた公は、早速この地に伽藍を建立され寺名を「大龍寺」と名付けられました。
観世音がご出現になった場所は「蛇ケ谷」と称し「龍ケ滝」と共に霊蹟として現存しております。

----------

・・・とあります。

話がぜんぜん違うーーーー。

諏訪神社22

少し登っていくと、諏訪神社と諏訪山稲荷神社の奥の院です。

諏訪神社23

さてさて、それではここから大師道へと入り
再度山・大龍寺へとハイキングしていきます。

諏訪神社24

至る所で、大黒様がお見送りして下さっていました。

いってきまーーーす。

諏訪神社25

緑溢れる縄文の森へ・・・


つづく。。。

テーマ:史跡・神社・仏閣 - ジャンル:写真

  1. 2012/07/05(木) 12:01:55|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)