瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

大御食神社(おおみけじんじゃ)

大御食1

12/4(金)
大下先生・櫻井さんとともに阿智村のアチヒコさんゆかりの神社を参拝しました。

そして、ここで史郎さんと合流しました。

ここからは、4人で
駒ヶ根の大御食神社(おおみけじんじゃ)を参拝しました。

大御食2

史郎さんのHP
「伊那の谷から古代が見える」

その内容に引き込まれ
阿智村や駒ヶ根周辺の土地がとても気になり、
今回の旅のきっかけをくださいました。

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こちらは、御蔭の杉です。
とても存在感のある御神木です。

大御食3

御蔭の杉

以下はwikiからの引用です。

「美しの杜社伝記」では以下のように伝えている。

建御名方命は国の巡りの時「奇(くしき)杉なり」とこの杉を愛で、
日本武尊はこの木の元で饗応を受け大いに悦び
「この杉はや、弥栄えて丈高し、奇び杉なりや。」と誉めた。
以来この杉を「御蔭の杉」というようになった。

神功皇后4年(204年)、御影杉が枯れたので
翌5年春、中枝の大虚に育った実生の杉の植継を行った。
斉衡3年(856年)5月 二代目御蔭杉が枯れたため 天安2年(858年)春 植継ぎが行われた。
現在の御蔭杉はこの三代目であるという。

ただし駒ヶ根市誌自然編では、樹齢300年としている。

大御食4

大御食神社の創建は、
当社蔵の「美しの杜社伝記」によると、

大足彦忍代別天皇の御代四十八年(よそじまりやとせ)、
御食彦御蔭の杉の木の下(もと)御安楽居(みやすらい)し
その仮宮を神の御殿(みあらか)に見立て、
日本武尊を祝い祀りて大御食ノ社(おおみけのやしろ)と御名を附け奉りき。


美しの杜(美女ヶ森)
とあり、日本武尊が当地に立ち寄った際に饗応した里長が「御食彦(みけつひこ)」の名を賜り、
後に日本武尊を祀った当社を創建したものという。
118年(景行天皇48年)の創建と伝わる。(神社明細帳では景行天皇51年。)

建御名方命が愛で、日本武尊が「奇び杉なりや」と誉めた古杉を御神木(御蔭の杉)としている。

(現在の木は三代目)
旧社格は 郷社で、現在の本殿建物は元治元年(1864)に建替えられたものである。

別名の「美しの杜」の名は、社伝記に、
「宮簀姫またの名は厳郎姫を迎えまつりて、
所の名を美しの杜と御名負はせまつる」とあることによる。

現在氏子らは「美女ヶ森(びじょうがもり)」と呼んでいる。

大御食5

御祭神は・・・

・日本武尊
景行天皇48年(118年)創祀。

・宮簀姫
応神天皇38年(307年)熱田ノ宮より草薙ノ剱の御霊代とともに迎えられた。

・八幡大神
相殿に祀られている。元慶三年(879)石清水八幡ノ宮より迎えられた。

大御食10

代々の宮司は、高皇産霊神ー思兼神に始まる神々の系譜に繋がるという。

日本武尊が東国平定の帰路に信濃国赤須の里へ滞在した。
そのとき赤須の里の長赤須彦は御影の杉のもとに仮宮を立て尊を饗した。
それにより赤須彦は日本武尊より御食津彦の名を賜った。

また日本武尊は赤須彦の娘・押姫を愛で、赤須の里に三夜滞在した。
(以来、赤須彦の子孫である神官宅を【采女邸(うねめやしき)】と呼ぶ。)

