瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

愛媛の旅 part.11 子規堂

愛媛の旅・この記事で完結です。

松山駅前3

19日(水)
最後まで残っていた皆さんとお別れし
ひとりで松山市駅まで歩きました。

城下町を歩いていると、最後にお別れに来てくれたのは、やはり瀬織津姫さんでした。
フワ~ッと目の前に黒いアゲハチョウが舞って来てくれたのでした。

行く先々で、黄揚羽をよく見かけていましたが、最後は黒アゲハ。

すぐに遠くへ飛んでいったので、撮影することはできませんでした・・・
嬉しかったです。(*´∀`*)

子規堂1

神戸行きの高速バスのチケットを購入し、少し時間があったので
駅から歩いていける正岡子規さんの記念堂を訪ねてみました。

子規堂2

子規堂は、正岡家の菩提寺である正宗寺(しょうじゅうじ)境内に建っています。

子規さんが17歳まで暮らした家を復元した記念堂です。

秋山兄弟生誕地とも似ている雰囲気です。
みんな幼なじみで、仲良しだったんですよね。

ここに来れば、子規さんにも、秋山兄弟にも、漱石さんにも
最後にもういちど、会える気がしました。

子規堂3

子規堂4

開け放たれていましたが、誰も居ない。。。貸し切り状態で見学させて頂きました。

お隣の正宗寺(しょうじゅうじ)では
子規さんを偲ぶ俳句の定例イベントが開催されるようで
しばらくすると周囲がザワザワしてきました。

特別な日だったのかな。。。

そんな時に訪れることが出来て嬉しかったです。

子規堂10

越智水草:

子規が乗り 漱石が乗り 
三津に行き 道後に行きし
汽車か この汽車


子規堂11

打ちはづす球 キャッチャーの手に在りて
ベースを人の行きがてにする


今やかの三つのベースに人満ちて
そぞろに胸の内騒ぐかな


ベースボールの歌は新聞「日本」に明治31年5月24日発表

若き日の子規はスポーツマンで野球に熱中して
「ベースボールほど愉快にみちたる戦争は他になかるべし」
と書き残しています。

子規さんは「野球」の名付け親として称されたそうです。

初めて知りました。
知らない人、多いんじゃないかな。

子規堂5

静かな佇まいです。

秋山兄弟の兄・好古さんの言葉にもあった

「人間は貧乏がええよ、艱難汝を玉にすと云うてね
人間は苦労せんと出来上がらんのじゃ」

「苦しみを楽しみとする心掛けが大切じゃ」


・・・という言葉を、この場所でも子規さんと一緒に、発せられているような気がしました。

素直に、そうですね。。。と同意したくなります。

子規堂6

子規さんの生家も、戦災により焼失しています。

お城も、秋山兄弟の生家も、ほかの街の建物も・・・
愛媛の街は、戦争で大規模に焼失してしまったんですね。

失ったものが大きかったから
愛媛の人々は大切なものを残そうと思ったんですね。

”愛媛は人が良いから”

ツバメにも愛されている街。

この時から、人々の意識など 見えないところでも
変わっていったことが多かったのだろうな・・・と感じました。

子規堂7

子規堂8

子規さん・・・

ここに座って、いろいろな事を考えて過ごしていたんだろうな。。。

子規堂9

子規:

名月や寺の二階の瓦頭口
朝寒やたのもとひびく内玄関


 

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6/16(日)~6/19(水)

長いようであっという間の愛媛の旅でした。

始まりは「父の日」でした。

オオヤマヅミは、お父さん。

目に見える存在・目に見えない存在・すべての存在を含めて
お父さんと呼べる方たちの温かいサポートを頂きながら、楽しむことが出来ました。
川上会長を、旅のあいだ、ずーっと「パパ」と呼んでいました。

良い出逢いが出来ましたね♪

お父さんありがとう ☆彡

(*´∀`*)

出雲の父にも親孝行しないとね。

瑠璃たんはいつでも孝行娘で居続けるよ。

また逢う日まで。

ありがとうございました♪

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  1. 2013/06/22(土) 12:09:34|
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