瑠璃の星☆彡

写真・イラスト・旅日記

若人の森の御嶽

改祖記念碑周辺2

奥武山には、琉球八社・沖宮と、
沖縄県護国神社が鎮座していました。

そのふたつの社のあいだに、小路を見つけたので
登ってみることにしました。

改祖記念碑周辺3

樹木で生い茂る、御嶽を見つけました。

ネットでここを紹介している人は少ないのかな?
調べても、あまり情報が出てきませんね。

改祖記念碑周辺4

琉球神道では、神がいる他界概念として
「ニライカナイ」「オボツカグラ」が伝えられています。

「ニライカナイ」は海の彼方、あるいは地底。
豊穣と命の根源となる異界。
ニライカナイ信仰は東方信仰と混交。
東方にあると考えられるようになった。

「オボツカグラ」は天空にあると考えられる異界。
国頭地方の信仰。
琉球王国時代に喧伝され宗教支配の為の権威付。

西方は魔界があるとされている。

改祖記念碑周辺5

ここの御嶽の碑文を見ていると、
「ニライカナイ」と結びついている場所らしいと、なんとなくわかります。

沖宮では、女神がたくさん祀られていたけれど・・・

ここは最奥の神聖な御嶽。
奥宮にあたるところなのかも?

東王父と呼ばれる、=トヨケさま ではないでしょうか?

あるいは、沖縄開拓に関するウエツフミの記述 に関連する神様かもしれません。

今回のホツマ×琉球講演会では、いときょう先生から
「ウエツフミにおける紀元前琉球開拓の神話」を教えて頂きました。

その後、ネットで検索したら、同じテーマの
琉球開拓史に書かれているサイトさんが出てきました。

こちらの記述も少しずつ拝見しています。とてもタメになります。
(ウエツフミとウガヤフキアエズ王朝の研究
----大分に実在した古代国家----https://ugaya.jimdo.com/
 より)

原文はちらのサイトで紹介されています。
ウエツフミ「琉球の開拓」

そんな開拓使に関わる神様なのかもしれません。

まだ詳しく知らないのですが
「ニライカナイ」が少しずつ見えてきた気がします。

改祖記念碑周辺6

さらに登っていくと
木々に覆われた山頂にも祀られている神様が。。。

改祖記念碑周辺7

こちらが祭政一致の、政を司る
男神の天照大神なのでは・・・!?

改祖記念碑周辺8

沖宮の、さらに眺めの良い場所に祭らられていますから
そんなふうに感じられました。

改祖記念碑周辺9

若人(わこうど)の森。

若人=ワカヒトさまなのではないでしょうか。

改祖記念碑周辺10

勝手なことを書いてますが、

またじっくりと検証してみたいところです。

改祖記念碑周辺11

モノ言わぬ翁様。教えてください~。 

ここは改祖開拓の地なのです。

沖宮からも、護国神社からも、
どちらからも、拝むと
ここを拝する位置関係となっています。

大事な場所の輪ようです。

とても清々しい場所でした。



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  1. 2018/02/13(火) 08:36:39|
  2. 神社仏閣めぐり(沖縄)

桜咲く 沖縄県護国神社

沖縄護国神社1

那覇の奥武山に来ています。

ちょっと散歩するだけのつもりが
ディープな慰霊の旅となってゆきました。

次に、沖宮の反対側にある、沖縄県護国神社に参拝いたしました。

スカッと晴れていたのに、ここに来ると、分厚い雲に覆われて、どんより。。。

よくあることです。(^-^;