大御食8

ここは、ヤマトタケの物語が
ロマンいっぱいに広がっていく場所のようですね。

大御食6

ヤマトタケにとっては、この大御食神社は
東征での戦いの疲れが癒されていく・・・
そんな、心休まるひと時の場所だったのではないでしょうか。

私はそんな場所であったらいいなぁ・・と、ここに立って、感じていました。

大御食7

たくさんの境内社があります。

・御渡社  建御名方命・橘姫命・上古地主神(産土神)
・御継社  伊弉諾命・伊弉冉・天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神
・天神社  菅原道真
・伊雑社  天照大神
・稲荷社  豊受姫神
・秋葉社  迦具土神
・若宮社  佐賀喜霊神
・諏訪社  建御名方命
・御食津彦社  八意思兼尊・御食津彦・他
・植継社(植継大明神)  吾道赤須彦
・二木社(日本岐社)  天之御中主神・六孫王経基
・二木社の境内社  社宮司社
・神若衆社
・甲子社
・齊殿社
・清和荒神社

・山神社  大山祇神
・山の鼻社  建御名方命
・山の鼻社の境内社  金比羅社
・山神社
・利生稲荷社

・富士社  木花咲耶姫
・真澄神社  大山祇神


大御食9

大御食神社の神域
「美女ヶ森」です。 

=みめがもり

そう読み名をあてるほうが綺麗でふさわしいと
大下先生は仰っていました。

ここにも言霊百神がはたらいているのですね。

大御食11

曇っている日の夕方だったから、
森の美しさが伝えきれない・・・・

う~ん ちょっぴり残念です。

大御食12

晴れていたら、木漏れ日がキラキラしていて
イイ雰囲気だったでしょうね。

ぜひとも、そんなタイミングで、また行きたいと思います。

大御食13

大御食14

大御食15

近くを流れる小川の橋です。

大御食16

なんと。
ここに、ヤマトタケと、御食を捧げる押姫の姿が描かれていました。

とっても素敵です♪

もっともっと、長野を旅してみたくなります。


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  1. 2015/12/08(火) 14:36:16|
  2. 神社仏閣めぐり(長野)

安布知神社(あふちじんじゃ)

安布知神社1

12/4(金)
阿智神社(前宮)・阿智神社(奥宮)を参拝し
次に訪れたのは、
長野県下伊那郡阿智村にある
安布知神社(あふちじんじゃ)です。

安布知神社2

安布知神社3

参道には銀杏がたくさん落ちていました。

安布知神社4

お水もとても澄んでいて綺麗です。

安布知神社5

イチョウの葉が、宝珠のような雫を抱いています。

玉飾りが散りばめられている宝石箱みたいで、絵になるわぁ。。。

安布知神社6

武田信玄さんの火葬塚があるらしいです。
案内通りに行ってみたいな~と思いました。

なぜかというと、ヒルコ姫(ワカ姫)さん縁の地、
西宮市の越木岩神社に程近い六甲山麓にある鷲林寺境内には、
武田信玄と上杉謙信の末裔たちが移り住み、武田の供養塔を建立しているのです。

西宮のヒルコ姫(ワカ姫)と、
ここ阿智のアチヒコ(オモイカネ)を結ぶ、
武田家の末裔たちのその心情なども、
この旅ではちょっと気になるところです。

そんな話を大下先生と櫻井さんにお話していたら
私はあんまり興味ないなぁ~とのお答えが。。。

ここはひとつ
古事記(フルコトフミ)の言霊百神に
集中して進み給え・・・と。

きっと、そういうことなのでしょう。

大下先生によると、
やはりこの神社は、只モノではない感じの場所でした。

安布知神社7

拝殿を囲んでいる
かつて、御手植えされたであろう杉の御神木が
威厳を放ちながら存在しています。

ほんとうに圧巻でした。。。

安布知神社8

4~5本の杉が、
檜なのかな?

束になって成長していますが
根元を見ると、ひとつなのです。

不思議な成長の仕方をしている御神木です。

こんな樹木が、境内のあちこちにあって、どこを見ても圧巻なのです。

安布知神社9

安布知神社10

御祭神は、
天思兼命(オモイカネノミコト)・アチヒコさんです。
(配祀) 誉田別命 須佐男命

由緒によると、
仁徳天皇56年の創建で、
慶雲3年(706年)八幡大神を勧請とありますが、
もっともっと、古い感じです。

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それと、なんと、つい最近・・・今年の9月27日に、
安布知神社本殿及び拝殿が長野県宝に指定されたそうです。

とても歴史の古い神社であることは間違いありません。
境内の社殿を見ても
ここの空気を感じていても、
それをひしひしと感じ取ることが出来ます。

安布知神社11

社伝によれば、
人皇16代仁徳天皇56年、この地の地主神が明灯山に夜光となって現われ、
山の枯木の元を掘れとのお告げにより掘ったところ、八花鏡を見いだし、
この鏡を御霊代として祠を建てて祭ったことが創建に繋がっているそうです。

↓以下も社伝の引用です。

天思兼命は、高天原最も知慮の優れた神として、古事記、日本書紀に記されているが、
平安時代の史書「先代旧事本紀」(せんだいくじほんぎ)に、
天思兼命とその子天表春命(あめのうわはるのみこと)は共に信濃國に天降り、
阿智祝部(あちのはふりべ=阿智の神事を司る神主)等の祖となったと記され、
古代の伊那谷西南部一帯を開拓した天孫系の神で、
昼神に鎮座する阿智神社の御祭神と同一で両社は古くより密接な関係があり、北信の戸隠神社とも因縁が深い。

またこの地は、古代東山道の阿智駅(あちのうまや)が置かれたところで
駅馬30頭をおいて険難な神坂峠に備えた阿智駅の守護神として当社は重要な位置を占めている。

慶雲3年(706年)八幡大神を勧請して相殿に祭り、
また天正3年(1573年)松尾城主小笠原信貴は
甲斐源氏の遠祖にゆかりの新羅明神を近江國三井寺から勧請して、
三間社流れ造り、間口18尺、奥行9尺の善美をつくした神殿を造営し、
天思兼命を主神に八幡神、新羅明神を相殿に奉斎し、日之御子大明神を明灯山に勧請した。

その後寛文11年(1771年)駒場上町の領主宮崎太郎左衛門公重により
規模様式共に天正のままの社殿を再建したのが現存する本殿で、
正面の金柱、欄間の彩色等造営当時の華麗さをしのぶことが出来る。

なお、拝殿は延宝3年(1575年)神主林杢太夫の建立で、
境内のヒイラギ、サカキと共に村指定の文化財である。

また江戸時代は徳川幕府から朱印領10石が寄進され、
慶安2年(1649年)徳川家光以来幕末まで9通の朱印状が現存する。

安布知神社12

ちょっと不思議な感覚ですが
九州の高千穂神社と、とても雰囲気がよく似ています。

高千穂周辺にも、
阿智祝部(あちのはふりべ=阿智の神事を司る神主)は
移り住んで祭祀を執り行なっていたんじゃないかな?
そんな気がしてなりません。

そこまでは、まだなにも検証できていないけれど。。。

安布知神社13

今宮八幡社

諏訪社・皇太神社・秋葉社・稲荷社・日之御子社・津島社、白鬚社・妙義社

たくさんの摂社・末社が存在しています。

安布知神社14

安布知神社15

ど真ん中に八幡大神。
縄文神と融合して
古代には、やはりこの地に
大きな文化・文明圏が築き上げられていたんだな・・・と感じます。

それも知恵の神であるアチヒコ(オモイカネ)さんと
系譜の神々の御神徳なのかもしれませんね。

安布知神社16

安布知神社17

安布知神社18

安布知神社19

水神さんが祭られている場所も、
自然が織り成す宝石箱となっていました。

きっと、雪が降ったら、素敵だろうなぁ・・・♪

安布知神社20

安布知神社21

ちょっと変わった狛犬さん。。。

あれ?
犬じゃない・・・?