沖縄護国神社2

沖縄県護国神社はもと招魂社と称し
日清、日露の戦役以降国難に殉ぜられた御英霊を奉斎。

昭和15年7月1日内務省令第407号を以て、指定護国神社となりました。

沖縄護国神社3

平和のモニュメント。

女神の髪の毛が飛ぶ鳥?のかたち。

沖縄護国神社4

体温が感じられるような銅像です。

沖縄護国神社5

沖縄県関係の戦死者だけでなく、
第二次世界大戦の沖縄戦に殉じた本土出身者や
犠牲となった一般市民も祭神として祀られています。

平成17年(2005年)10月現在の祭神の数は17万8689柱。

沖縄護国神社6

沖縄護国神社7

沖縄護国神社8

沖縄護国神社9

弥勒世よ 願て 揃りたる 人たと 戦場の跡に 松よ植ゑたん

鹿子じもの ただ一人子を 捧げしと 護国神社に 語る 母はも

天皇陛下・皇后陛下の御歌です。

沖縄護国神社10

今年は戌年。

2108の絵馬。

沖縄護国神社11

宝船にもワンちゃん。

ナカキヨノ トオノネフリノ  ミナメサメ ナミノリフネノ  オトノヨキカナ

沖縄護国神社12

東京九段下の靖国神社の桜も
こちらに植樹されていて・・・

沖縄護国神社13

桜の花が咲き始めていました♪

沖縄では、もう桜の時期を迎えているんですね。

ここまで期待はしていませんでしたが・・・
開花を知ることができただけで、もう最高に嬉しかったです。 (≧▽≦)

沖縄護国神社14

早咲きの桜も、開花しています。

メジロちゃんがやってきました。

沖縄護国神社15

長く留まってくれていて
たくさん写真を撮らせてくれました。

沖縄護国神社16

歓迎されていたのかもしれません。

沖縄護国神社17

嬉しい出来事が続きます。

沖縄護国神社18

沖縄の旅は、慰霊の旅でもあるようです。

ご先祖様たちと、もっと繋がり合えたなら、
一緒に新しい国造りをしていけると信じます。


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  1. 2018/02/13(火) 00:55:23|
  2. 神社仏閣めぐり(沖縄)

琉球八社 奥武山の沖宮(おきのぐう)

沖宮0

2/9(金) 琉球八社 沖宮(おきのぐう)に参拝しました。

那覇の奧武山に鎮座。
沖縄県那覇市奥武山町44

いまは地続きの公園になっていますが、
かつて奧武山は離れ島で、3つの山(島?)だったそうです。

琉球八景

葛飾北斎の琉球八景にも
離れ島の3つの奧武山がこのように描かれています。

もしかして三島の由来?
と思ったりしたけれど、確証はありません。

沖宮1

一番高い南東の山は、「黄金森(くがにむい)」=天燈山(てんとうざん)。 
この沖宮が鎮座するところ。

天地牛方(うまぬふは)ともいうそうです。
霊峰山とされ、古くから聖地としてたたえられていたようです。

沖宮2

琉球八社の一社である沖宮。

御祭神は、初めは霊木がまつられていたそうです。

その根源はここ、奥武山の天燈山にあり、

神社神道では天照大御神
沖宮では天受久女龍宮王御神と称えられています。

沖宮4

御祭神

天受久女龍宮王御神(てんじゅくめりゅうぐうおうおんかみ)
天智門女龍宮王御神(あまちじょうめりゅうぐうおうおんかみ)
天受賀女龍宮王御神(てんじゅかめりゅうぐうおうおんかみ)


以上の御三神のまたの名を天照大御神と称える。

天龍大御神(てんりゅうおおおんかみ)

天久臣乙女王御神(あめくしんおとめおうおんかみ)
天芳子乙女王御神(てんぽうしおとめおうおんかみ)
天仁子乙女王御神(てんじんしおとめおうおんかみ)
天来子乙女王御神(てんらいしおとめおうおんかみ)


伊弉冉尊(いざなみのみこと)

速玉男尊(はやたまをのみこと) 熊野三神
事解男尊(ことさかをのみこと)


沖宮3

覚えられません・・・!

女神の名前ばかりですね。

やっぱり、祭祀の中心が女性のノロさんたちだからかな?
琉球国がどんな性質の国だったのか、少しずつ見えてきます。

沖宮5

温かい風に包まれていると、とても今が2月とは思えません。

沖宮6

花や樹木の実を見ていると、なんとなく癒されます。

沖宮7

通りすがりの地元の方たちが多く参拝されていると思いますが、
祈りをささげる人たちの、その祈りの姿勢は、深くてとても丁寧です。

出会う人みんな、長らく佇んでいらっしゃいました。

沖宮8

天受久女龍宮王御神(てんじゅくめりゅうぐうおうおんかみ)
=(天照大御神)は黄金森に天下りされた実在神。

農耕生産の守護神で太陽神です。

また沖縄に初めて降臨された天龍大御神(てんりゅうおうおんかみ)の
3人の御子神(天風龍大神、天火龍大神、天水龍大神)と
3人の天女(表臣幸乙女王、中臣幸乙女王、底臣幸乙女王)の
”むすび”の為に降臨されたと言われているそうです。

なにかホツマツタヱとの関連性もありそうですね。

沖宮9

創建は、源為朝の由来。
尚金福王の時代である1451年という記録があります。

創建当時は、現在の那覇港にあったそうです。

沖宮10

明治41年(1908年)、築港工事の為、
琉球八社の一つ安里八幡宮の境内地隣域に遷座されました。
第二次世界大戦で焼失。

昭和36年(1961年)に通堂町へ仮遷座。
昭和50年(1975年)に奥は武山公園内へ

・・・と紆余曲折を経てここに落ち着いたようです。

沖宮11

琉球八社。

すべて訪れてみたいけれど、
ここに居るだけでも清々しい気を感じました。

その後の、いときょう先生のホツマツタヱ講演会では、
今回、先生は、琉球国新一の宮・波上宮(なみのうえぐう)に参拝されたとお聞きしました。
私も、実は波上宮にも行ってみたいなと思っていましたが
お話を少しお聞きすることができたので、これで良かったんだ・・と感じました。

狭い範囲に、良いところがいっぱいですね♪

沖宮12

沖宮13

沖宮14

末社の八坂神社です。

沖宮15

窓からブルーの光が射して、とても綺麗でした。

沖宮16

こちらも末社の住吉神社です。

沖宮17

出雲の神

沖宮18

大物主さんたちでした。

沖宮19

沖宮20

沖宮21

沖宮22

末社 辨財天宮(べんざいてんぐう)です。

沖宮23

沖宮24

沖宮25

神世三代

木龍宇具志久乙姫王(もくりゅうぐしおとひめおおお)  辰(たつ)の神
またの名を 辨天負百津姫神(べんてんよもつひめかみ) ノロ神の御名

沖宮26

沖宮27

鯉が寄ってきてくれました。

沖宮29

明治の神仏分離までは
「沖山三所権現」(沖の寺)と称して
阿弥陀如来・薬師如来・十一面観音を祭っていたそうです。

奥武山は、ただの憩いの公園ではないですね。
とても心地の良い場所でした。

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  1. 2018/02/13(火) 00:13:31|
  2. 神社仏閣めぐり(沖縄)

沖縄・那覇を歩いてきました。

沖縄街歩き1

2/10.11.12 ホツマツタヱ研究のいときょう先生
沖縄で講演会・聖地ツアー・ワークショップをされるということで
私も参加してきました。

主催は東京でホツマの勉強をされている
西洋占星術がご専門の*honey*さん
今回、とてもお世話になりました。

また、縄文フォルダを一緒に運営してくださっている
JINさんとも久しぶりに再会できました。

一緒に作ったフォント作品(手ぬぐい)や
彼が作っている動画などのいろいろなヲシテアート作品を
皆さんに見て頂く機会が出来たことも良かったと思います。

最終日のワークは、私は仕事の関係で帰らなければならず、
参加が出来なかったんですが
10日の講演会と11日のツアーを
皆さんと一緒に楽しめて嬉しかったです。

一緒に楽しんでくださった皆さま。
ありがとうございます。(^O^)