安布知神社22

オサルさんでしたね。

神社の後ろには、中央高速道が走っています。

現代文明の高速道は、日本列島の物流の大動脈です。

この安布知神社周辺も、太古の昔から
河川を使った交易から発展し、
人の流れや物資の流れを造って栄えてきたのかもしれません。

八花鏡は、
きっと、この周辺のあちこちに、
まだたくさん眠っているのかもしれませんね。

鏡が出てくる場所は
いつだって、気になってしまいます。

これから何を映し出して見せてくれるのだろうか・・・と。。。



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  1. 2015/12/08(火) 13:46:11|
  2. 神社仏閣めぐり(長野)

阿智神社(あちじんじゃ) 奥宮

阿智神社奥宮1

12/4(金)

阿智神社の奥宮へと向かいました。

所在地は、長野県下伊那郡阿智村です。

この日は、ほたん雪が風に乗って舞い落ちてくる、とてもさむい日でした。

中津川周辺では、車の中から眺めている山々や道路が、
みるみるうちに雪景色に変化していきました。

阿智神社奥宮に到着すると雪は止み
霧の中から、少しずつ太陽の光が射してきて、
光の中の温かさを肌で感じることが出来ました。

阿智神社奥宮2

篝薪神樂(かがりびかぐら)
吾道太神宮(あぢだいじんぐう)


降(くら)らま置久(おく)
科野乃洲(くに)はも
神颪(おろ)す
日霊(ひるめ)之火能神(ほのかみ)
生禮(あれ)ましし
八束(やつか)之金龍(わだつみ)
燎薪(にわび)古素(こそ)
山跡(やまと)に傳(のこ)す
八意野(やごころの)
吾道大社(あぢのおほみや)
太神宮(だいじんぐう)


反歌(かへりうた)


桐降留流。(きりふるる)
清清(すが)乃天浪(あまなみ)。
吹貴晴禮天(ふきはれて)。
日霊郷仁(ひるがみむらに)。
昇穂瑠太陽(のぼるおおかみ)。


平成参年 鎮月 祭日

御流神道 大阿閤梨
尽々法師 新宅大門 献詠


阿智神社奥宮3

御祭神は

・天八意思兼命
・天表春命

詳しくは、こちらの阿智神社・前宮の記事をご覧ください↓

阿智神社・前宮
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1537.html

阿智神社奥宮4
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延喜式内社 阿智神社奥宮

この丘陵は昼神に祭られている阿智神社の奥宮です。
昔から村人は「山王さま」と親しみをこめて呼び、
小丘を阿智族の祖天表春命の墳墓「河合の陵」と名づけて信仰を集めてきました。

丘の頂、玉垣に囲まれた巨石は磐座であると云われて きました。
このごろこの巨石を囲む遺構が発見され、いよいよ磐座であることが確かになりました。

磐座とは古代の祭祀場において神霊が降りてきて鎮座 したところです。
この地が阿智神社の祭神、八意思兼命 (天思兼命)・天表春命の鎮座地であるとともに、
全国の 総本社であることがうかがえます。

この二神は信濃国に天降って阿智の祝の祖となったことが
平安時代初期に編された「先代旧事本紀」に記さ れておりますし、
天思兼命は「古事記」「日本書紀」に高天原随一の知恵の神として登場しています。