冬の沖縄は魅力的でしたね。

神戸から那覇に降り立った瞬間から、
暖かい風に包まれて心地よかったです。

また行きたいです。

沖縄街歩き2

私は前日の9日(金)に、沖縄入りをしました。

昼間はひとりでぶらりと、
「ゆいレール」で移動できる範囲で観光地などを巡りました。

沖縄街歩き3

街路樹がガジュマル。

この辺に沖縄らしさを感じます。

沖縄街歩き13

そういえば、朝早く出てきたのに、なにも食べてない・・・

沖縄そばを食べるぞーーー! \(^o^)/ と思っていたのですが、
歩いている途中で、感じの良いカフェを見つけました。
そこに入って、フレンチトーストを食べました。

なんで南国ムードを感じつつ、フレンチなの。。。

言ってた瞬間から、まったく予想外の行動をしてしまう時もあります。
自分で自分が分からない。。。

でも美味しかったです。
これからしっかり歩ける気がしました。

沖縄街歩き4

県庁前駅から、壺川駅まで歩きました。

沖縄街歩き5

那覇大橋の中心から眺める国場川。

沖縄街歩き6

エメラルドのような、ヒスイのような色の川。

那覇近辺の主要な川は、みんなこんな感じでしたね。

沖縄街歩き7

奥武山公園に来ました。

ここはプールみたいです。

沖縄街歩き8

海邦の詩

御万人よ
郷土もひとつ
歴史もひとつ
文化もロマンも心もひとつ
為せば成る証し
海邦の灯燃えてつきず


昭和62年10月
当時の沖縄知事さんのお言葉でした。

沖縄には平和を願う歌碑があちこちにあるので
見かけたら全部に目を通してしまいます。
そんな癖が付きつつあります。

沖縄街歩き9

次の日。10日の朝、講演会に行く前に
JINさんが迎えに来てくれて、一緒に国際通りを歩きました。

ここは牧志駅。

沖縄街歩き10

巨大なシーサー。
可愛い顔してます。(^O^)

沖縄県は水資源が乏しいらしく、県民が豊かで安心な生活をおくるために、
また観光振興を図るうえで安定した水資源を確保することが課題なようです。

これまで海へ流していた下水処理水の一部を
高度処理(生物膜ろ過・オゾン処理・塩素滅菌)して
新しい水資源として有効利用されているそうですが・・・

夏が長い沖縄で、水が必要な地域なのに、なかなか大変な水事情。
その土地にやってきて、初めて知ることも多いです。

海が綺麗なイメージしかなかったけれど。

シーサーは水の守り神なのかな。

最近読んだ比嘉照夫さんのEMでの土壌改良も
各地で成果を上げられているそうですが
お水の循環にも役に立ったりしないのかな・・・とふと思いました。

新技術と心がけも大事なのかも。
そういうものが変えていく力になるのかもしれません。

沖縄街歩き11

那覇にある台湾素食のお店「金壺食堂」で、お昼ごはんです。
ずっと行きたいな~と思っていたお店です。

すでにJINさんの行きつけになっていました。
野菜がたっぷりで美味しかったです。
何種類もおかずがあって、好きなものを頂けます。(^O^)

沖縄街歩き12

沖縄銀行のキャラクターは
サンリオの「キキとララ」

へぇぇぇ~ 初めて知りました。 
琉球ファッションが可愛いですね♪

そんな感じで、初日と次の日の午前は
久しぶりの沖縄を街歩きしました。

楽しかったです。

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  1. 2018/02/12(月) 14:59:54|
  2. 古墳・遺跡・史跡(沖縄)

邪馬台国ラプソディ 卑弥呼の履歴書

邪馬台国ラプソディ

川鍋光慶さんの「邪馬台国ラプソディ・卑弥呼の履歴書」が2月1日に発売されます。
私はイラストを担当しています。

↓詳しい内容はこちら↓

邪馬台国ラプソディ《第1巻》

新説が盛りだくさんです。
タイムトラベルしている気分になります。
ぜひ読んでみてくださいね♪


邪馬台国は二王朝(大和王朝、九州王朝)。

若(わか)日孁(ひるめ)(蛭子)とは卑弥呼のことだった。
卑弥呼の墓は宇佐神宮……斬新な解釈で、遠い古(いにしえ)の日本に思いを巡らす意欲作、登場!
閉ざされた日本神話の真実を探る道標『ホツマツタヱ』の世界を辿る、時空を超えた旅物語。
歴史好きはもちろん、そうでない方にも、古代ロマンへの扉が待っています。


伊藤塾

日田歴史発見講座 伊藤塾さんで紹介されました。
小説「邪馬台国ラプソディ」と関連する史跡情報が盛りだくさんです。
ぜひ見てください。



金銀錯嵌珠龍文鉄鏡
(きんぎんさくがんしゅりゅうもんてっきょう)

物語の核となる美しい鏡です。
動画を見ているだけで魅了されてしまいます。

こらのサイトでも詳しく紹介されています。↓
金銀錯嵌珠龍紋鉄鏡

大分県日田市日高町にあった
ダンワラ古墳から出土したと伝えられる弥生時代中期の鉄鏡で
国の重要文化財に指定されています。

東京国立博物館の所有となってるそうですが、
福岡県太宰府市の九州国立博物館で常設展示されています。
また、復元レプリカが大分県日田市の天領日田資料館で展示されています。
日田歴史発見講座 伊藤塾さんでも詳しく紹介されています。
お近くの方は、ぜひ見に行ってみてくださいね。


「邪馬台国ラプソディ 卑弥呼の履歴書」第1巻は
こちらから予約注文できます↓
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HMV&BOOKS online
e-hon



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  1. 2018/01/26(金) 20:25:41|
  2. お知らせ

日吉神社の巨大磐座 (神河町比延)

日吉1

上森三郎さんの「神河ひろば」が寺前駅の近くにオープンしました。
昨日、はじめて訪ねました。シータマタさんの事務所にも立ち寄りました。
なんだかいい雰囲気です。

帰りがけに、武部正俊さんの御案内で
最近になって陽の目を浴びているという
巨大イワクラを見に行きました。

この写真がそれです。
ダイナミックですね。(^O^)

日吉2

兵庫県神崎郡神河町比延の日吉神社にあります。
ここは、駅から歩いて行ける距離です。

日吉3

播磨国風土っ記んストーリー  風土記を片手に播磨を歩こう

↑こちらのサイトにウォーキングマップがあります。

日吉神社はキーポイントですね。

神河町探索に、とっても便利。
次回は利用してみたいと思っています。

日吉4

古い御神木の切株です。

樹木が育つエネルギースポットですね。

日吉5

大きな岩は、女陰のかたち。

日吉6

日吉7

日吉8

播磨国風土記には、こんな謂れがあります。

大汝命(大国主)と小比古尼命(スクナビコナ)

大汝命と小比古尼命との間で

「粘土を担いで行くのと糞を我慢して行く、
どちらが先に行けるか」という話になった。

大汝命は糞を我慢して行き、
小比古尼命は粘土を担いでいくこととなった。

数日後、大汝命は「私は我慢できない」とその場で用を足してしまった。
小比古尼命も笑いながら「疲れた」と粘土(ハニ)を岡に放り出した。

このためハニ岡と呼ばれるようになった。

また、大汝命が用を足したときに、笹が弾き上げて服についてしまった。
このため波自賀村(はじかのむら)と呼ばれるようになった。
この粘土と糞は石となって今もあるという。