平成二年十月

阿智村観光協会
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阿智神社奥宮5

石段を登って行くと・・・

広い森の中に、
ゆったりとした佇まいの拝殿がありました。

阿智神社奥宮6

阿智神社・奥宮です。

阿智神社奥宮7

阿智神社奥宮8

阿智神社奥宮9

とても清清しい空気に包まれて
何度も深呼吸していました。

拝殿に手を合わせ、
真横の丘を眺めると

和合しているふたつの樹のあいだから、
御陵の石段と鳥居が見えました。

こんな構図で拝めるなんて・・・

w(*・o・*)w

計算されているのか
予定調和なのか
連鎖調和なのか

自然の成せる技っていうのは、やっぱりスゴいんだなぁ・・・と思うのです。

阿智神社奥宮10

先ほどの、
ふたつの樹木のあいだから眺めていた
御陵へと続く石段と鳥居です。

阿智神社奥宮11

阿智神社奥宮12

阿智神社奥宮14

どっしりと、安定感のあるイワクラです。

神様がここへ降り立つのに、ちょうど良い感じの大きさに見えます。

阿智神社奥宮15

越木岩神社のイワクラなとど比べてみたら
とても小さく見えるけれど・・・

亀さんのようにどっしりと、
なかなかの存在感を放っているのです。

阿智神社奥宮18

「川合陵」と呼ばれるイラクラ。
・長さ 2m
・幅 1.5m
・高さ 1m余り

ここが古代祭祀の場所だと思ったら
たくさんのイメージが沸いてきました。

阿智神社奥宮19

丸く見える角も、
ちゃんと方角を示しているようです。

阿智神社奥宮13

太陽の光が届く森・・・
遥か太古の時代から、こんな感じだったのかな。。。

阿智神社奥宮16

雪交じりの風をうけて
ちょっとさむかったけれど、
森の木々に囲まれて、差し込む太陽の光に触れると
ほんとうに心が温かくなりました。

阿智神社奥宮17

ここから、阿智川のほとりを眺めることが出来ます。
阿智川は、昼神温泉へと続いています。

ヒルコ姫(ワカ姫)と一緒に訪れた、
アチヒコさん縁の、大切な場所。

とても素敵な場所でした。

ご縁をいただき、ありがとうございます。

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  1. 2015/12/08(火) 12:13:23|
  2. 神社仏閣めぐり(長野)

阿智神社(あちじんじゃ) 前宮

阿智神社1

12/4(金)

前日に引き続き
伊勢神宮神代文字奉納文・保存会の大下先生と、櫻井さんとともに
南木曾~中津川~恵那山周辺~阿智村~駒ヶ根 方面へ旅してきました。

阿智神社5

この日は、「阿智神社」と「阿智神社・奥宮」からのスタートとなりました。

まずは、阿智神社へ。

阿智神社2

阿智神社の御祭神は
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・天八意思兼命
思兼命。八意(ヤツココロ) 思兼命。  
タカキネの子。斎名:アチヒコ。贈名:阿智の神
ワカ姫(ヒルコ) の夫。タチカラヲ、ウワハル、シタハル、イキシニホの父。 
アマテルの左臣。またヒヨミ(日夜見) の臣。イサワ宮を建設する。
玉津宮にヲシカとして出向いた時、ワカ姫に見染められ結婚。 
アマテルがソサノヲの乱業を恐れ、結室に隠れて昼夜の区別がなくなったとき、
ヤスカワ宮から松明に駆けつけ、深慮の末、トコヨの踊り「ナガサキ」を公演する。 

・天表春命
天表春命。(ウワハル) 
ヤツココロ (オモイカネ) の子。シタハルの兄。
テルヒコと共にアスカへ下る。
阿智地方開拓の祖神という。

アチヒコ系譜

ホツマツタエ解読ガイド(http://gejirin.com)さんより引用しています)
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阿智神社3

・・・・ということで、
阿智の地名は、アチヒコ=オモイカネノミコトさんと
息子の天表春命(ウワハル)さんの名が由来となっているということです。

阿智神社4

そしてまた
アチヒコ(オモイカネ)・ウワハル親子は、
天照大神の岩戸開きでも活躍した神として、知られているのです。

この神がいなければ、岩戸は開かれなかったのですよね・・・

智恵の神でもあるアチヒコさん親子は、
古代・信州地方の開拓の神でもあったということで
なんだかまた、
すごい土地に来てしまったんだなぁぁ~・・・という思いで、いっぱいになりました。

阿智神社7

また、wikiによると・・・

岐阜県と長野県の県境に位置する神坂峠の長野県側の入口に当たる園原地区には、
日本天台宗の祖・伝教大師こと最澄が、東山道の神坂峠の急峻さに驚かれ、
広拯院というお助け小屋を作られた。
この縁で2005年(平成17年)に広拯院の跡地とされる「月見堂」が「信濃比叡根本中堂」として整備され、
本山の根本中堂から「不滅の法灯」が分霊されることとなった。
因みに、この広拯院の近くには、源氏物語の第2巻のタイトルにもなっている「帚木」の実物がある。
南北朝時代には、後醍醐天皇の孫と言われる尹良親王が浪合地区で戦死したとされる。