日吉9

粘土と糞の石なんですって・・・。

なんだか強烈な例えですが
ソレが意味するところは一体なんでしょうか。

糞=ウンコ=産む子

「宝」なのではないかなと思いました。

日吉10

女陰の岩から生み出されるのは「子宝」です。

この地でもっとも重要な男神たちからのメッセージは、
出てくる「宝」に気づいてね、ということなのではないでしょうか。

19日午後1時40分ごろ、品川発土浦行きの
JR常磐線特別快速走行中の電車内で、産気づいた女性が
その場でシートに覆われながら無事に出産したというニュースを目にしました。

このニュースは、やけに印象に残っていました。

JR寺前駅の周辺はまだ静かに佇んでいますが、
列車は、これからこの町に訪れる人たちの
終着点であり出発点でもあります。

列車もまた、現代の宝船であり
私たちを包む胞衣の役割を果たしているのかもしれませんね。

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  1. 2018/01/22(月) 13:21:41|
  2. 神社仏閣めぐり(兵庫)

伝説の王・禹 最古の王朝の謎

伝説の王・禹 最古の王朝の謎 (2013年)

本日、はじめて見た古代中国の歴史動画です。

司馬遷の編纂した『史記』には、以下のように記されているそうです。
----------------------------------
遥か昔、この世は洪水が相次ぐ厳しい土地だった。
王たちがどのような手を講じても
荒れ狂う大河を制することはできず
人々は貧しい暮らしを強いられていた。

ある日、一人の若者に白羽の矢が立つ。
禹(う)と呼ばれる男だった。

何より民の為に尽くすことを考える禹は、部下たちを率いて
全国の治水に邁進する・・・

厳しい自然との戦いで
若々しかった肉体はいつしか老人のように衰え
片方の足は不自由になった。

それでも禹は、歩き続けることを止めなかった。

そして13年後、禹はついに中国全土の治水に成功。
生まれ変わった土地で、民の暮らしは豊かなものに一変する。

周囲から押された禹は、王に即位。
中国最初の王朝・夏王朝を作り、大いに栄えさせた。


----------------------------------

禹(う・紀元前1900年頃)は中国古代の伝説的な帝で
夏朝の創始者といわれているそうです。

名は文命(ぶんめい)、
諡号は禹、別称は大禹、夏禹、戎禹ともいい、
夏王朝創始後は氏を夏后とした。

私は数日前までは、まったく知らない人物でした。

どうやら古代日本との関わりが深い
国土開発のキーパーソンであると知らされ、
自分なりに調べてみることにしました。

文明の出発点は、治水が成された大河からです。

動画を見ていると、この時代を生きる人々が長い年月をかけて、
命がけで尽力した一大事業であったことがよくわかります。

治水のポイントにあたる遺跡からは、14本もの大きな柱が出てきたそうです。
周辺の塔児山という山にも注目しながら、柱のと柱の隙間に射す朝日を見ていくと
それが太陽観測施設として、暦を確定するために設置されたものであると分かるそうです。

その太陽光は、中心ポイントから、
春分・夏至・冬至などを示す豊穣の光だったのです。

天体観測で暦を読み、情報を支配することができる人物が
民を救済できる優れた王として讃えられてきたのです。

暦はいつの時代も農業と密接です。
いつ畑を耕し、種をまき、収穫ができるのか。
安定した計画的農業が、すべての民の希望となります。

禹は、田畑では収穫量に目を光らせ農民を苦しませず、
さらに武器の生産を取り止めて、宮殿の増築は先送りし
関所や市場にかかる諸税を免除しました。
地方に都市を造り、煩雑な制度を廃止して行政を簡略化していきます。

民からの絶大な信頼を得て慕われた帝禹。
豊かに栄えた夏王朝。
どうして、その名は今に伝えられていなかったのでしょうか?

のちに戦乱の世が繰り返されたからです。
戦いは天変地異を呼び起こします。

地球の法則の上で活かされている私たちは
寒冷化などの天変地異の影響を避けて生き続けることは出来ません。

やがて大河は氾濫し、築き上げた文明を破壊し
また文明を生み出していくというサイクルを興して
私たちの魂は向上を続けていきます。

高く積み上げて行き過ぎてしまった物質文明が
新しい芽を産み出し育てていくために、崩壊してゆきます。

古代出雲のヤマタノオロチ伝説も、
治水に悪戦苦闘した私たちの祖先の記録です。

ホツマツタヱとの類似が随所にみられる
古代中国の歴史を知ることが出来ました。

最近は、人工的に配置された磐座群が
太陽観測施設ということも分かってきました。

世界各地の物語には、
いくつ類似性が見つけ出せるのでしょうね?

こうした文明の深層を探りながら
私たちは新しい文明をまた一歩進めてゆきます。

いつの時代も、民の暮らしの中に物語の神髄が見えてきます。

これからも古代の記録から目が離せません。

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1.jpg

こちらは、 加西市にある兵庫県立フラワーセンター内
「古代中国の鏡の展示館」で展示されている
夏王朝と繋がる二里頭式の鏡です。 
造られたのは、紀元前17~16世紀。

夏(カ)の時代から続く古代中国の鏡の歴史は
ホツマツタヱで伝えられていた鏡の役割からも見えてきます。
こちらの記事も関連しているのでご覧ください。

古代鏡展示館
http://ruri87.blog18.fc2.com/blog-entry-1888.html

ご対面11

鳥取県鳥取市面影山
桜谷神社に鎮座の瀬織津姫の石像。 (平成25年)

彼女は彼の国に行って帰ってきて設置されたのでしたよね。
夏王朝とはやはり無関係ではなさそうですね。
検証し甲斐がありそうですね。

ご対面10

兎さんは帝禹さんからのメッセージを伝えてくれるでしょうか。

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220px-Yoichi_Hatta.jpg

こちらは、八田與一さんです。

1886年(明治19年)2月21日~1942年(昭和17年)5月8日)
日本統治時代の台湾で、農業水利事業に大きな貢献をした水利技術者です。
石川県河北郡花園村(現在は金沢市今町)のご出身。
石川県尋常中学、第四高等学校(四高)を経て、
1910年(明治43年)に東京帝国大学工学部土木科を卒業後、
台湾総督府内務局土木課の技手として活躍されました。

もしかしたら、彼も帝禹の血筋なのかもしれない・・・?

世界の荒れた大地で治水事業に携わる方々の活躍を
今後も顕彰していきたいと思います。


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  1. 2018/01/20(土) 21:11:21|
  2. 動画

ふとまに 28 イソノ

28イソノ絵web

futomani128  (28.イソノ)

いのそのは   やなきさくらの    ことよりも    かすみにももの    はなやおそらん


去年の111は、伊勢神宮内宮の正式参拝と内宮磐座での御神事でした。
今年の111は、寒いです~。 去年も寒かったけれど。。。

今日の六甲山は真っ白でしたヨ。

あれから1年かぁ・・・季節の巡りは早いですね。

ついでに春よ早く来い・・・!


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  1. 2018/01/11(木) 23:23:04|
  2. フトマニ・曼荼羅イラスト

よもぎ茶

よもぎ茶

朝晩の寒さがちょっとずつ厳しくなっきました。

今朝はよもぎ茶を入れて飲みました。

香りがいっぱいで、とても美味です。
しゃきっと目が覚めました。

去年、自家製よもぎ茶を頂いていたのです。

山や沢が近くて
心置きなくよもぎを手摘みできる自然環境。
そんな場所が目の前に広がっているなんて
ちょっと羨ましいですネ。

私が出雲に住んでいた子供の頃は
畑の周辺で祖母と自由に摘んでいたのですが
こちらでは採取できる環境が限られています。

春になって暖かくなったら、探しに歩いてみたいと思います。

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  1. 2018/01/10(水) 08:52:26|
  2. 美味しい創造♪

成人の日

成人式


今日はちょっとだけ

肩の荷を降ろせた気がしました。

雨の祝福が続く日でしたね。


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  1. 2018/01/08(月) 22:03:13|
  2. 散歩(神戸)
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