・・・と、ありました。

古代からの、近江のあたりとの交易関係も気になるところです。

阿智神社8

私の住む神戸~西宮周辺では、最近になり、
越木岩神社・境内の森において
イワクラの保存活動が巻き起こっていました。

2015年4月~5月頃から、
にわかに越木岩神社のイワクラが注目されだしていたのです。

その場所は、アチヒコ(オモイカネ)と結ばれた、
天照大神の妹・ヒルコ姫(ワカ姫)縁の場所なのです。

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関連記事はこちら↓

越木岩のワカ姫
ワカヒメ×オモイカネ
ワカヒメ

ワカ姫2

ぜひ、ヒルコ姫(ワカ姫)のことも、知ってください♪

阿智神社9

そんなこんなで私は、学生時代から
西宮の、越木岩神社や廣田神社、西宮神社の近辺で過ごしていたこともあり、
いつも、西宮に縁の、ホツマツタエに登場する、ふたりの姫
ワカヒメ・セオリツヒメを身近に感じつつ、
今回も感じつつ、
ヒルコ姫(ワカ姫)とともに、心を込めて
夫君のアチヒコ(オモイカネ)さんのところへ向かったのでした。

万感の想いの、阿智神社参拝です。

ちょっとドキドキ♪
心はハート形♪

神々と同調しながら
こんな想いで参拝するのもイイでしょう♪

阿智神社15

大下先生と櫻井さんは、
なにも伝えなくても、分かって下さっているのでした。

阿智神社12

阿智神社16

嬉しさいっぱいの
気分を高めながらの参拝となりました。

阿智神社13

阿智神社14

阿智神社11

阿智神社10

阿智神社17

本殿の裏手から水音がしていたので
ぐるりと廻ってみました。

阿智神社18

山の湧き水が豊富です。

阿智神社19

阿智神社20

阿智村の里山の風景です。

もうすぐ雪で真っ白になるのかな。
この日は、雪や雨がぱらついたかと思うと、
急に雲間から太陽が出てきて眩しく照らしてくれたりと
猫の目のように天候がグルングルンと変化していきました。

アチヒコさん、ウワハルさん親子は、
この場所に立って、民の生活を豊かにし
国も豊かに発展させていったのですよね。

私たちも、また新しい時代の巡りとともに
古代に、ここに、同じ位置に立って国を見つめていたご先祖様とともに
新しい国造りに、再び尽力していきましょう・・・

そんな思いを、この日も
ひとつに出来ていたのだと思います。

阿智神社21

この赤く染まったモミジを見ていると、
ヒルコ姫(ワカ姫)さんと、アチヒコ(オモイカネ)さんの
心模様を映しているのかもしれない・・・と感じました。

阿智神社22

阿智村は、私が思っていた以上に、
深い歴史を讃えている、とても素敵なところでした。

阿智神社23

阿智神社のすぐ近くには、温泉があります。

その名は「昼神」温泉

昼神って・・・ ヒルコ姫(ワカ姫)さんですよね  \(◎o◎)/!

阿智神社24

「昼神温泉」は、
1973年に、トンネル掘鑿によって発見された歴史の浅い温泉と認識されているようです。
江戸時代中期にあたる250年前頃にも、この一帯で温泉が湧出したというお話もあります。

アチヒコさんとヒルコ姫は、
ずっと一緒に、ここにいたんだ~♪


とても嬉しくなりました。

長野の阿智~駒ヶ根周辺は、日本本土の中心です。

中津川・阿智川・恵那峡一帯の大きな河川は
古代からとても賑わっていて文化文明が栄えた土地なんだと感じました。

もっともっと、アチヒコ(オモイカネ)さんと、ワカ姫(ヒルコ姫)の夫婦神のことを
この土地の皆さんに、日本中の皆さんに、広く知ってほしいな・・・と思いました。

この場所は、再びまた、発展していくのですから。

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  1. 2015/12/08(火) 10:56:39|
  2. 神社仏閣めぐり(長野)
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